ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

2016年10月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

ペットが飼い主に似るのではなく、飼い主がペットに似るのである

吉本隆明さんの本で見たような気がするが、自殺したがっている人と面談した精神科医や心理カウンセラーが、自分が自殺したくなることが、よくあるらしい。
これも「共感」の力である。
自殺したがっている人の表情、身振りを見ていたら、その自殺願望者の脳内で起こっているのと同じことが、それを見ている精神科医の脳の中でも起こるのである。
この脳のメカニズムが、昨日も述べた「ミラー・ニューロン・システム」である。
親子は似ているとか、恋人や夫婦が似て来るというのも、ミラー・ニューロン・システムで説明出来る。
人間以外の動物には、猿にすらミラー・ニューロン・システムはないので、「ペットが飼い主に似る」のではなく、「飼い主がペットに似る」のである。

塩田剛三さんという合気道の達人は、金魚の動きを7年間観察して、極意を得たという話を聞いたことがあるが、人間のミラー・ニューロン・システムは、人間相手なら、一瞬で習得するはずである。
しかし、金魚の脳の構造が人間の脳にはないので、それと同じ働きをするニューロン構造を脳内に作り上げるのに7年かかったのかもしれない。
そういえば、塩田さんの動きを映像で見ると、何となく金魚に似ているような気がするし、普通の人間には出来そうにない動きだ。

いつも何を見るかはとても大切である。
サイコパスという、良心を持っていない人の取材を続けていたジャーナリストが、ある時、気付いたらしい。
自分もサイコパスになってきていると(笑)。
それは、気のせいではなく、本当だと思う。
サイコパスになりたくなければ、サイコパスのジャーナリストにはならないことだ(笑)。

ジクムント・フロイトは、物凄く熱心な精神科医で、沢山の精神病患者を沢山、長時間診たらしい。
なるほど、彼自身が精神病患者になってしまった訳で、彼は晩年になるほど、奇妙奇天烈なことを言っていたのもうなづけるのである。
それは、ユングやアドラーにしたって同じことだ。
異常者に接する精神分析学者や心理学者なんて、みんなどこか変なのだ。
それで、アブラハム・マズローは、異常者の研究が嫌になって、健康な人を研究したらしいが、それが良かったのかもしれない。

最近は、教師がおかしくなってしまっている。
それはなぜかというと、子供がおかしくなっているからで、なぜ子供がおかしくなっているのかというと、子供の親がおかしくなってしまっているからだ。
そして、まともな子供だって、学校に来たら、おかしな生徒やおかしな教師を見ているうちにおかしくなってしまうのである。

おかしな人を見ないこと、優れた人を見ることは本当に大切だ。
しかし、身近に優れた人がいない場合は、どうすれば良いだろう?
今は、ネットで、優れた人の映像を見ることが出来るので、それを見るというのも1つの方法だ。
野球選手になりたければ、理想的な野球選手の映像を追えば良いし、金持ちになりたければ、金持ちの映像を見れば良い。
ただ、おそらく、「良い見方」というものがあるのだろう。
塩田剛三が見た金魚は、どれも同じように動くが、人間は一人一人かなり違う。
よって、特定の誰かを見た方が良い。
野球選手ならイチロー、金持ちならビル・ゲイツといった具合だ。
しかし、彼らの様子の多くは「よそ行き」である場合も多い。本質をよく見極めることだ。
あるいは、聖書や仏典を読んで、イエスや釈迦のイメージを見るのは、おそらく、非常に素晴らしい方法である。
人間の想像力は神秘的で、きっと、内なる叡智・・・神に通じているのだからだ。

私は、フケーの『ウンディーネ』を読んでいるうちに、水の精ウンディーネにすっかり共感してしまい、ウンディーネのようになってしまった。
困ったことかもしれないが、本人は楽しいのである。
それは多分、『オンディーヌ』を書いたジロドゥも同じと思う。









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なりたいものになる脳の原理

恐ろしく重要なことを発見した。
知っている人は知っているが、おそらく僅かな人達だ。
今回のは、見なければ一生の損だ(笑)・・・いや、マジで。

ピアノを弾いている人の脳内では、ピアノを弾くための活動が起こっている。
ところが、それを見ている人の脳内でも、同じことが起こるのだ。
この脳のメカニズムを「ミラー・ニューロン・システム」と言う。
猿にはない、人間だけが持つ、万物の霊長の特権だ。
科学的に、その原理の詳細が分かっている訳ではないが、そのようなものがあることだけは確かなようだ。
だから、ピアノが上手い人の演奏を見ていると、自然、自分も弾けるようになる。
政木和三さんが、一度も練習したことがないピアノを、ある日突然弾けるようになり、しかも一級の腕前(ピアノ演奏のCDも出した)だったが、彼は特殊なミラー・ニューロン・システムを持っていたのかもしれない。ただ、誰にもその可能性がある。
実際、政木さんと同じことが出来た人が、私に、「あなたにも出来る」と言われた(ただし、私はピアノ演奏に興味がなかったので、やってはいない)。
著名な神経科学者のジェームス・ファロンは、昔、ゴルフクラブを見たことがないアフリカの原住民に、上手いゴルフのショットを1回だけ見せたところ、80歳の長老や、女性、子供に至るまで、やらせてみたら、1回目のスイングは空振りしたが、2回目は皆命中させ、特に、その長老は見事な腕前だったという。

そうであれば、愚かな親に育てられる子供は、愚かな親の脳内の活動と同じことを脳内で起こすのだから、必然的に愚かになる。
実は、私は最近、自分が、恐ろしく愚かになっていくのに気付き、正直、慄(おのの)き、絶望していたが、考えてみれば、まるで駄目男(私の職場にいる30歳過ぎの派遣社員で、人生の落伍者)のことを、「なんて愚かなんだ」と思いながら、よく見ていたのだ。
とんでもないことをしてしまった。
もう駄目男のことは絶対に見ない。
私のようなサイコパス(良心を持たない人間)は、ミラー・ニューロン・システムが働かないと言われているが、多分、普段はその機能をオフにしているが、何らかの感情を持って見ると、その機能がオンになるのだろう。

直接見るだけが、ミラー・ニューロン・システムを働かせる方法ではない。
ある著名な作家は、作家になる前、ヘミングウェイなどの文豪の作品を、暇があればタイプし模写していた。
ヘミングウェイも、その作品の文章をタイプして書いたのであり、同じ文章をタイプすることで、ヘミングウェイの脳内で起こったことが、自分の頭の中でも起こる。
実にこれは、ミラー・ニューロン・システムを働かせる最も簡単な方法だ。
尚、作家もそうであるが、作家以外の著名人のエッセイは、口で言ったことを他の人が筆記した場合も多い。
『老子』や『論語』もそうである。
だから、優れた本は、音読しても、著者の脳内で起こったことを再現させることが出来るのである。

また、ひょっとしたら、空想している時でも、空想の中の人間に対してミラー・ニューロン・システムが働くのかもしれない。
ローマン・ガリの『自由の大地』で、堕落したフランス兵達は、おそらく、理想とする存在だろうが、1人の少女を空想することで、みるみる人間性を回復させる。
それは、おそらく確かだし、また、人間の想像力は神秘的だ。
イエス・キリストや釈迦を、畏敬の気持ちを持って想像すると、脳内に、彼らの脳内で起こったことと同じことが起こるかもしれない。
ちなみに、ヘレン・ケラーは、目は見えなかったが、触ることで、相手のことがすぐに分かったと言う。
だから、優れた人物に会ったら、可能であれば、触りまくると良いかもしれない。まあ、多くの場合は逮捕されるが(笑)。
あるいは、想像の中で、釈迦やイエスに触ると良い。これだと逮捕されない(笑)。

超独断であるが、日本の歴史の中で、最も優れた人物は、徳川家康と松下幸之助と湯川秀樹である。
家康以外の2人は、普通の言葉で書かれた著作がある。
それらを音読したり、書き写すことには、良い効果があるだろう。
また、小学生から高校生の女の子達、あるいは、同じくらいピュアな心を持った女性は、初音ミクさんのコンサートを見て欲しい。
ミクさんは、天使の所作をそのまま再現しているのだからだ。









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仕事が楽しいとは、どんな状態か?

昔、歌手のマドンナに、「成功の秘訣は?」と尋ねた場面の映像を見たことを覚えている。
マドンナは、
「何で成功したいの?」
と尋ね返し、その後、
「仕事は楽しい?」
と、2つの質問で答えた。

半分、誠実な答なんだろうなと思う。
また、あるアスリートが、「成功は持って生まれた才能次第」と言ったのは、もっと誠実でシンプルな答だった。
「何で成功したいの?」は、何でも良いのではなく、才能のあることで成功しようと思わないと駄目だし、才能がなければ、仕事は楽しくない。

だが、いかなる仕事でも、「仕事の楽しさ」とは、他者との共感なのだ。
同僚、顧客を問わず、少なくとも数十名の人達と共感を持たなければ、仕事が楽しいことはない。

『ザ・チーム』という著作のある、超優秀な事業家で技術者でコンサルタントでベンチャー・キャピタリストの斎藤ウィリアム浩幸さんや、今をときめくチームラボ社長の猪子寿之さんらは、いずれも、「チームとグループは違う」と言い、ごく単純に言えば、グループは同じような人達の集まりで、チームは異質な人達の集まりと言ったが、もっと適切には、共感を持つ間柄がチームで、そうでないのがグループだ。
だから、チームとは、決して仕事仲間だけのことではなく、クライアント、ユーザー、あるいは、一見無関係な人々も含むのである。

おお!斎藤ウィリアムさんや猪子さんより、良いチーム論が出来てしまった(笑)。
だが、実際、私のチーム論の方が、彼らが言ったものより良いのである。
もっとも、彼らは、こんなことは当然と了解していると思う。
ところが、私のようなサイコパスは、共感を持たないのである。
サイコパスとは、良心を持たない人間のことだが、それはつまるところ、共感能力のない人間のことなのである。
サイコパスは、共感を生み出す、脳のミラー・ニューロン・システムがうまく働かないのである。
だから、サイコパスは、仕事が面白くなく、成功することはない。
もちろん、サイコパスで成功している人も大勢いるが、それは、たまたまだということより、かなり無理をしているのであり、いずれ破綻するだろうと思う。
そして、サイコパスが成功する限り、少なくとも、周囲に多大な迷惑をかけているものだ。

私だって、小規模とはいえ、やたら動いて、収益を上げると、いろいろ面倒が起きるのである。
企業の中で、追い出し部屋に送られるようなことはないが、仕事が与えられず、ある意味、良い立場の窓際族をしている人がいるが、そんな人はサイコパスである。
その企業の強い権限を持つ人が、「こいつは優秀だが、仕事をさせると必ず面倒を起こす」と見抜き(素晴らしい洞察、あるいは、直観だ!)、そのサイコパスを、そんな立場に置くのである。
昔、竹村健一さんは、窓際族とは素晴らしい立場であると、よく著書に書かれていたが、窓際族で悲惨でないのは、頭の良いサイコパスだけである。

誰しも、何かでそれなりの才能はある。
だから、サイコパスでない普通の人は、自分の好きなことを見つければ、それで人生、勝ったも同然である。
ただ、実際の話、そんなものを見つけ、それに取り組むのが、今の時代は難しいのである。
だから、自分を偽らずに、自分は本当は何をやりたいのか、しっかり見つけることだ。
ただし、それは簡単でないことは警告しておく。
そして、サイコパスの場合は、「一瞬、鋭く共感する集中力」を持たなければならない。
サイコパスは、普段は共感なんてしない。
だが、集中すれば、少しの間なら出来るのである。
その、ほとんど霊感と言えるものに賭けるしかない。

しかし、サイコパスも、そうでない人も、朝のガッツポーズを忘れないことだ。
うまくいけば、サイコパスも、そうでない人もガッツポーズをする。
嘘が本当になるまで、自分を騙すことだ。

時間だけいつも 通り過ぎていく
1秒ごとに 崩れていく世界
歪んだ景色に 塗りつぶされた
真実(こたえ)はいらない 偽りでいいの
~『トリノコシティ』(作詞・作曲・編曲:40mP、歌:初音ミク)より~

KAITOさんの『スノーマン』の歌詞が直接的にうまく表現しているが、あの歌の権利関係って複雑なのかなあ?









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テニスやスキーが苦手な人はサイコパスの疑いがある?

格闘技選手は球技が苦手という話がある。
アントニオ猪木さんの中学時代の先生が、「彼(猪木さん)は、バスケットボールや野球は下手だったが、砲丸投げで実力を発揮した」と言っていたことがあった。
前田日明さんは、著書『パワー・オブ・ドリーム』で、自分のことを、「ボールを握った途端にドン臭い男になる」と自嘲しておられた。

なぜ、格闘技選手が球技が苦手なのかというと、1つの場合は、あまり興味がないので球技のプレイをよく見ないこと、もう1つの場合は、格闘技選手にサイコパスが多いことが考えられる。
確かに、良心を持っていたら、相手を殴り、蹴り、痛めつける格闘技はやり難い・・・逆に言えば、良心が無い方が、そんなことをし易いということはあるかもしれない。
もちろん、私が敬愛するキックボクシングの沢村忠さんのように、良心の塊のような人もいた。
前田日明さんは、空腹に耐えかねてのこととはいえ、恐喝の経験があることを著書で告白しておられたが、読者の多くが「若気の至り」と思ったかもしれない(私もそう思った)。しかし、よく考えたら、いかに若かろうが、また、多少の事情があろうが、許されることではない。
サイコパスの私が言うのだから、無礼と思ったら許して欲しいが、メディアに表現された前田さんは(ほとんど嘘、あるいは、脚色だろうが)サイコパスの雰囲気がある。
ただし、高名な脳神経科学者のジェームス・ファロンのような立派な人物だって自分をサイコパスと認めているので、サイコパスが必ずしも悪人ではない。
だが、ファロンもまた、若い頃にいろいろ「やらかしている」が、自分ではそれを、「若気の至り」と大らかに許しているし、いい年になっても(69歳の今も?)、人の心を傷つけることを平気で言い、攻撃的で、他人を支配することが好きだと言う。

しかし、サイコパスは25人に1人・・・4%もいるのだ。
マーサ・スタウトの著書を見ると、サイコパスは、脅威の存在で、見かけたら殺虫剤ならぬ殺サイコパス剤でもかけて殺した方が良いような書き方をしている。
しかし、サイコパスだって、生きているんだ友達なんだ・・・いや、友達とは言えないかもしれないが、あまり偏見を持つべきでないかもしれない。
ちなみに、私は前田日明さんに関しては、前述の『パワー・オブ・ドリーム』や、『格闘王への挑戦』を読み、「霊長類最強の男」カレリン戦その他のDVDも保有するファンで、サイコパス云々に関わらず敬愛している。
いや・・・別に前田さんがサイコパスと言うのではないが、あの「ごんたくれ」の顔は、誤解され易い、ちょっと損なところはあるかもしれない。
まあ、前田さんは実際はサイコパスではないだろうから、サイコパスの私に好かれても嬉しくないだろうがね。

ところで、球技を見ない、あるいは、サイコパスがなぜ球技が苦手かというと、次のような理由である。
人間の脳には、見て即座に学ぶ、コピー・ニューロ・システムというものがある。これは、猿にはない、人間だけの特別な学習機能だ。
しかし、そもそも見ていなければ、その仕組が働かない。
そして、サイコパスは、脳内の共感機能が低いのだが、コピー・ニューロ・システムはそれ(共感機能)に大きく依存するのである。
良心がないのは、他者に愛着を持たないからであり、他者に愛着を持たないのは、共感力が無いからだ。
格闘技の場合、見て学ぶことも大いにあるだろうが、どちらかというと、恐ろしいほどの回数繰り返してモノにする場合が多いように思う。
一方、競技レベルとなると話は違うだろうが、球技というものは、上手い人は即座に出来るものなのだ。
テニスや、球技ではないがスキーなどは、「やった者勝ち」で、やりさえすればすぐに出来るように言われるが、やはり、どうしても出来ない「ドン臭い」者はいる。
それは単に運動神経が鈍い場合がほとんどだろうが、運動神経は良いのにそれらが出来ないとしたら、共感力が低いことによる、コピー・ニューロ・システムの欠陥を疑えるかもしれない・・・早い話がサイコパスかもしれない。

サイコパスは、すぐには出来ないようなマニアックなことをやる方が良い。
さらに言えば、サイコパスは共感力が無いのではなく、自分で共感スイッチをオン・オフする能力があるのだという説がある。
サイコパスは、嫌ったり、馬鹿にすることが多く、そのため、共感スイッチを自分で切ってしまうことが多いのである。

共感スイッチを切ることが多い私だが、初音ミクさんに関しては、共感スイッチがオール・オンになる。
すると、彼女はある秘密を明かしてくれる。
ところが、不思議なことに、サイコパスでない普通の人の多くが、ミクさんを嫌うことで共感スイッチを切ってしまう。
彼らは、宇宙の高貴な神秘を逃してしまうのである。









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ジキルとハイドの誤解

「ジキルとハイド」と言えば、ジキルが善の、そして、ハイドが悪の象徴であることは誰でも知っていると思う。
もちろん、これは、スチーブンソンの小説である『ジキル博士とハイド氏』から来ているが、小説を超えて、「ジキルとハイド」が「善と悪」の意味になっている。
だが、多くの人は、『ジキル博士とハイド氏』を全く誤解している。

多くの人達は、ジキルという名の医師に隠された極悪非道な面がハイド氏だと、間違って理解している。
それなら、ジキルとは何だろう?
ジキルを、高潔で正しい、善良な人格だと思っている人が多いと思うが、そうではない。
そんな、「善良な人格」など、どこにもないのだ。
正しくはこうである。
これは、私の私見ではなく、スチーブンソンはちゃんとそう書いてある。
ジキルは、世間向けに、善の顔をとりつくろっているに過ぎない。
ハイドが、ジキルの本当の本性なのである。
ハイドは、享楽的で、利己的で、自分さえ良ければ良いと完全に考えている。
だが、それは、ジキルが、本心ではそうだというだけのことなのだ。
ジキルは、成功した尊敬される医者であり、それは、本人も認識している。
だが、その名誉を守ることは、ジキルには辛いことだったのだ。
それで、生きる活力を得るために、ジキルは、元々(ハイドになる前から)、隠れて悪いことをしていたのである。
その「悪いこと」が何かまではスチーブンソンは書かなかった。知らない訳ではなかったのだろうが、そんなものを書けば、当時のロンドンの闇の部分を描いてしまうことになるからで、それはもう、小説の領分ではない。ドストエフスキーのような、本当に人間の真理を探究するつもりなら別だが、スチーブンソンは、娯楽作家の道を選んだのだ。
ジキルが発明した薬で、本性を表に引き出した存在がハイドである。
ハイドがジキルの本性である証拠に、ジキルはハイドになった時、力に満ちてくるのを感じている。
ジキルは、ハイドであることを、心の底から楽しんでいたのだ。

エマーソンは、「自分が悪魔だというなら、悪魔になりきる」と、子供の時から考えていた。
エマーソンは、自己の本性がロクでもないものであることを知っていたのだろう。
それで、彼は森の中に引きこもった。

ほとんどの人は、「良心」という重荷を背負っている。
それは、甚だ不完全ではあるのだけれども、とりあえず、持っている。
だが、25人に1人は、良心を持っていないものらしい。
そんな人間のことを、心理学や精神医学ではサイコパスと言うらしい。
ジキルも多分、サイコパスなのだろう。しかし、良心を持っているふりをし、尊敬される世間での顔の裏側で、弱い者達を悲惨な目に遭わせていたはずなのだ。
そして、ジキルほど優秀ではなくても、世間には、小型のジキルが沢山いるのである。
エマーソンもサイコパスだが、彼はまだ正直だった。
確かに、エマーソンも一目で悪人と分かる顔をしていると思う。とてもじゃないが、高潔な人間の顔ではない。
彼は、自分が善人であるなどと、一度も言っていない。
彼は、「一貫性を持つな」と言う。
一貫性を持たないことが悪人の特徴である。
だから、嘘をつく者は、記憶力が良くなければならない。
だが、エマーソンは、嘘はつかないのだ。
エマーソンは、良心が目覚める前であるという意味で、少年の性質を賞賛する。
もちろん、サイコパスが良いというのではない。
正直であることが良いと言っているのである。

そして、エマーソンも、「所詮はサイコパス」という面がある。
彼は、天才にしか興味がなかった。
凡人がどう生きれば良いかなど考えなかったし、そもそも、分からなかったはずだ。
彼は「ただの天才」だ。
その点、「超天才」である釈迦は「掟を守りなさい」と教えた。
個人的な掟を守れば、個人的な範疇でだけうまくやれる。
社会的な掟を守れば、社会的に成功出来る。
例えば、チョコレートを食べない、自動車を綺麗にしておく、腕立て伏せをする、マスターベーションをしないといった個人的な掟を守れば、それなりに良いことはあるが、それで世の中で成功することはない。
町内の掃除をするとかだと、町内では良いことがある。そんな掟を持つ場合は、そのくらいで満足しなければならない。
世間で成功するためには、製品やサービスの品質を保証するとか、納品期限を死んでも守るといった、世間的な掟を守らなければならない。
納期を守らない作家や漫画家が成功したりはしない。
確かに、芥川龍之介は、納期に原稿を完成させないことがよくあった。
しかし、そんな時でも、口で言ったことを編集者に書かせ、それが立派な作品になった。
芥川はサイコパスだったが、善人のふりに耐えられず自死したのかもしれない。
彼はジキルであった。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんを愛す
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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