現在ではありふれたことであるが、あらゆる場所で、年代を問わず、多くの人が携帯電話をじっと覗き込んでいる光景を見る。

ほんの20年ほど前には全く不可能であった、コンパクトなデバイス(装置)での情報コミュニケーションは、本当に良いものだろうか?
私は、パソコン、および、携帯デバイスによる電子メールに関しては、最も早く使い始めた部類であるが、それらは、事務的な用途では重宝するものの、個人的なことに関しては、本当に急用でももなければ使うことはない。ツイッターは全くやらない。

我々は、目や耳などの五感で受け取る情報が全てであろうか?
それらの情報は、全ての情報の中で、実はごく一部であり、しかも粗雑なものではないだろうか?
いまや、我々はそんなことは想像もしていないかもしれない。
植物や動物、あるいは、鉱物や、地球、月、太陽、惑星はメッセージを伝えてきてはいないのだろうか?
いや、人間でさえ、言葉やボディ・ランゲージ(表情や身振り手振りなど)以上の精妙なメッセージを伝えるのではないだろうか?
視覚、聴覚を使えないヘレン・ケラーは、「感覚器官での認識は幻想、純粋な観念(イデア)のみが真理」と断言したが、私もそうだと感じる。

アニメの「ツバサ・クロニクル」で、少女(サクラ姫)と少年(シャオラン)がこんな会話をする。

「私、夜寝る時なんか、いつもシャオランのことを考えているよ。シャオランは私のこと、考えることある?」
「考えているよ。俺もサクラのことを考えている」

彼らの想いが、お互いに伝わっていないなどと言えるだろうか?
2人は、本当は、そうやって言葉で確認するまでもなく、お互いの想いを感じていたのではないだろうか?
そうでなければ、目の前で尋ねたりはしないのではないだろうか?
電話すらなかった時代の方が、人は本当の意味で繋がっていたし、人同士だけでなく、万物と繋がっていたのではないだろうか?

あなたは、本当に好きな人が、メールや電話をくれるのと、心で想っていてくれるのとではどちらが良いだろうか?
私は、電子メールを交換している相手とは、かえって心が離れていくのをはっきり感じたことがよくあった。

天使は姿を見せずに何かを伝えるかもしれないが、携帯を使うことはないだろう。
動物や植物の不思議なコミュニケーション能力は、仮説こそいろいろあるが、実際にはほとんどが謎だ。そして、本当は我々にも、同様な能力はあるのではないだろうか?そして、あなたも、本当はそんな能力を感じたことがあるに違いない。
現代の人間が、皆不機嫌で不安で、気分が暗いのは、本当に得るべき情報、感じるべきフィーリング、大切な直観を逃しているからではないだろうか?メールやツイッターが悪いと言うのではないが、あまりにそういったものばかりに心を奪われ、もっと大切なものを無視してしまっているのが、その原因ではないだろうか?

面白いことに、アニメのヒロイン達は皆、「心の中に言葉が浮かんでくる」と言うが、私はそいういったことにリアルなイメージを感じる。
イエスは「言うべきことは、その時に(神より)与えられる。あらかじめ何を言おうかなどと心配するな」と言ったが、我々は、いつも偉大なものに気にかけられ、大いなるものからの意志を受けているのではないだろうか?




【花の知恵 (プラネタリー・クラシクス) 】
「青い鳥」の著者として有名なノーベル賞作家モーリス・メーテルリンクは、実は自然への深い洞察を持った思想家であった。




【新アダムスキー全集2 超能力開発法 】
ともすれば一部にある奇妙なイメージと異なり、人が幸福に生きるための極めて理性的で実際的な書であると思う。

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