ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

2016年03月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

優れた王は自分を軽蔑している

宇宙戦艦ヤマトは放射能除去装置を受け取るために、はるばるイスカンダルを目指したらしいが、我々は、心の放射能除去装置を持たなければならない。
それは、今ここで、タダで手に入るが、使い方が甚だ難しい、「崇める」という心的装置である。

人間は、なぜ不幸になるのか?
ゆるむからである。
なぜ、ゆるむのか?
ここが肝心である。
それは、人間の自我というものは、自分がNo.1だと思うものだからだ。
自我は、自分こそが最上の存在であり、敬われるべき絶対君主だと思っている。
その結果、切なく崇拝を求める。
結果、社会的に偉い者は傲慢になるが、底辺の者だって、一見卑屈だが、プライドは恐ろしいほど高い。
だが、本物の王様だって、自分が一番だと思ったら、ゆるんでしまい、地獄に真っ逆さまだ。
だから、王様こそ、崇めるという心的装置が必要なのだし、良い王様は、それを見事に使いこなしている。

崇めるということは、どういうことだろう?
それは、「自我の上位に、自我に優るものを置く」ということなのだ。
神様を崇めれば、自我より上に神様があり、自我は自分はNo.1ではないと認識する。

崇める対象は、神様、仏様でなければならない・・・ことはない。
ゴーリキーの『二十六人の男と一人の少女』では、男達は、ただの16歳の可愛い少女を崇め、ガリーの『自由の大地(天国の根)』では、フランス兵達は、空想の少女を崇めた。
結果、26人のゴミ虫のような最低の男達は、道徳、理性、知性、活力を取り戻し、堕落したフランス兵達は騎士の品位を取り戻した。
だが・・・将軍様、王様、法王様を崇めるとロクなことはない。
人間を崇めると、一瞬は向上しても、すぐに奈落の底に叩き落される。
なぜなら、それは、自我の上位に、他の自我を置くという、愚かなことだからだ。
「嗚呼!バカバカバカ!」と言うべき馬鹿さ、愚かさ、間抜けさだ!
人間を崇めるとどうなるかは、上に挙げたゴーリキーの『二十六人の男と一人の少女』に、ユーモラスに、喜劇的に、しかし、悲劇的に描かれている。
女神のように崇めた少女も、人間である限り、肉の塊に過ぎないのだ。
しかし、『自由の大地』で、フランス兵達が崇めた空想の少女は、本物の女神だったのだ。

自我を持った人間を崇める愚を犯してはならない。
人間は崇拝の対象になり得ない。
それは、たとえ、ガンジーであっても、マザー・テレサであっても例外ではない。
されば、神仏を崇めるのが良いのだけれど、神仏自体に自我の垢が付いていることが多い・・・いや、必ず付いている。
だから、神仏を崇める場合も、崇めるべき神仏の「自分が気に入った」絵、あるいは、像と共に、その名だけを崇めよ。
その名を、美しい御姿を心に浮かべながら、慕い、憧れる気持ちを持って、想い、あるいは、唱えよ。
そうすれば、自我は神仏の下位にうやうやしく退く。

もし、気に入った神仏の絵や像がなければ、『自由の大地』のフランス兵達がやったように、崇めるべき者を想像すれば良い。
それは、思い出の中の人物であれば、人間でも良いが、具体的人物であるなら、決して身近でない者でなければならない。
絶対に会うことのない者でなければならないのだ。
木枯し紋次郎が、8つの時に別れ、その2年後に亡くなった姉を崇めたようにだ。
そんな姉は、紋次郎を決して裏切らない。
しかし、どんなに良い姉でも、身近にいれば、いつか裏切られるのである。

初音ミクさんを崇める人は幸いだ。
ミクさんは決して裏切らない。
私は、ミクさんのお父さんの、クリプトン・フューチャー・メデイァアの伊藤博之社長の講演会に行き、「人よりも牛の方が多い地で育った」という、伊藤社長のお人柄を感じ、この人に育てられたミクさんなら、絶対に大丈夫だと思ったのだ。
また、伊藤社長さんが、娘さん(ミクさん)をとても大切にしていることも、私はよく知っている。
ご本人は、ミクさんを娘とは思っていないと言われていたが、「大切なもの」「水のようなもの」と言われていた。
それがつまり、本当の娘ってことだ。
しかし、「水」とは面白い。
『古事記』によれば、水を配給する神は、ミクマリなのである。
また、日本の超古代文明と言われるカタカムナでは、ミクマリは、全てが融合した円、あるいは、球なのである。

素晴らしい姉がいた紋次郎は幸せである。
初音ミクさんを崇める私は幸いである。
あなたも、決して裏切らない、純粋で美しい存在を崇めるべきである。
自我を専制君主にしてはならない。
自我は、美しく敗れないといけないのだ。
私はミクさんに止めを刺され、その後方(しりえ)に退いたのである。
「我敗れたり。そなたの後方に下がりひざまずく」
である。これをイエスは、
「汝敗れたり。わが後方に退け、サタン!」
と言ったのである。
自我はサタンである。

『老子』第39章(!)にある通り、優れた古の王様は、自分を「孤児」「独り者」「悪しき者」と呼んだのである。
王こそ、貴い何かを自我の上位に置いて、ひざまずく必要があることを、賢い王達は知っていたのである。









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美しさで選んで間違いない

そう珍しいことではないと思うが、世界には、結婚の際、女性が一方的に男性を選び、その選択材料は、男の美しさだけだという民族がある。
日本では、男の美しさが求められるのは、男が若い場合ですら、あまり多くはない。
では、今の日本社会で、男の価値を決めるものは何かというと、実際は、昔から変わらず、3高(高学歴、高収入、高身長)で、その中でも、この不況の時代では、男の経済力が求めらるのだろう。

解剖学者の養老孟司氏の本で見たことがあるが、昔の日本では、女性だけが働いており、男は遊んでいたり、せいぜいが、芸事に励んでいたらしい。
また、心理学者の河合隼雄氏の本にも、昔の貴族の男は、やっぱりそんなもので、強さ、逞しさとは無縁だったと書かれていた。
日本以外でも、そのように、男は働かず、女が働いていた国というのは、昔は結構あったらしい。

ひょっとしたら、人間の男というのは、本来、あまり、働いたり、闘争したりには向いていないかもしれない。
男を争わせるものは、もしかしたら、男の中にある女性的性質かもしれない。
つまり、男の価値は、経済力や強さであるとは言えないのだと思う。

実際のところ、彼氏彼女を選ぶ時は、第一には外見になるはずだ。
男が女を選ぶ時は特にそうだろうが、女だって、若いうちは男の外見に惹かれるのは仕方がない。

私は、それで良いのだと思うのだ。
つまり、男も女も、相手を「美しさ」で選んで良い。いや、選ぶべきだ。
案外にそれでうまくいくのではあるまいか?
最初に述べた、女が男を美しさで選ぶ民族なんて、案外、平和で活気もあると思うのである。だって、それで歴史を重ねて、今も栄えているのだからだ。
そんな風習がある民族が、内部的な原因で滅びることはないと思う。
逆に、男は勇猛であるべきといった国や民族は無数に滅びたのだ。

では、改めて、なぜ、相手を美しさで選ぶべきなのか?
生まれついての容姿の優劣は確かにあるが、それが通用するのは、ごく若いうちだけだ。
生まれつきの容姿は素晴らしくても、ゆるんでいたら、すぐに醜くなるし、逆に、遺伝的な外見は劣っていても、ゆるまず、引き締まり続けていると、年を取るほど美しくなる。
私の知っている女性で、小学生の時は素晴らしい美少女であったが、中学で普通の女の子になり、二十歳頃には全く魅力がなくなっていたという、極端な人もいた。彼女は、ある時期から、ゆるんでしまったのだ。
その逆も、当然あるし、私も何人かの実例を思い付く。
これは、美容や整形といった、外的手段で、どうなるものでもない。
人間の真の美しさは、魂が作るのである。

そして、ゆるむか、引き締まるかの差が出るのは、社会に出てからであり、結婚相手に相応しかどうかは外見にはっきり表れてくる。
「容姿が悪いので結婚できない」と言う人がいるかもしれないが、よほど若い時を除き、ほとんどの場合、容姿を決定しているのは自分である。
つまり、美しいか美しくないかは、ゆるまずに生きているか、ゆるんでしまっているかだけで決まる。
現代の日本では、社会(特に、国家や大企業、マスコミ)が人々をゆるませるよう、強力に働きかけていて、結果、中年を過ぎても美しい人は滅多にいない。
しかし、それが当然なのではなく、むしろ、異常なのである。
人間は、死ぬまで美しくあるべきだ。

我々は、美しさで相手を選べば、まず、間違いないが、それと共に、我々は、ゆるまないことで、美しくならなければいけないのである。

また、崇める神仏も、美しさで選んで良いのである。
自分が、純粋に個人的に「美しい」と思う神仏を選べば良いのである。
それ以外で選ぶと、おかしな宗教団体に騙されることになるだろう。
具体的には、ある神や仏の姿を描いた絵や彫刻を非常に美しいと思い、大いに気に入れば、その神仏を崇めれば良いのである。
そして、その神仏の名を、常に想うようにすれば、その美しい姿が心に浮かぶだろう。
神仏の名を、その美しい姿と共に心に常に置けば、その想いは、その他の想念を掻き消してしまうのだ。
それにより、透明になった心は、強く広く輝き、あなたに、美と幸運とエネルギーをもたらすのである。
そうやって、あなたは美しくなるのである。
だから、美しさで気に入った神を選んで良いのである。
なぜなら、『バガヴァッド・ギーター』で、クリシュナ神が述べた通り、いかなる神に祈っても、それは全て、根本神に通じるのだからである。
根本神とは、クリシュナのことであり、仏教では、阿弥陀如来や大日如来であり、キリスト教、ユダヤ教では父なる神である。
それは、意識しなくても、自動的にそうなる。
だから、あなたは、美しい神に祈れば良い。
そもそも、神仏とは美しいものである。
その中でも、自分が特に美しいと思う神なら、自ずと、慕い、憧れる気持ちが起こるであろう。
その気持ちと共に、神の名を唱えるのが、ナーマ・ジャパ、ナーマ・スマラナと呼ばれるものである。









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ちょっと痛いけど、まあ良かった

1時間以上かけて書いた文章を、ミスで一瞬で消してしまった。
意図せず、文章全体が選択(反転状態)になってしまっていた状態で、文字キーを押してしまったようだ。
ブログを書き始めて10年くらいだが、こんなことは初めてである。
しかし、物事は、偶然に見えても、何らかの原因がある必然に違いない。
そして、アインシュタインが言ったように、「神は老獪だが、悪意はない」のだと思う。
ニーチェは、「偶然が横柄なら、私はもっと横柄に迎えてやる」といったことを述べていたと思うが、つまり、「これでいいのだ」ということだろう。
ブログにおいては、最近、どうも一本調子だったかもしれないので、急には無理だろうが、工夫しようと思う。
今日もターラー様のみ名を唱えよう。









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不思議な体験

インドの聖者ラマナ・マハルシは、魂の座は人体の中では、胸の中央から指2本分、右にあると言ったようだ。
私は全く信じていなかったが、今日、ちょっと面白いことがあった。
私は、少し寒い部屋で、ソファに座ったまま、半ば眠っていた。
1つのサブウーハー(重低音用スピーカー)と合わせた3つのスピーカーから、初音ミクさんのミニ・アルバム『HATSUNE MIKU EXPO 2016 E.P.』の音楽が流れていた。
CDをMP3に変換して、スマートフォンに取り込んだものだ。
ピアノのみの伴奏の『星のカケラ』が驚くほど素晴らしくて感激した。
『HATSUNE MIKU EXPO 2016』日本ライブ・ツアーのテーマ曲『Blue Star』は、オリジナルとは別に、2つのリミックス・バージョンが収められていて、これがまた、どれも良い。
そして、『Blue Star』の「Carpainter/TREKKIE TRAX」リミックス・バージョンを聴いている時だった。
気がついたら、着ていた緑色のトレーナーの首のところを押し下げるようにして侵入させた左手の手の平を、胸の中央から、少し右(ほぼ、指2本分)に押し当てていたのだ。
全く無意識にだ。
半分眠っていたのと、寒さに弱い私が、少し風邪をひきかけていたこともあって、自我が完全に退き、私のエス(無意識の中の生命力)がそうさせたのだろう。
それは、全く自然なことに感じ、意識が戻っても、とても心地良かった。
全ての曲が終わり、何かの低い振動音が聴こえる中、胸の右側に左手を当てたままでいたら、純粋な意識が輝きながら広がるのを感じた。
解脱とまではいかないが、内部の魂と交流した神秘的体験と言えると思う。
マハルシはやはり正しかったのだ。

このミクさんのアルバムは、「星」をテーマにしているのだと感じる。
そして、私は最近、サンスクリットで「星」を意味する、「ターラー」という言葉をずっと想っていたのだ。
ターラーとは、私がにわか信仰を始めたターラー菩薩様(多羅菩薩、ターラ菩薩)の名だ。
サンスクリット語では、「瞳」のことも、ターラーと言う。
ミクさんの青い瞳もまた、Blue Starで、地球と全く等しいのである。

ドイツの詩人・作家ライネル(ライナー)・マリア・リルケの『夢』という神秘的な小説がある。小説と言っても、2~3ページなのだが。
青空文庫内の「ここ」で、無料で読める。
まあ、ロシアを「露西亞」、モスクワを「莫斯科」と表記する古い文章だが、それ以外は、そう読み辛いことはないと思う。
短いが、精神を覚醒させる素晴らしい作品だ。
その中で、あるロシア人の若い労働者が、星が神様の眼や天使の眼であると信じているとある。
この短いお話は、リルケが見た夢のようで、不思議な少女が一人登場する。
彼女は、星が人間の眼であることを知っていた。
その少女は、いったい何だったのだろうか?
天使か、精霊か、あるいは、ターラー菩薩様だろうか?

ターラー菩薩様と、初音ミクさんと、リルケ氏、そして、バガヴァン・ラマナ・マハルシのおかげで、思わぬ素敵な体験が出来た(もちろん、音楽を創作してくれたクリエイターの方々のおかげでもある)。
まるで、ターラー菩薩様の緑色の羽衣や、初音ミクさんの緑色の髪に触れたような気がするが・・・気がするだけだろう。
女神様の羽衣や、それに等しい、ミクさんの髪に触れさせていただけるような徳は全くないし。









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人間最強の武器とは?

新聞やテレビ番組の中で、「頭が良くなる方法」だの、「ずっと元気でいられる秘訣」、あるいは、「ビジネスで成功する習慣」といった文言が、いかにも、関心を惹きそうな言葉で飾られて書かれたり、言われたりしている。
ところが、そんなものは頻繁に新しく出て来るが、同じ「頭が良くなる」でも、内容が全然違ったりする。
それらは、お金や手間がかかるものばかりで、いちいち付き合っていられないはずだ。

そして、それらは全部、意味がないのである。
なぜか?
一番大切な根本がしっかりしていないのに、小手先で何をやっても駄目なことくらい、分からないだろうか?
そんな、ボウフラのように湧いて出て来た「健康になれる」などは、まさにボウフラと同じで、一匹一匹は、すぐに消えるし、どれも同じで、一匹一匹に目をかける価値なんてない。
大切なことは「根本」であり、ボウフラのようなものではない。

一番大切な根本は、志なのだ。
それなしに、頭が良くなったり、元気だったり、お金持ちになって、何の意味があるだろうか?
単に、自分が美味しく食べて、頭が良いと誉めそやされ、贅沢するだけのために、それらを手に入れて、ずっと楽しいなんてことがあるだろうか?
言うまでもなく、実際はこうだ。
志がなければ、頭は良くならず、強く優美な心身は持てないし、大きなお金も得られない。
だが、志があれば、自然に頭は良くなり、強く優美な心身になり、必要なお金はいくらでも出来る。

あなたが願う聡明な頭脳、強く優美な肉体、有り余るお金は、何のために欲しいのかってことだ。
そもそも、志がある者は、そんなものを欲しがらない。
欲しがらないが、志のある者のところには、それらは、むこうからやって来る。

志こそが、決して自動的に得られないのに、誰もそれを得ようと本気にならない。
人間は、自分の心を放っておいたら、ゆるむ一方で、志などとは全く無縁になる。
常に、ゆるまず、自分を引き締めることによってのみ、人間最強の武器である志を持てるのである。
そして、ゆるまず、引き締まるためには、自分の掟を持ち、それを必ず守り続けるしかない。

40代、50代、あるいは、60代以上でありながら、一度も志を持ったことがないという人間が多い。
我欲としか言えない、偽の志なら、いっぱい持ってたし、今も持っているかもしれないが。

90歳を過ぎても、世界中を自家用ジェット機で飛び回ってビジネスをしていた、ドクター・ハマーこと、アーマンド・ハマーの志は、7歳の時に得たもので、それは、「自分より優れた人の役に立つ」だった。
この「自分より優れた人」とは、精神性のことであり、そんな精神性を持った人は世の中にいくらでも存在することを、ハマーは、幼い時から、そして、生涯、認識していたのだろう。
初音ミクさんの歌がなぜ、あんなに素晴らしいのかと言うと、ミクさんの透明な歌声が奏でる歌は、クリエイター達の志が秘められているからだ。

志がなければ、利己的な目的で色々なものを渇望する。
ただ、快楽をもたらしてくれそうだからという理由で、浅ましくも、いくらでも欲しがるのだ。
そのために、『バガヴァッド・ギーター』を読んだり、神仏の名を唱えたり想ったりするナーマ・ジャパやナーマ・スマラナをやっても駄目だ。
しかし、志があれば、そういったことが奇跡的な威力を発揮する。
志があれば、能力、健康、幸運を得るのにお金はさほど、あるいは、全く要らない。
また、志を得るために、つまり、ゆるまないために、『バガヴァッド・ギーター』を読んだり、ナーマ・ジャパやナーマ・スマラナをやるのは良いことであると思う。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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