ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

2016年02月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

幸運の真の要因

江戸時代の高名な観想家(顔や身体の相で運勢を鑑定する占い師)である水野南北は、膨大な数の鑑定実績から、
「食が少なければ幸運で、多ければ不運であり、これには、万に1つの例外もない」
と断言した。
南北の名声は天下に轟き、孫弟子などを含めると弟子は千人いたと言われ、大長者として、健康で長生きし、少食の効果を自らも十二分に証明した。
また、海外にも、古い時代から、16世紀イタリアのルイジ・コルナロのように、少食の驚異的な効果を実証した人がいる。

そして、多くの場合、彼らの主張が正しいことは明らかと思う。
しかし、必ずしもそうではないとも言えるのだ。
まず、貧乏であったり等の理由で食物が得られないといった、自分の意思によらない少食は、あまり、幸運や健康に恵まれない。
また、極端な少食も、決して良い状況にならないだろう。
さらには、程よい少食であっても、必ずしも幸運に恵まれるとは限らないのだ。
特に、現代では多くなった、ほとんど歩くこともなく、1日部屋で座っているような人にとって、少食はさして立派ではなく、恵みも少ないかもしれない。

結論から言えば、少食自体が幸運や健康をもたらすのではない。
自らの意思で食を節する者は、ゆるまない場合が多いから、幸運で健康なのである。
あくまでも、幸運、健康、その他の幸福の条件とは、ゆるまないことである。

また、「朝4時に起きる者は、必ず成功する」と言う人も多く、実証例もきっと多くあるだろうし、それなりの信憑性があると思う。
しかし、これも、「1年365日、必ず朝4時に起きる者は、ゆるまない可能性がかなり高い」ので、成功するのである。
成功の本当の要因もゆるまないことである。

逆に言えば、大食で、起きる時間が遅くても、ゆるまなければ、幸運で健康であり、望むなら成功も出来るのである。
実際に、大食漢で、午前中に起きることが出来ないに関わらず、健康で、職業で成功し、財に恵まれている者は、あまり多くはないが確かにいる。
そのような人達は、強い使命感を持って仕事をしているので、ゆるまないのだと思う。

少食や早起きは、ゆるまないための優れた方法であることは間違いなく、大いに勧められる。
しかし、それらは、幸運のための直接の要因ではない。
まして、強制された少食や早起きでは、幸運の力にはならない。
だが、方法は問わないが、心を引き締め、片時もゆるまないなら、確実に幸運に恵まれるのである。









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ゆるまないと万事うまくいくことを少し理屈で言ってみた

原子力発電だとか火力発電、水力発電、それに、風力発電などがあり、自動車を動かすにも、ガソリン、ディーゼル、電気があるので、エネルギーには違った多くのものがあると思ってしまうが、エネルギーというものは根本的には1つで、ジュールという単位で表す。
こういったことは地球人類にも分かったが、あくまで、物質的エネルギーについて分かっただけで、精神的エネルギーに関しては、エネルギーと言いつつ、それはあくまで概念だと理解されていて、実質は存在していないと考えられている。
だから、精神分析学や心理学でいうエスという精神エネルギー(無意識の中にあるとされる)は、物質科学では存在しないものなので、精神分析学とか心理学というものは、科学と認められていない。
一般に言う科学的な考え方、あるいは、科学的な考え方をする人から見れば、心理学や精神分析学は、怪しいだけのものなのである。

しかし、今でも分かり始めているのだと思うが、やがては、人類は、物質エネルギーも精神エネルギーも、同じ1つのエネルギーであることが分かるようになる。
そうすれば、私が最近、ずーっと言っている、ゆるまなければ、万事OKだということが、単純な理屈で、あまりに当たり前のことだと分かる。

2013年12月に亡くなった英国の作家コリン・ウィルソンの生涯のテーマとは、ごく単純に言えば、疲れ切った男が、好みのタイプの女性が全裸でやってきたらなぜ元気になるのかだった(あくまで喩えである)。
この現象を、医学的、物質科学的に説明出来ると思っている人がいるかもしれないが、ある程度までしか説明出来ないのだ。
心理学に、リビドーという、フロイトが性的衝動のことをそう言い、後に、ユングが本能的衝動全般のことをそうだとしたものがある。
衝動とは精神エネルギーのことだと言って良いだろう。
しかし、いずれにしても、この実に怪しげなリビドーという言葉で説明しなければならないので、精神エネルギーは、全く科学的とは見なされないのである。
つまり、現代科学的に正直に言えば、クタクタに疲れているのに、好きな女の子がヌードで寄ってきたら元気になるのは、不思議、神秘でしかないということになる。
「そんなアホな」であるが、偉い人達は、普通に考えれば当たり前のことも、既存の体系(理論体系)に押し込めて考えることしか出来ないので、素直な子供から見れば笑い話にしかならないことを一生懸命やっているのだ。それが完全に無意味という訳ではないが、限度をわきまえねば、やっぱり笑い話でしかない。

ゆるまなければ、心が引き締まれば、全てうまくいくことは、心理学を科学だとちょっと認めれば単純に分かることだが、それにはまず、心理学の怪しい概念や用語から改める必要がある・・・だろうなとは思う。
しかし、大切なことは、理屈より実践だ。
つまり、幸福になれるはずの理屈ではなく、単純で効果的な方法が分かれば良いのである。
それが、「一瞬もゆるまない」ことであるが、今や世間では、「ゆるめ、ゆるめ」の大合唱である。
世間の教義や信念では、「ゆるむことが幸福であり、人間はゆるむために生きる」のである。
この完全な大嘘が、世間の教義、信念である。
重ねて言うが、大嘘である。
あなたは、決して、決して、世間の教義や信念に平伏(ひれふ)してはならない。
そんなことをすれば、そして、現実に人々はそんなことをしているから、希望も生き甲斐も喜びも失うのである。

上に挙げたコリン・ウィルソンの一生のテーマも、「ゆるまない」ことで単純に説明出来る。
ゆるまなければ、身体の物質的エネルギーと共に精神エネルギーが高まる。
物質的エネルギーには限度があるが、精神エネルギーは無限である。
精神エネルギーは、脳を媒介して物質エネルギーに変換されるので、精神エネルギーを活性化させれば、元気にもなるし、病気も治る。
生命エネルギーというものは、物質エネルギーと精神エネルギーの両方を言う。そして、この2つは根本的には同じである。
無意識領域には無限の精神エネルギーがあり、これを心理学でエスとかリビドーと言っているが、これを引き出せば、肉体はもちろん、物質世界全てを支配出来る。
脳はその媒介をしているのであり、ゆるまなければ、脳はその役割をよくやってくれるのである。
それが分かれば、幸福になったり、希望や生き甲斐を持つことは簡単なことであることも分かる。

ゆるまないことの理屈は、この程度にしておく。
さっきも言ったが、理屈が大切なのではなく、実践が大切なのである。
しかし、少しは理屈も書いておこうと思ったので、今回だけ書いてみたのである。
心理学、精神分析学、物理学の概論を学べば参考になるとは思うが、これらの学問は、あくまで、それぞれの1つの体系の中に押し込められたものなので、深入りすると余計分からなくなる・・・というか、真理から離れていく。
何でもかでも体験だけが真理とは言わないが、体験で分かることは体験で理解すれば良い。
例えば、砂糖がなぜ甘いかは科学で説明出来るが、単に舐めてみれば、子供でも無学な者でも分かることである。
変な理論科学マニアは、砂糖を舐めることはしないで、理屈で砂糖の甘さを論じているだけなので変なのである。

これまでも、ゆるまない方法を、様々な方面、分野から述べたが、そのいずれかが読者の琴線に触れればと願ってのことであり、今後もまた、色々・・・同じことを別の面から見たり、別の分野を探ったりしていこうと思う。
しかし、大切なのはあくまで実践であり、ゆるまないことは難しいことではない。ただ、意思の力を必要とするだけである。
いずれにしても、希望と生き甲斐を持ち、生命力を活性化させ楽しく生きたければ、一瞬もゆるんではならない。
それを先にやった者から幸福になるのである。









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真の男の酒の飲み方

真の男とは、片時もゆるまない男だ。
真の男は、引き締まるために酒を飲み、偽物の男は、ゆるむために酒を飲む。
酒を飲んで酔っ払うような男は本物の男ではない。

ブルース・ウイルス主演の映画『ラストマン・スタンディング』で、ウィリス演じる凄腕ガンマンのジョン・スミスが、バーで、ウイスキーだろうか、酒をグラスに注がせては、何度も一気に飲み干す場面があるが、その度にジョン・スミスの顔が引き締まっていくのを私は印象深く覚えている。
『ラストマン・スタンディング』のラストマンとは、「最後の本物の男」という意味ではないかと思うが、まさに、本物の男の酒の飲み方はこうである。

アニメ『エル・カザド』でも、殺し屋のリカルドは、仕事(殺し)の前に、ショットグラス(強い酒を原酒のまま飲むための小グラス)に注がれた酒を一気に飲み干すと、その顔は完全に引き締まった殺し屋のものになり、目が妖しくも強く輝いていたのに私は惹き込まれた。

『OK牧場の決斗』では、伝説の英雄である保安官ワイアット・アープが、クラントン一家との決闘に赴く直前に、グラスの酒を一気に呷(あお)って、一層表情が引き締まる場面があったと思う。
こういうのを見ると、酒を飲む男を本当に格好良いと思うのである。

ロナルド・レーガンが大統領時代、中国を訪問した時に、北京の長城飯店(グレート・ウォール・ホテル)において、晩餐会の席で、ウォッカ並に強い酒である中国のマオタイ酒を、男らしく一気飲みしたことを、私は、アーマンド・ハマーの自伝『ドクター・ハマー』で読んだ。当時でも、レーガンは70歳をかなり超えていたはずである。酒に強そうな顔ではあるが。
もちろん、レーガンは、より引き締まり、見事に中国要人達との交友を果たしたに違いない。
私は、個人的に長城飯店は思い出深い場所で、何だか、レーガンの一気飲みの場面が目に浮かぶようである。
私も、金持ちのボンボンが、彼は慣れているのだろうが、目の前で、マオタイ酒を一気飲みするのを見て、負けてなるかと、同じようにマオタイ酒を一気飲みしたことがある。
隣で、友人だったIT企業の社長が悲鳴を上げるのが聴こえた。
私は、普段はほとんど酒を飲まないに関わらずであったが、気力が充実していれば、さしたることはない。
まあ、よく死ななかったものだと、後で思ったが。

ところが、時々、お会いしたことがあった政木和三さんが、海外で、相当なアルコール度数の酒を一気飲みし、全く平然として、周囲の人達を驚かせたらしい。
政木さんは、普段は、赤玉スイートワインを寝る前に、小さなグラスで一杯飲むだけと言われた。
政木さんは、「信念のある者は酒に酔わない」と言われていたが、「信念のある者」は、決してゆるまず、ゆるまない者だけが信念を持つのである。
そして、ゆるまない者・・・心が引き締まった者は酒に酔わないのである。
それは、上に挙げた、「本物の男達」の例から分かると思う。
ただし、私はそれほどの男ではないので、かなりきつかったが、それでも、ちゃんと電車に乗り、さらに、駅から1.6kmをしっかり歩いて帰ったのだ。
幸い、その時は、私も、それなりに引き締まり、ゆるんでいなかったのだろう。そうでなければ、いまごろ、こんなことをしていなかったかもしれない。

酒とは、引き締まるために飲むべきである。
だが、ゆるむために酒を飲む愚か者が多い。
普段からゆるんでいる者が、酒を飲んでさらにゆるみ、人様に迷惑をかけているのだ。
私は、様々な酒を原酒のまま、ぐいっと飲み、ゆるんでいないことを確認することが時々ある。
私は、普段、あまり飲まないので、強い酒はやらないが、最近は25度のカンパリ(リキュール)を気に入っている。
日本では、ジンのような酒でもそうだが、リキュールといえば、何が何でも何かで割らないといけないと思い込んでいる者が多いが、これら見事に調合された酒は、本来、原酒で飲むものである。特にイタリアあたりで、本当に酒の分かる人達は、リキュールでもジンでも原酒で飲むと聴くが、その通りだろうと思う。
私は、ジンは香りが特に好きで、やはり原酒のみ飲む。私が飲むのはイギリスのゴードンズだ。これは、250年近く、同じ製法で作られている伝統あるジンである。
とはいえ、普段は、1本500円前後の安価な赤ワインを、寝る前に一杯飲むだけである。

とにかく、酒に酔うようなやつは、ゆるんでいるのであり、そんなのは本当の男ではない(女性も同じと思うが)。
私は、楽しみのために酒を飲むことは全くないが、心の引き締まり具体を試したり、あるいは、心を鍛えるために、たまに飲むのは悪くないと思う。









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このままでは、我々も明日は、まるで駄目男

私の職場には、まるで駄目男としか言いようのない、30歳過ぎの本当に全く駄目な派遣社員がいる。
誰が何の目的で雇ったのか私は知らない(まあ、神が私に見せるためだろう)。
まるで駄目男君は、今は、その日を過ごせば良いのかもしれないが、今後、10年、20年経っても、今の安月給の雑用係でいられるものではないだろう。
しかも、本人はプライドは高く、将来の希望を聞いたら、「高尚な仕事がしたいですねえ」と真面目な顔で言う。
ニコニコしながら平気で、私の後釜になるとか言うので、ぶん殴ってやった・・・と言いたいが、今は、そんな当たり前のことが出来ない世の中だ。
まあ、本当に相手のことを思っていれば、今でも殴ってやるのだろうが、私はそれほど慈悲深くはないし、よく考えたら、殴っても、こいつは駄目だろう。
ちょっと甘い顔をしたら、まるで私の息子か弟か男子生徒・・・いや、実際のところ、娘か妹か女子生徒のような態度で甘え出す。
ある日、まるで駄目男君は出勤してきた時に、私に、険しい顔で、「社員が自分に挨拶してくれない」と訴える。
その時は、「お客さんがいたからじゃないか?」とか、「彼らは忙しかったのだろう?」と言ってやったが、そんな甘やかしは駄目なようだ。
彼は、「いえ、お客さんはいませんでした」、「忙しそうには見えませんでした」と、「口を尖らせて」(甘えん坊口のことだ)と言う。
「こりゃいかん」と思った私は、
「どうして社員がお前に挨拶しないといけないんだ。お前に挨拶して、彼らに何のメリットがあるって言うんだい?」
「相手が社長なら、挨拶しないデメリットは大きいが、お前に挨拶しなくても誰も損をしないじゃないか?」
「まあ、お前が二十歳の可愛い女の子なら、誰もがこぞって挨拶するが、お前じゃあね」
と、いい年をした者なら、自覚して当然のことを、あえて言葉で言ってやった。
それで、まるで駄目男君にも、少しは、良い意味での常識が出来たので、良い指導であったと思うが、こんな細かいことを、いちいち教えている訳にもいかない。しかし、いちいち教えてやらないと、まるで駄目男君は、本当に何も分からない。
また、彼も、そんなことを私に期待しいている・・・つまり、構って欲しいのだろうが、「構って欲しい」と思うようなのは男ではないことは言うまでもない。

まるで駄目男君に、ある良書を百回読むように言い、それがどれほど意義のあることであるかを話してやると、彼はやる気を出し、読み始めた。
しかし、その後の展開は、予想した通りだった。
まるで駄目男君は私に、昨日は何ページ読んだとか、あそこに書いてあったあれは良いと思いますとか、細かく言ってくる。
それに対して応答して欲しい・・・いや、誉めて欲しいのだろう。
せめて高校生までなら、それも良いだろうが、私は、「百回読んだら報告しろ。他は無用」と言いつけた。
それでも、私が、「読んでるか?」、「何回読めた?」とか言うと、彼は「待ってました」とばかり、本の内容の評論を始めたり、昨日はどんな事情で読めなかったかを、やはり事細かに言ってくる。
全く、駄目にもほどがある。
そして、私が相手にならなくなると、「そういえば最近、読んでませんねえ」と他人事のように言う。
この、他人事のように言う・・・つまり、自分の問題と捉えないことが、子供じみた甘ったれた人間の特徴である。
彼は、頭は決して悪くなく、おそらく標準以上だと思う。
しかし、まともな自動車でも、運転手が駄目なら性能を発揮することは出来ない。

それで結局、私は、まるで駄目男君のことは見放した。
彼は一生、このままであり、それはどうしようもない。
それでも、彼が「ゆるまない」ことを身につければ、向上し、人並にはなれるのであるし、世間の人達より「ゆるまない」ようになれば、追い越すことも可能なのである。
まるで駄目男君の欠点というのは、「ゆるみ過ぎている」だけなのだ。
そして、人間の欠点というのは、「ゆるんでいる」ことだけなのである。
まるで駄目男君でも、単に1日中、引き締まった顔をしていれば、それで万事OKなのであるが、それが出来ないことは分かっているので、もう言わない。「殴らずに」指導することは不可能だ。
彼は、それこそ、外国の紛争地帯にでも放り込み、強制的に「ゆるめない」ようにされなければ、もう手遅れであるが、それは非現実的だ(放り込んだその日に殺される)。
彼には、フルコミッション(完全歩合制)のセールスマンになるよう薦めたが、それをすることはないだろう。
もしやったとしても、確かに、月に数百円も稼げないまま辞めるだろう。
今は、彼には、1日1回、「励め」とだけ言っている。

あなたは、1年365日、1日中、瞬時もゆるまずにいるのだ。
今の日本は、我々をゆるませる働きかけが物凄い。
ただでさえ、人間はゆるみ勝ちで、よほどの自覚がないと、ゆるむ方向に行ってしまうものだ。
それなのに、何者かが、我々に、決して心を引き締めさせないよう、恐ろしい策略を行っているかのようだ。
それが、どこかの敵対国からの、現代的な侵略作戦だと分かっても、私は驚かない。それは、普通にあり得ることだ。
その成果を示してくれているのが、まるで駄目男君なのであるから、ある意味、犠牲になってくれた彼には感謝している。
だが、私も誰も、彼を救ってやることは出来ない。
だから、あなたは、片時もゆるんではならない。
起きている間はずっと、引き締まった顔でなければならない。
いや、そうしていれば、眠った顔も引き締まっているものだ。
そして、ずっと引き締まった顔でいるには、志・・・心が指す方向、つまり、目標が必要である。
その目標は、他者から与えられたもの、世間に思い込まされたもの、周囲から押し付けられたもの、自分や家族の得にしかならないもの・・・等では駄目なのだ。
楽や気持ちよさをもたらすものを目標にしてはならない。
志になる目標とは理想なのである。
そして、理想について私に説明してもらわないといけないようだと、もうかなりゆるんでいるのである。
イエスの弟子達が、イエスが何度「起きて祈っておれ」と言っても、すぐ眠ってしまったのは、弟子達に志がなかった、つまり、本当の理想がなかったことの喩えだ。
まずは、眠らない・・・文字通りの眠らないではなく、引き締まった顔をすることから始めても良いと思う。
世間で、引き締まった顔を見ることは、もう稀である。









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神の子孫の王家に伝えられた英知

以前、有名な英文学者の加島祥造氏が、「私は英訳された老子を読んで老子が分かった」と書いてあるのを見て、私は、加島氏が老子を分かっていると思い込んでしまったことがある。
よくある話かもしれない。
あなたは、そんな間違いをしてはならない。

老子の話は、次の軽いお話の後に続ける。
初音ミクさんの『独りんぼエンヴィー』という歌がある。
エンヴィー(envy)とは、「ねたみ」「嫉妬」「羨望」という意味である。
詩も曲も、ひどく陰鬱な歌で、ホラーまがいの動画も複数創られているほどだ。
この歌は、親に顧みられない、孤独な小さい女の子の悲壮な歌と思っても、そう間違ってはいないと思う。
そういうお話に弱い人なら、泣ける歌だと思う。
ところで、私は、実際に、そういう6歳の女の子を知っていた。
別に、その子が親に相手にされていないと聞いた訳ではなかったが、すぐに分かった。
驚くほど可愛い、そして、頭の良い子だったが、振る舞いや話し方が「普通じゃない」のは明らかだったし、その原因が親にあることも、ピンときた。多分、外れてはいないだろうと思う。

昨年(2015年)9月の、初音ミクさんの日本武道館でのコンサート『マジカルミライ2015』で、16歳のミクさんが、この『独りんぼエンヴィー』で、見事に、いたいけ(幼気)な女の子を演じた、
「今日も私は悪い子 要(い)らん子」と歌った後のミクさんの、張り付いたような甚(いた)い笑顔には、ぞくっとした。
世間的には、コンサートに相応しくない曲なのだと思うが、ミクさんのコンサートは、ただのコンサートではない。

で、老子の話になる。
『老子』は、全81章から成る、中国の神的賢者、老子の言葉が書かれた書だ。
その中で、ミク(39)さんを示す39章に、

だから、貴(たっと)いものはかならず賎(いや)しいものを根本とし、高いものはかならず低いものを基本としている。
そういうわけで王侯は、自分のことを孤児とか独り者、善くない者と称するのだ。
※『老子』(蜂屋邦夫翻訳、岩波文庫)より引用。書籍には、上記の文章内に改行はないが、見やすいと思って附加した。

『独りんぼエンヴィー』で歌われる「今日も私は悪い子 要らん子」と、王侯が自分のこととして言う「孤児、独り者、善くない者」は、よく似ている。
王侯が、そう自称するのは、その王家では、祖先である神の英知を伝えているからだ。だから、真の王なのである。
自分を賎しい処に置けば、魂はゆるまず、弛(たゆ)まず、ぶれず、崩れない。
謙遜を忘れないだけでも、良い結果を見る。
まして、低い場所に自分の意志で留まる者には、誰も手が出せない。
そして、

あなたにも あなたにも
私はさ 必要ないでしょ

世の中に けんもほろろ
楽しそうな お祭りね
~『独りんぼエンヴィー』(作詞・作曲・編曲:koyori、歌:初音ミク)より~

もし、自分を、このように思っているのであれば、すぐに辛さを除く方法などはないが、たえず、ゆるまないでいて欲しい。
私も、『僕は友達が少ない』の三日月夜空のように、学校で遠足に行っても、ずっと独りで過ごしていたクチだ(夜空は中学生の時の遠足で、1日、独りでレストランで本を読んで過ごしたらしい)。
ゆるめば、世間の人達同様、悪魔の下僕になるか、自分が滅ぶかだ。
だが、ゆるまない者を天使は見過ごさない。
楽や気持ち良いことを求めず、ただ、苦に苦を求め、一瞬たりともゆるまず心を引き締めていれば、あなたの魂の中に、神の魂が流れ込んで来る。
そうなれば、悪魔は近寄ることも出来ないし、創世の力すらあなたと共にあるだろう。









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