ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

「osamu moet moso feat. いとうのいぢ」展を見ました

本日は、宝塚市立手塚治虫記念館に行ってきました。
現在、第53回企画展である「osamu moet moso feat.(オサム モエット モッソ フィーチャリング) いとうのいぢ」が開催中です。
★第53回企画展「osamu moet moso feat.いとうのいぢ」
これは、「手塚治虫で妄想する」をテーマに、文倉十さん、いとうのいぢさん、岡崎武士さん、美樹本晴彦さん、その他、現代の人気クリエイター達が、手塚作品のキャラクターで妄想した作品を展示した壮観で楽しいものです。
もちろん、通常通り、手塚治虫さんの数多くの作品、資料が展示されており、私は初めての訪問でしたが、それらを興味深く楽しみつつ、改めて手塚治虫さんの偉大さを感じました。
私は、これまで、手塚さんは、絵そのものはあまり上手い訳ではないと思っていました。桑田次郎さんや楳図かずおさんといった、手塚さんの後から出てきた人気作家達が、ある時期までは手塚治虫風の絵を描いていたのが、脱手塚治虫を目指して本格的に絵の勉強をしたという話を聞いたことがあるからです。
しかし、それは誤解で、手塚さんが中学生の時に描かれた魚料理の水彩画や、自画像のデッサンなどを見ると、その腕前に驚きました。もちろん、漫画においては、数多くの絵を描く必要から、ある程度の簡略化はあることは理解していましたが、やはり漫画家は絵が上手くなくてはならないと思いました。
その他にも、手塚さんの医学博士の認定証(複写)等も展示されていました。

また、いとうのいぢさんのブースも設置され、『灼眼のシャナ』、『涼宮ハルヒシリーズ』のイラストが展示されていました。
館内には、非常に控えめに、「撮影禁止」の注意書きがあり、気が付かないほどでしたが、それは、注意するまでもないことであり、また、そのようなことをする者もおりませんでした。

企画展開催記念クイズラリーとして渡された問題用紙の問題に全問正解すると、ポストカードがもらえるのですが、見事全問正解し(といっても3問です)、賞品のカードをゲットしました。
私は、1問だけ分からなかったのですが、同伴の方が目ざとく答を見つけてくれました。館内の作品を見ればきっと分かると思います。
ポストカードは、いとうのいぢさん画の『リボンの騎士』のイラストです(左のカード。右は入場チケット)
ribon

この企画展は10月24日(月)までです。
方向音痴の私ですが、そのあたりに明るい私よりずっと若い女性に付き合っていただき、快適な訪問となりました。
帰りには、宝塚大劇場と宝塚駅を結ぶ、有名な段葛(だんかずら。車道より高い位置にある)型道路である「花のみち」を通って帰りました。
普段は、朝食と昼食は食べない私ですが、阪急宝塚南駅前に立ち並ぶホテル、レストランの1つでランチを食べました。普段は食を厳しく慎んでも、親しい人と一緒の時は、大いに食事を楽しむのが良いでしょう。









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性格が変わる原理とその変え方

しばらく見ないうちに、人柄がまるで変わってしまっている人を見たことがあるかもしれない。
以前は、おとなしく、はにかみやだった少女が、久し振りに会ったら、物怖じしないばかりか、まるで男っぽい性格のように感じたということがあるが、これは、以前の彼女が作り物の性格で、本性は、今の男っぽい性格であったと考えることもできる。あるいは、今は男っぽく見えていても、本質は女らしく、変わっていないのかもしれない。
人間性というものは神秘である。

人間性の成り立ちについて、多くの人が、いろいろな言い方をしているが、根本的には同じと思えるので、政木和三さんの方式を借りる。
人間には、第1生命体と第2生命体があり、第1生命体がその人の本来の性質で、第2生命体は後から加わったもので、その人の人間性に影響を与える。
第1生命体は一生同じだが、第2生命体は入れ替わることがあるし、第3、第4の生命体を持つ人もいる。
例えば、第1生命体が女性型の場合、第2生命体が弱いものであれば、女性ならはにかみやの可愛いタイプに見えるし、男性なら、少々女々しく弱いタイプとなる。だが、第2生命体が強いものに変われば、女性なら、根本的な女らしさは変わらなくても積極的な姉さんタイプになるかもしれないし、男性なら、面倒見が良く慕われるボス的な男になるかもしれない。
政木和三さんは、政木フーチパターンと名付けた、振り子を使った方法でどんな人の人間性も知ることができ、数万人の測定をした。
政木さんが測定した中で興味深いのは、プロレスのアントニオ猪木さんの人間性で、第1生命体は女性型で、第2生命体も女性型であるようだ。しかし、リングに上がると、強いエネルギーを持つ男性型の生命体が、第3の生命体として付くという。政木さんは言わなかったが、猪木さんは、活動内容によって、また別の生命体を持つのではと思う。いわゆる、非常に多面的な人である。

流行のことで言えば、ツンデレというのは、デレ(繊細)が第1生命体で、ツン(攻撃的)が第2生命体である。だが、ツンが強過ぎたり歪んでいてはならない。そして、ある程度の年齢になれば、円満な第2生命体に変えるか、強くて優しい第3生命体が付くよう努力することだ。

よく、「自分の性格を変えたい」「自分の性格を治したい」と思う人がいる。しかし、そう本当に思うなら、めでたいことである。何せ、自分のことが把握できているのだから。
だから、自分にうんざりするなら、喜んでいい。自分に愛想をつかさないと進歩しないのだ。
人は、本質的な第1生命体は変えられない。これが本当の個性である。
あなたの第1生命体は女性型かもしれない。だからといって、女々しいことにはならない。第2生命体が強ければ、円満で優しい人間性が際立つのだ。
だが、嫌悪感や批判心が強い場合は、歪んだ第2生命体の影響である。

では、なりたい自分になるには、第2生命体を変えれば良いことになる。
その方法は、修行と言って良いと思うが、何かを欠かさず毎日やることだ。
座禅したり、お経や祝詞をあげるというものでも良いが、ポイントは、どうしても不可能な場合を除き、絶対に毎日、決めた時間にやることだ。偉大な人間というのは、必ず、そんなことをしているものだ。
その中でも、確実にやりやすいのが、食の慎みである。やりやすいというか、何もやる必要がないのだ。パーティーなどでは、沢山食べたいのを我慢して、できるだけ少し食べれば良い。こう言うと、「無理に食べさせられるんです」とか「残すと気まずいのですが」などと言う人がよくいるが、子供じゃあるまいし、自分で何とかしろといいたい。
腕振り運動を必ず毎日2千回やるというのでも良いだろう。気エネルギーを高めることと相まって、効果抜群である。
ただ、ここでも言うが、「必ず毎日2千回」である。「今日は2千回できました」では修行にならない。それなら、出来る回数に設定することだ。回数が多いほど強い生命体が付くだろうが、欲張っても仕方がない。回数が多くなって強い生命体が付けば、難病も治るし、超能力も付く。しかし、それはあくまで結果であり、そんな成果は考えず、淡々と修行することだ。
そして、最上の修行は、報酬を期待せず、義務として仕事をすることだ。『バガヴァッド・ギーター』が最も推奨するのがこれで、そのような人は悟りさえ開けるのである。
地球や天と共鳴する腕振り運動
腕振り運動の効果、最新レポート









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世間のいかなる人の能力も恐れるに足りない

世間で言うような能力がそれほど重要なことだろうか?
ビル・ゲイツは、コンピュータ・プログラマの能力は、純粋な知能指数のようなものだと言っていた。
昔のことだが、ゲイツ自身が例にあげた、こんな話がある。長いプログラムコード(プログラミング言語で書かれたコンピュータプログラム)があり、それを解読するのに、あるプログラマは1週間待ってくれと言うが、別のプログラマは夕食後1時間ほどでそれをすると言う。これは相当な能力の差であり、ゲイツによれば、知能指数の違いなのだろう。
確かに、知能指数が能力に表れることはあると思う。
しかし、学校の試験の点数が百点だ、0点だといったところで、それが頭の良さの差を示しているのではなく、ほとんどの場合、単にモチベーション(動機付け)の違いに過ぎない。
天才とは、いかなる場合も内的な衝動に過ぎないと『至高体験』でコリン・ウィルソンが述べているように、天才といえども、別段、本質的に他の人間より優秀な訳ではない。
知能指数が絶対の能力という訳ではないだろうが、その知能指数も生まれつき固定されたものだとは思えない。L.ロン.ハバートの『ダイアネティックス』に、頭脳の働きを阻害するものを除けば、知能指数は「打ち上げ花火のごとく」向上すると書かれていたが、その通りと思う。

映画『さらば友よ』で、アラン・ドロン演じる医者のバランが、親友について語る場面がある。バランにとって、彼は憧れだった。勉強でも、スポーツでも、遊びでも、何をやっても、バランは彼に全く敵わなかった。
同じような話が、H.G.ウェルズの小説『塀についたドア』にある。主人公の40前の男性が、幼馴染の同い年の友人について語る。学業において、自分もそれなりの成果を上げたと思うが、その幼友達は、努力することもなく、全てにおいて自分をはるかに上回っていたという。ハーバードを卒業してからも彼は順調で、どこに行ってもすぐに高いポストに付き、その年齢で高名な政治家になっていたのだった。

このようなことが実際にあったとして、彼らの友人は、本当に優秀なのだろうか?
私には、とてもそうは思えない。
単に世間の枠組みの中で、たまたま向いていることをやれたというだけのことだ。もし、世間の形が違ったものだったら、彼らの立場は逆転していたかもしれないのだ。
ルネ・デカルトは、学生時代、名門校でまずまずの成績を取ったが、自分は優秀だと思わないと言う。なぜなら、「あれこそ本当に優秀な人」という学生がいて、その者の思考力や記憶力などを羨ましく思っていたからだ。しかし、本当に天才だったのはデカルトだったのだ。

私は、二十歳過ぎて、ごく善良な社会人になっていた、元「本物の不良」を知っている。今どき流行りの、老人や身障者相手にしか凄めない「偽物の不良」とは訳が違い、乱闘などもかなりやったようだが、彼は大柄でしかも筋肉質な身体をしており、さぞ強かっただろうと思った。その彼が、「男同士、本気でやれば、そんなに差はないもんだ」と言ったのをよく憶えている。経験に裏付けられた言葉には説得力があった。
つまり、勉強だろうが、喧嘩だろうが、人間同士、大騒ぎするほどの差はないのではないか?

圧倒的な力の差というものを描いてみればどうなるだろう?
手塚治虫さんの『マグマ大使』という作品がある。マグマ大使は、ロケット人間というものだが、それは、ロケットに変身できるロボットだと思って良いだろう。マグマを造ったのは、アースという名の神のような存在で、地球の創造者でもある。
そのマグマの息子として、やはりアースに造られたガムというロケット人間が、恐竜に踏み潰されてぺしゃんこになってしまう。マグマは、アースのところにガムを運ぶが、壊れ方がひどいので、治るかどうか心配だった。
すると、アースはガムを抱え、岩の中にある研究室と工場を兼ねたような所に入っていったが、すぐに出てきた。マグマが「アース様、何かお忘れものですか?」と尋ねると、アースは「ばかもん、もう治ったのだ」と言い、すぐ後からガムが元気な姿で出てきた。
マグマが、「あまりに早いので驚きました」と言うと、アースは、「わしは地球を造った男じゃ、ガムなんかヘのカッパじゃ」と言う。
私は、初めてこれを読んだ時、ひどく感動したものだ。
空想とはいえ、ここまで能力に違いがある存在を考える手塚治虫さんは大した人に違いない。

これと同時代の、平井和正さん原作の桑田次郎さんの漫画『8マン』にもこんな話があった。
スーパーロボットの8マンは、ギャングから救った記憶喪失の少女を、自分を造った谷博士のところに連れていった。谷博士の指示に従い、8マンが透視装置で少女の頭の中を見ると、何か機械が埋め込まれているのが分かった。少女の記憶喪失の原因はこれのようだった。
谷博士が、手術で取り出すと言うと、8マンは、「危険はありませんか?」と心配する。すると、谷博士は、「心配するな。私は普通の外科医の1/100の時間で手術を終える」と言う。私は、この谷博士の言葉にも感動したものだ。世間では、普通の脳外科医でも、大変に優秀だとされているのに、その百倍なのだから。

アースや谷博士くらいの能力でなければ、差があるなんて思わない方が良い。
つまるところ、人間の能力に言うほどの差なんてない。
だが、釈迦やイエスと比べれば、いかなる人間の知恵や力といえども卑小なものだ。天才といえども、せいぜいが猿のようなものだろう。
しかし、イエスは言うのだ。私に出来ることはあなた方にも出来る。いや、もっと大きなことが出来ると。イエスは、自分だけが特別なのではない。つまり、自分だけが神の子なのではなく、人はみなそうなのだと言う。だから、弟子達が、自分と同じことが出来なかったり、それを為そうとしなかった時、嘆いたり、叱責したりしたのだ。
イエスと我々ですらそうであるなら、世間でいう能力の違いなど、本当に無きがごときものであるに違いない。
そして、イエスの言う通り、我々も、世間をはるかに超えた力を備えているのである。イエスは、そのことを教え、手本を示すために来たのである。









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宇宙と一体化する方法

心理学者のアブラハム・マズローは「偉大な人間と平凡な人間の唯一の違いは、至高体験を持つか持たないかだ」と述べたといわれる。英国の作家コリン・ウィルソンは、至高体験は本当は誰にでもある、ありふれたことと言い、それをマズローも認めたが、至高体験があっても、それを忘れてしまうことと、はっきり意識していることの違いは大きいのだろう。
至高体験とは、文字通り、これ以上はない最高の体験だ。世俗で言われるどんな良いことも比較にならない体験である。
それは、宇宙、あるいは、万物と一体化することだ。
ラルフ・ウォルドー・エマーソンは、自分の魂の中に、神の魂が流れ込んでくる瞬間と表現している。

昨夜も書いたが、関英男博士は、電波受信機の研究をしている時、宇宙からの通信を捉え、それを聞いているうちに宇宙と一体化する感覚を感じた。そして、夜になって星を見上げると、星が語り合っているように見えたというが、それも、至高体験者がよく言うことである。花や草木、あるいは、イエスが言うように、岩だって語りかけてくる。W.B.イェイツは、壁にかけた絵が語りかけてきたと言う。
万物に宿る生命を感じるのだろう。日本人は元々、万物に神が宿ると考えていたが、太古の人は皆、至高体験を日常のように感じていたのかもしれない。アメリカ・インディアンも、万物に霊が宿ると考えているが同じことと思う。
そして、万物、あるいは、自己に宿る霊は、大いなる1つの霊と同じものである。これを、実相において全ては1つだと言う。実相とは、現出した物質世界の原因世界で、分かりやすい言い方をするなら、物質世界を幻想の世界とすれば、実相世界が本当の世界である。

さて、では、至高体験を起こすには、具体的にどうすれば良いのだろう?
最初にあげたコリン・ウィルソンの著作を見ると、それは、長い集中状態から弛緩した時に起きやすい。例えば、ウィルソンの『右脳の冒険』の中に、心神喪失状態の妻を24時間ずっと監視していた夫の話がある。妻がいつ、意識を取り戻すか分からないので、夜も昼もずっと注意して見ていたという。彼は、それを、嫌々やっていたのでも、苦痛を感じながらやっていたのでもなかったのだろう。それで、時々、妻の意識が正常な状態になった時に緊張が解け、いつか至高体験に達した。彼は、すっかり賢者に生まれ変わったという。
上にあげた、関英男博士も、宇宙からの通信を長い時間、集中して聞いていたのだろう。最初は、不思議な通信だと思って聞いていたが、それが宇宙からの通信だと気が付いた時に緊張が解けたのだと思う。そこで、至高体験に達したのだ。

考え続ける緊張もある。ただし、自然に集中するようなことでなくてはならず、他人に強要されて考えさせられても駄目だ。
ある劣等感に悩む青年が、「僕はなんて駄目な」やつなんだ」と言った時、彼の友人が、「君はちっとも駄目じゃない。自分でそう思っているだけさ」と言ったのだが、青年には、その言葉が啓示になった。彼は数日、その言葉について考え続けた。そして、その駄目な若者が、誰からも崇拝される賢者に生まれ変わった。きっと、彼も至高体験を得たのだろう。

芥川龍之介のような天才となると、本気か冗談のつもりで書いたのか分からないが、『地獄変』で、画家が、自分の娘が炎上する炎の中で焼け死ぬのを見つめているうちに、これも一種の至高体験であろうか、本物の地獄の姿をはっきりと捉え、それを恐ろしい絵に仕上げた。ただ、この画家は天才ではあっても、ひどく歪んだ男であった。そのような男の至高体験のことを地獄変と言うのかもしれない。
岡本太郎は、パリでセザンヌの絵を見た時、それに強烈に惹きつけられ、やがて涙がとめどなく流れたという。絵に長時間集中していた時、何かのきっかけで緊張が解けたのだろう。その時、至高体験が起こった。それこそ、太郎の言う爆発だろう。

我々も、自然に、そして、強制的に惹きつけられ、集中する何かを持つべきだろう。
それをきっかけに至高体験に導かれ、星が話すのを、草木や花、岩までが語るのを聞くだろう。世界は意味に溢れ、あらゆるものが生きていることを知るだろう。
ミュージカル映画『サウンド・オブ・ミュージック』で最初に歌われた歌『THE SOUND OF MUSIC』の最初の歌詞が「丘は、何千年もの間歌われ続けてきた音楽の響きにあふれ、生きている」だった。至高体験を知る者でないと言えない言葉と思う。









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宇宙からの通信波が引き起こしたこと

関英男博士(1905-2001)は、電波工学の世界的権威であり、一般向けにも、エレクトロニクス、情報工学、情報通信に関する数多くの啓蒙書を書いている。その一方で、超能力、霊能力に関する著作を早くから多数書いており、また、専門の電気、電子、通信の延長として、グラビトン(重力波)の研究に打ち込んだ。これらを統合したサイ科学を提唱し、日本サイ科学会を設立する。
重力子、重力波は、現在までのところ、直接、検出、あるいは、観測されていない。よって、関博士の説は仮説ということになるのだが、実験的に確認されていることもあり、また、グラビトンによる永久機関の実験機の仕様は公開しており、実際にエネルギーを発生させたという。ただ、あまりに微弱な重力波の調整は非常に難しく、実用的なエネルギー供給や、重力制御にまでには至らなかった。
ただ、インドから中国に達磨大師が伝えた健康法である腕振り運動の効果をグラビトンによるものだと直観して、自らも熱心に取り組み、また、広く普及させ、健康や病気治療に大きな成果を上げた。自身に関しては、末期の胃癌をこの腕振り運動で完治し、90歳を過ぎても元気に海外を飛び回りながら、精力的に研究を続けた。関博士を嘲弄するような記事を書いた記者も、老齢の博士の聡明さや、毎日、数多くの科学論文を海外から取り寄せて熱心に研究する様子は認めるしかなかったということもあった。

ところで、関博士が、サイ科学に目覚めたきっかけが実に興味深いのである。
関博士が若い頃、1930年代と思うが、通信会社で受信機の感度を高める研究をしていた。ある日、非常に気になる電波を検出し、それを注意深く観測したようだ。関博士は、それが地上からのものではなく、宇宙からのものであると気付く。そして、その電波の発する音を聞いていた関博士は、宇宙との一体感を感じという。その時以来、関博士は、不思議な体験や出会いが度々起こるようになったそうだ。

そして、これに関して、ちょっと面白いことがある。
宇宙人とのコンタクティー(接触者)として世界的に知られるジョージ・アダムスキーが1949年に、小説の形を借りて書いた人類啓発書である『宇宙の開拓者~月、火星、金星への旅~』の中に書かれていることである。
始めて月に到達した地球の宇宙飛行士達が、火星人の巨大な宇宙船に同乗し、火星に向かっていた時、火星人のパイロット達が火星と通信しているのを見て、火星人の通信装置について尋ねる。
火星人は、通信テクノロジが地球のものとは全く異なるので、地球の通信機では、彼らの通信を受信することは出来ないという。宇宙人の通信装置は、宇宙線の中に超高周波の電磁波を封じ込めたもので、その微弱さや周波数の高さを地球の装置で受信することは出来ない。
ただ、火星人の方では、地球からの電波は受信しており、また、地球でも受信出来る可能性のあるような通信波で発信もしているのだが、地球人がなかなかそれを受信できないのと、受信したとしても誤った解釈をしてしまうのだと言う。

小説には書かれていなかったが、火星人は、その気になれば、地球の電波を発信することは簡単であろうが、それでは意味が無いのだと思う。それは単なる信号ではなく、何か特殊なものであるに違いない。それをいくらかでも正しく受信すれば、関博士のように精神に変革を起こすようなものなのかもしれない。
この小説の翻訳は、今年の8月31日に徳間書店から『UFO基本教書 地球人よ、ひとつになって宇宙へ目を向けなさい!』の題名で出版されたが、これも意識を変革させる素晴らしい啓蒙書であると思う。当時は、人々に宇宙に関する知識が乏しく、易しい小説として出版したので、全てが真実とは言えないだろうが、そこに書かれた宇宙人の話は、今の時代でこそ重要なもので、あの時代に空想で書けるようなものとは思えない。
例えば、宇宙人は、地球人の原子力の使い方は誤っており、危険であることや、このままでは、太古の地球に存在した文明同様、地球人は自らを滅ぼすだろうことを警告している。

関博士は、この小説が書かれるずっと前に、彼らの通信を受信したのかもしれない。
関博士は著書で、アダムスキーやアダムスキーが伝えたUFOについて引用し、UFOの動力について仮説を立てている。
また、関博士も、ずっと昔から、電子力発電には、はっきりと反対の立場を表明していた。原発が危険なだけでなく、原発で作られた電気は、電線を通って送られてきたものですら、放射能という意味でなく、悪影響があるのだという。
また、関博士が開発した、GTP(重力子が特殊な組成配置になった素粒子)を封じ込めたセラミックには放射能除去効果も確認されたという。
詳しくは、専門の科学者技術者向けに関博士が書いたテキスト(宇宙学序章 グラビトニックス)をご紹介しておくので、興味のある方は参照いただければと思う。尚、この本には、腕振り運動についてもページを割いて書かれている。
地球や天と共鳴する腕振り運動
腕振り運動の効果、最新レポート









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