ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

5つの道具

私は、大金持ちになる方法とか、画家や音楽家や小説家で成功する方法は知らない。
知っているかもしれないが、実践していないので、自分でも信用していない。
だけど、以下のことは知っている。
(1)ダイエットする方法
(2)高度な身体機能を持つ方法
(3)良いプログラマーになる方法
(4)普通の人が出会う程度の戦いであれば、ほとんど戦わずに勝つ方法
(5)ある程度の奇跡を起こす方法
全て実証済みで、原理を心得、失敗はなく、自信がある。
最後の奇跡を起こす方法すらである。むしろ、これが一番確実かもしれない。子供の時からやっているのだからだ。
そして、これだけあれば、大金持ちになれるかどうかはともなく、控え目に言っても、お金に困ることはないし、これだけのことでも、高度化すれば、おそらく大金持ちにでもなれるだろう。
私も、それほど高度ではなく、進歩の途中だ。

だが、本当は(2)だけで良いのだ。
高度な身体機能とは、決して、筋肉モリモリの身体でも、スポーツチャンピオンの身体でもない。
そんな人達は、部分的な身体機能は極端に高いが、トータルでは欠陥品とも言える場合が多い。
一流スポーツ選手なんて、大概、身体に深刻な問題を抱えている。そんな人間の身体機能が高いはずがない。
ただ、おそらくだが、イチローの身体能力は非常に高い。とはいえ、やっぱり筋肉が付き過ぎで、長時間のストレッチを欠かすと、たちまち低機能になる。
普通の人に、あんな身体は必要ない。
(2)だけあれば、後は、望むなら自然に手に入るだろう。

お釈迦様も、繁栄のための7つの法を説いたが、やっぱり、その中の1つで十分だった。
だが、お釈迦様の教えは、当然ながら、私のものよりもずっと高度であるが、その分、抽象的過ぎて、簡単なことなのに難しい。
ただ、何をするにも、その7つを知っておくと、あきらかに進歩が違う。
もっとも、その7つは、単に、「敬うべきを敬え」と言うことに過ぎない。

私は、まるで駄目男君でも、救おうと思えば救える。単に、向こうが、自分の脚で立つこと(自分で自分を救うこと)を拒否しているだけである。









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日本人の精神的支え

今は、「この紋所が目に入らぬか!」という言葉が何のことか分からない人も多いと思うが、かつては日本人で知らない人はいなかったくらい有名なセリフだった。
一応、簡単に説明すると、テレビ時代劇『水戸黄門』で、ほとんどの時代劇の超定番であるラストの景気の良い音楽と共に行われる数分の乱闘シーンの後、水戸の御老公様が、
「格さん、助さん(助さん、格さんかもしれない)、もういいでしょう」
と言うと、「ははっ」とばかりに格さん、助さんが、「静まれえ!静まれえ!」と偉そうな声を発した後、
「この紋所が目に入らぬか!」
と、徳川家家紋の三つ葉葵が描かれた印籠(タバコ箱サイズの容器)をかざした後、おごそかに、
「御老公の御前である。一同、頭が高い!控えよ!!」
と一喝すると、悪人達も恐れ入って土下座をするという、日本国民が週一度、溜飲が下がり、すっきり元気になる場面(笑)があった。

「この紋所が目に入らぬか!」のセリフと共に、誰もが知っていたのが、この『水戸黄門』のオープニングソング『ああ人生に涙あり』だった。
歴代の助さん、格さん役の俳優が歌うので、それほど上手くはないのだろうが、なかなか味があって愛好されたと思う。
そして、あらためて聴くと、なかなかの名曲であり、「人生これだけ知ってりゃ大丈夫」と言える日本人の精神的支柱ではないかと思う・・・まあ、自分でも大袈裟に言っているとは分かっている(笑)。
「後から来たのに追い越され 泣くのがいやなら さあ歩け」
子供の時ですから、これが、人生をマラソンか旅に喩えてるのだと感じ、何かを感じるのだと思う。
いやあ、日本の繁栄はこの歌のおかげであると言える(半分、冗談で言っているが、やっぱり半分、そうなのではと感じる)。

「泣くのがいやなら さあ歩け」
今の日本人は、あまり好きな言い方ではないと思う。
「歩かなくたって泣かないように、誰かが取り計らってくれる」と思っている人が多いかもしれない。
しかし、絶対、そんな計らいは誰もしてくれない。
ひきこもりが歩かずにいたら、一億年(あるいは永遠に)、泣き続けなければならないのである。
誰も、それを回避出来るようになど、決して、決して、してはくれない。
それは、神様だろうが、イエス様だろうが、阿弥陀様であろうがである。
だが、状況は悪くない。
「歩けばいいんでしょ!歩けば!」
である。
今に集中して、ただ歩けば良い。
それは、今も昔も変わらない。
『ああ人生に涙あり』を聴くと、「俺も歩こう」って気になるのは・・・ちょっと小市民的ではあるが、日本の良いところであると思う。









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ボタンや薬を求めるのをやめる

著名な心理学者の河合隼雄さんの本を読んで、つくづく凡人の性質について思い知ったことがある。
不登校の子供を持つ父親が河合さんに相談に来て、こんなことを言ったようだ。
「不登校を治すボタンってないですか?」
そして、河合さんは、「皆、ボタンを押す役をやりたがる」と言う。
本当に参った。全くその通りだからだ。
「不登校を治すボタン」と言ったら冗談っぽいが、この父親に「不登校を治す薬」があると言えば、さぞ喜ばれるだろう。
そして皆、「成績が良くなる薬」「給料が上がる薬」「モテる薬」「プログラミングをマスター出来る薬」を欲しがっている。
結局、新興宗教が馬鹿な人間を楽々と騙せるのは、「わが教団には、そんな薬があるぞよ」といったことを、いかにも本当のように言うからなのだ。なるほど、流行る新興宗教は、「馬鹿な人間を騙すボタン」を持っているのである。
ボタンを求める者はボタンを押される・・・である。

凡人は、単純に考えてはいけないことを単純に考えたがり、複雑に考えてはいけないことを複雑に考えるのだ。
最近、5歳の女児を虐待死させた父親のニュースが大きく報道されているが、あの父親は、実は大真面目だったかもしれないと思う。
彼は、「良い子を作るボタン」を押すとか、「良い子を作る薬」を飲ませるという単純で面倒なことが何もない方法を選んだのだろう。
それが、理屈の上で正しい最も単純な方法である、「厳しくしつける」である。
子供を脅し、怯えさせて「勉強しろ」という親なんて、いくらでもいるが、それを極端にやっただけで、我々も、あの父親と同じところは確かにあるのだ。

私は、念仏の話は好きなのだが、嫌いでもあるのだ。
どういう意味かというと、念仏のことを言うと、必ず、こんな雰囲気のコメントをしてくる人がいる。
「念仏さえすれば大丈夫ですね。私は一生懸命念仏します」
この人は、やっぱり念仏を、「楽をするボタン」「楽が出来る薬」だと思いたいのだ。
ややこしいことを考えたくない、面倒なことは嫌、現実を見たくないという人だ。
「引き寄せの法則」が人気があるのも、それが「願いを叶えるボタン」「願いを叶える薬」と思えるからである。
では、「念仏さえすれば大丈夫」かというと、それは正しいのである。
たとえば、「憧れのあの子を彼女にしたい。南無阿弥陀仏」とやるのは、別に悪いことではない。
だが、あの子が彼女になるかどうかは全く分からないし、多分、無理だろう。
けれども、自分が彼女に全く不釣合いだという「本当の」自覚は与えてくれるかもしれない。
告白したら、手厳しい断りを食らうかもしれない(まず、間違いない)。
そして、それほど良いことはないのだ。
それによって、己を知り、成長すれば、やがて、あの子に匹敵する、あるいは、もっと素晴らしい子を彼女にすることも出来るが、それは自分次第であるし、おそらく時間はかかる。
それでも、「求める勇気」だけは与えてくれるのである。

恐れずに求めれば それは未来を変えるRevolution
~『FREELY TOMORROW』(Mitchie M feat.初音ミク)より~

そして、本当は、ボタンも薬もいらないのである。
その理由が、一休さんらも言っていたように、「阿弥陀様は自分の中にいる」からであるが、それは、なかなか一足飛びには分からない。
だが、念仏を唱えれば、それが分かってくるのかもしれない。









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『金の斧』の本当の意味

イソップの『金の斧』という有名な童話は、正直者が幸せになれるというお話だと思われているかもしれない。
だが、きこりは、正直だから、自分が落としたのは金の斧でも銀の斧でもなく、鉄の斧だと答えたのだろうか?
そうではなく、このきこりは熟練のきこりで、仕事が出来る自分の鉄の斧を選んだに過ぎない。

一方、ペローの『長靴をはいた猫』では、三男は王女と結婚し、ゆくゆくは王様になるのだろうが、それって幸せなのか?
父親と同じ粉ひき職人になるかどうかはともかく、何かの仕事で熟練した方が良いに違いない。
この話、何となく、猫が、自分が貴族になりたいがために、三男を利用したように思える。
猫の身で王様にはなれないので、チョろい三男を王様にすると都合が良い訳だ。
いや、いずれ、自分が三男に取って代わることも視野に入れているのか・・・(多分そうだ)

『金の斧』で、金の斧、銀の斧を得たきこりは、その後どうなったのか?
金の斧、銀の斧を売って大金を得たとしても(売るのも難しいだろうが、まあ、売れたとしよう)、そんな金がきのりのためになるとは思えない。
贅沢して肥満してアル中になって、金目当てに結婚した女に酷い目にあわされて、やがて惨めに死ぬだけだ。
その金で、せめて製材所でも開いたり、木材、あるいは、山を商う商人になって成功すれば良いが、さあ、どうだろう。
それよりも、自分はやっぱりきこりなんだと自覚して、仕事を楽しむようになるか、あるいは、神様に褒められたことを励みに、前向きに生きていくか・・・そんなことなら、確かに幸せである。

つまり、『金の斧』のお話は、何か1つのことを磨いておきなさいというお話なのだ。
仕事で躓いた時、神様に、
「お前の仕事は大会社の社長か、メジャーリーガーか、VBAのプログラマーか」
と問われるようでなければならない。
これが、
「お前の仕事は大会社の社長か、メジャーリーガーか、言われたら何でもやるサラリーマンか」
と聞かれたら、言われたら何でもやるサラリーマンなら、「大会社の社長だ」と言ってしまうかもしれない。
そしたら、言われたら何でもやるサラリーマンの身分すら失ってしまう。
「VBAのプログラマーです」
と答えたら、神様は、
「感心なやつ。では・・・」
とご褒美を下さるに違いない。

という訳で、言われたら何でもしなければならないサラリーマンはVBAをやろう。









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これだけで腰痛を治した

先週、私はひどい腰痛になり、いったんベッドで寝ると、身動きが全く出来ないほどだった。
それが日曜日、あることをやれば、見事に軽減し、今はほとんど治っている。
どうやったかというと、ソファの上であぐらをかいて座るだけだ。
居間ではソファ以外、座るところがないのでそうしたのだが、もちろん、床や、他の椅子でも良いはずだ。
私が思い出したのは、実際には見たことがないが、電車の座席で正座して座るおばあさんだ。そんなおばあさんは、腰痛とは無縁でしゃきしゃき歩くイメージがある。

ポイントは、踵をなるべく尻の方に引き付けることだ。もちろん、極端にやる必要はなく、足首を普通にぐっと引き付ければ良い。
自然、ソファの奥深くに座ることになる。
無理に胸を張る必要はないし、張ってはいけない。
不自然なまでに良い姿勢にする必要はなく、ソファの背もたれにもたれても良い。
要は、「そこそこ腰が立って」いれば良いのだ。
その姿勢で、なるべく長時間・・・と言っても一度に10分、20分で良いが座るだけである。
ソファで背もたれにもたれている場合は、眠ってしまうこともあるが、その姿勢で眠るのは心地良く、それで腰も良くなる。
私は、日曜あたりは、初音ミクさんの歌をスピーカーで流しながら、いい気持ちでうとうとしていた。

書店にいって、「これだけで腰痛が治る」「簡単に腰痛が消える」などという類のタイトルが付いた本を見てみたが、「これだけ」「簡単」とは程遠い、複雑なものばかりで、しかも、本1冊になっているのだから、どこを見て、何をやれば良いのか全く分からない。
写真や図を見ても、要領を得ない複雑で難しい運動やポージングばかりで、とてもではないが、やれそうもないし、誰も、やっている暇はないと思う。
同じく、「痩せる」「腹が凹む」などの本も同じである。

腰を治すには、胡座で、足首をぐっと引きつけて座る・・・これだけだ。
尚、結跏趺坐は無理だが、半跏趺坐を楽にやれるなら、それも良いと思うし、ひょっとしたら胡座より良いかもしれないが、無理にやる必要はない。
ちなみに、痩せたければ、食事を適切にすれば良いだけのことだ。
肥満している人は、単に食事が異常なだけだ。つまり、食べ過ぎたり、おやつを過度に食べているのである。
そして、特に運動していなくても、車ばかり乗らず、よく歩けばそれで良い。

また、私は、運動が過剰だったかもしれない。
毎晩、1日も欠かさず、ヒンズースクワット300回、腕立て伏せはスローで20回、高速で50回、その後、武術の訓練をみっちりと。
それを、最近、仕事等で疲れた後でも根性でやっていたが、身体と心が悲鳴を上げていたのだろう。
確かに、心身とも、しんどくなっていた。
また、いくら練習でも、相手の身体を破壊しかねない、威力があり過ぎる実戦用格闘術の練習なんか、あまりやるものではないなと思った。
今後も訓練は、1年365日、1日も欠かさずやるが、内容を洗練させようと思う。

腰痛のおかげでいろんなことを考え、学んだ。
何事によらず、良い時ではなく、悪い時に、学び、賢くなれ、進歩するものだろう。
そして、答えは本当は一瞬で見つかるが、時間がかかるのは心が濁っているからだ。
心が濁るのは、余計なことを考えている・・・つまり、頭の無駄使いをしているからである。
下らないことを考えていたら、念仏でも唱えると良い。









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