ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

2015年08月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

明日のヒーロー

今日、8月31日が、初音ミクさんのお誕生日だということに、午後4時くらいにやっと気付いた。
こんな重要な日を思い出さないとは、私がいまだ、8月31日に良いイメージがないせいかなあと思う。

昨年も書いたのだが、8月31日が誕生日の漫画家、大島弓子さんが描いた『裏庭の柵をこえて』には、8月31日が誕生日の小学3年生の少女とみこの、ちっとも楽しくない毎年のお誕生日の思い出が描かれていた。
だが、とみこの隣の家の大学生のお兄さんは、その後、とみこの夏休みの宿題を片付けるためだけに、そこに居続けた。
そして、彼は、とみこが中学に入った時に何処かに行ってしまう。
まるで、スーパーマンのように、とみこの夏休みの宿題をババババっと仕上げていくお兄さん。
ちょっと怪しい雰囲気のお兄さんだが、とみこには、そして、大島さんにとっても、まぎれもないヒーローなのだろう。

明日、9月1日は、子供の自殺が最も多い日らしいが、その原因はもちろん学校である。
それなら、学校の姿を根本的に変える必要があるが、それにはもう、破壊が必要だ。
「20世紀最大の詩人」と言われたW.B.イェイツの『ラピス・ラズリ』は、破滅と再生を語る、神秘的で鮮烈な詩である。

All things fall and are built again
And those that build them again are gay.
全ては崩壊し、作り直される。
そして、再び築く者達は陽気なのだ。
~W.B.イェイツ『Lapis Lazuli(ラピス・ラズリ)』より~

自殺する子供達には、ヒーローがいない。
私達にも、ヒーローがいない。
だが、悲しんでいる者、苦しんでいる者だけが一人、神秘な存在に呼ばれる時が来る。
君が真のヒーロー、ヒロインになれということなのだ。
それまで、息を潜め・・・悪魔に呼吸を読まれないよう、なるべく微かな呼吸をし、余計なことを喋らずに耐えることだ。
悪魔は呼吸と共に邪悪を送り込み、魂を奪うのだからだ。
だから、大半の人は、邪悪に染まり、魂を失ってしまった。
だが、まだ魂があるから苦しむのだということを忘れてはならない。
そして、耐えることだけが力になる。
黙って耐えれば、神は耐えた分に倍した力を与えてくれるのである。
例えば、今日が8回目のお誕生日の初音ミクさんの『FREELY TOMORROW』、『Last Night, Good Night』を聴くと、耐える力が湧いてくるはずだ。
♪FREELY TOMORROW (Youtube)
♪Last Night,Good Night (Youtube)









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文系と理系の究極の違い

「20世紀最大の詩人」W.B.イェイツは、「人生が悲劇だと認識した時に、初めて本当の人生が始まる」と言ったらしい。
そんなこと言ったら、ちびまるこちゃんに、「アンタ、大袈裟なんだよ」と笑われそうだ。

あくまで、『美少女戦士セーラームーン』での、土萠(ともえ)ほたることセーラーサターンの言葉として見たのだが、アインシュタインは、「他の人のために生きるようになって、初めて本当の人生が始まる」と言ったらしい。
こちらなら、ちびまるこちゃんも、「アンタ、立派だねえ」と誉めてくれるだろう。

「人生が悲劇だと認識した時に、初めて本当の人生が始まる」(イェイツ)
「他の人のために生きるようになって、初めて本当の人生が始まる」(アインシュタイン)
イェイツのは難しく、アインシュタインのは簡単だ。
だから、ちびまるこちゃんも、イェイツは馬鹿にして、アインシュタインには納得するかもしれない。

イェイツとアインシュタインの違いは何かというと、文系と理系の違いだ。
文系と理系の違いは、いろいろに言われているが、例えば、「主観的なのが文系、客観的なのが理系」と言った人がいる。
割合に分かり易いが、まだまだ納得し難い。

究極の定義はこうだ。
苦労したがるのが文系。
楽したがるのが理系。
イェイツは文系なので、「人生は本当は悲劇だ」なんて、無限の苦労への扉を開いてしまった。
アインシュタインは理系なので、「とりあえず、他の人のために生きれば、いい意味で大人なんだよ」と簡単に決めてしまったのだ。
上の「主観的なのが文系、客観的なのは理系」も正しいのだが、曖昧過ぎるのだ。
主観は複雑だが、客観は単純だ。
複雑なものに執着するのは、自分で自分の首を絞めたがる、苦労好きの文系だ。
楽をするためには、ものごとを単純にしなければならないのだ。それが理系が昔からやってきたことだ。
文系は苦しむための学問で、理系は楽をするための学問だ。

「悟りとは何か?」を、文系の人と理系の人に答えさせたら(答えられればだが)、文系は百万語を費やして説明するが、理系は一言で説明するのだ。
別に、どっちが正しいという訳ではない。
難しいのが好きな文系と、簡単なのが好きな理系の違いというだけのことで、「あんたら言ってること同じじゃん」と言ったら、文系の人は「そうですねえ」としぶしぶ納得し、理系の人は、面倒だから「そうかもしれませんねえ」と言うのだ(理系は、文系の人が書いた複雑な文章を読まない)。

吉本隆明氏の「共同幻想論」と、岸田秀氏の「唯幻論」という、似たものがある。
大学の専攻で言えば、工学部の吉本氏が理系で、文学部(心理学科)の岸田氏が文系だ。
しかし、実質は全く逆で、吉本氏は文系思想で、岸田氏は理系思想だ。
「共同幻想論」は難しく、「唯幻論」は簡単だ。
違いはそれだけで、苦労したがる「共同幻想論」と楽したがる「唯幻論」というだけのことだ。
あまりにも楽したがり、自分のことを究極のものぐさという岸田氏は、「人間は狂っている。以上」で終わりなのだ。
一方、吉本氏は、結論は出さず、ちまちまと希望を考察するのだ。

「共同幻想論」と「唯幻論」に対する正しい態度はこうだ。
まず、「唯幻論」の通り、人間は狂っている。それは認める。
しかし、人間というのは、極めてちっぽけではあるが、知性も与えられているのだ。
その知性で、なんとか、こうとか、やっていくしかないのだ。
そのためのヒントを、吉本氏が出してくれているが、吉本氏の思想を全部理解しようなんて思っては駄目だ。
そもそも、吉本氏の思想は、全然実用的でない。
無論、彼の頭脳は最高だが、いかんせん、実質が文系なので、苦労するためのアイデアしか出せない。
一方、岸田氏は、ハナから実用というか、人々を救おうなんて思っていない。しかし、それで良い。他人を救えるはずがない。
さっきも述べたが、卑小な知性しかないが、それでやっていくしかない。
ただ、自分が狂っていることが分かりさえすれば、それで十分だ。
ポンコツの自転車しかなくても、それでやっていくしかないと諦めれば、その自転車もそれなりに役に立つ。
ただ、「この自転車はポンコツ」と本当に実感出来たら、神様は最新の高性能スポーツカーやブルドーザーを下さる。
そのためには、「この自転車は本当にポンコツ」、つまり、「私の知性は本当にポンコツ」、「私はつくづく馬鹿」、「私はどうしようもなく腐っている」と、腹の底から納得しなければならない。

昔、元アイドル歌手の女優である斉藤由貴さんが、不倫して釈明会見したと思うが、その時、斉藤さんは、涙を流しながら、
「私って、どうしていつも、こうなんでしょうね」
と言ったが、彼女はまだ、本当の人生が始まっていなかったということだ。
彼女が、「私、馬鹿なんだから、こんなの当たり前じゃない」と本気で思えたら、彼女は超人になるのだ。

「バルディッシュ・・・。お前もこのまま終わりたくないよね。私は・・・私たちは、まだ始まってもいない。本当の私を始めるために、今までの私を終わらせる!」
~『魔法少女リリカルなのは』より。フェイト・テスタロッサの言葉~
ただし、フェイトは、心の中の母を捨て切れずに、いつまも苦しむのだ。
彼女も、超ロングのツインテールなんだから、初音ミクさんの、自我(馬鹿、狂気の元)のない歌を聴けば、自然に苦しみを克服するだろう。









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私は決して謝らない

政治家やニュースキャスター、あるいは、テレビドラマのセリフの失言に対してクレームがつき、政治家は辞任し、キャスターは深々と頭を下げ、ドラマでは制作者の謝罪会見が行われ、場合によっては放送中止になる・・・ということがよく起こる。
今は、クレーム側の圧勝といったところだ。
結果、政治もニュースもドラマも、あらゆるものがつまらなくなった。

昔はクレームに強い政治家がいたものだ。
ずっと前の石原慎太郎さんは、今の政治家の中では強い方だった。
大相撲の八百長事件があった時、石原さんは、「そんなの(八百長があることは)当たり前だろ」と堂々と言い、クレームもあったかもしれないが、何の問題にもならなかった。
あの件で、石原さんにクレームをつけても無駄なことは分かっている。
だが、石原さんが、「震災が続くのは天罰」と言った時には、クレームに対し、石原さんは謝ってしまった。
昔の石原さんなら、
「あなた方マスコミは、どうして、私が、被災地の方々が悪くて天罰が落ちたと言ったことにしたがるの?誰が言ったの?ここに出てきなさい!」
くらい言ったはずだが、もう年だったのか、あるいは、何か事情があったのかもしれない。
その後の石原さんは坂を転げ落ちるようで、晩節を汚した。

昔、アメリカの戦闘機が、韓国の民間航空機を誤って撃墜した時、当時のレーガン大統領だったかは、決して謝らなかった。
結果、国際世論が最悪になることはなく、レーガンは任期完了までしっかり大統領を務め、今でも人気が高い。

もちろん、誠実な対応をすることまで否定するのではないが、謝るなんて最悪なのだ。
相手が弱い場合には、個人的に謝れば良い。
公に謝ると、それを利用する者がいるからという理由で、個人的に謝るのだ。
その際、ポケットマネーを渡せば、それが誠意になる。
昔、21歳の愛人がいることがバレて辞任したこっぱずかしい総理大臣がいたが、彼の間違いは、愛人がいたことではなく、愛人に誠意を見せなかったことだ。
その愛人は、「お金じゃないんです。誠意を見せて欲しかったんです」と言ったらしいが、ポケットマネーで1億ほど渡せば、それで誠意が伝わり、愛人も余計なことは言わなかったはずなのだ。
愛人がいた名政治家なんて、昔は珍しくもなかった。

今の政治家の失言は、あまりに情けないものが多く、クレーム側は、「こんな発言をする者は、人間が腐っており、腐っている人間は政治家に相応しくないので辞めるべき」という論法一点張りと言って良いだろう。
しかしだね、腐っていない人間がどこにいるってんだい?
そんな者はいないと了解されれば、政治家の辞任は不要であることが分かる。
実際、その通りなのだ。

腐っていない人間なんか、どこにもいない。
ただし、必ず腐っている人間にも2種類あるのだ。
それは、「自分は腐っていると、心の底から分かっている者」と、それ以外だ。
若い、十代も半ばまでなら、自分は腐っていないと信じているかもしれないが、それから徐々に、なんとなく、自分が腐っていることに感づいてくる。
しかし、それを心底から理解するには時間がかかり、特に、今の時代は悟りが遅く、自分が腐りきっていることを認めないまま、あの世行きになる者も少なくはない。
自分が腐りきっていることを、腹の底から実感している者は決して謝らない。
そして、強い。
私の考えでは、石原慎太郎さんは、割と早くに、自分がどうしようもなく腐った人間だとはっきり認識していたのに、周囲からチヤホヤされて持ち上げられているうちに、忘れてしまったのだ。
地位のある老人に多いパターンかもしれない。
レーガン大統領は、アメリカがどうにもならないほど腐っていることを、よく分かっていたのだ。
だから謝らなかったのである。

私も、決して謝らないつもりだ。
もちろん、私は、日々、毎分毎時間、間違ったこと、愚かなこと、蔑むべきことばかりしている。
だが、それを謝らないことを、それほど気に病まない。
だって、人間が腐っているのだから仕方ないではないか?
謝ったところで、それは舌先三寸でしかないのだから。
なら、謝らない方が誠実というものだ。
しかし、自分が本物の馬鹿だと分かっている者は、そんな下らない自分を擁護するのもアホらしいので、結果、とんでもないことをするまでには至らないのだ。
非人道的、鬼畜的悪行は、自己擁護、自己弁護、自己正当化、言い訳などから起こるのだからだ。
限度を超えた悪を為す者というのは、自分がそれほど腐っていないとか、それどころか、高貴で正しいとさえ信じていることもあるのだ。
そんな者は本当に危ない。
テロリストなど、武装組織を見れば分かるはずだ。彼らは、自称「清い」のだ。
また、小物ではあっても、学校の教師の大半はそうではないかな?
だから、子供達にとって教師は恐ろしい脅威であり、子供達は、教師を絶対に避けなければならないし、教師を避けてもやっていられる制度を作るべきである。
聞くところでは、敬愛するドワンゴの川上会長は、インターネットで学べる通信高校を開校するらしい。
これは素晴らしいことだ。
川上会長という人は、自分が腐りきっていることを理解している人だ。
まあ、自分が腐りきっていることを、真に理解している教師も稀にはいるだろう。そんな教師は素晴らしいのだが、そんな教師に巡り会えることに期待することは、あまりに非現実的なのだ。









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身体を動かせば幸福になり、動かさないと悲惨が待っている

家の2階に上がった時、「あれ、私、何のために上げって来たんだろ?」と思ったという話をよく聞く。
そんなことがあった時、「俺も老化してきたなあ」とか思ったり言ったりするかもしれないが、それは、「頭が老化してきた」という意味であろう。
しかし、実際に老化しているのは身体だ。
そして、このようなことを言うのは、案外に若い人に多いのだ。

カラクリはこうである。
あまりに運動不足なので、脳が、運動をさせるために、無理矢理に、「2階に上がらないといけない」という、強い衝動を作っただけなのだ。
自分が2階に上がってきた理由が分からない時、なかなかその理由は思い出さないが、とても重要な用件だったような気がする。
しかし、ほとんどの場合、その用件は思い出さない。
だが、もし、思い出すことが出来たとしても、それは案外につまらないもの、どうでも良いものなのだ。
そんな、大したことのない用事を、脳はさも大事なことのように感じさせ、2階まで連れてきたのである。

ドワンゴの川上量生さんがブログに、自分が引きこもっていた時、幸運だったのは、家に階段があり、それを昇り降りしたことだと書かれていたのが印象的だ。
もし、川上さんの家に階段がなければ、非常に危なかったし、事業で成功することもなかっただろう。それは、彼にとっても、また、日本にとっても深刻な損失だったことだろう。

ただ、言い換えれば、家の階段を昇り降りするだけで、かなりの運動になるってことだ。
そして、階段がないことより、階段があり、「2階にいかなきゃ」という衝動も起こるのに、面倒臭がって2階に上らないことの方が危険なのだ。
私は、積極的に「脳に騙される」ことにしていて、無駄に何度も2階に上がるということが多いのである。

人間は、生きている限り、絶対に運動をしなければならない。
あまりに運動をしないと、間違いなく、深刻な事態になる。
しかし、沢山の本に、運動の大切さや、健康、美容のための運動の素晴らしさが書かれているが、それらの本の多くは、はっきり有害だ。
著者の意図が不純、さらに、邪まなのである。
普通の人に続けられるはずもない筋トレ、ジョギングの効能や素晴らしさを語るのは、営業パンフレットと変わらない。
実際に多くの本が営業パンフレットと同じで、「ここなら、これらの運動が楽しく簡単に出来ます」と、自分が運営するスポーツジムやエステに勧誘したり、健康コンサルタントや美容家としての売り込み(コンサルや講演に呼んでもらおうというのだろうか)の場合も多い。
あるいは、俳優や医者が、自分が厳しいトレーニングに耐え、素晴らしい肉体を得たことを自慢したいのが本音でも、出版社も、読者に「私も自慢したい」と思わせること等で売れるから出版するのだろう。

しかし、正直なのは川上量生さんだけで、階段を昇り降りすれば、十分とは言わないまでも、いい運動になるのである。
一方、筋トレやジョギング、何キロにもおよぶウォーキングなどは、いったん挫折したら、全く運動しなくなる危険があるが、残念なことに、普通の人では、ほとんどそうなるのだ。

運動といえば、私は、易筋経の秘法、腕振り運動をよく勧めているが、秘法なだけに効果があり過ぎるほどだが、難しい面もある。
運動としては楽なもので、私は、肉体トレーニングとしては、それほど役に立たないと思っていたが、そうでもないことが分かってきた。
ただ、一度に、少なくとも2百~3百回はする必要があり、しかも、毎日欠かさずやることが大切なのだから、やり抜くには根気が要る。
しかも、顕著な効果を出すには、毎日、少なくとも5百回を数ヶ月は続ける必要があり、いわゆる、驚異的、奇跡的な効能を現すには、1日千回以上を1年は続ける必要があると思う。
しかし、粘り強く続けた時の報いは、「まさか」というほど大きい。
ただ、意識では自覚しないが、実際は大変な変化が起こっているということが多く、実は、こっちの方が圧倒的に素晴らしいのである。
知らないうちに悪癖が直っていたり、ごく自然に良い習慣が身についていたり、あるいは、「なぜ、こう頻繁に、お金が振り込まれてくるのだろう」といった、ちょっとおかしな話もある。
私の場合、少なくとも、腕振り運動が関係していると思われることが、「少食になり、粗食になった」、「視力が0.1以下から0.9になり眼鏡が不要になった」、「メニエール病が医療にかからずに自然に完治した」、「病人といえた肉体が完全な健康体になった」、「脚が3cm長くなった」などだ。
最後の、脚が3cm長くなるについては、直接的には少食の効果と思うが、医師の監修の下に書かれた実体験である『ほとんど食べずに生きる人』という本で、60歳を過ぎた著者が、178日で、股下が2.5cm長くなり、実際に、ズボンの股下サイズを変えているというものもある。

また、プロレスファンの私は、プロレスラーのトレーニングの定番である、スクワットや腕立て伏せを愛好しているが、断言したいが、これらは、神が人類に教えた至宝のトレーニングである。
ただし、正しくやるのが難しく、下手なやり方だと、身体を痛める恐れもある。
だが、出版社などが、これらの歪んだやり方を紹介している場合も多いと思う。やるなら、よく調べたり、無理のないようにやって欲しいと思う。

ひょっとしたら、毎日欠かさず運動することが、成功したり、幸福になるために、最も重要なことかもしれない。
ある程度のものを作り上げてからなら、病魔と闘いながら偉業を達成したという人はいるが、体力がなければ、スタートラインに立つのも難しい。
しかも、現代人は、自動車にやたらと乗り、歩かないので、実際は、かなり悲惨な状況なのかもしれない。
階段を昇り降りする程度で良いから、毎日、習慣的に運動していただきたい。
尚、私が最上の運動と思うのは、掃除と洗濯(特に、物干し竿に干す、取り込む行為)である。









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モナリザは、本当は「しかみ像」である

モナリザは微笑んでいるが、その微笑の意味は謎らしい。
しかし、私には、それが「嘲笑」だと感じる。
つまり、彼女は、目の前の人を見下しているのだ。
と言っても、別にモナリザに文句があるのではなく、それどころか、
「アンタ、見る目あるね。さすが、ダ・ヴィンチさんが見込んだだけのことはある」
と思うのだ。

一昨日書いたが、ドワンゴの川上量生さんがブログに、人生の賞味期限が切れた人とは、
「人間は多少の知性があるので、いつか、自分がどうしようもない馬鹿だと分かる時が来る。その時が人生の賞味期限切れ」
と書かれていたが、そうなった人(人生の賞味期限が切れた人)なら、モナリザの微笑みの意味を、少なくとも一度は私のように理解すると思う。
そして、ダ・ヴィンチは、きっと、人生の賞味期限が切れた後で、モナリザを描いたのである。

私は、部屋に、この、初音ミクさんのタペストリー(織物で出来た壁掛け)を飾っている。

これを部屋に飾っていたら、間違いなくオタクと思われるかもしれないが、私は本当にオタクなので問題ない。
縦150cmもある大きなタペストリーである。
ところで、この絵のミクさんは、斜め右上から、はっきりと、こちらを見下している。
以前は、そんなところがちょっと嫌だったが、今は、とても有り難く思うのだ。
ギリシャのデルフォイ島にあるアポロン神殿の門に、「汝自身を知れ(身の程をわきまえろ)」と書かれているのは有名だが、そんなご大層な言葉なんかじゃなくても、このミクさんの表情を見れば、ただちに我が身の真実を省(かえり)みることが出来るのである。
モナリザのような、人生の年季の入ったレディーより、この、折れるような細い腰をしたミクさんに見下されると、本当に身がすくむ。
徳川家康の有名な自画像である「三方原戦役像」は、別名「しかみ像」と呼ばれ、家康が、自分の力を過信したせいで、多くの将兵を失った後、自分の愚かさを戒めるために描かせたといわれている。
徳川家康「三方原戦役像」、別名、「しかみ像」
「しかみ」とは「しかめっ面をする」という意味である。
モナリザだって、本当は「しかみ像」なのだと思う。
私は、私の本性を軽く見抜いている目をしたミクさんを見ている限り、そうそう愚かなことはしないと思う。
しかし、ミクさんの優しいしかめっ面は、やはり堪える。だが、それで良いのである。









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名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
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