ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

失われた記憶の意味

人間の限界というものは、我々が普通に考えているようなものじゃあないはずだ。
かつて、科学的には、人間が1マイル(約1609m)を4分以内で走ると即死すると断定していたが、1人のランナーがその記録を超えると、続々とそれを達成するランナーが現れた。かといって、いつか1分以内で走れるなどと考える者は誰もいないだろう。

もし、誰かが、100mを3秒で走ったとしたらどうなるだろう?
きっと、誰も、それが「見えない」のだ。あるいは、それを見て、一瞬は驚愕しても、すぐに忘れてしまうのだ。
1492年にコロンブスの船がアメリカ海域の島にたどり着いた時、その島にいた文明化されていない原住民には、コロンブス達が乗ってきた巨大船が見えなかったという話がある。彼らは、そのような巨大な船を見たことがなく、船だと認識できなかった。そんな彼らには、船が本当に見えなかったのだ。この話が事実かどうかは知らないし、実際はややニュアンスは違うことだったかもしれないが、あり得ることと思う。
「トーチェ氏の心の法則」という本に、脚が折れているのに走り回る、未開の民族の話がある。彼らは、脚が折れたら走れなくなることを「知らなかった」のだという。

夢を憶えていないというのも、似たような理由かもしれない。
あまりに非現実的な夢は、多少は現実的に変換した断片を憶えていることもあるが、ほとんど憶えていないのだ。
だから、子供ほどよく夢を憶えていて、それを大人に話すが、大人はまともに聞かず、他愛もないものとしてあしらうので、子供も話さなくなり、そして、不思議な夢のことを信じなくなり、憶えていないようになるのだ。

武内直子さんの「美少女戦士セーラームーン」に面白い話がある。
主人公の、セーラームーンこと、高校1年生の月野うさぎは、外国に留学した恋人の地場護に何度も手紙を書くが(電子メールがあまり普及していない時代だった)、返信が全くない。元々が、当面は忙しくてそうなるかもしれないと護に言われていたうさぎは健気に耐えるが、実は、護はこの世にいなかった。実は、護がうさぎの目の前で肉体が崩れて消滅するのを、うさぎははっきり見ていたのだ。しかし、うさぎには、その記憶が消えてしまっていたのだ。あまりに悲惨で、信じたくないという意識が、うさぎから記憶を消し去ったのである。

L.ロン.ハバートの小説「フィアー」に、そんなテーマを扱った小説があるが、レイ・ブラッドベリ、アイザック・アシモフ、スティーブン・キングらが絶賛する天才ハバートのこの作品はとにかく凄い。是非、読んでみて欲しい。
ハバートは、トム・クルーズやジョン・トラボルタらが熱心に信仰する宗教団体サイエントロジーの教祖としては、一部非難も多いが、教育分野での信奉者も多く、稲盛和夫氏も、ハバートの教育の本に推薦の言葉を載せている。
私は、ハバートの書いた自己啓発書で、世界で1800万部が出版されたという「ダイアネティックス」を一頃、熱心に読んだことがある。1950年頃に、コンピュータモデルを参考にしながら、人間の仕組みを解き明かし、どうやればその能力を向上させることが出来るかについてのハバートの論は実に面白かった。

人間の限界というのは、人々が共同で持つ認識で決まるが、それは幻想であり、催眠術のようなものだ。
それを、吉本隆明氏の言い方を借りて共同幻想と呼ぶなら、その幻想を作るのは世間の信念や教義だ。その幻想の中にいない者は、人々にとって神か仙人か、あるいは、狂人だ。

人間は、思考の制限が外れた世界である夢の内容を憶えていられるようになれば、制限の少ない存在になっているかもしれない。
思いのまま、全てを、冷静さと誠実さを保ったまま信じることが出来るなら、不可能は無いに違いない。
もしそうであれば、それを阻害しているものを除けば良いのだろう。だが、その方法を教えても、あなたは信じないかもしれないのだ。いや、信じたくはないと感じるのだと思う。







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節電するほど万物を幸福にする

節電への関心が高まってきたのは喜ばしいことであるが、これは、特に立派なことをするというのでなく、当たり前の状態に戻すだけのことである。
つまり、賢いというより、愚かさを少し捨てるだけのことで、ようやく、自然な姿に近付くというに過ぎない。

世間の節電対策では、「これは効果的だ」とか、「これはさして節電の効果がない」とか言うが、これこそが染み付いてしまった分類癖、浅はかな猿知恵というものだ。
効果的か効果的でないかなどの理屈など捨て去り、使わなくていい電気は1円分たりとも使わないという心構えでいかなければならない。
世間の中ですら、賢い金持ちは、金持ちになる秘訣は小銭を貯めることだという。1円、十円を大切にすれば、嫌でも金は貯まるという。理屈の上では、そんな小さな金を貯めて財産が出来るはずがないが、やってみれば、誰でも分かるのである。無駄な金は1円も使わない。金持ちほどセコいとはよく言われるが、1円のつり銭もきちんと受け取るのが金持ちだ。そして、大きな金は、自信を持ってどんと出すのである。

私は、昨年以前から超省エネである。
エアコンは一切使わない。無理をしているのではなく、エアコンがかかっていると寒いのである。だが、2年半以上前はそうではなく、ガンガンにクーラーが効いていないと駄目だった。
私は、3年前の2008年8月から、それまで大食、肉食だったのが、不意に1日1食の菜食主義となり、間食の一切もやめた。すると、半年で全く別の人間になった。身体の全ての不調はなくなり、完全な健康体になった。
言うまでもなく、スリムで理想的な体型になる。1円もかからないが、金のかかる美容法と比較にならない効果で、しかも百パーセント確実なものだ。
昨年は、真夏でも、冬のシャツやパンツで通した。それでも、世間では猛暑と言われた昨年、私は「今年は暑いのですか?」と人に尋ねて呆れられた覚えがある。多分、暑いことは暑かったとは思うが、別に気にするほどのことでもなかったのだ。
余談だが、日本では、特に昔は、パンツといえば下着を指すことが多く、ズボンと区別されていた。だが、スラックスなどをズボンというのは日本だけのことで、アメリカではパンツ、イギリスではトラウザーズと言う(アメリカでもそう言うこともある)。
冷房されたオフィスは寒く、実際、冬のシャツやパンツでも足りず、羽織るものが欲しかったくらいである(面倒なので用意しなかったが)。

夏バテの感覚もすっかり忘れていた。少食(私的には普通の食事量)、菜食だと、身体の調子はとても良く、活力もあるので、精神的な理由がない限り、気分は常に良いのである。
そう、問題は精神だけとなった。
皆様に絶対にお奨めすることは、テレビを消すことだ。私は、テレビCMを見ると、嫌というのでなく、あまりに気味が悪いので、テレビがついていると本当に消したくなる。
テレビの省エネ効果は非常に高いという訳ではない。しかし、精神を破壊し、人を堕落させる威力はすさまじいのである。
昔ほどではないが、今でも、部屋に入ると、習慣的にテレビのスイッチを入れる人がいると思う。それは、自分も世界も不幸にする。是非、意識を持ってやめることをお奨めする。
また、無くて済むなら、なるべく電気を付けないことだ。昨日も書いたが、黄昏、黎明の時の神秘に満ちた薄明を感じないで過ごすとは、なんと勿体無いことだろう。それは、神様を無視するようなものだ。無視したからといって神様のあなたへの愛が変わる訳ではないが、神と親しみ、手を取り合う機会を失うかもしれないのだ。
黄昏や黎明に畏敬を感じない人はいない。それは、生命そのものを映して見せてくれる自然のスペクタルだ。我々は、それの代わりに安っぽく下品な電灯や映像ばかり見ているのだ。

企業のことはさておき、家庭での電力15パーセント削減など、あまりに低すぎる。とりあえず従来の半分で良いはずだ。私は、一般と比べると、十分にそれに達しているが、何の無理もしていない。
それは我慢ではなく、むしろ、快適で平和に向かうことなのだ。







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薄明の神秘

薄明というものを、我々はどれだけの間、見過ごしてきただろう?
黄昏(夕暮れ)、黎明(夜明け)、英語ではともにtwilight(トワイライト)というが、共に、この世で最も美しい時間だ。
確かに、ジャングルでは、夕焼けは夜行性の猛獣の活動開始の合図であるのかもしれないが、だからこそ、むしろそこにいる彼らだって荘厳さを感じているのではないだろうか?

今頃では、午後7時頃に、夜のとばりが落ち始める。そんな時、明かりを付けずに、見慣れているはずの部屋の中を見るがいい。
息の音をたててはだめだ。静かに息をひそめるのだ。何なら、少し息を止めていてもいい。
何かを感じないだろうか?
いつも普通にそこにあるものが、あなたに優しく語りかけてこないだろうか?

黄昏のブルー
広がる窓ぎわ
何かあると いつも
ここで 夕陽 見るの

これは、1983年、当時、人気アイドルだった石川秀美さんのアルバム「セミ・スイート」に入っていた「さらって トワイライト」という曲の冒頭の詩だ。
女の子が、彼と喧嘩したのだが、思い返すと、自分がわがままだったのに、素直に謝れない自分をちょっと嫌に思いながら、窓の外の夕暮れの空を見ているといった情景だ。
いいものじゃないか?
今、再放送しているアニメ「灼眼のシャナ セカンド」で、よく夕焼けのシーンがある。恋に悩み、その中で、自分の嫌な部分と向き合うことも多いシャナや吉田一美という少女の心情を表すのに、まさにぴったりだ。
また、「ウルトラセブン」では、セブンが夕焼けの中で戦うシーンが実に美しいのだ。「ウルトラセブン」は、昭和の作品も平成の作品も、本当によく夕焼けの場面を使う。

「20世紀最大の詩人」と言われたW.B.イェイツの「ケルトの薄明」という作品がある。幻想的で、これほど霊的な想像力をかきたてられる傑作もない。
黄昏、黎明、薄明・・・そこにはやはり何かがあるのだ。
東日本大震災のために、現地の人々はもちろんだが、彼らの気持ちを少しでも汲むために電気を付けるのを控えている人々は、この美しい薄明を見、そこにある神秘を感じている。そして、失われた大切なものを取り戻すきっかけを得つつあるのである。
「神の他には何もなし。ただ、神のみがある。」
薄明に包まれると、この言葉の意味が分かってくるだろうし、そうであれば、この言葉を呟くだけで奇跡も起こせる。
そして、我々は、自分が何者で、どこから来て、どこに行くのかという、人類最大の謎を、いま明かそうとしているのである。
以下に、黄昏の園の美しいニュンペー(ニンフ、精霊)の絵をご紹介しておこう。
ヘリペデス(黄昏の娘たち)の園~ギリシャ神話~







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人魚のふりして頭を良くする

惑星という言葉の惑(まど)うとは、迷うという意味であるから、変なネーミングである。惑星は、遊星とも言うが、こちらは遊ぶ星だ。本当は惑星は、安定したコースを移動しているのだが、昔の人には不安定で、迷っていたり、遊んでいるように見えたのであろう。
一方、どっしりとした感じがあるのが、太陽などを示す恒星である。こちらは、恒(つね)の星だ。
我々も、惑星ではなく、恒星のようでありたい。

ところで、人間はもちろんだが、生物には恒常性という機能がある。一定の状態を維持する機能で、例えば、気温が上がると汗をかいて体温を下げ、逆に寒くなると脂肪を燃焼して体温を上げる。
しかし、このオートエアコンのような生物の身体(本当は、オートエアコンが生物のようだと言わないといけないのだが)は、盲目的にオートマチックという訳でもないようだ。
例えば、血液中の糖分の濃度が上がると、これを下げようとする。その働きをするのがインスリンというホルモンだ。ところが、頻繁に糖濃度が上がると、なぜか、インスリンが出なくなる。すると、糖濃度も下がらない。こうなったのが糖尿病だ。なぜインスリンが出なくなるのかは、はっきり分からないらしい。単純に考えれば、インスリンの量に限度があるのかもしれないが、私はそうではないと思う。糖分がそんなに多く入ってくるのは不自然なことで、故意に甘いものを多く食べているはずだから、そんなものまで調整はしてやらないということなのだろう。そのために、糖濃度が上がると、気持ち悪くなったり、めまいが起きるなどの体調不良を起こして警告するのだ。
「カードキャプターさくら」というアニメで、奈久留(なくる)という名の女の子(女子高生のふりをしているが、本当は人間ではない)が、ハナ歌で「(甘いお菓子を)気持ち悪くなっても食べちゃう~」と歌う場面があるが、そんなことをしても、何とか持ちこたえることが出来るのは、せいぜいが10代までだが、それでも限度を超えると、若くても糖尿病などの深刻な事態になる。
アントニオ猪木さんは若い頃、西洋人レスラーのパワーに対抗しようと意識的に大食したそうだ。米のご飯をどんぶりで何杯も食べたそうだが、米やパンなんてのは、誤解されていることも多いが、糖分の吸収率が凄く高い。それで、猪木さんは、めまいを起こして倒れたりしたのだが、それでもまだ食べているうちに(むしろ、トレーニングに対して食べ方が足りないと思ったようだ)インスリンが出なくなり、糖尿病になってしまった。糖尿病は基本的に治らないので、猪木さんは50年近く経った今でもインスリン治療を続けているのだ。

インスリンを出す能力同様、胃腸の消化能力も、鍛えて向上するなんてことはないのだが、身体の機能には、そうではないものもある。
たとえば、脳に酸素や栄養を送る頚動脈というのは、血液の二酸化炭素濃度が上がると、脳に酸素を送る機能を高めるが、それが頻繁に起こると、恒常的にその機能が強化されるらしい。それで頭が良くなるのだが、それに着目したトレーニングが、ウイン・ウェンガー(教育心理学博士)が開発したマスキング法で、非常な成果を得たという。
マスキング法とは、簡単に言えば、紙袋を口にあてて呼吸し、二酸化炭素を故意に吸うというものだが、細かい注意も必要だ。
尚、酸素を消費すれば二酸化炭素濃度が上がるのだから、運動全般はその効果があるが、走ることのように、周りに酸素が豊富にある場所では過呼吸になって、肺や心臓に負担がかかる。若いうちは、これら(心肺)の能力の向上で対応出来るが、ある程度の年齢になれば、若い頃から鍛えているのでなければ、心臓や肺が耐えられないし、下手をしたら機能に破綻をきたす。40も過ぎたら走らずに歩くことだ。このような一般論が当てはまらない人もいるだろうが、特別な人間でない限りそうなる。
頚動脈強化には、ウェンガー博士も薦めているが、むしろ素潜り(呼吸装置なしで水に潜る)が良いと思う。酸素を補給せずに運動をするのだが、水の中の運動は、丁度適度なものと思う。実際、素潜りを行う者は知能が発達することが多いという。
もちろん、特に運動しなくても、身体は酸素を消費するので、息を止めているだけでも良い。ウェンガー博士も、その効果を認めている。
ただ、息を止めている時に頭脳が働くのではない。酸素が少なくなっているのだから、逆に働きは悪くなる。ただ、下手な知性が邪魔をしないことで、神秘的知性を発揮することはある。高度な素潜りをする者に神秘体験者が多いのはそんな理由だ。
アインシュタインも、脳の容量は標準だったが、頚動脈が発達していたらしい。
天才と言われる人には水泳好きが多いように思う。知恵の神ヘルメース(英語のマーキュリー)が水星を指すとは面白いことだ。
あまり関係ないが、「美少女戦士セーラームーン」に登場する、セーラーマーキュリーこと水野亜美は、IQ300の天才という設定で、もちろん、水泳が大好きであった。尚、知恵の女神アテーナの別名はトリトゲネイヤで、海の神トリトーンと関係するとも言われる。トリトーンは海王星の衛星で、海王星には、トリトーンの父親のポセイドーン(英語のネプチューン)の名が付く。「セーラームーン」では、セーラーネプチューンこと海王みちるは、芸術面も含めた天才的な超美少女で、こちらも、もちろん水泳好き。亜美とみちるは競泳対決をしたこともあったが、ほぼ互角であった。共に賢く美しい人魚たちだった。







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なぜ悪魔が天使に見えるのか

「栄光のル・マン」という映画は、スティーブ・マックイーン演じるレーサーのディレイニーが、ナローポルシェ(初期型ポルシェ911)を走らせるシーンで始まるが、いかにもレーサーらしいこの雰囲気に違和感を感じる。
レーサーなんて、普段はもっと気楽な車に乗っているのではないかと思う。

私のようなIT技術者は、部屋にパソコンが5台くらいはあると思われたりするのだが、実際はデスクトップが1台あるだけで、OSはWindows Xpだ。そして、Flashは動かない設定になっていたり、無線LANでもなく、LANケーブルが這い回っていたりする。
さっそうとカバンを開けて取り出すのはiPadではなく、モレスキンのノートにジョッターのボールペンで手書きで書き始める。ノートにはちょっとこだわりがある。
スマートフォンどころか、あまりに古い携帯なので「もうすぐ使えなくなりますから交換して下さい」といった通知が来て、もう携帯もつのもやめようかと思ったりする(結局変えたが)。
「お奨めのプログラミング言語はJavaですか、C#ですか?」と聞かれたら、「Excelだよ」と答え、「えくせる・・・新しい言語ですか?」と聞かれたりする。

アインシュタインの最初の奥さん(離婚)は数学者だったが、再婚した奥さんは世間的な学問はない人だった。その奥さんとエレベーターに乗ったアインシュタインは、奥さんにエレベーターの操作方法を聞くと、「お前に任せるよ。私が難しいことは全然駄目だって知ってるだろ?」と言ったという。
また、アインシュタインは、洗濯石鹸でひげを剃っていたが、その訳は、「2つの石鹸を使い分けるのは、私には複雑過ぎる」からだったようだ。
高度なSF小説を書くので、さぞ科学技術に強いと思われているSF作家が、やはり奥さんに「電池はどっち向けに入れるんだ」と聞くのも普通のことだ。
プロボクシングの世界王者だった具志堅用高さんが、「ボクはケンカは弱いっすよ」と言ったり、「関節技の鬼」と言われ、全盛期の前田日明さんに勝ったこともあるプロレスラーの藤原喜明さんが、「俺が素人とケンカしたら負けるだろうな」と言うのも分かるように思う。

「老子」にも、道(タオ)は不完全に見えると書かれている。タオとは、万物の根源であり、最も完全なものである。
本当に勇気がある者は臆病に見え、本当に優しい者は冷淡に見える。リア王が、真の慈愛に満ちた末娘を誤解してしまったようにだ。
テレビショッピングやWebサイトで素晴らしく見える商品は、買ったらガッカリする粗悪品なのに、懲りずに何度も買ってしまう人がいる。

世間的な感覚など、全く頼りにならないものであることを、しっかり認識しないといけない。
世間の目には、天使は悪魔に見え、悪魔は天使に見えるものだ。
世間の価値観、世間の教義や信念を叩き壊すことだ。その時、我々の目は真理を見抜くことが出来るようになる。
学校で教わったこと、大企業のCMやマスコミの報道を決して信じないことだ。
「真理は我々を自由にする」この言葉を忘れてはならない。







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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


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