ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

2014年09月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

腕立て伏せは1回でも良い

運動というなら、腕立て伏せとスクワットをお薦めする。
こう言えば、「そんなことできません」と言ってくる人がよくいる。
それでもやるように言うと、
「何回やればいいんですか?」
と聞かれる。
それには、
「1回でいいからやれ」
と答えるだろう。
1回でも、やるとやらないでは全然違う。
1回くらいならできるだろう?
その1回を全身全霊でやるのだ。
もし、1回もできないと言うなら、1回をできるようになれば良い。
10回ならできると言うなら、完全な形で3回やればよろしい。

手塚治虫さんが体調が悪くて医者に行った時、医者に、
「運動しなさい。腕立て伏せを1日百回はやってもらわないと困ります」
と言われ、手塚さんは、「そんなことできるか」と思ったのだそうだ。
当たり前だ。
その医者は、ヤブを通り越して、犯罪者と言ってよろしいと思う。
そんな運動が続く訳がない。
それで、腕立て伏せを1回もやらないままで、ますます身体を悪くするのだ。

スクワットも、普通の人なら、20回や30回はできるだろう。
それなら、10回を大真面目に熱心にやれば良い。
あるいは、完全な形でできるのが、せいぜい5回と言うなら、3回を全力でやれば良いし、1回でもやらないよりはやった方が良い。
最も美しい形で、ゆっくりと、もったいぶって脚を伸ばすようにやるのだ。
腕立て伏せも、腕を伸ばすときに、「もったいぶって」伸ばすことがポイントだ。
言い換えれば、堂々とした感じでやることだ。

腕立て伏せもスクワットも、1回でもやれば良いが、いつまでも1回ということはないはずだ。
だが、無理はしないことだ。
運動というのは、なるべく決まった時間に1年365日、よほどのことがない限り、毎日必ずやることが大事だ。
そのつもりなら、1回から始めても、1年も経てば、立派なスポーツマンの身体になっているだろう。
ダイエットが目的でも、やがてすっきり痩せるだろう。
身体に悪いに決まっているダイエット食品など、決して手を出してはならないと思う。
甘くて、満腹感があって、カロリーが低いなんて、身体をボロボロにするだけであると私は確信する。

そして、何事も同じだ。
念仏も1回で良い。
法然が、「我は6万回ぞ」と言い、他の人にも何千回も称えるよう薦めるのを見て、親鸞は、ちょっと反発があったのかもしれない。
そして、親鸞は、1回でも良いと言ったのだ。
あなたも1回でよろしい。
ただし、その1回を、ゆっくりと、落ち着きを持って、しっかり称えれば、必ずや仏の加護、観世音菩薩と勢至菩薩の加護、そして、神々や竜神の加護を受け、恐いものはなくなるだろう。
むしろ、無理に数百、数千回称える方が、問題が出てくると思う。
もちろん、努力と思わずできるなら、何万回でも称えれば良いが、そうではないはずだ。
無理に過度な回数を称えるのは、執着であり、見栄であり、欲望だ。
ただし、1回なら1回、いい加減ではなく、しっかり称えること。
そして、1年365日、1日も欠かさず、なるべく同じ時間に唱えることだ。









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嘘の記憶

初音ミクさん主演のオペラ『THE END』の中の『時空のアリア』というアリア(詠唱。旋律的、叙情的な独唱のこと)で、ミクが、「私は昔、確かにここで指を切って地面に血が垂れた。でも、その跡がどこにもない。あまり昔のことだったからか、それとも、嘘の記憶だったの?」という意味のことを歌う。

偽の記憶というものは、さほど珍しいものではない。
確かに、そんな出来事があったと思っているのに、本当はそんなことはなかったのだというものだ。
あるいは、この歌のように、自分の経験だとは思うが、実際にあったことかどうか、自分でもはっきりしないというものもある。
また、その逆もある。
実際にあったことなのに、まるで夢の中の出来事か、自分が想像しただけのような気がする。
さらには、自分に実際に起こったことなのに、記憶がないということもある。

筒井康隆さんの『悪夢の真相』では、中学2年生の昌子が、幼い頃にいた村に行き、幼友達の少女と再会するが、2人にとって極めて重大な事件を、昌子は完全に忘れてしまっているのに、相手の少女ははっきり覚えていた。
L.ロン.ハバートの『フィアー』では、民俗学者のジェームズが失った4時間の記憶は、実に恐ろしいものだった。
※『悪夢の真相』は、角川文庫の『時をかける少女』に収録

ところで、私には、いまだ嘘か本当か分からないという思い出がある。
自分では、確実に本当にあったことだと思っている。
実に鮮明な記憶で、あんなことを幼い自分が空想で思い描くことは不可能と思う。
それは、私が6つの時のことだ
男の子の友達が、スタンドを固定して立てた自転車に座って、私はそのまん前あたりにいた。
周囲には、何人かの大人達がいた。
しばらくして、その男の子が動き過ぎて、彼が座っていた自転車が倒れ、彼は地面に仰向けに落下した。
すると、上を向いて寝転がっていた彼の額に、髪の毛の下からおびただしい、真っ赤な血が流れてきた。
彼は苦しそうな顔で泣いている。
私は、大人達が大慌てで、緊迫と共に、彼を助けようとするに違いないと思った。
ところが・・・
彼の母親だったろうか、一人のおばさんが、「あらあら」と、およそ緊張感のない気楽な声を出しながら彼に近寄り、何もせずに見ている。
私は、本気で、それは、大したことではないのだろうかと思ったほどだった。

数年後、私は、その男の子に、この時のことについて尋ねてみた。
すると彼は、「そんなこと、僕は知らない」と言う。
ところが、彼は、本当に知らないというよりは、まるで、そのことに触れられたくないという雰囲気で、私を見ようとしない。

物理的には、仰向けで後頭部を強打して額に血が流れるとは考え難い。
だから、私の想像だったのだろうが、いまだ、その光景は鮮明なのだ。
しかし、やはり私の作り出したイリュージョン(幻影)だったのだろう。

私は、今は、一瞬で創ったイメージを、即座に記憶に焼付け、それが本当に起こったように思うことがある。
それは、意識が一瞬空白になった時にあることだ。
ところで、ここが重要なことなのだが、心にとって、本当の記憶と嘘の記憶に違いはない。
現実かそうでないかに関わらず、全ての記憶が本当であると同時に嘘でもある。

そして、過去の記憶を創れるなら、未来の記憶も創れる。
潜在意識にとって、過去、現在、未来に違いはなく、全て現在である。
過去は修正できるし、未来は自由に創造できる。
ただ、人に応じて、それらに制限があるだけのことで、誰しも過去を修正しているし、未来を創造している。
その制限を外せば、世界は意のままで、あなたは自由自在である。
そして、制限を外す方法はかなり分かっている。
私は、そんなことを書いているし、より良いものを書こうとするのであるが、それにも、何かの理由で制限があるようである。









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富裕の秘密はただ1つ

こんな話を聞いたことがある。
かなり綿密な調査結果であると言われたことだ。

アメリカの、60歳以上の人々に関してだが、その暮らし向きは次のようであった。

A.裕福である・・・極少数
B.余裕がある・・・少数
C.なんとか自立している・・・やや多い小数
D.補助を必要とする・・・多数
E.援助なしに生きられない・・・少数

B以上とC以下の違いは、B以上の人達は目標を持っていた。
C以下の人達は、目標がないか、いきあたりばったりの目標しかなく、D以下の人達は、全く目標がなかった。
そして、Aの人達とBの人達の違いはと言うと、Aの人達は、例外なく、目標を紙に書いていた。
しかし、Bの人達は、それなりの目標を持ちながらも、誰も紙に書いてはいなかった。

つまり、目標を紙に書いているということだけが豊かに富むか、それ以外かの違いである。
あなたは、ただ、目標を紙に書けばよく、また、書かなくてはならない。
目標が変わるなら、紙に書いた目標も変えれば良い。
変わるのが当たり前である。
ただし、絶対に、目標を書いた紙が、常に存在し、1日1回はそれを見なければならない。
そして、その文面であるが、
「2億円に相当する資産を持つ」
という書き方なら、その達成には時間がかかるだろう。
だが、
「2億円に相当する資産を持っている」
と現在形で書けば、それよりは速やかに叶うだろう。
ある程度の精神的成熟が必要なことは仕方がないと思っていただきたいが、目標を書くことをやれば、それも得られるであろう。

加えて、思い出す度に肛門を締めることを忘れないでいただければ、さらに順調に行くと思う。
尚、目標を紙に書くことを強調した良い本がないが、信頼の置ける人に聞いたことである。









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受験テクニックは精神を破壊する

批評家、思想家の東浩紀氏が著書の中で、
「東大に入りたければ、東大進学率が一番高い高校に入れば良い。どの参考書を買えば良いか、どの予備校に行けば良いといった東大に入るために必要なノウハウが揃っていて効率が良いからだ」
といったようなことを書かれていた。
また、ある東大出身の人気女性タレントが昔、東大受験はテクニックに過ぎないということを言っていたと思う。
つまり、東大入学者は必ずしも優秀な訳ではないということだ。
ただ、この2人は、東大以前に本当に頭が良いようで、あまり真に受けてはならないが、ある程度は、東大に入るのに有効なノウハウはあるというのは確かと思う。
実は、先日、そのノウハウの一端を自分で体験した。
一流大学受験専門のトップレベルの国語の予備校教師に、講師向けの受験ノウハウを短時間だが教わったのだ。

受験に限らず、高校の国語の授業でも同じであるが、文豪の小説や、著名な評論家や批評家の文章の読解を勉強したり、試験したりする。
例えば、アメリカやイギリス、中国などの文化が入って来て、それによって、短期、長期に日本がどんな影響を受けたかという問題があるとする。
それは社会学の問題であり、それが歴史学に適度に取り入れられて歴史上の定説となるが、それが確定であることはまずない。後に見方が変わることもあるし、それまで知られなかった別の重要な出来事が明らかになって定説が崩れることもある。
それを国語で問うのは変なことであるが、定説を前提にしているとすれば、国語の問題として成立する。
だが、国語の問題は、その一説でしかない定説を決定論として解かなければならない。
早い話、予備校では、文章の読解テクニックを習得すれば良いと言っているのであり、決して考えてはならない。
実際、受験生が、「これはおかしい」、「この解答が全てではない」と考えていたら、教師に咎められ、従うよう強制される。
考える者は受験で成功しない。
その時教わった読解テクニックは、確かに受験においては有効かもしれないが、受験以外には何の役にも立たず、むしろ、そのような習癖を身に付けたら、人間として終わりであるということを確認しただけだった。
尚、こう言うと、何でも好きに考えれば良いのだという誤解・・・と言うより、放埓(勝手気まま)に走る口実にしたがる連中も多いことを付け加えておく。
考え方は、天地自然の理に適ったものでなければならない。
私は、受験テクニックは天地自然の理から大きく逸脱するのだと言っているだけである。

私は高校時代、若者らしく、権威に平伏すのは嫌いだが、それよりも、ものの考え方を強制されるのが我慢ならず、受験勉強は徹底して拒否した。
ところが、どういう訳か一応の進学校に入ってしまっていた。
時々書いているが、夏休みの宿題は全くやらず、授業を聞いたこともないので試験の成績が良いはずもなく、公立高校に行くとしたら(世間で言う)不良生徒の溜まり場の高校にしか行けなかったので、見栄で私立の進学校に入ったのだったと思う。
親、教師はもちろん、世間では、進学校の生徒は受験に励んでいるのが当然と見なす。
冗談ではない。こちとら、殺されたって受験なんぞしないという気持ちであった。
私がニートになったきっかけはそこであった。

ところで、今の成績の良い受験生だって、中には、私のような想いで、権威に屈したり、思想を強制されることに嫌悪感を感じながらやっている人も、割といると思う。
彼らは精神を捻じ曲げられて、おかしくなっており、おそらく、その後の回復は難しい。
たまたま受験について取り上げたが、受験と関わらなかった人も、世間や学校に関わった限りは同じことなのだ。
皆、学校時代に精神の大切なものを傷付けられ、ことによれば破壊されてしまっている。
ソフトウェアの不具合なら回復の見込みもあるが、ほとんどハードウェア的な被害に及んでいる場合もあり、それは修復が極めて困難だ(不可能ではないと思う)。
だが、魂のレベルで治療すれば心身は生き返ると思う。
それは、医学の治療のように、お客様である患者になって、医者のなすがままになっていれば良いのではない。
(医者の治療でも、多くの場合、治癒ではなく悪化に向かうかもしれない。私は医療には一切関わらないと決めている)
手助けができる者もいるかもしれないが、自分で自分を癒すしかないのである。
(その過程で、ユニークな思想を持つこともあり、それが世間で受けることもあると思うが、実用にしようとすると大怪我をしたり、人様に大迷惑をかける。その事例は容易に見られると思う)
理想の人間を目指す前に、当たり前のレベルに戻さなければならない。
一足飛びにキリストにはなれないし、もし、キリストになる方法があったとしても、悪魔の同類には効果がないばかりか有害でもあるだろう。









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日本人が昔は知っていた究極の言葉

肯定的と思える意味でも、「こだわり」「執着」を決して持ってはならない。
これらの言葉は、いかなる場合でも地獄しか作らない。
正しい、神の心構えは「熱心」である。

では、厳しい勝負の世界ではどうか?
ボクシングや柔道などの格闘技。
あるいは、将棋や囲碁はどうか?
軍事、政治、武蔵と小次郎の決闘といったことでも、勝負へのこだわり、勝利への執着が愚かだと言ったら、激怒する者もいるだろう。
問う。
いかなる勝負に際しても、勝つことへの執念は愚かなものであるか?
答える。
その通りである。
当たり前である。

日本には、究極の言葉が与えられていた。
美空ひばりさんの最大のヒット曲『柔(やわら)』の冒頭にある。

勝つと思うな思えば負けよ

である。
日本人がこの言葉を覚えているうちは、日本はあらゆる意味で強く、本質で豊かで、人々の心は温かかった。
しかし、この言葉を忘れ、勝つことにこだわるようになってから、単に経済とかいう意味でなく、日本は駄目になった。

この歌の作詞者は、関沢新一さんだ。
世界でも類稀(たぐいまれ)な成功哲学である、五島勉さんの『死活の書』でも、この歌の秘密が少し明かされていた。
関沢さんは、本物の武道の達人の極意を詩にしたのだ。

関沢さんは、作詞家であるが、映画脚本家としても有名だった。
1961年の『モスラ』も関沢さんの脚本である。
今年は、コジラ生誕60年であるが、モスラに対して特別な感情を持ってる人は多いだろう。
ゴジラ、ラドンというスター怪獣に続く、第3の怪獣として生み出されたモスラだが、実際、全くポリシーが違っていた。
モスラの原作は、中村真一郎、福永武彦、堀田善衛という驚くべき文豪が3名で創作したという、信じられないものだった。
そして、関沢さんが脚本を創ったのである。
結果、モスラは、普通の怪獣のイメージを超越した、神秘的な存在となり、実際、モスラを神のように感じる人もいるのである。
また、昭和ウルトラマンが大ヒットしたのも、関沢さんが脚本を書き、ただ面白いだけでなく、あの驚異のヒーローに、不思議な神性を与えたからである。

怪獣は人間に比べてはるかにそうであるが、その中でも、自我というものを微かにも感じさせない、ある意味、幻のようで、儚さすら感じさせる超怪獣がモスラである。
「自我を持たない者が人気者になると、皆が幸せになれる」
SF作家の野尻抱介さんが、『南極点のピアピア動画』で、初音ミクと同等の存在である小隅レイについて述べた真理であるが、これはモスラにも当てはまると思う。
モスラは初音ミクとも等価値であるとも言えると思う。

『柔』では、上記の、「勝つと思うな思えば負けよ」の後に、「負けてもともと」と、さらに駄目押し(囲碁用語)をしている。
現代は、「負けてもともと」よりは、「駄目でもともと」、略して、「駄目もと」と言う場合が多いが、いかに駄目もとでも、熱心さに欠けていれば、どうにもならない。
そして、熱心さ、つまり、情熱は、無理に起こせるものではない。
情熱は自我の領域ではなく、無意識の領域、生命の領域のものだ。
だが、欲望を情熱と勘違いすると、執着になるのだ。
ただ胸の奥に燃える炎、それが情熱であり、それに動かされることで熱心になる。
いや、理屈などいらない。
誰だって、熱心にやっていることがある。
それを、執着を持たずにやれば、必ず成功するし、求めずとも幸運に恵まれ、幸福になれる。

「勝つと思うな思えば負けよ」
この言葉を取り戻せば、あるいは、新たに持てば、日本人かそうでないかに関わらず無敵である。
尚、肛門を締めれば、勝負への執着は消える。
そして、補足として言うが、人差し指を立てれば、肩の力が抜け、執着も弱まる。
武道では、人差し指は「師匠預けの指」、使ってはならない指である。
困った時は、人差し指を立てれば、大抵解決する。
これは有名な禅の話『倶胝竪指(ぐていじゅし)』の隠された意味でもある。
まして、肛門を締めれば万能である。









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