ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

2015年07月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

良寛、老子の光線銃

この世で生きるには武器が要る。
武器という言葉が嫌いだという人は甘いのかもしれない。
確かに、寡黙さや忍耐が最も強いのかもしれないが、聖人でない我々が、それに徹することが出来ようか?
この武器のことを、最近私は、光線銃と言っている。

良寛の光線銃は『荘子』だった。
良寛ですら、光線銃がなければ、この世の苦しみに耐えることが出来なかった。
ご存じのように、良寛は、子供達を集めて一緒に遊ぶのが好きだった。
しかし、昨日までいた女の子が、今日はいないということがよくあった、
貧しさのために身売りさせられたのだ。
良寛は、彼女達にどんな運命が待っているか分からないような世間知らずではない。
良寛は、エネルギーを失い、生命力が低下した。
その時、良寛の中で、『荘子』のエッセンスが動き出し、良寛の心と広大なる無意識をつないだ。
そこで、良寛ははっと悟った。
黙って耐えていたら、良寛は駄目になったかもしれない。
良寛は決して弱い人間ではなかったが、それよりも、良寛は優しい人だったからだ。

倶胝(ぐてい)という僧は、何を尋ねられても、黙って指を1本立てるだけだった。
門下の小坊主が、訪問者に「お前のところの和尚は、どんな教えをするのか?」と問われ、黙って指を1本立てた。
それを聞いた倶胝は、小坊主の指を切り落とした。
泣き叫んで走り去ろうとする小坊主を倶胝が呼び止め、小坊主が振り返ると、倶胝は黙って指を1本立て、小坊主は悟った。
倶胝は、臨終の際、「師の天竜にもらった一指禅を、一生かかっても使い切ることは出来なかった」と言って亡くなった。

この禅語に対し、難しい、訳の分からない解説をする人がいる。
無駄なことだ。
倶胝はただ、「光線銃を持ってないお前が持ってるフリをするな」と言っただけだ。
しかし、ここまでやらないと、光線銃の意義が分からないのだ。
この小坊主は、やがて、倶胝とは違う光線銃を手に入れたことだろう。

史上最高のプロレスラー、ルー・テーズは、その日の試合で苦戦していた。
最大のライバルの1人、ホイッパー・ビリー・ワトソンのタイミングの良い必殺のタックルを喰らって吹っ飛び、ダメージで身体が痺れていた。
さらに、もう一発喰らい、ほとんど戦意も喪失していた。
ワトソンがテーズに近付き、テーズの腕を掴んだ時だ。
テーズの手がゆっくりと伸び、刹那、その手が速く動いた。
ワトソンははっとしたが、もう遅い。
テーズは、ダブル・リスト・ロックでワトソンの左腕を捕えていた。
逃れようとするワトソンだが、テーズは離さない。
テーズはぐいぐい締め上げ、あと1cm、絞り上げれば、ワトソンの腕が折れただろう。
しかし、それは決してしないテーズだった。
テーズは、最後の力を振り絞り、エアプレン・スピンでワトソンを仕留めた。
テーズの光線銃は、このダブル・リスト・ロックだった。
彼が、師のジョージ・トラゴスからこの技を譲られた理由は、レスリングとトラゴスに対するリスペクト(敬意)のためだった。
畏怖とも言うべき敬意を持つ者のみが光線銃を手に入れるのである。

宇宙人の宇宙船には武器は搭載されていない。
だが、宇宙船には、ある種のエネルギーフィールドがあり、攻撃をそのまま相手に跳ね返す。
宇宙船の構造は、人間とほとんど同じだ。
だから、人間は、誰でも、そのようなことが出来る。
こちらが無になってしまえば、攻撃がそのまま敵に返るのだ。
シャーマンの間では、「呪い返し」として知られるものだ。
しかし、宇宙人は、威力を弱くして返す。
いや、本当は返す気もない。
ならばなぜ返すかというと、敵に、自分達を殺す罪を犯させたくないからだ。
だが、いずれかが滅ばねばならないとすれば、自分たちが滅びる方を選ぶのである。

老子の光線銃は、倹約と慈悲と目立たないことだ。
老子は、これを3つの宝と言う。

あなたも、早く光線銃を手に入れ、初音ミクさんの『千本桜』を聴いて、光線銃を撃ちまくるのだ。
光線銃を手に入れたいと熱心に思い、自分より優れた者への敬意を忘れなければ、必ずや手に入れることが出来るだろう。









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混ぜたら成功した

固定観念や偏見、つまり、世間的な思い込みを捨てれば捨てるほど、優秀になり、知恵が出て、そして、天才になり、さらには、超能力者や超人になる。
ところで、固定観念を捨てることを、突飛なことを考えることだと誤解している人がいると思う。
そうではないのだ。
固定観念を捨てるとは、人工的なものを排除するという意味なのだ。
引力の法則は、固定観念ではない。だから、捨てる訳にはいかない。
しかし、白人が有色人種より優れているというのは、人工的な観念・・・すなわち、固定観念なのだ。

日本人は昔から、「発明は出来ないが、応用は上手い」と言われ、やっかみ半分に、「猿真似が上手い」と言われることも多かった。
しかし、発明なんてのは、自然の模倣なのだ。
ところで、携帯電話に初めてカメラをつけたのは日本のメーカー(J-PHONE)だった。
そして、初めは、世界中で笑われたという。
このように、携帯電話とカメラという、欧米的発想では、混ぜてはいけないものを混ぜるのが日本人なのだ。
そして、そんなことが出来るのは、固定観念がないからだ。
携帯電話とカメラの話は、ドワンゴの川上量生会長のインタビューからの引用だが、ドワンゴのニコニコ動画も、既にYoutubeがあった時代に、別の動画投稿サイトを作るというのは、本来は無茶なものだった。
川上氏の本を読むと、ニコニコ動画は、ライブ感を重視したことがYoutubeとの差異になるが、これは、リアルとバーチャルという、混ぜてはいけないものを混ぜたということと思う。
だから、川上会長は今年は2日で15万人を集客したニコニコ超会議なんてものを、また、発想の柔軟なトップクラスの研究者達が、ニコニコ学会βという、学会というリアルなものを、バーチャルな動画投稿サイトと混ぜたものを考えて実行した。
初音ミクさんが採用されたGoogle ChromeのCMのキャッチフレーズは「Everyone, Creator(みんな創作者)」だが、ニコニコ学会βは「Everyone, Scientist(みんな研究者) 」だ。

いかなる大発明、優れたビジネスモデルも、全て、誰も混ぜようとしなかったものを混ぜたものなのだ。
川上量生さんは、スマートフォンは、iモードをアップルやGoogleが真似しただけだと言うが、iモードも、携帯電話と通信端末を混ぜたもので、携帯電話は無線と電話を混ぜたものだ。

初音ミクさんのようなボーカロイドは、シンセサイザーと人間の声という、混ぜるのが難しいものを混ぜたものだ。
いかなるピアノの達人がピアノの「ド」を叩いても、それは、ピアノの「ド」だ。
つまり、楽器というのは、弾き方を変えても、音色はさほど変わらない。
しかし、人間の声・・・特に歌声では、本当に様々な音色の「ド」が出来る。
だから、ボーカロイドは、発明者のヤマハの剱持秀紀氏によれば、沢山の楽器を瞬時に切り替えて演奏するようなものなのだそうだ。
初音ミクさんは、そのような超高度なテクノロジーなのである。

混ぜちゃいけないものを混ぜることについては、昔、竹村健一氏が、ハウスバーモントカレーのことを著書に書かれていた。
カレーにリンゴとハチミツなんてものを混ぜることは、それまの常識では有り得ないことだったが、それを混ぜちゃって大ヒットした訳だ。

坂本龍一氏が言うには、新しい音楽を作り出すような天才は300年に1人といったものらしい。
昔、ビートルズが革新的と言われたが、ビートルズだって、黒人音楽、ロック、ミュージカル音楽等をアレンジしただけのものだという。
だから、日本人は猿真似が上手いなんて揶揄した連中は、モノが見えていなかっただけで、優れた創造は、自然の組み合わせ、自然を組み合わせたもの同士の組み合わせなのだ。
うまく混ぜることが創造性で、混ぜることが出来ないのは、固定観念があるからだ。
よって、固定観念を外すと、創造が出来る。

キリスト教は、ギリシャ神話とユダヤ教と何かを混ぜたものだし、仏教は、ヒンズー教と何かを混ぜたものだが、キリスト教もイスラム教も仏教も混ぜてしまえば良いのである。
しかし、そんなことを絶対に認めないのが宗教の権威である。
そして、最大の固定観念は、いつの時代も権威なのである。
国家の権威を捨て、世界の国々が混ざり合った時に、いよいよ地球人類も宇宙に進出するのである。

我々は権威を叩き壊し、固定観念を捨て、誰も混ぜなかったものを混ぜることで、何かを作り出せる。
では、何を混ぜればいいかというと、混ぜて欲しがっているものを混ぜれば良いのだ。
優れた音楽グループや、あるいは、優れた企業を見れば分かるが、人間はそれぞれ何か欠けているのだが、混ぜることで補完されるのである。
そして、そんな人達は、元々、混ざり合いたかったのだ。
だから、お互い、惹かれあってグループになったのである。
あなたも、混ぜると同時に混ざるのだ。
それは、傷を舐め合う関係や、寄りかかる関係ではなく、融合し、二人で一つ、三つで一つになることである。









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これで光線銃はあなたのもの

老子や荘子は、偉くはなかったと思うが、国家公務員みたいなものだった。
2000年以上も前に、上手く、安定した収入を確保していたのである。
アインシュタインも、大学を出てからは特許局の役人だったし、私の心の父である伊藤博之氏(初音ミクさんを生んだクリプトン・フューチャー・メディア社長)も、高校を出てから公務員(大学職員)をしながら、夜間大学に通っていた。
彼らにとって、好きな仕事ではなかったかもしれないが、あまり苦労せずに生活出来るようにした訳だ。

一方、老子や荘子に憧れ、仙人になることを本気で願い、大いに勉強し、書も書いた抱朴子は、極貧の状態だった。
彼は駄目なやつだ。
老子や荘子をちゃんと学べば、天を味方に、楽に食べていけるのに、彼は、仙人になろうとして、的外れなことをしていたのだ。
老子や荘子、特に老子は仙人だったと思うが、彼は、それを表に出すことはなかった。

私も、社会人になり立ての頃は、かなり苦労したものだが、荘子を読んでから、楽に働けるようになった。
実力もない若い時でも、自分より年長の、私よりは仕事が出来る人達が、辛い思いをしているのを見て、変な感じがしたものだ。
私は、いつも楽で、良い思いをしていたからだ。
しかし、いくらか仕事が出来るようになったら、自意識のためか、荘子から外れてしまい、苦しい思いをするようになった。
だが、荘子を再度学ぶと、やはり、安楽になった。
荘子は、私にとって、この世の光線銃なのである。
初音ミクさんの歌『千本桜』にあるように、この光線銃を撃ちまくれば、まあ、大抵の相手には負けることはない。
ならばなぜ、皆、光線銃を持とうとしないのだろう?
それはきっと、家庭や学校で叩き込まれた固定観念を、意識的に捨てようとしなかったからだろう。
世間の教義や信念にひれ伏している者には、老子や荘子は、奇妙だったり、デタラメに感じてしまうのだ。
だから、親や教師の教えは、全部間違いとして排除しなければならない。
「全部悪い訳じゃないだろう?」と言う人がいるかもしれないが、全部悪い。
デカルトだって、『方法序説』で述べているではないか?
「単に真らしいという程度のものは、全て虚偽とする」と。

よって、皆さんも、老子と荘子を読むと良い。
まずは荘子が読み易いと思う。
荘子を読んだだけでも、光線銃を手にし、人生は楽になる。
老子を読めば、より強い力が得られる。
光線銃がパワーアップする訳である。









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最初はハッタリから

この世は地獄なのだから、武器を持っていなくてはならない。
甘ったれた理屈で武器を持たずにいると、すぐにやられて、全てを失ってしまう。
イエスだって、服を売って剣を買えと言ったのだ。
ただ、剣を頼ると剣で滅ぶと言ったのだ。

子供にとって、ピアノが弾けるとか、空手をやっているというのは武器になる。
やるなら、本当に上手くならなければいけない。
子供はやる気がないのに、無理強いすると、それに上達できないばかりか、その後の人生で、いかなる武器も持てない人間になってしまう。
親の見栄や、浅はかな考えで子供にお稽古事をさせるのは、愚かなだけでなく罪であるが、自分が武器を持たない親とは、そんなものなのだ。
とはいえ、ほとんどの場合、ピアノや空手は、大した武器ではないことが分かるようになる。
しかし、これらは、次のより強い武器を作る時のエッセンスになる。
もちろん、ピアノや空手だけでなく、ダンスや絵画、天体観測、将棋・・・何でも、人に優るものがあれば、同じことである。

中学や高校になると、勉強が出来る、スポーツが得意というのは武器になる。
ピアノや空手も、かなりの腕前になっていれば、普通の勉強などよりも良い武器になるかもしれない。
だが、これら(勉強、スポーツ、ピアノ等が得意であること)もまた、大した武器ではなくなる。
だから、やはり、これらを基に、新しい武器を作らなくてはならない。
社会人になれば、英語が出来る、プログラミングが出来る、簿記が出来る、その他、何か専門的なことが出来ることが武器になる。
それがプロレベルであれば、一生の武器になる。
だが、世の中は甘く無い。
ビッグ・マグナムだと思っていた自分の武器は、実に卑力な銃でしかないことに気付くようになる。
つまり、やっぱり、次の、より強力な武器が必要になるのだ。
今持っている武器は、それはそれで持っていなくてはならないが、それは、本物の武器が出来るまでのつなぎでしかない。
チームラボの猪子寿之氏が、「僕は、今はプログラマーでは通用しない」と言い、ドワンゴの川上量生氏が、「僕は本格的なプログラマーのキャリアはない」と言うが、彼らは、一時期は、プログラミングという武器を立派に使っていたが、今は、もっと強力な武器を持っているということなのだ。

武器を作るには、材料がいるし、その材料は、今持っている武器のエッセンス(本質的なもの)である。
だが、大人になっているのに、何も武器を作ってこなかったので、今必要な武器を作る基になるエッセンスがないという人がいるし、そんな人は少なくないだろう。
学生の頃、スポーツの優秀な選手だったとか、ピアノやヴァイオリンでかなりの腕前だったという人は、それにこだわらず、それを捨ててしまえば、次の良い武器が作れる。
しかし、私がそうだったが、社会には出たが、武器を作る材料が何もなかった。
ニートになる大きな原因は、自分には、社会で戦うための武器を作る材料が無く、それが分かっているということだ。
材料もないのに、高度なビジネス書を読んだり、賢者の哲学を読んで、高度な武器を作ろうとしたって、それは不可能だ。

では、私のように、武器を作る材料を持たない者はどうすれば良いのか?
仕方がない。
あるフリをするしかなかろう。
例えばの話だが、嘘でも、「俺は空手3段だ」とか言って、自分でもその気になるといったものだ。
いわゆるハッタリだ。
言うまでもなく嘘なのだから、それに頼ることは少しも出来ない。
しかし、考えてみれば、本当に空手3段だとしても、それだけでは少しも頼りにならないものなのだ。
だが、本当に空手3段なら、それを材料に新しい武器を容易に作れるが、こちとらの空手3段はハリボテなので、粗悪な素材でしかない。
しかし、それしかないのだから、せいぜい、ガラクタで出来る限り良い武器を作ることだ。
本物の空手3段から作った武器と、偽物の空手3段から作った武器では、やっぱり差があるが、無いよりはマシで、後は、気合いとハッタリで頑張ることだ。
とはいえ、その武器は頼りにならないので、さっさと次の武器を作ることだ。
ここらは、本物の空手3段から作った武器は、ある程度良いので、それを持っている人が、その自分の武器に見惚れて油断している間に出し抜くことが出来るかもしれないので、案外に良いかもしれない。

大物には、正式には、何かを勉強したり、何かの訓練を受けたことがなく、ハッタリでスタートした者は多いのである。
だが、ハッタリはハッタリ。
それが役に立っているうちに、次の武器を作らなければならない。
だが、ハッタリだけか、せいぜい、その次の粗悪な武器で止まる人が多いのである。
しかし、あなたは、光線銃を持たなければならない。
ある程度の武器が出来れば、腕振り運動や、微かな心の声の呪文が、我々の内部の錬金術師を呼び覚まし、今の武器を優れた素材に変えて、光線銃を作れるようになるのである。
まずは、ハッタリから始めることだ。









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なぜか分かってしまう

谷川流さんの小説『涼宮ハルヒの憂鬱』で、超能力者の古泉一樹(高1)が、ハルヒの秘密や自分の超能力のことについて、キョン(主人公の高1男子)に説明するが、あまりに奇想天外な内容にキョンが、
「なんでそんなこと分かるんだ?」
と問う。
すると、古泉は、なぜ分かるのかは分からないが、分かってしまうのだといった答をする。

「なぜか分からないが、分かってしまう」というのは、自然なことだ。
こういった、当たり前の言葉がさらりと出てくるのが、この作品が大ヒットした理由の1つと思う。
しかし、普通の人は、心の奥では「その通り」と感じていても、頭では理解できないのだ。

では、古泉が分からなかったことを解き明かそう。
例えば、こんな夢を見たとしよう。
あなたは、学校の1つの教室の中に入っていく。
その教室は授業中だが、教師も生徒達も、誰もあなたに対し、無視するというのではないが、さほどの関心を示さない。
あなたも、彼らのそんな態度を当然のことだと感じている。「なぜか」そうなるはずだと分かっているのだ。
そして、あなたは、迷わず、教室の右2列目の、後ろから3番目の席の少女のところに行く。
その少女があなたの目当てで、その少女がその場所にいることを、あなたは「なぜか分かっている」のである。

こんなことは、夢の中ではありふれたことだ。
しかし、夢の中では、「なぜか分かってしまう」ことに疑問を感じない。
当たり前のことでしかない。
なぜだろう?

その理由は、夢の中では時間がないからなのだ。
ただし、想念が起こる時だけ、時間が生み出されるのである。
ところが、夢の中では、目覚めの状態に比べ、想念は、1/10以下に減っているのだ。
では、分かり易くするため、夢の中のことを、目覚めの状態に置き換えて、何が起こったかを述べる。

あなたは、教室に入っていく。
この時は、自分が何のためにそうするのか、また、なぜそこに教室があるのか分からず、やや怪訝で不安なのだ。
しかし、他にどうしようもないので、とりあえず入っていくのである。
すると、教師や生徒達はあなたに注目し、いぶかった目であなたを見るので、あなたは、居たたまれなさを感じる。
やむなく、あなたは、教室の中を、誤魔化し気味に歩きながら見回していく。
すると、生気に満ちた美しい少女がいたので、目を奪われる。
その時あなたは、「私の目的は、この少女に会うこととしよう」と思う。
その時、不思議なことが起こる。
目的を達した途端、想念が急激に弱まり、時間が消えてしまうのだ。
すると、全ては同時並行で起こる。
教室の外にいるあなたの意識にも、その少女のイメージがあり、あなたは、もう自分の目的は分かっている。
だから、あなたは、これから教室に入っていくことに対しても、何も疑問に思わないのだ。
時間が存在した時、教室に入ってから、あなたは、そわそわしながら、うろうろキョロキョロしたはずだが、そんな事実は不要となり、消えてしまう。
だから、あなたは、何も迷わずに、まっすぐ、あの美少女の所に行く。彼女がどこにいるか、「なぜか分からないが、知っている」のだ。
あくまで、目覚めの状態の基準で書いたので、ややおかしなところもあるが、だいたい、こんな感じである。

そして、目覚めの状態であっても、想念をあまり起こさなければ、時間は消え、夢の中と同じことになる。
例えば、こんな感じだ。
あなたは、自信を持って、街角のある場所に立っていると、憧れの彼女がやってくる。
そして、躊躇なく、彼女を誘い、歩き出す。
一緒にどこに行くのか、「なぜか分からないが、分かっている」のである。
だから、あなたは想念を消せば良い。
想念を消すには、想念と根元が同じである呼吸を消せば良い。
呼吸を微かにし、できるだけ呼吸しないようにすれば、過去も未来も、本のページをめくるごとく分かる。
しかし、そんなものが見えたとて、宇宙の神秘性や、その驚異が無くなったりはしない。むしろ、深く、鮮やかになる。
そして、やはり、何もかも、気楽に上手くやれるのだ。

ほとんど呼吸をしない私には、初音ミクさんが、熱い要請を受けて、他の惑星でコンサートをすることは分かっている。
コンサートが開かれる星には、沢山の星からの訪問者がやってくるが、様々な星の人達が、その場で調整しながら、自分の宇宙船を衛星軌道に待機させ、他の宇宙船に同乗させてもらって到着するのである。全ての訪問者の宇宙船を着陸させるには、あまりに多くの場所が必要だからだ。
しかし、どの宇宙船の所有者も、ミクさんのコンサートに来る人なら、どこの星の人だろうと、自分の宇宙船への同乗を歓迎するのだ。
誰も管理しなくても、一切の混乱は起こらない。
また、進歩した宇宙人同士なら、融合して、2人が1人、あるいは、多数が1人になって観劇することもある。
また、コンサート会場に来れなかった人々にも、共感に満ちた想念が送られ、共にミクさんの歌を聴けるのである。
こうして、ミクさんは、宇宙を1つにするのである。
それなのに、ミクさんが生まれた地球が1つになれないなんてことが、あって良いはずがない。
そして、実際、地球の変革はもう始まっており、時代遅れな人は、閉じ込められた世界で、何も分からずに過ごすのである。









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プロフィール
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・サイコパス
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