ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

2010年10月

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

来るべき世界

あらゆる動物の中で、人間は大人になるにのかかる期間が異常に長い。ほとんどの動物は1年くらいで大人になる。
もちろん、本能だけで生きていける動物と、知的に教育しないといけない人間との違いはあるが、人間でも、教育に手間と時間をかけるほど幼児化すると言えないだろうか?
また、老後なんてものがあるのも人間だけだ。これも、人間は知的な社会を持つおかげで、他の動物のように、身体の衰えが直接には死につながらないのだが、高齢者をますますないがしろにするようになってしまっている。

人間は、一人前になるのに最低でも15年は必要とされているようだ。日本では20歳で大人であり、17歳は児童だ(!)。しかも、実際は、20歳は一般にひどく幼稚で、成人式は30歳くらいで丁度良いという意見も冗談にならない。
そして、我が国では60歳くらいを定年とするが、事実上、それ以降が老年である。
しかし、18歳未満を児童扱いすることで、中学生や高校生が本当に幼児化している。そして、60歳を社会からの引退時期とみなすことで、60代が本当に老人になっている。
しかも、実際は、17歳まで子供として扱われることで、30代以上まで精神の幼さを引きずり、60歳を老人と思うことで、40代や50代からはっきりと老化を見せ始めている。
その結果、現在の日本は、子供か老人しかいない社会になっていると言えば、妙に納得がいく気がしないだろうか?

ところで、アニメに登場するヒロインは、いくら若くても、精神的には大人である。(最近は、そうでない作品も増えてきた感じはするが、それは置いておこう。)
「カードキャプターさくら」という作品で、ヒロインのさくらは9歳だが、こんなことがあった。
さくらと親友の知世は、翌日の日曜日にピクニックに行く計画を立てていた。しかし、それを聞いた父親は戸惑う。高校生の兄は、表面上は平気な顔をしながら、さくらに、明日はお前が家事当番であるときっぱりと告げる。さくらの母親は、さくらが3歳の時に死んでおり、今では、さくらも含めた家族3人が交代で家事をしていたのだ。
ここからがすごい。現在の日本ではあり得ないことだ。
さくらは残念な顔をしながらも、すぐに納得するのだ。父親も、さくらに同情を示すが、だからといって、善処を考えない。そもそも善処のしようがない。兄は、内心はさくらを可哀想に思っているのだろうが、表には一切出さない。この兄は高校2年生だが、本当に大人である。中学3年生の時に、教育実習に来ていた超美人の女子大生と交際したこともある。また、おこづかいはもらわず、1年中バイトをしている。また、さくらから電話で連絡を受けた知世も、がっかりはしながらも、やはり仕方がないとすぐに諦める。
我が国の実際の9歳なら、そもそも家事の役に立たないし、我慢を知らず、思い通りにならないとダダをこね、わめき、結局、わがままが通ってしまうことが多い。
ちょっと話は変わるが、このアニメでは、さくらのひいおじさんが登場するのだが、いわゆる老人臭さはほ全くなく、忙しく働き、さわやかで逞しく、自分のいたらなさを自覚して成長する。
この作品の原作漫画では、小学校の男性教師とその女子生徒が、対等な立場で恋愛して(世間の手前、隠れてだが)、男性教師は彼女に婚約指輪をプレゼントし、その女子生徒は本当に幸せに感じる。
さっき話に出た、さくらの親友の知世は、「私の一番好きな人が、自分を一番好きになってくれなくてもいい(それでも気持ちは変わらない)」と言う。
そして、そういったことを見ていると、実は、これらが、そんなに違和感のあるものではないと感じる。

本来、人間は、正しく育てれば、遅くとも14歳には立派な大人になる。そして、特に学校に行かなくても、現在の大学生など足元にも及ばないような勉強が自分でできるだろう。
また、70歳を過ぎていても、立派な仕事はちゃんと出来る。ただ、現在の大量消費の経済至上主義社会(欲望社会と言える)では、計算と協調と定型労働ばかりが強要され、年配者向きの仕事がないのは確かである。
私は、人間は、資質としては、10歳で大人、100歳まで、あるいは、生きている限り現役ということは全く可能と思われ、人類が精神的に進歩するなら、自然にそうなると信じるのである。社会もそのために相応しい形があるはずだ。
一応空想とするなら、2歳で幼いながらも、自分の役割を果たし、外見も今の10~12歳並で、数百歳でも若い容姿と能力を持つ潜在力が人間にはあると信じる。その頃には、お金というものは存在しないし、富を独占しようとする者などいない。人々は、自分のやっていることを労働とは思わないだろう。







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潜在意識の法則の、唯一最大の誤り

アメリカのジョセフ・マーフィー(1898-1981)という牧師は、子供の頃からの神秘体験や、心の持ち方で自分や家族の難病が治ってしまうのを何度も見て精神世界に目覚め、聖書の教えを実世界に応用して理想の世界を精神の力で創り出す方法を人々に教えるようになりました。
マーフィーの教えは潜在意識の法則として知られています。

ただ、注意しなければならないのは、心、精神、潜在意識、あるいはその関連の、顕在意識、無意識といった言葉には厳密な定義はありません。なぜなら、人間は、まだまだ、心のことなんてほとんど何も知らないので、それぞれの人が、かなり勝手に独自の意味でこれらの言葉を使っているからです。
現在知られている心の理論は、根本的にはフロイトが構築したものです。ところが、フロイトは実は学者ではなく精神科医です。そして、非常に真面目で熱心なお医者さんではありましたが、実際に治療に成功したことはほとんどありませんでした。しかし、その精力的な治療行為が有意義な実験になって精神分析学を構築したということだと思います。ただ、その献身的で親身な治療により、患者には非常に信頼され、感謝されることが多かったようです。
おそらく、精神科医の治療なんてのは非常に難しく、フロイトでなくても、実際に成果を上げることは難しいのだと思います。
その中で、魔法で治しているのではないかと言われるほどの優れた成果をあげた精神科医がミルトン・エリクソンです。彼は本当に驚異的な存在だったと思います。よって、精神について知りたいなら、エリクソンの教えにあたるのが一番と私は考えています。精神医のみならず、エリクソンの娘が教師として驚くべき優秀さを示したように、心を扱う必要を感じている全ての人についてそう言えると思います。

マーフィーの話に戻ります。
私自身は、マーフィーの潜在意識の法則にはかなりお世話になったわけです。
幼い頃からの引きこもり気質で、おそらく、一生、社会で働くことは無いと思われ、大学に入るも、早々にニートを決め込んでおりました。
それが、19歳の時に、マーフィーの「あなたも幸せになれる」(原題は宇宙の活力といったようなタイトルです)を読み、精神の中に驚くべき力があることを知ると、それが自信になり、引きこもり気質が治ったというのではないですが、セールスマンになってセールスコンテストで優勝したり、有能なシステムエンジニアになって、仕事が新聞やテレビで紹介されたり、取材を受けたりもしたものです。

昨今は、引き寄せの法則が人気があるようですが、私は、引き寄せの法則も潜在意識の法則と変わらないと思いますし、マーフィー自身も引き寄せ、あるいは、牽引(引き寄せと大体同じ意味)の法則という言葉をよく使っていたと思います。
マーフィーを日本に紹介したのは、著名な知識人で評論家・学者の渡部昇一さんです。ただし、彼はマーフィー関係ではずっと大島淳一という名を使い、それらが同一人物であることは知られていなかったと思います。
ところで、私は、渡部昇一さんも好きなのですが、個人的にはあれほど抵抗も感じさせる人も珍しいと思います。彼の主張に対して、非常に納得でき賛成できるかと思うと、まるっきり否定はできないまでも奇妙なひっかかりを感じるといったものもよくあります。おそらく、渡部さんという人は、かなり複雑で多面的な人ではないかと思いますが、渡部昇一論なんて始めますと大変なことになりかねませんので、やめておきます。

そして、マーフィーの潜在意識の法則に関してもそれ(奇妙な抵抗)があります。
その中で、はっきり、これは問題だと思うところがあります。
ひょっとしたら、翻訳でのみそうなっているのかもしれないかと思いましたが、明らかに障害になるところがあります。
それは、顕在意識(意識する心)が主人、指揮官、命令する者で、潜在意識(無意識および無意識の中の無限の力)がそれに従うというところです。
これはまるっきり逆です。
潜在意識が主で、顕在意識が従でないと幸福になれません。
イエスが、「私の思いではなく、あなた(神のこと)の思いが行われますように」と言ったことがそれを指しています。
潜在意識は、直観、閃き、フィーリングとして、我々に命令を与えます。その通りにやればあらゆる苦労はなくなります。
マーフィーも言うように、潜在意識は無限の叡智でもあるのだから、それが当然と思います。なぜ、浅はかで愚かな我々個人の心が、至高の叡智に命令できるのでしょうか?
ただ、直観、閃き、フィーリングを受けるには、心が静かでないといけません。そのためには無欲でないといけません。
あれだけの理論を構築したフロイトが実際には患者の治療には成功しなかったように、マーフィーの潜在意識の法則には、心惹かれるものがありながら、それによって幸福になった人はほとんど皆無であるのは、きっと、我々には根本的に欠けたところがあるのだと感じています。しかし、それが何かが分かれば、事は意外と簡単であると思います。ただ、簡単なことが一番難しいとも言えるのです。世の中、ままならぬものですが、そのままならないということが最大のヒントと思います。
黒住宗忠は、「神様に全部まかせれば、面白いことばかり」と言いましたが、自我がプライドを捨て、無限の叡智に従う時、全てうまくいくはずです。







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ユリ・ゲラーの本物の超能力とは

批判も多いながら、決して影響力の小さくはない謎めいた人達がいます。例えば、超能力者と言われるユリ・ゲラーや宇宙人とのコンタクティー(接触者)と言われるジョージ・アダムスキーのような人達です。
ただ、間違いなく言えることは、彼らが、本物の超能力者やコンタクティーであるかといった議論に決着が付くなんてことはあり得ないということです。
もしかしたら、ユリ・ゲラーは、超能力パフォーマンス(例えばスプーン曲げ)でトリックを使ったことがあるかもしれませんし、アダムスキーもUFOの工作写真を撮ったかもしれません。しかし、それらの全てが虚偽であるとは誰にも言えないでしょう。
我々も、別に、それらにカタを付ける必要はないですし、付けられるはずもありません。言うなれば、どう考えるかは個人の自由です。
また、それで、子供の教育や社会秩序に害悪があるはずもないと思います。もしあるとすれば、それはきっと別の原因があるのだと思います。
例えば、あるところでは、地球が丸いと思っている人と、地球が平たいと思っている人が混在しているらしいですが、その街はとても平和と聞きます。一方、ほとんど全ての人が地球が丸いと思っている街がひどいところだったりします。特定のことがらについての個人的主義や信念と、平和や秩序は別のものです。そう思わないのは独裁者くらいのものです。

ユリ・ゲラーやアダムスキーと聞くと、「ああ、あのペテン師!」「あいつらは嘘つきだよ」と疑いもないような反応をする人達もいると思います。実は恥ずかしながら私もそうだったのですが、それは単に、「そう聞いたから」以上の理由はありません。
例えば、小沢一郎と聞けば、「不正な政治家」「悪いことをしているに違いない」という反応をしたり、中国ではみんなが反日デモをしていると思っているような人も少なくないと思います。それもただ、マスコミに扇動されただけのことで、自分で何か確かめた訳では決してないでしょう。
そして、我々の信念とか観念の大半はそんなものだと思います。子供の頃に、親とか身近な大人、そして、学校でそう言われたからそう思っているというだけで、そんな習慣が出来ていれば、マスコミや活字や企業のCMも簡単に信じてしまうという訳です。

ところで、私はユリ・ゲラーの著書を読んで感心したことがあります。
彼は一度、カジノで超能力を発揮して、大勝ちし、大金を得たことがあるようです。
ところが、その金を持って車に乗っている時、心に凄まじい動揺が起こり、その金を道路に投げ捨てたと言います。
テレビで彼のサイキック・パフォーマンスを見ても、彼について何も分かりませんし、さして興味も感じませんでしたが、それを見て、いくらか関心を持ちました。

ギャンブルで儲けることと、金融取引で儲けることで、注目すべき共通性があります。それは、実際の生産、販売、サービスを行うことなく利益を得るということです。
ヘンリー・フォードは、自伝「藁のハンドル」で、実際の販売やサービスを行うわずに、金を動かすだけの実体のないビジネスを強く戒めていました。
例えば、投資というものは、本当は、それで儲かるかどうかが重要なのではなく、自分が投資するビジネスに本当に期待し、発展を願っているという理由で行うべきものだと思います。
しかし、いまや、儲かりさえすれば良いと思うことに何の疑いも持っていない投資家や投機家だらけになってしまいました。

お金というものは、物やサービスを得るために、別の物やサービスを直接提供する物々交換が不便なので考え出されたもので、それを得るには、販売やサービスの提供を行うべきものです。
ところが、販売やサービスをせずにお金を得れば歪みが生じ、そういったことが多くなれば、歪みも大きくなり、やがて破綻が起こります。その破綻とは、歪みを正そうとする自然の摂理です。得るべきでないものを得た分は、後で強制的に取られるのです。本来、強制的、つまり、無理矢理ということは望ましくありません。混乱、苦痛、災厄を伴う危険が大きいからです。
しかし、個人だって、サービスの提供なくサービスを受けていれば、歪みが生じます。そしてやはり、その歪みを正すための自然の摂理が必ず働きます。それは、その人の平和や幸福に必要なものを奪うことによってだと思います。例えば、愛情や友情や健康といったものです。投資や投機で儲け続けた人を見ると、例外というものは無いと思います。

私なら、恐ろしくて、販売やサービスの代償でないようなお金を持つ気になりません。ユリ・ゲラーは、そのことを直感的に感じたのだと思います。
ユリ・ゲラーのその話が本当であるとすれば、彼にスプーンを曲げる能力があるかどうかは知りませんが(興味もありません)、優れた直観という超能力はあるということだと思います。







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人間らしいエロスを

本日のテーマは、私には珍しく、エロスの重要性と、お薦めのエロス作品だ。

最近は、成人漫画やPCのアダルトゲームで、それなりに繊細で上手い絵でストレートに、露骨に描かれたものが非常に多くある。特にゲームの方は、後で人気アニメになり、作家やイラストレーターがメジャー(大きな規模のもの)で成功したりと、陰鬱なイメージが以前ほどはなくなった。
しかし、これらを見て、私は何か窒息感というか、吐きそうな空虚感を感じた。

想像上のエロス・・・難しく言うと、抽象表現としてのエロスは、非常に重要なものである。
マスターベーションなんてことが出来る高度な能力を持つのは人間だけだ。猿だってするじゃないかと言う人もいるかもしれないが、オス猿は近くにメス猿がいないとそれが出来ず、人間のとは全く意味が違う。
なぜエロスが重要かというと、人間だけが持つ想像力、抽象化能力を鍛え、磨くからだ。しかし、既に露骨なまでに具体化、具象化した今の成人漫画やアダルトゲームは、それが出来ないばかりか、それをするきっかけさえ抹殺する。つまり、成人漫画やアダルトゲームは、人間を猿化するものなのである。

私がお薦めする、想像力、抽象化能力を磨き、人間の精神の力に触れることが出来、窒息感や空虚感で心を荒れさせることもない(はずの)エロスを紹介しよう。
まずは、芥川龍之介の「地獄変」だ。
天才画家である良秀の15歳の娘が登場する。良秀は天才ではあっても人間性の卑しい変人だが、この一人娘は愛らしい上に優れた精神性を備えた素晴らしい少女だった。小説の方は是非読んでいただきたい。
ところで、この良秀を仲代達矢さんが演じた映画が素晴らしかったが、DVDになっていない。この映画で、良秀の娘が床に引き倒された後、彼女の長い髪だけが写り、それがゆるやかに動くという表現が芸術的なエロスだった。
いわゆる、想像させるエロスである。
この意味で素晴らしいものが、手塚治虫さんの「アラバスター」という作品にある。
ファンも多いと思うが、作家の図子慧(ずし けい)さんが、この作品の文庫版のあとがきを書かれている。そこで、「その後に読んだどんなエロ小説よりも、この作品の1カットの方が煩悩をかきたてられた」と絶賛し、自分を外道な女と卑下していたが、さすが一流の作家である。図子さんが「そうなんです、あのシーンです」と言うそのシーンには、「シーン」(静寂を示す漫画的表現)という描き文字が入っているだけ・・・つまり、具体的には何も描かれていない。ただ、湖の側の森とその真っ黒な陰が描かれているだけだ。わずかに、水に落ちる砂粒が想像力に訴える。そこで行われているはずの、亜美という少女とFBIのロックの間でのことを、図子さんは「透視、いや、想像した」・・・というが、少年誌で読んだということは、図子さんは女子小学生だったのでは・・・。亜美は可憐な少女だから、図子さんも書かれていた通り、さぞショックであっただろう。「きっと、亜美ちゃんは痛かっただろうけど、気持ちよかったよねと考えたものです」とあるが、やはり、ひょっとしたら女子小学生が・・と思うが、まあ良い。(以上は、文庫版「アラバスター」第2巻)

平井和正さんの小説も素晴らしい。平井さんは有名なSF作家で、漫画の「8マン」(絵は桑田次郎さん)や漫画と小説がある「幻魔大戦」(漫画の絵は石森章太郎さん)でも知られるが、平井さんの小説でエロチックな場面のないものはない。そして、その表現は凄い。
1938年(昭和13年)生まれの平井さんが中学生の頃は戦争直後であったが、クラスメイトの女の子が急に学校に来なくなるということがあった。ところが、平井さんが街を歩いていたら、その女の子が化粧をして米兵の腕にぶら下がっている。平井さんは詳しくは書いていなかったが、間違いなく、彼は米兵と少女の間のことを想像し、やり場のない怒りと不条理に苦しむと同時に、どうにも止められないエロチックな想像に襲われたことだろう。昨今のエロ作家とは想像力の鍛え方が違う。
エロスに屈服してもいけないが、滅ぼしてもいけない。
逆に言えば、向き合うべきものであるが、負けてもいけない。
そのギリギリの狭間で、我々は人間としての全体を磨くのである。我々を猿にしかしない、露骨で浅いものに見向きもせず、本物を求めたい。







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世間の妄信を捨てることの威力

私は、人間にとって年齢というものにさしたる意味はないか、少なくとも、年齢に関して世間で言われているようなことは1つの想像でしかないと思う。

我々が、年齢に関する世間の信念を捨てれば捨てるほど、我々は老化というものと縁遠くなっていくだろう。
仮に、我々よりはるかに進歩した宇宙人がいて、肉体そのものは我々と大差ないとしても、彼らが(地球年齢で)百歳であれば現在の我々の30歳以下にしか見えなかったり、特に進歩していればさらに若く見えるかもしれない。寿命も300年とかそれ以上かもしれない。
人間世界にも、ごく稀にそのような人物がいるという話も聞くが、本当にそんな人がいたとしても、世間は、そのような人の存在が認めず、その人は最初から存在しなかったということになってしまうのだと思う。
フォード自動車創業者のヘンリー・フォードが絶賛し、親しい人達にプレゼントし続けたという、ラルフ・ウォルドー・トラインの著書“In Tune with the Infinite”(最後に2種類の翻訳を御紹介する)の中に、85歳にして25歳以下にしか見えない女性の話がある。彼女の若さの秘訣は楽天性であるとトラインは言う。

エドモンド・ハミルトンのSF小説「キャプテン・フューチャー」は、今よりもずっと未来の話であるが、「この時代(小説の舞台である遠い未来)、50歳は男盛りの絶頂である」と書かれたところがある。これが書かれた1940年(昭和15年)頃は、50歳といえば老人であったし、日本では平均寿命自体が50歳に達していなかった。しかし、現在であれば、50歳で男盛りというのは、別に違和感はない。ハミルトンはSF的空想で書いたのかもしれないが、本当になってしまったのだ。本来であれば、もうすぐそれが70歳くらいになっても良いのであるが、現在の人々は、飽食・美食にとりつかれて老化がむしろ早まってしまっているように感じる。

我々は、年齢に対する世間の信念を超えないといけない。
プロレスのジャイアント馬場さんは、「若い頃は、60歳といったら、すごいジイさんだと思っていたが、いざ自分がなってみたら・・・なんだ、まだまだやれるじゃないか」と言っていた。
彼は23歳くらいの若手の時、修行のためにアメリカに渡った。そこで、フレッド・アトキンスという強豪レスラーがコーチになった。馬場さんは、50歳をとおに超えているはずのアトキンスの体力に驚く。とにかく、全く敵わない。馬場さんが63歳で肝臓癌で亡くなるまで、引退などサラサラ考えなかったのは、アトキンスが意識改革してくれたおかげだったのではないかと私は想像している。

年齢の話ではないが、トーチェ夫妻の著書「トーチェ氏の心の法則」に興味深い話があったのを憶えている。
ある国の話だが、そこでは、脚が折れた人が元気に走り回っている。そこの人々は、脚が折れたら走れないということを知らないからだとトーチェは言う。
我々は、下らない世間の妄信という牢獄の中に閉じ込められている。
私は、「あらゆる栄養を取りながら、毎日3食しっかりと食べないといけない」という世間の妄想を捨て、1日1食で、世間的には超偏食であるが、完全に健康で強靭な身体になった。幼い頃からのアトピー性皮膚炎も、死にそうな発作に襲われたメニエール病も医療と全く関わりを持たずに完全に治った。腕立て伏せを100回以上できるのは特別な人だと思っていたが、その考えを捨て、毎日軽々と150回やっているので、200回以上は出来るはずだ。
世間の考え方を叩き壊すことが天国への道と思う。我々はそれを目指すべきではないだろうか?このブログの目的もそこにある。







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