ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

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[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

私は死が恐くない

私は、死ぬことそのものは全く恐くありません。これは本当です。

1970年頃の英国のSFテレビドラマで、「謎の円盤UFO」(原題は“UFO”)というものがあります。これは、「サンダーバード」や「キャプテン・スカーレット」で知られる映像作品プロデューサーのジェリー・アンダーソンが、初めて人形ではなく、俳優を使って制作した作品です。
この作品のあるお話で、危機的な状況の中、30代の若き大佐(フォスター)が言います。
「昔は死など恐れなかった。しかし、今は恐い」
すると、彼と強い信頼関係にある40代の司令官(ストレイカー)が言います。
「歳を取ったんだ。歳を取ると、人生の値打ちが解ってくる」

私に、人生の値打ちが分かっているかと言いますと、さっぱりです。
別に、脳解剖学者の養老孟司さんや、仏教学者のひろさちやさんが、人生に意味はないと著作に書かれているのを知っているのとは無関係に、人生に価値などないと思っています。
なるほど、私には死が恐くないわけです。

ただ、自殺なんてことをするのは、人生に価値があると思っている人だと思います。
私なら、わざわざそんなことをしようとは思いません。

食べられない状況になったら、食べなければ良いと思っています。
今は、1日1回の食事が非常に楽しいので食べていますが、食べられなくなったら、食べないことでどうなるかじっくり観察したいと思います。それは人生の最後の楽しみかもしれません。
苫米地英人さんが、著作の中で、金がなくても今の世の中、食べることに不都合はないといったことを書かれていましたが、世の中にはとんでもなく要領の悪い人間もいます。そして、私がそんな人間です。

人生に価値が無いというのは、この世に価値がないということです。
ただ、社会とか世間としてのこの世に価値はないと思いますが、世界という存在そのものの価値は疑っていません。
「20世紀最大の詩人」と言われたノーベル賞作家W.B.イェイツの未完の自伝的小説「まだらの鳥」で、イェイツの投影である主人公の少年マイケルは、乞食の老人に、ほとんど食べずにいれば、神秘の存在と出逢えると言われ、それを信じてほとんど食事をしなくなります。そして、ある日、遂に神秘的に美しい聖母と出逢います。
あのイェイツが書いたことですから、単なる空想とも思えず、少なくとも空想ではなく想像であると思います。アメリカ最高の思想家ラルフ・ウォルドー・エマーソンも、空想と想像の違いをエッセイ集の中で力説していました。
それは、幻覚だったのかもしれませんが、幻覚とは一般に考えられているほど捨てたものではありません。
アンデルセンは、「マッチ売りの少女」で、少女が最後に美しいものを見たことを、なぜか強く訴えていました。

彼らは、みんな直感的に、この世の秘密を掴んでいたに違いないと思います。
我々は、食べられる間は生きるべきなんでしょう。
しかし、もし食べられなくなれば、宇宙はその美しい秘密を明かしてくれるのではないでしょうか。私は、「直感的に」そう思われてなりません。

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この世の全ては遊びに過ぎない

プレイ(Play)という言葉には非常に多くの意味があります。

スポーツの各種の動作(投げる、打つ、蹴る、動かす)や、対戦すること、あるいは、ポジションに付くこともプレイです。
楽器を演奏することもプレイなら、ギャンブルをすることもプレイです。

しかし、根本的には、プレイとは、遊びです。
プレイという言葉の最も正統な意味は演劇や芝居を上演することだと思いますが、それらは、古代において娯楽の代表的なものでした。

野球のプレイが遊びと言ったら選手に失礼かもしれませんが、イチローなどは非常に誠実に遊んでいるように感じます。真剣なのは分かるのですが、たとえ窮地にあっても、どこかあっけらかんとして、深刻さを見ている者に感じさせません。
良い恋愛なんて誠実な遊びであって、誰も深刻に愛されたいなどと思わないはずです。
対して、結婚というのは深刻な世間のしきたりですので、遊びの延長のつもりで結婚すると、「こんなはずじゃなかった!」と愕然とするのは当たり前です。

この世の全ては遊びに過ぎません。
今、この場で誠実に遊べば良いのに、成功したら、金持ちになったら、引退したら遊ぼうなどと思っても、実際は遊べません。何か目標を達成したら、すぐに次の目標に追い立てられます。世間の人は、未来にしか生きられないのです。
手塚治虫の漫画で、日本の古代の天皇が、死に際に「ナンパしたかった。車もぶっ飛ばしてみたかった」と後悔します。誠実な遊びであれば、お行儀が良いとは言えなくても、そんなに迷惑にはならないものです。
古代インドでは、この世はリーラとマーヤで出来ていると言いました。リーラって、遊びなんです。マーヤは幻想ですが、本来は、遊ぶための幻想です。
世間の幻想は醜いですが、リーラのための幻想は楽しいものです。

武士道って深刻です。対して、騎士道ってのは洒落た大人の遊びです。武士道は徹底していて、融通が効きず、加減を知りません。しかし、騎士道では、やり過ぎを恥じるものです。「葉隠」の武士道ってのは、伝統的な武士道でなく、武士道改革のようなもので、どこか騎士道のような雰囲気があります。本来の武士道は、主君のために命を厭わずに働くことで、命令ならば黙って殺人もします。ある高名な仏教学者が、「単なるテロリストじゃないか」と言いましたが、そうかもしれません。

誠実に遊べない仕事は、その仕事自体が何か間違っています。そんな仕事は、いずれバブル崩壊して破綻します。人類の歴史を見ても明らかです。

「仕事は遊びだ」というのは本当です。
しかし、「今の仕事を遊びに出来る」かどうかは保証の限りでありません。
誠実に遊べることを仕事にし、誠実に恋愛遊びをすればどうかと思います。
アインシュタインは、物理学を遊びとしか思っていませんでした。彼にとって、それは誠実に取り組むべき趣味でしかなかったので、金や名声に興味がなかったですし、どんなに賞賛されても、自分を重要人物だとは見なしていなかったのです。

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神が降りてくるということ

詩、音楽、絵画などの優れた作品を生み出すインスピレーションが起こることを、「神が降りてきた」と言うことがあると思います。
しかし、人間の発想、アイディア、想像力で、神が降りてきたものでないものは1つとしてありません。
ただ、人の自我のフィルターがどれだけかかるか、どれだけ歪めるかだけのことです。
人の自我が面白い歪ませ方をすることで、歪んだ芸術が生み出されることもあります。まあ、そんなものは、一時的な支持しか得られないと思いますけどね。

自我というものは、自分が作った個性だと思っている人もいますが、実際は世間に押し付けられたものです。世間とは、親や家族や学校や、あるいは、テレビを中心にしたマスコミなどです。
世間に押し付けられた個性を排除していけば、神から降りてくるものをよりピュア(純粋)に表現できます。
精神操作で、一時的にでも自我を滅することができれば、神がかり的な能力を発揮できますが、そういうことができる人を大芸術家とか達人と言います。

ところで、最初に戻りますが、「神が降りてきた」という表現は、本当は正しくありません。
神は、どこか外にあるのではなく、内側にいるからです。神が降りてきた体験を持つ者は、実際には、内側から浮かんできたとか、溢れてきた、現出したと感じたはずです。身体の部分で言えば、単に神経的に敏感という理由で、胸のあたりで感じるかもしれません。あるいは、下腹部とか背中という場合もありますが、やはり、個人の有機体としての特性の問題です。

芸術に限らず、神と一体化したければ、世間の幻想を壊し、自我を静めることです。それを聖書では「心を静め、自分が神であることを知れ」と言ったのです。

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私は1日1食を続けています

私は、2008年8月から、食事を1日1回にし、肉や魚を食べるのをやめました。
1回の食事は夕食で、普段は21時頃になります。品数は5品目程度。食事の時以外に何か食べることはありません。

24時間、常に空腹です。食事の直後でも、食欲が残るような量に抑えて食べます。
こういった食生活のおかげで、以前よりはるかに健康になりました。私自身は医学は全く信用していませんが、義務として受けさせられている病院の健康診断でも完全に健康であるという結果が出ています。

とはいえ、決して極端な少食ではなく、十分に食を楽しんでいますので、痩せ過ぎていることはありません。身長180cmで65kgあり、そこそこ良い身体をしています。
肉や魚を食べないと言ったら、サラダばかり食べていると思っている人がいるようなのですが、野菜もあまり食べませんし、サラダになった野菜となるとほとんど食べません。根菜類や豆類をよく食べています。また、クルミやアーモンドなどのナッツ類もよく食べます。果物も少々は食べます。

世間では、3食しっかり食べないといけないとか、30品目食べないといけないとか言われているようですが、私は、それは全くの嘘だと確信しています。
1日1食、あるいは、2食の人、食を慎む人で不健康な人はまずいないと思います。
世界には、トウモロコシしか食べないとか、1種類の芋しか食べないという民族もありますが、そんな民族の人達が、驚くほど健康、強靭な肉体を持ち、長寿であることがテレビや書籍で紹介されているのを見たことがあります。
そのトウモロコシ(轢いて粉にして練ったもの)しか食べない民族の若者が、何かの事情で西洋の長距離走の選手達とクロスカントリー大会に出て、靴も履かずに好成績を上げてしまったのをテレビ番組で見たこともあります。

オバマ大統領は、大統領選挙の時、毎晩、サーモン、ブロッコリー、ライスの夕食であったことがニューズウィーク誌日本語版(2008年11月19日発行)の記事に書かれていたのを見ました。おそらく、それが彼の通常の食事でしょうから、現在も変わっていないと思います。
宮崎駿監督は、ご飯の中に卵焼き、沢庵、ハム程度が入った1つのお弁当を昼と夜に分けて食べるということを25年以上続けていることが、糸井重里氏の「ほぼ日刊イトイ新聞」サイトの中で紹介されています。
ほぼ日刊イトイ新聞「鈴木敏夫さんと深夜の映画館で。」第5回「宮崎駿の弁当箱」

食を慎むことで得られることは驚くべきものです。
ただ、それがはっきり予想できないとしても、食事が大変に美味しく、楽しくなることは間違いがありません。1日1食であれば、一般的には粗末な食事でも、まさに天国の饗宴になります。それだけでも、大きな幸福を実感できるはずです。

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芸術の目的

美術館に行って絵画を眺め、作者の腕前に感激するだけでは、芸術が存在する意味がないように思います。
岡本太郎は、パリの美術館でセザンヌの絵を見て、涙がとめどもなく流れたようです。
岡本太郎に起こったこととは何だったのでしょうか。

芸術は何のためにあるのでしょう。
英国の作家コリン・ウィルソンは、著書の中で、芸術は宗教の下僕として始まったと述べていました。
宗教というものは、本来は、人が魂の深奥に触れ、世界や自分が存在する意味を知り、人に無限の活力を甦らせることが出来るものでした。しかし、いつしか、宗教は権威を持つと共に形骸化され、その役目を果たすことが無くなりました。
芸術は、宗教の本来の目的を助けるためのものでした。美しい絵画や彫刻、あるいは、音楽で儀式の雰囲気を荘厳にし、人と魂の接触を容易にするために役立っていました。
しかし、宗教の方が形だけになってしまったので、本来は宗教が果たすべき役割を芸術が担うようになりました。そして、芸術は、そのために、実際に驚くべき進化を遂げました。

芸術は、人の心に荘厳さを甦らせ、魂を高貴にし、神の霊感を受けて生きる意味を悟り、無限のエネルギーを受けるためのものになりました。しかし、宗教がそうであったように、芸術も権威主義となって形骸化してしまい、その力を失くしてしまったように思います。
サルトルは、本を読むことは、その本を自分で書くことだと言いましたが、絵画や彫刻を見ることも、自己の内の神秘的な存在が、それらをその場で再構築しているのです。
そして、果てしない宇宙すら、自分の意識が創り出したものであることを知るに至ると思います。芸術とは、そのようなものであるべきだと思います。

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