ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

2017年07月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

神が強大な力を与えた人の秘密

潜在意識は、善悪の区別なく、どんな願いも叶えるという。
それでは、こんなのはどうだろう?
「俺は女が大好きだから、女房はいるが、いい女を次々モノにするぞ」
叶うか叶わないかというと、叶うだろう。
ユリ・ゲラーは、「結婚したからといって、他の女に興味がなくなった男を、私は一人として見たことはない」と著書に書いていたが、それなら、その願いは全ての男(あるいは女)の願いだ。

だが、美食家は肥満し、蓄財家は顔にエラが張り、コレクターは薄気味悪くなってくるのと同様、好色家というのは、恐ろしく醜い。
もちろん、シェフが味を追求したり、事業の結果富が得られたり、適度な範囲で価値あるものを収集しても、醜くならないばかりか、むしろ、美しくなる。
しかし、個人的欲望であれば、適度な範囲で満足するか、それが出来ないなら捨てた方が良い。

水野南北は、食を慎みさえすれば、必ず運が開けると言ったが、これは、人間を不幸にする個人的欲望を抑えよと言ったに過ぎない。
上杉謙信が、女を断って、戦で無敵になったのと全く同じことである。

人間は、所詮、賢くなることを楽しむために生きてるのだ。
賢くなるとは、イエスが言ったように、「退けサタン」ということで、サタンとは自我である。
そして、自我の自我たる所以(ゆえん。理由)は、個人的欲望である。

美味いものが大好きなら、ささやかな美味しいもの・・・例えば、美味しい漬物や油の乗った秋刀魚を慎ましく味わう程度にすることだ。
あばら家に住む必要はなく、素晴らしい家を願っても良いが、分相応ということを、ある程度は考えないといけない。
そして、女(男)となると、一人で満足すべきだろう。コーランにあるように、平等に愛することが出来るなら複数でも良いが、そんなこと(平等に愛する)は人間には不可能である。

ルイス・キャロルは、60歳を超えてもほうれい線がなかった(顔にしわそのものがなかった)そうだが、彼は、女に関して慎ましいどころか、断ってしまっていたのだろう。
彼の少女好きは知られているが、それは性的対象ではなく、性エネルギーを昇華するルートだったのだろう。
このあたりは、私には初音ミクさんがいるので、参考にさせていただこうと思う。

特に強く感じる欲望に限度を設け、慎ましくあること。
それが、水野南北や上杉謙信、あるいは、ルイス・キャロルほどになれば、神は強大な力を与えるのだと思う。
諦めれば全てを得るというのが秘法である。









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利己主義者を消すには

この世が住み難く、内向的な人間がひきこもり易い原因は、利己的な人間が多いからだ。
だが、利己的な人間は、自分が利己的であることを絶対に認めない。
利己的な人間に対し、「お前は利己的だ」と言って、「それがどうした」と返ってくるなら、その利己主義者は随分マシだ。
「お前こそが利己的だ」と言い返されることも多いだろうが、それがあながち外れていないから辛い。
他人を利己的だと思う私だって、まあ、客観的に考えれば、徹底して利己主義者だ。

グリムの『星の銀貨』の心優しい少女のように利他的であったら、生きていけるかどうか疑問だ。
かといって、利己主義者を攻撃しても、自分が攻撃されて傷付くだけである。
それは、嫌がらせに嫌がらせで返しても、何の解決にもならないようなものだ。
つまるところ、利己主義者が気に入らなくて攻撃するというのは、似た者同士の下品な喧嘩に過ぎないからだ。

だから、利己主義者を見たら、「ああ、あれは俺だ」と思えば良いのである。
決して間違っていないから。
自分が利己主義者でなければ、利己主義者は見えもしないはずだ。

では、どうすれば良いのか?
利己主義者というのは、放埓(勝手気まま)でいたいのである。
だから、逆に、自分に厳しい制限をかけると良い。
例えば、簡単な例で言えば、酒が大好きで、毎日沢山飲みたいところを、一杯だけにするなどである。
ロリコンなら、少女に決して近寄らないと誓うことである。
このように、特に自分が欲しいもの、好きなものの中で、人様のためにならないものを諦めるのである。
そうすると、自分の周囲には、利己的な者がいなくなる。

自分に厳しい制限をかけることを掟と言う。
最近、私は、掟をおろそかにしていたので、利己的な人間に苦しめられるようになってしまっていた。
掟を立て、自分にかけた制限に倍する力を、神は、その者に与える。
おそらく、女大好きであった上杉謙信が、女を近付けない掟を立て、それを守ったために、彼は戦では生涯無敗だった。
掟を自主的に守れば無敵である。









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おそるべき教え

江戸末期の神道家、黒住宗忠は、難病に陥った武士に、「ありがたい」を、まず、1日百回、駄目なら、千回、ついには、1日1万回、一心不乱に唱えるよう指示し、武士がそれに素直に従ったところ、1万回唱えだしてからと思うが、わずか一週間で完治してしまったという。
これが、あらゆる問題に対する具体的解決方法と思う。

私も最近、体調が悪く、また、散々な目に遭うことが多かった。
そこで、「ミクさん、ありがとう」「ミクさん、愛してる」を、心の中でだが、なるべく多く称えるようにしていた。
問題が解決するかどうかより、これで心が強くなるのを感じる。
そうなれば当然、全ては良い方向に回り始める。

願いを叶える最大の秘訣は、イエスが教えた、「すでに叶ったと思え」である。
では、「叶ったと思う」とは、どういうことだろう?
それは、望みのものをすでに得たように振舞うことである。
希望の額のお金を得たら、楽しいし、心がゆったりとしている。
そんな人は、にこやかで、余裕があり、小さなことにこだわらない。
まるで駄目男君のように、しぶちん顔、不平不満顔、眉間にしわを寄せた険しい顔をしないものである。
そして、胸を張り、顔を上げ、脚は小さく組まず、両手は人の迷惑にならない範囲で広い場所を取り、時には高く挙げるものである。
さらに、その成果に対し、「ありがたい」とか、私のように、貴い存在に、「ありがとう」「愛してる」と言えば、心のテンションが上がると同時に純化する。
これだけ知れば、人生、勝ったも同然である。
イエス様、恐るべしである。
イエスの教えを現代意的に分かり易く述べたのがジョセフ・マーフィーであり、理屈っぽく教えたのがチャールズ・ハアネルである。
ビル・ゲイツのように、飛び切り頭の良い人は、ハアネルがお気に入りなのかもしれない。
私はひきこもっていた時に、マーフィーの本を読み、自分では「なんとなくうまくいった」程度に思っているが、実は、おそろしくうまくいったのである。でなければ、考えるだに悲惨な状態になっていたはずである。
そして、最後の秘訣が、願いが叶っても謙虚であろうと決心することだ。
これがないので、ほとんどの人はうまくいかないし、私も、概ね幸福ではあるが、歓喜には至れないのである。









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困った人達への対処法

いつの時代の、どんな場所にも、迷惑な人、困った(困らされる)人、始末に負えない人というのはいるが、最近はそんな連中の増殖が激しいのかもしれない。
具体的には、このブログでも時々取り上げるが、ながらスマホ(歩きスマホ)や、歩きタバコをする者達だが、他にも、よく聞くようになったのが「道路族」といって、家の前の道で子供が遊んでいるのだが、その子達の親は、それを止めないばかりか、一緒になって遊んだり、それどころか、親が率先して遊んでいたりするものがある。
学校においては、教師達を苦しめるモンスターペアレントは、やはり昔からいたのだが、最近は、数といい、モンスター振りといい、凄いものらしい。

これらの、困った人達は、道理を解することがないので、まったくもって始末に負えないとしか言いようがない。
とはいえ、自分が迷惑を受け、苦しまされているのだから、もう何とかしたくて仕方はないのだが、現実には、ほとんど何も出来ないことに唖然とさせられる。
それで、忍耐を決め込むしかなくなるが、それがいつまでも続くと、我慢している方の心身に異常が出てくる。

では、どうすれば良いかというと、黙っていないで、手を打たなければならない。
だが、多くの人は、なんとかしてやろうとして、いつも、全く効果がないばかりか、自分が傷付く方法を採ってしまうのである。
相手は、知性とか心を持っていない化物であるのに、人間を相手にするようなことをしても意味はないのは明らかである。
つまり、困った連中に、言の葉を解することや、良心を期待したって、的外れもいいところなのである。

手は打たねばならない。
しかし、その手は、冷静に考えた、本当に賢い方法でなければならないのだ。
神はあなたに、賢さを与えようとしているのだから、あなたは自分本位の愚かな考えは手放さなくてはならないのだ。
怒りに囚われていると、何も良い案は浮かばない。
では、どうするかというと、仕事をすることだ。
他にやるべきことが何かあるはずなので、それに手をつけることだ。
まさかそんなことはないと思うが、本当に何もやることがなければ、掃除でもすると良い。
要は、困らされている方も、案外に暇過ぎるか、怠惰なのである。
先送りして、たまっている仕事があるはずである。
実は、そうでなくては、困ったことなんて起こらないのだ・・・と言ったら怒られるかもしれないが、それが真実である。

やるべきことをやったら、問題は嘘のように解決するというのではないが、問題と思えなくなるのだ。
こっちが問題だと思わなくなったら、歩きスマホをしている人は、恐いおにいさんやおじさんにスマホをぶつけたり、線路の隙間にスマホを落とすのである。
モンスターペアレントは詐欺に遭い、道路族の家族は崩壊する。
いや、決してそんなことを望んではならないが、勝手にそうなる。
我々は、やるべきことをやるだけなのである。









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思い込みの力

ジョセフ・マーフィーの本で読んだ中でも、よく覚えているお話がある。
貧しい父親の息子が医者になりたいと言った時、父親は息子に、こんなこともあろうと、お前のために多額の貯金をしてあることを明かす。ただし、出来れば、医大を卒業するまでその貯金に手を出さない方が良いと言う。
感激した息子は、その通りに、貯金を1ドルも引き出さず、苦学して医大を卒業するが、その時、父親は、実は貯金なんて全くなかったことを告白する。
だが、息子は、貯金があると思ったから、医者になる力を得たのである。
一見、異なる話だが、本質的に同じお話を、「キャリコネニュース」サイトの「自分の家が金持ちと気づいた瞬間」で見た。
ある女性が、子供の時、自分の家は金持ちだと薄々気付くが、別段、他の子と違った生活はしておらず、大学では、学費と部屋代だけ出してもらって、普通にバイトをし、卒業後は就職し、家にお金を入れた。
ところが、彼女が結婚する際、親から渡された預金通帳には、サラリーマンの生涯収入を超える額が入っていた。
彼女は、ごく普通の感覚を持っていたので、震えたと言う。
金持ちの子供には、感覚がおかしくなって駄目になる者も多いが、彼女の親は、娘がそうならないよう、深く考えたのだと思う。
以前、テレビで、長嶋一茂さんが、「僕は子供の時、何でも買ってもらえた。それで、こんなになっちゃった。だから、自分の子供には何も買ってやらない」と言っておられたのをよく覚えている。
長嶋一茂さんが現役時代、「僕はトマトも桐箱に入っているのが当たり前だと思っていた」と言っていたことがあったが、やはり普通の人とは感覚が違ってしまっていて、それは悪い面も多いのだろう。
ただ、上記の女性のお金持ちの親は、娘がしっかりとした考え方が出来るようになったと信頼して、大金を渡したのである。
それで、その女性は、そのお金に一切手を付けていないが、心に余裕があるという。
お金の不安というのは、ないに越したことはないが、それは、あくまで、お金に関しての健全な感覚を持った上での話である。
それを持つためには、特に若い時に、ある程度のお金の苦労は必要なのだろう。

こんな話がある。
ある人は、自分の育った家は、貧困ではないにしろ、下層に近かった。
しかし、母親が見栄っ張りで、父親は「偉いさん」で給料が高く、我が家は豊かなのだと、その人に言い聞かせ、それに対し反論すると烈火のごとく怒った。
だけど、その人は、子供の時、持っている物は、他の子に比べ、少しも立派でなく、むしろ劣っているし、友達と会話していても、その子達が、よく大きな遊園地やレストランに行く話をするが、自分は、それがどんなものか全く分からない。
そのことを母親に言うと、母親は意気込んで、遊園地やレストランに連れていってくれたが、いかにも「無理してる」という雰囲気がありありだった。
家も、会社の狭い社宅だったが、母親の見栄っ張りは強情で、それで多少は、「自分の家は金持ち」という勘違いをするようになった。
そんな変な親のせいで、心が歪んだためか、他人とうまくやっていけないようになり、ひきこもったが、「家が豊か」という僅かな勘違いのおかげで、それほど焦らなかった。
働くようになってからも、「家には金があるから」という、おかしな思い込みのせいで、変な余裕があった。
しかし、結局、それが良かったという。
おかしな人にはなったが、そこそこうまく世渡りが出来るようになったのだ。
やはり、お金の不安はない方が良い。
佳川奈未さんの『マーフィー「思い込み」ひとつで、運命は変わる!』という本(電子書籍しかないと思う)で見たが、お金がなくても、宇宙銀行に大金を預けてあると思うと良いようだ。
偉大な神道家、黒住宗忠も、思い込みの力(あるいは信念の力)については、よく語っていたと思う。









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