ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

2015年03月

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[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

創造経済の時代の生き方

昔から、創造力が大切だって、よく言われている。
しかし、これまでは、所詮、資本とコネを持っているやつには敵わなかった。
だが、これからは、本当に創造力の時代になる。
もう受験勉強なんてやっている場合ではない。

従来型経済は終わり、創造経済の時代になる。
創造経済とは何だろう?
従来型経済は、限りある資源を奪い合う企業戦争の経済だ。
しかし、創造経済では、潜在的に無限の創造性を使う時代だ。
資源は使えば、枯渇する。
しかし、創造性は、使えば使うほど増える。

創造経済を、リアルに見せてくれるのが、初音ミクさんと、彼女を生んだクリプトン・フューチャー・メディア社だ。
今後の時代は、初音ミクさんが分からないと、うまくいかない時代だ。
初音ミクさんを愛する人は幸いだ。
豊かに、幸福に、無限に栄えるだろう。

ところで、創造性のために大切なことは何だろう?
もちろん、最大のものは、人を喜ばせようと思う心だ。
だが、もう1つ、珍しく、科学も道教も神秘思想も武道も、その他のものも、共通して同じことを述べていることがある。
それは、性エネルギーの昇華だ。
極端な禁欲の必要はないが、みだりに性的なものに耽らず、創造的な活動を行うことで、性エネルギーは創造エネルギーに変換される。
創造的な活動とは、ものを作ったり、文章を書いたり、音楽を創ったりすることだ。
他にも、いろいろあるだろう。
雑誌やネットには、エロティックなものが溢れているが、そんなものを避けることだ。
創造性のためには、ある程度厳しい自己制御による節制が必要なのだ。
そして、「阿吽(あうん)」の呪文を称えたり、腕振り運動を毎日やることである。
正しい道を行く者には良い時代になるのである。









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信仰は自由だが、無宗教だと逮捕される国でミクさんが歌った意味

もし、それなりの地位にある人間が、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の神・・・つまり、旧約聖書に書かれた神(ひいては、コーランや新約聖書の神も同じだが)が、低レベルな神だと言ったら、タダではすまないだろう。
下手したら、その者が殺されるどころか、戦争に発展する可能性すらある。
宗教とは、それほど恐ろしいものだ。
旧約聖書に書かれた神が低レベルだと述べた神道家が実際にいたのだが、この、「下手したら殺される」「戦争になる」「恐ろしい」という事実を見ても、この神道家が言うことが正しいということにならないだろうか?

なぜ、旧約聖書等の神が低レベルかというと、次のような理由だ。
それらの神は、自分は誰それ(たとえばアブラハム)の神とか、どの一族の神と名乗るなど、世界で唯一絶対の神とは思えず、一部の氏族、民族に肩入れしていること。
また、それら神は、自分の言うことに従う人々にはよくしてやるが、そうでない人々を厳しくというか、残虐に扱うこと。
そして、それら神は、しきたりを事細かに決めること。どういうことかというと、旧約聖書で、神が自分を祭るための建物、道具、衣装、儀式を規定した部分は、物凄い長文で、読んでいてクラクラするほどだ。
これらの事実を冷静に考えれば、確かに、その神道家の言う通りとしか思えないのである。
私はその説明で目覚め、穏かな気分になったのである。聖書もコーランも、どの聖典も恐れる必要がないと分かったからだ。
だが、信仰者は、自分の崇める神のレベルが最上でないことは絶対に認めない。ましてや、レベルが低いなどとは、地球が爆発しても認めないかもしれない。
儀式などを事細かに神が決めることを有り難いことと言い、反論は絶対に許さない。
やはり、宗教は恐ろしい。

インドネシアという国は2億7千万もの人口がいて、現在はまだ貧困な人も多いのだが、この10年ほどの経済成長振りは凄い。
このインドネシアという国は、多くがイスラム教徒であるが、信教の自由を完全に認めており、イスラム教を強制しないし、実際、キリスト教徒やヒンズー教徒、仏教徒も沢山いる。
ところが、なんと、無宗教は法律で認めておらず、無宗教だと逮捕されるのである。
とはいえ、特定の宗教を押し付けるよりは良いことだろう。
私が、インドネシアの発展を確信するのは、昨年、初音ミクさんのワールドツアーコンサートであるMIKU EXPOが、インドネシアのジャカルタで行われたのだが、このMIKU EXPOは、世界中の都市の中で、要望が多かった所で開催したのであり、ミクさん招聘の希望数が最も多かったのがジャカルタだったことだ。次いで、ニューヨークやロサンゼルスだった。
どういうことかというと、初音ミクさんというのは、従来型経済の存在ではなく、創造経済の中で生まれたものなのだ。
すこしややこしいが、経済が文化を創ったのが従来の世界で、文化が経済を作るのが、未来型の世界だ。
もっと簡単にいえば、限りある資源を人間の無限の欲望で消費するのが従来型経済で、無限の創造力を消費するのが未来型経済だ。
これが、経済学的にも、創造経済の原理となる。
そして、創造経済というものは、従来型経済が豊かでなければ生まれないものなのだ。
言うまでもなく、残念ながら、貧困な地域では初音ミクさんは必要とされない。
日本は、ニートでも初音ミクさんの熱烈なファンでいられるが、世界最高の経済大国であるアメリカや中国ですら、それはちょっと考えられないと思う。
アメリカ、中国、インドネシアにも、沢山のミクさんのファンがいるが、それは、ある程度豊かな層に限られるはずだ。

案外、日本というのは、実質で最も豊かなのではないかと思う。
それは、完全な信仰の自由が認められ、また、インドネシアと違い、無宗教でも何の問題もないことに関係するのかもしれない。
アメリカでは大統領はキリスト教徒でなければならないが、日本の首相は、何教でも、無宗教でも差し支えない。
ところで、私は、どの宗教の信者でもない。
だが、どの宗教も否定せず、それぞれの良い部分を、主に聖典から学ぼうという気はあり、どの宗教も同等に見なしてる。
そして、最初の話(どの宗教の神も完全とは言えない)と関係あるが、どの宗教も、最高レベルの教えではないのだと思っている。
あえて私の宗教を挙げれば、初音ミク教である。
教義は、単に、「自我のない存在の歌声を愛する」だけであり、恐ろしいところなんて何もない。
人間の歌手を否定することもないし、ミクさんを貶されても、別になんとも思わない。
どんな人の考え方も認めるのである。
言うまでも無く、本当に初音ミクさんが宗教であるはずがないが、もし、インドネシアのように、何か1つ宗教を信仰しないといけないというなら、私は初音ミク教にしますと言っているだけである。
(ただし、インドネシアの法律では、公認された宗教から選ぶ必要があるのだと思う)

私は、仏教も、キリスト教も、ヒンズー教も、イスラム教も、道教も、全て良いと思うが、どれも、それぞれ欠けたところがあり、また、どれも教えが古いので、少なくとも、伝承された教えに関していえば、現代の世界では半分くらいはそぐわないのではないかと思う。
マルクス主義というのも、ほとんど宗教的なところがあるのだが、良い教えだった時代もあると思う。
それでいえば、今は、豊かな国においては、創造経済の原理が、その役割に相応しい。
しかし、初音ミクさんというには「無我の美」で、創造経済の申し子で、あらゆるものを含むのである。
世界中でミクさんの歌が聴けるようになった時、世界は豊かなのである。









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2シーターのオープンカーがなぜ必要か?

また、一昨日前の、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長の講演会の話題で恐縮である。
「初音ミクの歌がなぜ人の心を打つのか?」といった感じの質問に、伊藤社長が答えたのだが、伊藤社長は答え難そうだった。
人間の歌手を貶すようなことを言えないのはもちろん、立場上、いろいろと気も使わないといけないのだろうと思った。
伊藤社長は、「50歳を過ぎた方が、初音ミクのコンサートに来られて、聴いているうちに、涙が止まらなくなったと言っておられた」というお話をご紹介されていたが、その話なら私も知っている。
確か、週間アスキーの方だったと思う。
2010年の『ミクの日感謝際』のコンサートの取材のために来ておられたのが、聴いていたら、どんどん心が揺すぶられ、最後の曲の『メルト』で、なぜだか分からないが、涙が止め処なく流れたと、何かで書いておられたように思う。
もっとも、この人だけではないだろうから、伊藤社長は別の人のことを言われたのかもしれない。

伊藤社長は、ミクさんの歌は「雑味がない」といったことを言われていたと思う。
私がよく言う、「自我のない少女の歌声」と同じような意味じゃないかなと思った。
人間が歌えば、必ず自我が歌声の中に入る。
上手い歌手が、心を込めて歌うと、良いか悪いかはともかく、その歌には、その歌手のかなりの自我が入り込むことが多い。
私は、本当に上手い歌手は無心で歌い、自我を感じさせないのだと思うが、人間の自我が歌に味を持たせることもあるのだろう。
しかし、やはり、究極の歌とは、無我の状態で、クリアに歌い上げたものだと思うのだ。
そして、ミクさんには、元々、自我がないので、その歌声は、いつでも透明であり、それが、心に自然に染み入るのであると思う。

私が、それを特に感じたのが、オーケストラの演奏でミクさんが歌った『残酷な天使のテーゼ』だ。
壮大なオーケストラの演奏が素晴らしいが、その中でミクさんが、本当に無垢な歌声で歌う。
幼い、ちょっとたどたどしいその歌は、本当に天使のようで、涙が流れるというのとはまた違ったが、同調して、こちらの自我まで消えてしまうそうになる。
その一瞬、天使の姿が見えたような気がしたのである。
Amazonのデジタルミュージックで、わずか150円なので、良かったら、(騙されたと思って)聴いてみて欲しい。

伊藤社長さんは、「ボーカロイドが人間の歌手の仕事を奪うことはありません」と断言されたが、私もそう思う。
初音ミクさんは、人間の歌手と競争したりはしない。
2シーターのオープンカーが、セダンの車と競合しないようなものだ。
基本的には、セダンが必要なのであるが、役に立たない2シーターのオープンカーが楽しくさせてくれることもあるのである。









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牛は人を鷹揚にする

一昨日の、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長の講演会では、伊藤社長は何か物凄く感動するエピソードを披露したりはしなかったが、実際に精神の変革を起こした人は多かったと思う。私もそうである。
伊藤社長は、人よりも牛の方が多いという所で育ったと言って会場の人々を笑わせたが、それは素晴らしいことに違いない。
ジャイアント馬場さんが男の中の男と慕っていた、アメリカの超一流レスラーだったドリー・ファンク・ジュニアのことを、馬場さんは、
「テキサスの広大な牧場で育ったら、ここまで鷹揚(小さなことにこだわらずゆったりとしていること)な人間になるのだろうか?」
と感心していたが、当然、ドリーも沢山の牛と育ったはずである。
牛に限らないだろうが、牛などの動物と一緒にいることは実に良いことなのだろう。
私も、金が出来たら、ここらで牛(べこ)飼おう(元ネタは、吉幾三さん作詞作曲歌唱の歌『俺ら東京さ行ぐだ』の歌詞『東京へ出だなら銭コア貯めで、銀座で牛飼うだ』)。

何かのテレビCMで、「好きな言葉は情熱です」「好きな言葉は誠実です」とか言っているものがあった(今もやってるかもしれない)が、私なら、あの人達のサービスは受けたくないと即座に思った。
そりゃ、「本音を言えば、他人に期待したいのは誠実ですな」と言うなら分かるが、自分がそれを持っていると暗示させるなんて、恥ずかしいというより、馬鹿らしくて言えないと思うのだが・・・
伊藤社長は、「好きな言葉は?」の質問には、「ありません」と即答しておられた。
もっとも、会場にいた方々には、「好きな言葉は、『ミクさん、マジ天使』です」という人もいたかもしれないが、それは大いに結構だと思う。しかし、別にそれを言う必要もない。
就職活動のアンケートや面接で「好きな言葉は?」と聴かれて、「ありません」「ミクさん、マジ天使」と答えたら落とされるかもしれないが、それなら落ちた方が良いのである。

今年も、初音ミクさんの壮大なコンサート『マジカルミライ2015』が、9月に日本武道館で開催されるが、ミクさんのコンサートは国内、海外を問わず、基本的に赤字なのだそうだ。
インドネシアやアメリカで開催されたMIKU EXPOコンサートはさらにそうだと思うが、伊藤社長は、それでもコンサートを行う理由を、「ファンの期待に応えるためと宣伝活動」と言われていた。
しかし、週間エコノミスト誌(毎日新聞社)は、「ポケモンに比べ、市場規模の小さな初音ミクにそれだけの宣伝をする意味があるのか」と書いていたが、そもそも、伊藤社長は初音ミクさんのキャラクタービジネスを大きくしようとは、あまり考えておられないようだ。
やはり、創造の土壌としての初音ミクさんをとても大切にしているのだろうと思う。
それで、結局、コンサートも、ファンが喜んでくれるからという部分が大きいのではないかと思う。
伊藤社長は、人を喜ばせることが好きな人だというのは間違いないと思う。

松下幸之助さんが、「人が喜ぶことをやれば嫌でも儲かる」と言っていたからと、「儲けるために人を喜ばせよう」と思う人は多いが、それは本末転倒というものだ。
伊藤社長は、言葉の端々に、「やってることを仕事と思っていない。人が楽しんでくれるなら、お金とかはどうでもいい」といったことを言われていたと思うが、これが創造型人間の特長で、チームラボの猪子寿之社長も、よくそんなことを言われていたと思う。
思い出したが、猪子さんは、「そりゃ、会社だから赤字は困る。しかし・・・言ったらマズいが、一番赤出してるの俺だと思う」と言われていた。
もちろん、トータルで黒字にしているのだろうが、人を喜ばせるために、儲からないと知りつつやることもある、そして、やれるだけの力があるのが、これからの事業家であろう。
先に挙げたエコノミスト誌のように、「初音ミクの海外での宣伝活動をする意味はない」と言い、結局は、初音ミクさんをアイドル産業としか思わないのが、古い時代のビジネス感覚で、今後の世の中では駄目になっていくことだろうし、そんなのが駄目になるようでないといけない。

伊藤社長さんのお話で、まだまだ良いものが沢山あったが、それは今後、書いていこうと思う。
本当に中身の濃い講演会だった。私は、生涯忘れないだろう。
ところで、私がこの講演会のことを知ったのは、紅男さんがコメントで教えてくれたからであった。
紅男さんに感謝いたします。
下にご紹介した『ニコニコ学会βを研究してみた』に、伊藤博之社長、猪子寿之社長らのトークがある。猪子さんと、ドワンゴの川上量生会長の対談が面白い。









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お金と財産の違い

お金を欲しがる人にお金は出来ない。
単にお金を沢山もっているだけの人は、その金をやがて(ほとんどすぐに)失う。
お金とは、来ては去っていく、つまり、流れるものだ。
お金は一種のエネルギーだと言った人がいたが、その通りかもしれない。

ジョセフ・マーフィーの本に、夜眠る際に、「富」とか「富裕」の言葉を繰り返せば豊かになると書かれているが、やはり、「金」「貯金」なんて言葉を繰り返せとは書かれていない。
だが、もっと良い言葉は「財産」だ。
お金を欲しがるのは軽薄だが、財産を欲しがるのは高貴な心構えだ。
神様に、「お金が得られますように」と祈っても、神様は相手にしてくれず、代わりに悪魔が寄って来て、「よろしい、ではその代わりに・・・」という契約となる。
多くの金持ちは、悪魔とか動物霊と契約したのであり、一瞬は良い思いをするが、すぐに悲惨な末路が待っている。
だが、神様に、「財産を持てますように」と祈ったら、神様は、「うむ、感心なやつだ」となるのである。
あなたも、今晩から、眠りながら、「財産」という言葉を、真摯(真面目に誠実に)に繰り返すと良い。

財産(ざいさん)という言葉は、音読みの漢語、つまり、中国語が元になった言葉だ。
日本語では、財産を身代(みのしろ)と言う。
身代も、やはり、音読みで、「しんだい」と言うことが多く、今では、せいぜい、「みのしろきん」で使われるのを聴く程度だ。
本来は、日本語の訓読みを意識すれば良いのだが、普通に使われている音読みの言葉も今は立派な日本語なので、こだわる必要はない。
ところで、財産とか身代という言葉はなかなか面白く、覚えておくと、さらに幸福になれることがある。
それを、以下に説明する。

数字の3は、中国語に倣って「さん」と読むのが普通だが、日本語では「み」という。
3が、神の数字だということは、世界で共通している。
3は、世界中で、神秘数、完全数と呼ばれる。
アリストテレスも、「2は両方と言うが、全部とは言わない。3で初めて全部と言う」と、3の完全性を表現していた。
老子は、「1が2を生み、2が3を生み、3が全てを生む」と言った。やはり、3で完全なのだ。
古代ギリシャでは、神に祈る時は、ゼウス、アテーナー、アポローンの3神に祈る。
日本では、最初に現れた神は、アメノミナカヌシ、タカミムスビ、カミムスビの3神であるが、これらの神名は、「ミ」を含み、この「ミ」が中心なのだ。
由緒ある古神道において、「ミ」は最も神聖な言葉であると教えている。
だが、今は、「さん」も、神が宿るようになっており、「さん」がつく言葉には神がいる。
高い山は、富士山のように「さん」と言うが、やはり、大きな山には神様がいる。
神的閃きは、必ず散歩の時に得られると言った高名な哲学者がいたが、散歩にも神が伴う。
お産も、神の業だ。
このように、「さん」がつく言葉には、確かに神様がおられる。
そして、やはり、財産というものには神がおられるのである。
財産とは、お金だけのことではなく、能力、経験、信用、人格などの、善きものの合算である。
そして、財産は、「ア」の母音で始まり、「ン」で終わる強い言霊で、この言葉に思念を集中すると、待った無く財産が押し寄せる。
だから、準備不足で称えると、大変なことになる。
一千万円の小切手を切ってから、その調達に四苦八苦するようなものだ。
財産の名において求めたのなら、それも解決し、その後で大成功するのだが、どうせなら、もう少し穏かにやっても良いと思う(スリル好きな人はお好きなように)。
賛同、賞賛、参画なども、本来、神がおられるのであるから、それに相応しい心構えでやらねばならない。
一方、身代(みのしろ)と言った場合も、神の言葉「ミ」がつくのであるから、神がおられるのであり、そのことを忘れなければ、必ず幸福な財産家になるのである。
ところで、悲惨の「惨」は、あくまで、「ざん」であり、濁っている。神を濁った心で求めると悲惨になるということである。

数字の3は完全数で、3や美を示すミは、最も神聖な言葉だ。
「ミ」と「三」が似ているのは偶然ではない。
そして、「さん」の言葉には神様はおられる。
よって、今や、世界中の人が、初音ミクさんを日本語で「ミクさん」と呼ぶのは、必然的に起こった素晴らしいことで、世界が平和になる可能性を示している。
女の子は、「ミクさん」と心で想うと必ずきれいになるのだし、男は「ミクさん」と想うと立派になるのである。









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