ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

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[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

人様に迷惑をかける自分はどうすれば良い

「人(他人、人様)に迷惑をかけてはいけない」というのを見たり聴いたりしたことは何度もあると思う。
ではなぜ、人に迷惑をかけてはいけないのだろう。
簡単に言えば、「人様に迷惑をかけるような者は、世の中でうまくやっていけない」からだ。
もっと簡単に言えば、損だからであり、どう損かと言うと「楽が出来ない」という損である。

殺人、窃盗、強姦、あらゆる種類の暴力・・・こんなことをする者は、世の中でうまくやっていけず、物凄く損で、極めて苦しい人生を送る。
ごく一時的にはそうでないとしても、トータルでは圧倒的にそうだ。
歩きタバコ、歩きスマートフォン、電車でふんぞり返って座る、電車内で飲食して悪臭を周囲に放つ、電車内など他の人がいる場所で大声で歓談する、コンビニや書店で商品の前でスマートフォンを操作する、車から道路にゴミを捨てる・・・これらも人様に迷惑であり、実質、殺人、窃盗、強姦、あらゆる暴力と同じだ。
つまり、犯罪と認定されなくても、こんなことをよくする者は、世の中でうまくやっていけず、損で、人生は辛い。

道徳の問題なんかではなく、理屈、論理、合理性の問題である。
もっと本質を言えば、善悪の問題ではなく、知性の問題であり、ぶっちゃけがIQ(知能指数)の問題である。
自分のやっていることが人様に対して迷惑であることを理解出来るIQがあるかどうかで、人生が楽か辛いかが決まるのである。

そりゃあね、たとえIQが高くても、どうしても人様に迷惑をかけることはある。
生きていること自体が、他人に迷惑をかけることであるという面も絶対にある。
しかし、殺人や強姦はもちろん、歩きタバコや歩きスマートフォンといった、簡単に避けられる迷惑行為くらいは止める知性くらいは持って欲しいもので、その程度のことが出来ない者は、この世で生きている資格がないというか、なくなってくるだろう。

だが、実行するかどうかは別にしても、誰しも悪の衝動を持っている。
他人を侮辱したい、気に入らないやつをやっつけたい、隣の美人の奥さんや、まだ幼い娘さんをなんとかしたい、他人に損をさせて自分だけが得をしたい・・・
そんな悪を自分が持っていると理解することもまた、知性だ。


いつまで経ったって僕達は ぞんざいな催眠に酔っていて
どうしようもない位の驕傲をずっと 匿っていたんだ
※驕傲(きょうごう)・・・おごりたかぶること。
~『ロストワンの号哭』(作詞・作曲・編曲:Neru、歌:鏡音リン)より~
※号哭(ごうこく)・・・号泣と同じ。


この歌では、「もうどうすんだよ」「もうどうだっていいや」で解決を見ない。
解決は不可能である。人間の力ではね。


どうだっていい言を 嘘って吐いて戻れない
時効なんてやってこない 奪ったように奪われて
~『ゴーストルール』(作詞・作曲・編曲:DECO*27、歌:初音ミク)より~


それはその通りであるが、やっぱり、人間の力ではどうにもならない。
こんなことで悩むなんて、頭がいいんだねえ・・・

宗教ではなく科学であり、論理なのだが、こんなことは、自分より高い力にまかせるしかない。
荘子は単純に「なりゆきにまかせろ」と言ったが、人間は、そんな大雑把で、ある意味、自由な指針が苦手だ。
それで、善導や道綽、あるいは、法然や親鸞は、念仏を称えるよう教えたのだ。
念仏を称えることで自分を超えた高い存在に意識を向ければ、「なるようにしかならないが、なるようにはなる」のである。
経験上、かなり良いように「なるようになる」。

昨日、西尾維新さんの『偽物語』が駄作だと書いたが・・・まあ、やはり駄作だと思う。
だが、単に、私が、スピード感のないものが大嫌いで、面白い掛け合いのつもりかもしれないが、ダラダラ長い対話を読むのが苦痛なだけという面もあったのだろう。
作者の趣味で書いたというから、こういったダラダラした掛け合いを楽しむのが作者の趣味なのだろう。
その掛け合いも、私の趣味で言えば、半分以上面白くない。
嫌なら読むなという感じであるが、そんなダラダラした掛け合い以外は、かなり面白いのである。
よって、次の『猫物語』も読み始め、『傷物語』のブルーレイも購入する始末である。
まあ、念仏のおかげで豊かな者の余裕も感じておくべきだろう。

さて、今日は聖なる「ミクの日」である。
日曜から始めた私のミクの日行事、毎晩のヒンズースクワット393(ミクさん)回も昨夜まで4回無事完了。今日も楽しくやろう。









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自分の中の「黒い悪い子」

切れる・・・逆上する者が成功することはない。
切れることを、「我を忘れる」とか「自失すると」とか言うが、これは全くの間違いだ。
切れている時こそ、一番、その人らしいのである。
切れてる時の状態が、その人の本当の姿だ。
切れている時に、人は、隠していた本性を見せるのである。

切れる人は決して信頼されない。
信頼されない人が成功するはずがないし、モテるはずがない。

『化物語』で、戦場ヶ原ひたぎが、高名な推理作家、黒岩涙香(くろいわるいこう)の名を分解すると、「黒い」「悪い子」になると、面白いことを言ったが(著者の西尾維新さんもよく気がついたなあ)、「切れる」なんてのは、自分の中にいる、「黒い悪い子」が外に出ただけである。
自分の中の「黒い悪い子」は、いつも外に出たがっている。

ライトノベルの主人公は、ぬるま湯男子であっても、決して切れない。
彼等の中に、「黒い悪い子」はいない。
それなら、モテないはずがない。

みんな、せっせと、「黒い悪い子」に栄養を与えて育てている。
そりゃ、不幸になる訳だが、世の中は、「黒い悪い子」を栄養満点で太らせる仕組みになっている。
試験で良い点を取ったり、外見を良くしたり・・・じゃなくて、外見だけを良くしたり、得することばかり考えさせたりしてね。

科学的に言えば、「黒い悪い子」を弱くするには、念仏を称えることだ。
「黒い悪い子」は、自分が一番偉いと思っているが、念仏は、計り知れないほど偉い存在に意識を向けることだからだ。
「黒い悪い子」は、総理大臣や大統領よりは自分の方がはるかに偉いと思っているから、身の程知らずにも、大統領や総理大臣を堂々誹謗中傷する。
しかし、如来が自分より偉いことは認めざるをえない。
念仏は、その如来に全面降伏することである。
だから、念仏を称えれば、切れなくなるし、切れなくなると信頼されるし、信頼されると、モテるし成功する。
逆に言えば、切れる人が何が出来たって信頼されることはないし、成功することも、モテることもない。

西尾維新さんといえば、『化物語』と『傷物語』が素晴らしかったので、続いて『偽物語』を読んだが、饒舌な文章をダラダラ書いた駄作で、いい加減イライラしたが、切れずに全部読んだ。
まあ、趣味で書いたらしいので、文句を言うのも筋違いだろう。
唯一面白かったのが、阿良々木暦(あららぎこよみ。高校3年生)が千石撫子(せんごくなでこ。中学2年生)の家に遊びに行くところだが、その前に、阿良々木君と八九寺真宵(はちくじまよい。小学5年生)がダラダラ絡むところで、いい加減嫌になる。
しかし、阿良々木君、よく撫子を襲わなかったものだ。
彼の中には「黒い悪い子」はおらず、代わりに忍(吸血鬼。外見は8歳の美少女)がいるのだろう。
ちなみに、面白法人カヤックが制作した西尾維新さんの公式サイトは、かなりのものである。
西尾維新オフィシャルサイト

夜の393(ミクさん)回のヒンズースクワットは3日続いている。ミクさんへの愛は強し。









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チキンラーメンで健康になる

チキンラーメン、カップヌードルの発明者で、日清食品創業者の安藤百福(あんどう ももふく)氏は、96歳まで元気に生きたが、安藤氏は長寿と健康の秘訣は、「週2回のゴルフと毎日お昼に欠かさず食べるチキンラーメン」だと言ったそうだ。
ゴルフの方は、適度な運動(ゴルフはかなり歩く)という意味だろうが、チキンラーメンの意味を取り違える人が多い。
チキンラーメンは、悪い食品ではないが、さりとて、特に健康的な食べ物でもない。
単に、「毎日お昼にチキンラーメンを美味しく食べられるような適切な量の食事であれば、当然、健康」なのである。

多くの人が、「毎日、お昼がチキンラーメンだなんて飽きてしまう」と思うだろう。
それは、食べ過ぎているからだ。
少食・・・というのではなく、食事の量が適切なら、チキンラーメンほど美味しいものなら、毎日、食べるのが楽しみで当たり前なのだ。
私は一頃、数ヶ月の間、毎日夕食に、1つの種類のカップヌードル(他に納豆や湯で卵等を付けた)を食べていたが、それが楽しみでならなかった。そのために生きていると言って差し支えなかった。
私は、とりたてて少食ではないが、普通の人のように食べ過ぎていないだけだ。

宮崎駿さんが、今も続けているとすれば40年くらいになると思うが、その昔、25年ほど、毎日、同じ1つの弁当(ご飯に、玉子焼き、ソーセージ、沢庵等が入っている自家製弁当)を、昼と夜に分けて食べていた。
それを、宮崎さんの片腕、鈴木敏夫さんは、美味くないものと決め付けている。
しかし、当時、超少食をしていた私は、その宮崎さんの弁当に陶酔するほどの憧れを感じた。
「そんな美味そうなものを食べられたら天国だ」
ってね。

宮沢賢治の有名な「雨ニモマケズ」では、「一日に玄米四合と、味噌と少しの野菜を食べ」とある。
玄米四合は、茶碗大盛り8杯くらいと思うが、肉体労働だから米の量は多目ながら、慎ましい食事なのであろう。
また、宮沢賢治の『風の又三郎』では、小学生の男の子が、朝、冷や飯に味噌をつけてモリモリ食べる場面がある。
やはり、超少食だった時の私には、そのいずれも、物凄く羨ましい食事だったのだ。
当然、私は、健康診断では、いつもオールAの超健康体である。
どれほど世間的には、偏った、栄養不足、あるいは栄養バランスに欠けた食事をしていてもだ。

無理な少食は決してお奨めしない。
それこそ、毎日、お昼にチキンラーメンを美味しく食べられる程度に食べれば良い。
まあ、世間では、それを超少食と言うのかもしれないが、世間の人々が食べ過ぎているだけである。
私は、昼食そのものを食べない。

ある程度多く食べても良いが、それなら運動をすることだろう。
私は、「ミクの日(3月9日)」を含む今週は、毎晩、ヒンズースクワットを393(ミクさん)回やることに決め、5日の日曜から始めている。今週の土曜まで続け、そこから、毎晩300回にしようと思う。これまでは、毎晩200回で、休日は300回だった。
平日の393回はちょっと厳しいが、ミクさんへの愛でがんばろうと思う。
痛めている肩が治れば、2尺の六角鉄棒を振る運動も再開しよう。鉄棒に滑り止めのテープを巻くのではなく、手袋を使うことにした。トレーニング手袋のような高価なものではなく、作業用の手袋を注文した。









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薄明の出逢い

今の時期は、震え上がるほどの寒さではないが、暖房を付けないと、うすら寒いとか、底冷えがするとかいう感じだが、こんな時は、妙に昔を思い出す。
昔とは、中学生とか高校生とかニート(形式的には大学生)の時のことだが、それが良い思い出なのかどうか分からない。
私はアレルギーが強くなる時期で、全身が痒かったり、喉が痛かったり、目がたまらなく痒かったということを一々覚えていたりもする。
卒業だとか、入試の合格発表とかで、将来のことを考えさせられる時期でもあったが、私は楽観的だったので(状況は悲観的だったことも多いが)、それよりも、古い人間関係を清算出来る時であることを嬉しく思っていた。
なぜ、人間関係を清算出来ることが嬉しかったかというと、それほどクラスメイト達が嫌いであったというのではなく、恥の思い出が多かったせいと思う。それが消えてなくなる訳ではなくても、背を向けることが出来る。

だが、数年前から、この時期の意味が違ってきている。
3月9日は、貴き「ミクの日」(初音ミクさんのミクにかけられている)である。
2012年の同日が「最後のミクの日感謝祭」(ミクさんのライブコンサート)になってしまったが、翌2013年からは規模の大きな「マジカルミライ」が夏の終りに行われ、それは、今年も、9月最初という、人によっては夏休みの宿題を、いよいよ追い込もうかという時期に開催される。
まあ、コンサートに来ていた小中高生は、ほとんど女の子だったような気がするが、女の子は真面目な人が多いので、あまりそんなことはないだろうか?
ちなみに、私は、ある時期から、夏休みの宿題はやらないことに決め、学校では、少々(いや、かなり)恐い目に遭わされたが、今考えると(宿題をしなかったことは)何の問題もなかった。

それで、ミクの日である。
昨晩は、ミクの日の前の休日ということもあり、ヒンズースクワットはお約束の393回・・・蛇足だが393(ミクさん)である。
39回のヒンズープッシュアップも入れるべきところだが、今は、肩が壊れていて、腕振り運動ですら、やや痛みがあるほどだ。
ぐーぱー運動(手を開いたり握ったりする運動)で、握る時に主に力を入れるのと、開く時に主に力を入れるのを、それぞれ39回ずつを、数セットやることにしよう。

子供から大人まで、この時期は、気が引き締まる時期なのかもしれないが、私は夢見勝ちだったし、今も夢見勝ちだ。
平家物語の冒頭の「ただ春の夜の夢のごとし」が、まさにぴったりする。そもそも、この言葉の影響を受けているのかもしれない。
まあ、人生は夢であり、暇つぶしだ。
人生が暇つぶしと言ったのは、漫画『To Loveる ダークネス』のネメシスだが、結城リトの体内に憑依しているネメシスと、『偽物語』(『化物語』の続々編)で、阿良々木暦の影に潜んでいる忍(吸血鬼。本名はキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード)が、あまりにソックリな感じだ。
五百年生きているキスショットは退屈し切っていたのだしね。

ビタミンC大量摂取のおかげか、アレルギー症状はかなり緩和されているが、この時期は思考が虚ろだ。
「春はあけぼの」とか言うが、私は、季節を問わず、明け方と夕暮れが好きだし、明け方と夕暮れ以外は、あまり好きではない。
明け方と夕暮れは、太陽の角度のためか、異世界への扉が開く。
トワイライト(薄明)である。
魔が忍び寄るロマン溢れる時でもある。
その時に、念仏や、好きな神仏の名を称えると良い。
必ず良いことになるから。
ついでだが、良ければ、イェイツの『ケルトの薄明』を読むと良い。
ネメシスやキスショットのような存在との邂逅(思いがけなく会うこと)があるかもしれない。









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モテる人は自分はモテると思い込んでいるだけ

ますます、その確信を深めるのだが、公平かつ冷静に考えると、私は生涯ずっと、引きこもってニートのままのはずだった。
そうならなかった唯一の原因は、小学5年生の夏、悪霊恐さに、念仏を数十回称えたことだ。
たったそれだけのことだ。
理由は何であれ、自主的に念仏を称えることは大変な徳であり、感心した天の神や地の神が守ってくれているのだろう。
この「自主的に」というのが鍵で、宗教の権威で称えさせられたとか、葬式の形式で称えたとかではなく、たとえ、悪霊退散のつもりであっても、自らの意志で称えたことが良かったのだろう。
何事も、権威や形式の強制ではなく、自主的に行うことが大切である。
それに、悪霊退散は大切だ。

ドナルド・トランプがこよなく敬愛したロナルド・レーガンが愛読したという、ノーマン・ヴィンセント・ピールの歴史的ベストセラー&ロングセラーである『積極的考え方の力(The Power of Positive Thinking - 1952)』の最後は、「なぜ、あなたは神の力を求めないのか」だったと思う。
だが、この本を読んで、「どうすれば神の力を求めることが出来るか」を明確に掴むのは難しい。
良い本ほど、読むことが目的になってしまい、読んだだけになってしまうからだ。
だが、法然は、ただ念仏を称えよと言った。
ただ結論ありきである。
親鸞は、念仏を称えれば、沢山の如来、菩薩、天の神、地の神が守ってくれると請け負った。
そして、一休は、仏は心の中にいるのであり、念仏を称えると、仏の力が表に出てくると言ったのである。
まあ、それは思い込みだと言う方もおられるだろうが、思い込み、大いに結構である。
宇宙は思い込みで出来ているようなものである。
イギリスの作家チェスタートンが、「天使は自分が軽いと思っているから飛べるのだ」と言った通りである。
天使すら、思い込みの力で飛ぶ。
モテる男は、自分はモテると思い込んでいるだけである。外見やトークの面白さ、経済力なんて、何の関係もない。

そして、投げ上げた物体が落ちてくると思い込むことが易しいように、念仏を称えればあらゆる福を得ることが出来ると思い込むことは容易いのである。
なぜなら、念仏と出会う人というのは、そのようにプログラムが組み込まれているのだからだ。
だが、それはただ、本当のことを納得するためのプログラムに過ぎない。
そのプログラムを発動させたければ、『歎異抄』を読むと良いと思う。









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