ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

2011年05月

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[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

「何かおかしい」は英知の囁き

我々は、「何かおかしい」と思うことはあっても、「何か正しい」と思ったりはしない。
4 + 3 = 7
という数式を見て、これが正しいと思うのではなく、「間違いじゃない」と思ってるだけなのだ。
つまり、人間は、真理なんてのは分からないけど、虚偽ってのは分かるんだ。
ただ、熱心に考えないと、間違いが分からず、そのまま放置すると、間違ったことにも、「おかしい」と思わなくなってしまう。

学校で、試験のためにだけ暗記をさせられて、本当は、「おかしい」と思うものだ。しかし、教師に言われた通りに暗記していると褒められるけど、暗記していないと、いろいろ嫌な目に遭わされる。それで、「おかしい」って感覚を抑えつけてしまう。
一方、ちゃんとした勉強なら、おかしな感じはしないはずだ。おかしくないことが出来るのが楽しいことなのだ。

アインシュタインは、学校で暗記を強要された時の「おかしい」という自分の感覚を正しいと信じた。それが正しいと思ったら、誤魔化すことはしたくなかったのだ。
それで、彼は、どんな嫌な目に遭わされても、教師に従わなかった。教師に屈辱を与えられ、クラスメイトに笑われても、彼は、じっと黙って耐えていたと伝えられている。
アインシュタインは、別に記憶力が悪いわけではなかったのだけれど、つまらないことを暗記してまで大学に受かろうとしなかった。それで、試験では大学に入れなかった(制度を利用して無試験入学した)。
アインシュタインが、貴重な真理を発見したのは、その「おかしい」という感覚を持ち続け、さらに磨いたからだ。
天才の秘密とはこれなのだ。
学校秀才には天才がいないどころか、人間として大切な感覚すら失くすのだ。自分でもそれがおかしいと分かっているのに、残念ながらそこから離れられない。そして、内面や家庭で惨めな状態になってしまっているのである。

デカルトは「我思うゆえに我あり」と言ったのではなく、本当は「疑っている私は確かに存在している」と言ったのだ。知り合いの神父が、ラテン語でカッコよく言ったあの言葉が有名になってしまったのだ。
デカルトもまた、アインシュタインのように、疑うことのできる驚異を感じていたのだ。

数学の効用の1つは、誤りに気付く感覚と知恵を磨くことだ。
よく、数学者の本当の能力は20歳そこそこまでと言われるが、世間に馴染むと、「おかしい」と思う感覚がなくなるのだ。しかし、岡潔という数学者は、年を取るほどに鋭くなっていったものだ。
数学も良いけれど、手軽で実用的なものとして、コンピュータプログラミングは、「おかしい」の感覚を磨くのに実に相応しいものだ。ビル・ゲイツが、「コンピュータプログラミングは科学であり、純粋に数学的なもの」と言ったのはそのことだ。自分の書いたプログラムコードを眺めていると、ある部分で「おかしい」と直感する。で、調べると、やはり間違っているのだ。素晴らしい直観力養成訓練でありながら、金にもなるのだ。
ちょっと余談であった。

「おかしい」という感覚を大切にして欲しい。
原発には「おかしい」が沢山あるし、やたらテレビやネットで見るグルメブームも「おかしい」って、ちゃんと分かるものなのだ。
だが、日本人は、食料の半分以上を廃棄していることを「おかしい」と思わないのだ。
東日本大震災の被災者に、いまだ避難所暮らしをさせていることを「おかしい」と思わないのだ。
何かおかしいんじゃないか?世間を、そして、自分の心を健全に疑って欲しい。







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10秒で語る怒らないノウハウ

怒らない方法を書いた本があるらしい。良い本なのだろうが、私は読んだことがない。怒らないノウハウの全てを10秒で言えるからだ。その背景を説明するなら本も書けると思うが、そんなものを読むと、かえって混乱する。
NLP(神経言語プログラミング)という精神療法の創始者であるリチャード・バンドラーは、NLPは儲からないと言う。なぜなら、時間をかけて治すということが出来ないからだ。NLPでは、一瞬でしか治せないのである。治療というのは、長期に渡って行ってこそ儲かるのである。その結果、治るかどうかは、金儲けが目的の治療者には何の関係もないばかりか、むしろ、永遠に治らなければ、永遠に金が取れるのである。私は、病院経営の名人を実際に知っているが、病院経営のコツもそこにある。1つには、病院をソーシャルクラブ化するのだ。病院のロビーで、「あれ、○○さん、今日は来てないねえ。調子でも悪いのかねえ」と言うようにしてしまうのだ。
もしNLPの治療を受けるなら、一瞬で治してもらえることを前提にしていただきたい。それで治らないなら、時間をかけても治らないということだ。
NLPの技術説明なら、小難しいので本にするしかないが、怒らない技術は、簡単でないといけないので、本にしないノウハウの方に価値があることはご理解いただけると思う。

私が教える怒らない方法は3つである。

・いつも空腹でいろ
・眠りを減らせ
・出来る限り微(かす)かな呼吸をしろ

である。
空腹だとイライラするという人もいるかもしれないが、それは単に習慣である。
最近出版された、人気小説の「涼宮ハルヒ」シリーズの最新巻「涼宮ハルヒの驚愕」の前編で、佐々木という女子高校生が、「僕は2年に一度くらいしか怒らない」と言っていたのが面白い(彼女は自分を「僕」と言う)。
この言葉を私流に翻訳するなら、「心の故障が2年に1回くらいしか起こらない」ということだ。怒りというのは異常であり、普段、メンテナンスをしている限り滅多に発生しない。彼女は、女子高生には珍しく、外見のケアより心のケアに気を使っているのだろう。外見はケアするまでもない美少女だが、色気は全くないタイプとして描かれているところも的を得ている。
心のメンテナンスとは、心の中にガラクタを溜めないことだ。
心にガラクタを引っ張り込むのは自我だ。上の3つの方法は、全て自我をおとなしくさせる。よって、ガラクタが増えにくい。
後は、既に溜まってしまったガラクタを捨てれば完璧である。佐々木という、女を感じさせない美少女は、ガラクタを捨て続けているのである。お話の中で、超常的な方法で彼女の心の中に潜入する場面が、その前の巻である「涼宮ハルヒの分裂」の中にあるのも、何とも出来過ぎという感じがする。「涼宮ハルヒの驚愕」は初版だけで51万部以上発行されたらしい。既に800万部売れているというが、それは、世間的幻想という部分もあるのだろうが、何らかの天命もあるのかもしれない。
下記の一番最後にご紹介する本は、貫禄違いの5000万部。著者は一部で悪名高いが、ブラッドベリ、アシモフ、S.キングらも絶賛のSF作家にして、トム・クルーズ、ジョン・トラボルタらが崇拝する宗教家L.ロン.ハバート。







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眠りを減らせば想いは叶う

適切な睡眠時間の根拠を示せる人はいないと思う。また、睡眠は単なる時間ではなく、深さと言われるような、質の問題もあるかもしれない。
政木和三さんは、1日の睡眠時間は3時間で十分であると言われていたが、やはり、非常に深い睡眠だからだそうだ。
良い睡眠のためには、心身が健康であることと、やはり、就寝、起床の時間が一定していることが大事だ。

私は1日4時間睡眠であるが、政木和三さんのように3時間で爽快といった人とは違い、1日中ずっと眠いのである。
だが、気付いたのだが、眠いとはいえ、自分の意思によらず、うっかり居眠りをするということは全く無いのである。以前、飽食、肉食であった頃は不覚にも居眠りをすることがよくあり、車を運転していて、危ない目にあったこともある。しかし、1日1食で、菜食の生活を続けているうち、眠いには眠いが、特に活動に支障は無くなった。
確かに、ちょっと目を閉じたり、あるいは、目が開いていても、少し心の中で空想をすると、夢を見ることが多い。これを幻視と言うのだろうか?1日中、夢を見ているような感じである。
それらは、心に良い影響を与えていると思う。少なくとも悪い感じはない。
電車の中で長い夢を見ているような時は、それを眠っているような状態というのかもしれないが、社内アナウンスなどはちゃんと聞こえており、乗り過ごすなどということは全く考えられない。だが、以前はやはり、乗り過ごしたこともあるのである。
夢の中で啓示を得たという話はあるが、私は、1日中、その可能性があるのではないかと思っている。

私は、人間は1日8時間程度眠らないといけないなどということは全く信用していない。何年も1日4時間睡眠を続けているが、眠いとは言っても健康状態に全く問題はない。
そして、眠いと、自我の力が弱まるので、精神が安定しており、怒ったり、焦ったり、イライラしたり、無用に批判をすることもないので、日常を楽に過ごせるのである。
ジョセフ・マーフィーの「眠りながら成功する」など、一連の潜在意識の法則に関する著書では、半分眠った状態が潜在意識に願望を引き渡すのに都合が良く、そうすれば後は潜在意識が強制的に叶えてくれると書かれてあるが、私は常にその半覚醒状態なので、いつでも潜在意識が表出しており、全ては思い通りに運ぶのである。実際は、眠いせいもあって、邪まな願いもあまり起こらないので、自分で何か願ったり、状況を操作しようという気はないのである。しかし、そんな状態の方が、何事も上手くいくのである。
考えてみれば、マーフィーの成功法則を上手く活用するには、短時間睡眠で、やや眠い状態にしておけば良いのだろう。ただ、やはり先ほど述べたように、食べ過ぎていると、眠さに耐えられず、活動力が低下したり、居眠りをしてしまう。そうなれば、何をやってもうまくいかないだろう。食の慎みとの組み合わせが大切と思う。







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金のある奴は変えられない

原発災害に関して、人々は今日も政府と東電を批判するが、大前提を忘れていることに気付いた。
政府が悪い、総理が悪い、東電が悪い、東電の幹部が悪いと言う。
だから、そうなのだ。
政府も、総理も、東電も、東電幹部も全部悪いのである。言うまでもないのである。そして、これからも悪いのである。誰が何をどう言っても、絶対にそれは変わらないのである。
それを本当に分かって言ってるのだろうか?
批判すれば、それらが良くなると誤解していないだろうか?
東電は何のためにエネルギー事業をやっているのだろう?国民の幸福と豊かな暮らしのためだろうか?まさか!儲かるからやっているのだ。
政治家は、国民の安全と幸福のために仕事をしているのだろうか?そんな馬鹿なことはない。儲けようと思ってやっているのだ。
総理が悪いから総理を変えろって言う。確かに総理は悪い。しかし、次の総理も、確実に同じだけ悪い。それは絶対に変わらない。だったら、一番有能なOさんあたりにやってもらうのが良い。何か、良い人を総理にしようなんて大誤解があるように思えてならない。
自民が悪いから民主に変えたつもりかもしれないが、民主も悪いじゃないか?そして、どの政党も全部悪いのだよ。
虎から救ってくれたライオンに感謝するような愚を犯すものではない。

トヨタなどの自動車メーカーだって、不要な車をガンガン作って、人々が歩かないようにし、都市を駐車場だらけにし、街を無駄な車だらけにして事故を起こし、人々の物欲、虚栄心を刺激して、全ての人を不幸にしているのである。
ソニーは、人々をゲーム漬けにして、人間らしい思考力や感性を破壊してでも儲けようとしているではないか?
教師は子供達の幸せのために教育しているのだろうか?そんなおめでたいことを信じている人が本当にいるのだろうか?教師は給料がとても高く身分が安定しているから教師になるのだ。

別に、人間性悪説を説きたいのではない。人間の本性は善である。それは絶対確実だ。
だが、世間というのは悪なのである。これも絶対確実なのである。世間の信念や教義にひれ伏した人間は悪である。
だから、世間の中にいる限り、絶対に危険である。世間を善なる自己の中に入れた時に安全なのである。
イエスは、明日のことを心配するなと言ったが、政治家や世間を頼れば安心だなんて言ってはいない。自己の内にある貴いものに頼れと言ったのだ。言い換えれば、自己の内に頼るべきものが確実にあるので心配いらないと言ったのだが、誰も、なかなかそれを信用しようとしないから憂鬱だったのだ。しかも、時代が下って、美味しいものを沢山食べるほど、内なる貴いものがますます分からなくなったのだ。
上に述べたとおり、世間に頼れるものなんて何もない。もし、我々自身の中に、真の力が無いなら、この世は闇だが、そんなはずがないことは、個人の欲望を捨てた人が皆証明している。
一番手っ取り早くは、食を厳しく謹んでみれば分かるだろう。明日にも滅びが訪れるこの時期であるから、生命の危険のあるような方法も必ずしもお奨めできないことも無いが、それらも、食の慎みが前提になる。
そして、あまり長い時間眠らないこと。鼻息の音を立てるほどの呼吸をしないことだ。そして、仕事は執着なくやることだ。世間のギフトは無視すること。そういったことから道は開けてくると思う。







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お嬢様の黄昏

お嬢様というのは、どうも嫌なものだ。別にお嬢様そのものが嫌いな訳ではなくて、それが、どうしても不幸と悲惨を呼ぶ幻想でしかないからだ。
お嬢様というのは、父親の経済力が前提となる。少なくとも、平均をかなり上回る収入もしくは財力を有する父親(あるいは母親)の娘でなければお嬢様にはなれない。
それだけではなく、親に人間としての高貴さを尊ぶ美徳があり、それを身に付けるよう幼い頃から教育されたのがお嬢様で、単に贅沢に育ったというのではない。

しかし、世の中は諸行無常だ。父親の財力を決定する地位がずっと順調という保証など、たとえいかなる人物であってもあるはずが無い。
そして、没落というのは、いったん始まると、坂を転げ落ちるがごとく加速する。
強力な父親の後ろ盾を失くした時、お嬢様ほど、何の力も無いことを思い知らされるものも無い。
だが、いかなる者も、早いか少し遅いかの違いだけで、凋落を免れた者など、ただの1人もいないのである。

これをマイナス思考というならその通りであるが、世間で生きるには、最悪を想定することが大前提であるほどに重要なのである。
芥川龍之介が「六の宮の姫君」などという短編を書いた理由は分からないが、そんなこの世の悲哀を、憂鬱になるほどに描いてくれている。
この小説の姫君は、まさにお嬢様の中のお嬢様で、世間知らずで純粋無垢。何も望まないが、ただただお父上、お母上がお達者であればそれで不満はなかった。しかし、父がなくなり、母もすぐにその後を追い、乳母と残されると、使用人達は言うことを聞かなくなるだけでなく、家のものは勝手に持ち出し、そもそも給金も払えなくなり、誰もいなくなる。食べていくことも難しくなり、面倒を見てくれそうな殿方がいれば望まれるまま身を任せる。そんな身持ちに落ちぶれては正妻に迎えられることもなく、哀れな身の上となり、貧困と恥辱の中で死ぬしかない。

しかし、不幸があるということは、根本が間違っていたのだ。
結果としての悲惨は、特に大したことではない。
最も間違えていたのは、お嬢様をお嬢様にした父親、母親だ。本来、親が死ぬのは当たり前で、それで娘が不幸になるはずがない。
娘を不幸にしたのは、親の我の心である。そして、それが、一見清らかに見える娘の我の心を育てたのだ。
過ぎた我の心が無ければ不幸など存在しない。
現代は、ごく普通の家の娘でも、表面的には、昔のお嬢様以上かもしれない。これは、良いことというより、不幸が確定しているようなものだ。
だが、もう言っても無駄かもしれないが、食を慎み、それでいて謙虚であれば、不幸になどなりようもないのである。







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