ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

超能力を発動させる心の状態

超能力という言葉はあっても、何が超能力で、何が通常能力なのかは、実際のところ、区別のしようがないと思います。
単に世間の常識の範疇にあるか、ないかの違いに過ぎません。
そして、世間の常識とは、競馬の馬の顔に付ける、ブリンカーと呼ばれるものに過ぎません。ブンンカーとは、馬が周囲のものに目を奪われずに走るよう、視野を制限するためのものです。
我々もまた、ブリンカーを付けられており、学校の成績や受験の成功、良い就職や収入、社会的地位といったものしか見えないようにさせられ、それ以外の価値あるものを見えないようにさせられているのです。

誰でも、子供の時に、世間の常識から言えば超能力としか言えない力を発揮したことが必ずあるはずです。
実際には、ある時期までは、誰もが、ごく普通に、そんな力を使えたに違いありません。もっとも、子供とはいえ、無意識的に、周囲の大人への配慮をしますので、回りに世間的な大人がいるだけで、力を制限してしまいます。
それでも、超能力を発揮したことのない人はいないと思います。その時の感覚を甦らせることが出来れば、今でも力を発動させることが可能なはずです。
くつろいで、子供の時のことを思い浮かべると、沢山の「妙なこと」があったことに気付くのではないでしょうか?その時は、別に不思議だとも思わなかったので特に印象に残っていないのと、後に身に付けてしまった世間的常識と合わないので、夢のような出来事として忘れてしまっただけのことです。
私で言えば、広い図書館の中の、どこにどんな本が置いてあるのかまるで知らないのに、目的の本を迷うこともなく見つけたり、初めて天体望遠鏡を手にして、何の手がかりもなく、すぐに土星を見つけたりしました。
また、以前見たテレビ番組の特定の部分をビデオに収めようと、ただ、ビデオの録画ボタンを持ったままテレビを見ていると、その部分そのものが始まり、何の疑問もなく録画しました。それは、憶えているだけで2回あり、録画せず、ただ見たいと思ったら、その部分が始まったというものならもっとあります。
2階から地上にテレポートした時は、そこにいた大人には「窓から落ちた」と見え、彼らが大騒ぎするのに驚いて泣きだしたら、「痛くて泣いていた」となるようです。そして、もう二度とやらないと思う訳です。
皆さんも、よく思い出せば、そんな経験は驚くほど沢山あるはずです。

さて、私のように、超能力の発現の記憶がはっきりしていると、それを発揮した時の心の状態も憶えていますが、簡単に言えば、「出来ることを信じて疑わなかった」ということです。歩いたり、コップを掴んだり、声を出したりすることが出来ることを信じて疑っていないのと何の違いもありません。
以前に見たあの番組が、今、放送されると信じて疑わなかったら放送されます。「そんな馬鹿な」という世間の常識は関係なく、自分が信じていれば良いのです。夢の中でなら、そんなことも、少しは信じられるかもしれませんが、実際には、大人になれば、夢の中でも難しいことです。もちろん、大人であれば、単なる世間とはいえ、自分の世界をあまり混乱させたくないという思いはあってもよろしいですので、そんなに無茶はしません。それは、相当な個人主義者でも案外にそうなのです。しかし、宗教的な興奮状態にある時に、空中に浮遊したり、不死身さを発揮したという出来事はよくあるものだと思います。

私は普通にやっていたことですが、ある時、誰かに、「なぜそんなことが出来るのだ?」と奇異の目で見られて、驚いてやめてしまったというものがいくつかあったと思います。それが何であったのか、よく憶えていませんが、確かにあったのです。皆さんにもあると思います。例えば、ドッジボールの表と裏の面をひっくり返したり、鞄の中にあるものをポケットの中に移したりです。
信じて疑わなければ出来ると言いましても、それが世間の常識に反していれば、普通の大人になった心には難しいことです。
だから、普段から、世間の教義や信念を疑い、破壊し、超えることをしなければなりません。
1日3食、栄養バランスに配慮して沢山食べないと健康でいられないというのが世間の教義、信念です。しかし、1日1食で、超偏食の食事をしている私が誰よりも健康です。
新庄剛志さんが2001年にニューヨーク・メッツに移籍する時、彼が、「僕は米の御飯を一生食べなくても平気なんです」と言うのに驚いた記憶がありますが、私もすっかり世間に騙されていた訳です。私も、今は米は全く食べませんが、何とも思いません。超能力も強くなってきました。
我々は、世間の教義、信念ではなく、自分の教義、信念を持たなくてはなりません。







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クーエの自己暗示を楽しく

薬を使ったり、手術を行ったりすることなしに、精神だけでなく、肉体をも魔法のように治した人物として次の2人の名前をあげたいと思います。

ミルトン・エリクソン(1901-1980 米)精神医
エミール・クーエ(1857-1926 仏)薬剤師、心理学者

共に、病気の治癒だけでなく、性格改善、能力向上など、あらゆる面で優れた成果を上げていました。
このうち、エリクソンに関しては、彼のやり方は、おそらく、誰も真似できないと思います。エリクソンの技術から生まれたといわれるNLP(神経言語プログラミング)も評判ですが、難しいものだと思います。
一方、クーエの自己暗示法は、たった今からでも、誰でも実行可能です。ただ、彼の作った自己暗示の言葉を繰り返すだけです。
クーエは医者ではありませんでしたが、彼の治療所はいつも満員で、驚くべき成果を上げていました。歩けずに、担ぎ込まれた人が、10分後には駆け回っているということもよくありました。
しかし、彼がやったのは、ただ、患者に簡単な自己暗示の言葉を与え、唱えさせるだけです。後に彼は、万能な自己暗示の言葉を開発し、無料で公開しました。
ただ、この暗示の言葉を外国語に訳す時に、少し問題があると思います。
原語は当然、フランス語ですが、

Tous les jours, a tous points de vue, Je vais de mieux en mieux.

です。英語の方も、クーエ本人が作成に関わったと思われますが、

Day by day, in every way, I'm getting better and better.

です。
原語のフランス語版は美しく滑らかですし、英語の方もリズムがあります。
ところで、一般に日本語として知られているものは、

毎日、あらゆる面において、私はますますよくなっていく。

です。
これは、あくまで翻訳であり、実用性には疑問があります。普段、使いそうにない言葉ですし、リズムがありません。
私は、これを唱える時に、よくひっかかり、努力を要します。それに、楽しくありません。私が馬鹿なのかもしれませんが、すぐ忘れてしまいます。
私なら、

すべて(ぜんぶ)よくなる

の一言の方が良いと思います。
フランス語や英語の、「毎日」「日常」を意味する、“Tous les jours”や“Day by day”の部分がありませんが、これは、フランス語では特に美しく、英語は楽しいのでくっつけただけと思えてなりません。時なんて、限定しなければ「日常」に決まっています。
また、日本語で「私」を入れる必要は無いと思いますし、無い方が良いと思います。それどころか、

みんな(全と皆の両方の意味)よくなる

として、他人に関してのことを言った方が良いと思います。
クーエは、あくまで、個人の健康や性格、能力を対象にしていたと思いますが、他の人々について考えることが自分に起こるものですし、むしろ、その方が効果は高いのです。
実は、クーエは、言葉の分からない赤ん坊さえ暗示で治せました。これは、潜在意識が個人を越え、普遍的であることを意味し、クーエもそれは知っていたのではと思います。
また、「ますます」を意味する言葉を入れたければ、

もっとよくなる

で良いでしょう。

すべて(ぜんぶ)よくなる
みんなよくなる
もっとよくなる

と3つ続けても楽しいものです。
そして、これらは、全て7文字です。俳句や和歌に7文字部分があるように、日本語は7文字がよく馴染みます。
日本語の念仏、「なむあみだぶつ」も7文字ですし、徳川家康が言った天下取りの秘訣「みのほどをしれ」も7文字です。

ところが、そう思っていたら、斎藤一人さん(納税額の総額が日本一という現役実業家)が、「小さな奇跡を起こす言葉」として、

これでよくなる
だからよくなる
さらによくなる

という、全部7文字の3つの言葉からなる、素晴らしい魔法の言葉を作っておられました。
これで、困ったことが全部なくなるといいますが、それは確かと思います。
ただ、私のものの方が憶えやすいかもしれません。
いずれも、クーエの自己暗示の効果もあれば、ジョセフ・マーフィーの潜在意識の法則を上手に活用する言葉でもあると確信します。

これでよくなる
だからよくなる
さらによくなる
~斎藤一人~

すべてよくなる
みんなよくなる
もっとよくなる
~Kay~

ちなみに、「よくなる」を意味する、49(よく)は斎藤一人さんの特別なラッキーナンバーだそうです。ともすれば、49は嫌われる数字で、自動車のナンバーでも、陸運局では、特に申請でもされない限り外すようですが、斎藤一人さんのお弟子さん達は、この番号を選ぶのだそうです。
私も、一昨年、不意に2百万円ほど振り込まれてきましたので、小さい車を買い、ナンバー49を申請しましたら、すぐに取得できました。これに一生乗ろうと思います。







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「チェンジ」をどんな意味に考えているのか

オバマは「チェンジ」のキャッチフレーズと共に大統領になったが、この「チェンジ」を、皆、どんな意味に考えているのだろう?
何か適当にとっかえたら、都合の良いことになってくれるという、まさに、「全然チェンジしていない従来通りの考え方」をしているのではないだろうか?

チェンジ・・・これは、新しい自分になるということではないだろうか?
マイケル・ジャクソンの「マン・イン・ザ・ミラー」という歌で、「まず、鏡の中の男を変えるんだ」と言っていたようにである。でないと、何も変わらないからだ。
誰かが、自分の都合の良いように世界を変えてくれることを期待することは愚かだが、世界を変えるには、自分を変えるしかないんだ。

そして、新しい自分になるとは、古い自分を終わらせるということなのだ。
古い自分をしっかり掴んだまま、新しい自分になることなんか出来やしない。

大統領に出来ることなんて、たかが知れているのだよ。
日本の総理大臣だって、自分の考えで話し、行動している訳では決して無い。そんなことできない。
背後に大きな黒幕がいるのだ。小沢さんは賢いから、名誉欲のために自分が総理になるなんてことはない。総理になったら、黒幕の言いなりだよ。

ビジネスでも、本当に強力なビジネスマンは表には出ないものなのだよ。
そして、人間でも、本当に強力な力は深いところに隠れているのだ。
今までの自分を終わらせることで、隠れた真の力と手を結ぶことだ。
そして、今までの自分は、自分で終わらせないといけない。

岡本太郎は、常に、今までの自分を終わらせ、新しい自分を始めた人だ。
それを彼は、自己破壊と言った。
それをどうやったかというと、ものごとの選択の際、まずくなりそうな方、危険な方、破滅する方を常に選んだのだ。
まあ、そこまで強烈なのは、ちょっと気が引けるかなあ。
それなら、ダスキンの社是にあるように、「得な道と損な道があったら、損な方を選ぶ」ではどうだろう?
それで、下らない得をしたがる今までの自分を終わらせることができる。

もっと楽なのは、個人的欲望をなるべく捨てることだ。
今、自動車を所有しているなら、それに一生乗ることだ。買うとしても、分相応ので良い。
家は住めれば良いし、服は1着で良い。
(もちろん、あまり杓子定規に取らないで欲しいと思うが)
そしたら、「高級車が欲しい」「豪邸が欲しい」「服を沢山欲しい」と思っていた、今までの自分を終わらせることが出来るのだ。
もし大金が欲しいなら、それを人々や人類のためにどう使うかを考え、そのアイデアに本当にわくわくし、情熱を感じるようでないと、その願望は偽物だ。
時々、動物霊みたいなのにそそのかされ、大金を掴むようなのもいる。本能的欲望の強い連中だ。動物霊は、食欲や性欲、支配欲を利用するのだ。だから、食を慎んでいれば心配はない。

新しい自分を始めるために、今までの自分を終わらせる。
「魔法少女リリカルなのは」で、我が女神フェイトが言ったこのセリフが、新しい時代のキーワードだ。







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私は超能力者である

これまで、なんて差し障りのない書き方をしてきたのだろうと思う。
これでは、ろくに誤解もされないじゃないか。
岡本太郎に「卑しい」って言われそうだ。

岡本太郎は、「誤解されたっていい、いや、誤解されないといけない」と言った。
エマーソンも、「本当の自分でいる人は誤解されるもの」と言ったのだ。
イエスもスウェーデンボルグもアダムスキーも、壮大に誤解されたじゃないか。
橋本健博士も、政木和三博士も、関英男博士もそうだった。

私は超能力者である。実際のエピソードは、このブログにも随分書いたはずだ。
ただ、自我ってのは馬鹿だから、超能力を使っても自分では気付かない。後で誰かから教えてもらうか、客観的証拠からやっと気付いて自分で驚くのだ。ぼーっとしてたら、気付くのに10年くらいはかかる。
だから、超能力を見世物にすることは不可能だ。しかし、超能力を見たいという人がいるものおかしなものだ。自分でやればいい。
ジョセフ・マーフィーの本を1冊読めば、その直後に誰でも超能力を発揮する。しかし、やっぱり気付いていないのだ。
土台、自分のために超能力を役立てようなんて根性が間違っている。自分に必要なものは、通常の能力の範囲内で十分に手に入るからだ。
だが、人々のため、人類のためと思うなら、そして、その心に偽りがなければ、いかなる超能力も発揮することができるだろう。ただ、敢えてそれをやる者は、まあ、滅多にはいないのだ。







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専門家を疑え

ジャイアント馬場さんが、偉い先生だと言ったお医者さんがいた。
馬場さんは、プロレスラーになる前は、プロ野球のピッチャーだったが、悪性の脳腫瘍が出来、手術は不可能で命は絶望と宣告される。しかし、彼の両親は全国を探し、遂に、手術を引き受けてくれる名医を見つけた。
ところが、馬場さんが、その医者に、「先生、僕の命、保証してくれますか?」と尋ねると、医者は、「医者はね、指1本切る時でも命の保証なんてしないんだ」と答えたという。
馬場さんはずっと後になってからも、「俺は、今でも、この人は偉い先生だと思っている」と言っていたらしい。命を助けてくれたということももちろんあるだろうが、やはり、命の保証なんてどんな時もしないという、その率直さ、正直さに感服したのだと思うのだ。

名医中の名医として知られる冲中重雄さん(1902-1992)が、1963年の東大退官時の講演で、自分の誤診率が14%だと言った時、大きなどよめきが起こった。医者でない者は、その誤診率の高さに、医者は、低さに驚いたのだった。
「これほどの誉れ高い名医がそんなに誤診をしていたのか!」「さすが沖中先生、たった14%とは凄い!」という、真逆(正反対)の感想が同時に現れ、見た目は皆同じ反応になったという面白いものである。

我々は専門家を買いかぶり過ぎることがよくある。
そして、専門家の言うことを、まるで神の言葉のように信じ込んでしまったりする。
専門技能や知識を鼻にかけて威張っているのは三流で、一流ほど、自分は素人に毛が生えた程度だと思っているものだ。
もちろん、専門家のやるべき部分というのはあり、素人が下手に手を出すと命取りになるというのもあるが、あくまで人間のやることで、せいぜいが「慣れ」の問題であることが多い。神の領分ででもあるように、全く分からないということはない。
「刑事コロンボ」で、コロンボ刑事が、腕を自慢しがちなゴルフ教師の前でナイスショットを見せ、「なんだ、簡単じゃないか。僕でも出来るよ」と言う場面があった。もちろん、コロンボは練習をしてきたのだが、彼は、専門家を過大に評価しないことで真実を見逃すことを避けることが出来たことを、上手く描いていた。
アインシュタインだって、自分の物理学は大したものじゃないと言い、自分を重要人物とは全く思っていなかった。
私もコンピュータソフトウェア開発の専門家らしいが、時によっては、「そこまで信用されても困る」と思うことは少なくない。それは、どんな専門家だって同じはずだ。それを正直に言うか言わないかである。
世界最高の医師が、手術前に神に祈るということはよくあるようだ。一流だからこそ、人間の限界というものを心得ており、そんな自分が他の命に関わることを畏怖しているのだ。
後に春日大社の宮司になった葉室頼昭さんも、手術前に必ず神に祈りを上げたが、7時間以上に及ぶ彼の手術は完璧であり、世界最高の形成外科医であったという。

NASAなどの専門家が、金星は、地表90気圧、気温摂氏400度と言い、本にそう書かれていると、自分で確かめることも、疑うこともなく、無邪気に信じてしまう。
そんな地獄のような星に何度も探査衛星を送る目的が、「生命の起源の謎を解くため」と専門家が言うと、そんなものだと思ってしまう。
もちろん、これらの専門家が言うことが嘘か本当かは分からないが、権威ある専門家だからといって闇雲に信じる愚はいい加減にやめたいものだ。
1日3食、栄養バランスに配慮してしっかり食べないと健康でいられないというのが大嘘であることは、自分で確かめたらすぐに分かることだ。
特に、世間で権威ある定説はたえず疑いの目を向けるべきである。
大手マスコミの報道と違い、小沢一郎は、実は何にも悪いことはしていないのではと考えてみないといけないのである。







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