手塚治虫さんは、医学博士でもあり、彼の代表作の1つ「ブラックジャック」には、さすが本物の医者が描いたと思わせるところもあるが、その面白さは、案外に、医学を超越したようなストーリーにあるのではないかと思う。
医学博士であれば、むしろ、専門家であるがゆえに、医学を無視するようなストーリーは作り難いような気もする。しかし、医者であるがゆえに、医学で説明のつかないような生命の神秘について、自分で経験したかどうかはともかく、かなり知っていたに違いないと思う。
いや、むしろ、生命、自然を真摯に研究すれば、それらが人智など及びもつかない驚異的なものであることに気付かないはずが無い。
「ブラックジャック」のこんな話を憶えている。子猫が事故にあって瀕死の重症だったが、母猫が、看病でもするように、その子猫を舐めていた。ピノコ(ブラックジャックと同居の幼女)が、ブラックジャックに子猫の治療をするよう求め、ブラックジャックは仕方なくそうしようとするが、母猫がどうしても子猫を渡さない。それに、あまりに状態が悪く、いかにブラックジャックでも、治療しても無駄と思われたので、彼はそのまま放置する。
ところが、しばらく経ったある日、その子猫が元気に母猫と散歩しているのを見て、ブラックジャックは驚くことになる。
これが、ただの作り話かというと、実話でこんな話がある。
東京帝国ホテルの料理長を26年勤めた名シェフの村上信夫さんが、第二次世界大戦後、シベリアで捕虜生活をしていた時のことだ。ある夜、ソ連兵がやって来て、村上さんをある場所に連れていった。そこには、全身を包帯で巻いた、瀕死の日本兵がベッドに横たわっていた。
ソ連兵は、村上さんがコックだと知って連れてきたのである。そして、村上さんに、「彼は明日までもたない。最後に何か好きなものを食べさせてやってくれ」と言う。
村上さんは、その日本兵に何が食べたいかと聞くと、彼は「パイナップル」と言う。しかし、そんなものは無い。だが、リンゴと砂糖があった。村上さんは、フライパンで巧みに調理しパイナップルのように仕上げる。村上さんが食べさせると、その日本兵は全て食べたという。そして、村上さんは、彼と永久の別れをする。
しばらくして、村上さんが収容所を散歩していると、誰かに呼び止められた。振り向くと、驚くべきことに、あの時の瀕死の日本兵だった。彼は元気に村上さんのところに歩いて来て言った。「あんな美味いものが食べられるなら、もう一度生きてみようと思ったのだ」と。
(本筋と関係ないが、捕虜にこのような心づかいをするソ連兵にも、人類に対する希望や信頼を呼び起こすようで嬉しいものだと思う。)
人間には、いかなる病気や怪我も乗り越え、生き延びる力が秘められている。イエスは、それを引き出すことが出来ただけだ。
そして、もしかしたら、やはりイエスがそうであり、また、彼が、他の人に関してもそうであると断言したように、人には、この物質世界を自在に支配する能力が与えられているのかもしれない。
もしそうなら、我々は、世間の教義や信念のように、自分を惨めで弱い存在であると思うことは愚かなことに違いない。
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医学博士であれば、むしろ、専門家であるがゆえに、医学を無視するようなストーリーは作り難いような気もする。しかし、医者であるがゆえに、医学で説明のつかないような生命の神秘について、自分で経験したかどうかはともかく、かなり知っていたに違いないと思う。
いや、むしろ、生命、自然を真摯に研究すれば、それらが人智など及びもつかない驚異的なものであることに気付かないはずが無い。
「ブラックジャック」のこんな話を憶えている。子猫が事故にあって瀕死の重症だったが、母猫が、看病でもするように、その子猫を舐めていた。ピノコ(ブラックジャックと同居の幼女)が、ブラックジャックに子猫の治療をするよう求め、ブラックジャックは仕方なくそうしようとするが、母猫がどうしても子猫を渡さない。それに、あまりに状態が悪く、いかにブラックジャックでも、治療しても無駄と思われたので、彼はそのまま放置する。
ところが、しばらく経ったある日、その子猫が元気に母猫と散歩しているのを見て、ブラックジャックは驚くことになる。
これが、ただの作り話かというと、実話でこんな話がある。
東京帝国ホテルの料理長を26年勤めた名シェフの村上信夫さんが、第二次世界大戦後、シベリアで捕虜生活をしていた時のことだ。ある夜、ソ連兵がやって来て、村上さんをある場所に連れていった。そこには、全身を包帯で巻いた、瀕死の日本兵がベッドに横たわっていた。
ソ連兵は、村上さんがコックだと知って連れてきたのである。そして、村上さんに、「彼は明日までもたない。最後に何か好きなものを食べさせてやってくれ」と言う。
村上さんは、その日本兵に何が食べたいかと聞くと、彼は「パイナップル」と言う。しかし、そんなものは無い。だが、リンゴと砂糖があった。村上さんは、フライパンで巧みに調理しパイナップルのように仕上げる。村上さんが食べさせると、その日本兵は全て食べたという。そして、村上さんは、彼と永久の別れをする。
しばらくして、村上さんが収容所を散歩していると、誰かに呼び止められた。振り向くと、驚くべきことに、あの時の瀕死の日本兵だった。彼は元気に村上さんのところに歩いて来て言った。「あんな美味いものが食べられるなら、もう一度生きてみようと思ったのだ」と。
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人間には、いかなる病気や怪我も乗り越え、生き延びる力が秘められている。イエスは、それを引き出すことが出来ただけだ。
そして、もしかしたら、やはりイエスがそうであり、また、彼が、他の人に関してもそうであると断言したように、人には、この物質世界を自在に支配する能力が与えられているのかもしれない。
もしそうなら、我々は、世間の教義や信念のように、自分を惨めで弱い存在であると思うことは愚かなことに違いない。
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