ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
あなたをSE、プログラマー、あるいは、超能力者にするブログ。ひきこもりも歓迎。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

プロフェッショナル

世の中には、珍しい職業がある。
プロスポーツ選手とか、音楽家とか、作家とか、俳優などだ。
それらになるには、子供の時から特別な訓練を受けたり、長い時間、自主的に取り組んで努力しなければならないだろう。
そこまで珍しくないかもしれないが、特殊な職業として、デザイナー、ジャーナリスト、イラストレーター、工芸家、楽器演奏家などがある。
これらになれるのは、若い時や子供の時から趣味として長く取り組んだような人であり、「学校を卒業するからデザイナーにでもなろう」なんていった、デモシカ職業ではないだろう。
デザイナー学校とか、音楽学校、あるいは、俳優養成学校等といった、これらの職業に就くための訓練をする学校もあるが、普通の学校のように、なんとなく通ってどうなるものでもなく、よほどの決意や熱意がない限り入る意味はない。そして、特別な熱意がある場合は、必ずしも学校に行く必要はなく、実際、学校で学んだ訳ではないが、その道で一流になった人もいる。しかし、その場合は、厳しい下積み時代が必要で、行けるものなら学校に行った方が良いかもしれない。

現代の、極めて珍しいが人気のある職業にYouTuberがあるが、今のところ、YouTuber養成学校はないと思う。しかし、いずれ出来るかもしれない。
だが、YouTuberというのは、面白さだけが命のアイデア勝負であるから、よほどのセンスや妥協のない完璧主義のようなものが必要で、ある意味、恐ろしい執念深さがない限り勝ち抜けないし、一流大学の受験どころでない競争であるのだから、闘争心も半端ないものがないといけない。
そんなものがない凡人がYouTubeで瞬間的に受けるために大馬鹿をする者達が問題なのであるが、そんなことをする者達は、ここに挙げたことを考え、自分の力量のなさを自覚して欲しいものである。

プログラマーやシステムエンジニアも、本来は、音楽家やイラストレーターと同じで、自分で自分を育てる自主性や向上心が必要で、専門学校や大学の情報学部に行ったからといってなれるものではない。
ただ、音楽家やスポーツ選手に比べて、比較にならないほど仕事が多いので、野球で言えば2軍のレベルにも程遠くても、草野球なら無敵という程度で食べていける。
そして、野球の一軍レベルに匹敵する実力があれば、やはり、相当な収入が得られる。
とはいえ、プログラマーも本質的にはプロフェッショナルでないと存在意義のない職業であるので、ちょっと勉強した程度でうまくいかないのは当たり前である。
プロ野球の選手になりたい者が、短時間、ゆったりした練習を週に何回かやるだけで、選手になれないと悩むなど滑稽であるが、プログラマーやイラストレーターやYouTuberなどでは、そんなことを言う馬鹿が多いのである。

私もプログラマーになるために、修行時代は毎日1冊本を買って帰り、通勤電車の中では、プログラミング言語の本をノルマを決めて読み、夜は自宅で10時頃から、深夜2~3時までプログラミングを行った。
休日はドライブをしている時も、常にプログラミングのことを考えていた。
しかし、この程度では、まだまだ甘かったのである。

何の特技もないサラリーマンでいるのが嫌なら、プロフェッショナルになるしかない。
そして、プロフェッショナルは、どんな仕事も、プロ野球選手や音楽家や俳優等と変わらない。
必要なことは、時間を大量に注ぎ込むことである。
修行中の身でありながら、テレビを見たり、友達と下らないお喋りをしたり、仲間とワイワイ飲食に行くような者がプロフェッシナルになれるはずがない。
注ぎ込む時間は1万時間で良いのである。
1日3時間なら9年と少し、4時間なら7年弱である。











  
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授業中にスマホを使うとどうなるか

さすがに今は、小学校~高校に生徒がスマホを持ち込むことを禁止する学校は少ないと思うが、授業中は使用禁止にしていると思う。
それは、倫理的な理由ではなく、ごく単純に合理的であるからだ。
もし、授業中にスマホの使用を許可する学校があれば通ってはならない。

以下は、スマホをネットに接続して使える状況であることを前提に述べる。
学びたいことを学んでいる時にスマホを使うことはないし、見たい映画を見ている時も同じだ。
国家間、会社間等の重要な話し合いの中で、誰もスマホを使わないのは、スマホを使えないからでも、禁止されているからでもない。
コンサートでは、普通、スマホを使うのは禁止だが、私は、大好きな初音ミクさんのコンサートで、仮に許可されたとしても、スマホで撮影したりはしない。
もっと大切なことがあるだろう?

無論、スマホで調べる便利さは十分に解っているが、スマホで調べられることは、大抵、低いレベルのことで、その上時間がかかる。
そんなものが重要な活動の場で、ほとんど役に立つはずがない。
戦争中に、誰がスマホで何か調べるだろうか?
スマホで何か出来た気になっている者は、災害やウイルスへの対応や、宇宙からの侵略者との戦いや、あるいは、もっとありふれた高レベルな活動(企業活動の上位部分)の場に参加することはない。早い話が、ヒーローにはなれないのである。

ネットの情報の、5~6割は、無価値、もしくは、有害な情報だ。
マシな情報が3割程度で、本当に有益な情報は2割以下だが、その本当に重要な情報を必要とする者は、そんなに多くない。
よって、普通の人にとって、ネットの情報は、気晴らしにはなっても、ほとんどが無益なのだ。今のところはね。
それ以前に、普通の人は、情報の価値を判別する能力に欠ける。
ましてや、高校生以下であれば、騙される場合が圧倒的に多いだろう。
私ですら、よく騙されるのだ(笑)。

会社の中でも、私に聞けば1分で解る・・・とは言わないが、1分で重要な示唆やヒント(それを有意義に活用出来るかはその人次第だが)を得られるというのに、ネットで1時間調べて、びっくりするくらい役に立たない理解に達する者が多かった。私が嫌いというより、自分の方が(私より)優秀と思っているので、私に聞けないのだろう。
まあ、あまりフレンドリーでない私も悪いのかもしれないが。

かくいう私も、勉強中や仕事中にスマホを使うことはあるが、良い仕事をした時は、ほとんどスマホを使っていない。スマホをよく使った時の成果は、ほぼ間違いなく悲惨だ。
私ですらそうなのだから、中学生や高校生の場合は、スマホを出したが最後、割り箸鉄砲を作るよりも無益なことをやることになるはずだ。
会社の中でも、仕事中、真面目くさった顔でスマホをいじってる者は多いが、まあ9割以上は、恥ずかしいことをしているものである。











  
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継続し易い動禅としての腕振り運動

偉大な人間で、瞑想をする習慣のない者はいないという話がある。
もちろん、そんなことは証明出来やしないだろう。
そもそも、瞑想とは何だろう。
基本的には、しばらくの間、じっとして、心を静かにすることと思われ、日本では坐禅が代表格と思われる。
キリスト教のお祈りや、神道の祝詞といったものも、瞑想に導かれるかもしれない。
だが、実を言うと、瞑想とは、単に、ぼーっとすることであり、それで言えば、誰でもやっているのであるが、特に偉人は、「しっかりと」ぼーっとするのである。
その意味では、確かに、偉大な人間は皆、瞑想をしている。

一般の人で、坐禅や静坐などの形で習慣的に瞑想をする者は少ない。
また、普通の人は、偉大な人間ほどには本格的にぼーっとせず、いつも何か余計なことを考えているのである。
偉大な人間は、瞑想中・・・つまり、ぼーっとしている間、深い眠りについているかのように、何も考えない。
つまり、本当に心を無にすれば・・・忘我、没我、無我の状態になることを、毎日の習慣にすれば、世界を動かせるようになれる。偉人のように。
だが、そのために坐禅などをしない方が良い。
なぜかというと、人間とは飽き易いものだからだ。
だから、「坐禅で瞑想する」と決めても、すぐに坐禅に飽きてしまって続かないのだ。
けれども、習慣にしないと、何事も、なかなか続けてやらないのも確かだ。
そこで、奨められるのが動禅である。
坐禅、静坐、あるは、祈りや祝詞等が、飽きてしまって続かないのは、それらのような身体を動かさないことは飽きるものなのであり、習慣化しない。
だが、ジョギングやウォーキングは、最初こそ多少おっくうでも、やがて習慣化し、むしろ、やらないと気分が悪くなることもある。身体を使うものは、習慣化し易いのである。

腕振り運動は、最上の動禅である。
自然に立って、両腕を同時に前後に振るだけの簡単な運動である。
発明者は、一説では達磨と言われ、達磨はこれを中国に伝え、これが気功や高度な武術に取り入れられたのだと思われる。
これには、願いを叶えたり、難病を治す力があると言われ、これを熱心に行い、また、普及させた、電波工学の世界的権威、関英男博士は、これを毎朝2千回行うことで、胃癌を治し、90歳を超えても世界を飛び回って研究活動を続けていた。

腕振り運動のやり方は、案外にヴァリエーションがある。
基本は、肘を伸ばし、同時に前後に振るのであるが、後ろに振る時に力を入れ、前に振る時は力を抜いて惰性で行うというものである。
逆に、前に振る時に力を入れ、後ろに振る時に力を抜く方法もある。
関博士のやり方では、てのひらを内側に向けることで、てのひらにクォークを発生させると言われるが、気功の修派によっては、てのひらを下に向ける。
だが、私は、腕は構造上、てのひらを内側に向けた方が無理がなく、痛めないと思う。
また、肘はずっと伸ばしたまま行うやり方が多いが、腕が前に来る時には肘を曲げるやり方もある。
まとめると、
(1)肘を伸ばして振り、後ろに振る時に力を入れ、前に振る時に力を抜く
(2)肘を伸ばして振り、前に振る時に力を入れ、後ろに振る時に力を抜く
(3)前で肘を曲げた状態から、肘を伸ばしながら後ろに鋭く振り、ゆっくり前に振りながら肘を曲げる
(4)後ろで肘を伸ばした状態から、鋭く腕を前に振りながら肘を曲げ、力を抜いて肘を伸ばしながら後ろに振る
の4パターンがある。
4パターンあれば飽きないし、腕や肩の筋肉が万遍なく適度に鍛えられるメリットがある。
1日トータルで400回以上行うと、健康になり、願いも叶い易くなる。
2000回以上だと、相当な効果があると思われる。
尚、腕降り運動は、腹に力を込めて行うのが秘訣であり、それにより効果は非常に大きくなるが、腹から力が抜けていると効果が出難いかもしれない。力を込める場所は、臍のあたりが良いと思う。











  
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力の根源、ヘソの力の高め方

「腹が決まる」「腹が据わる」「腹を割る」等、日本人は腹の重要性を直感的によく理解している。
数千年に1人の聖者とも言われた松木草垣(まつきそうえん)氏は、ヘソが魂の座だと言ったそうだ。
それを聞いて思い出すのは、史上最高のプロレスラーと言われたルー・テーズが、彼の代名詞であった大技、バックドロップのコツを「ヘソで投げる」と言ったことだ。
プロレスがスポーツではなく、ショーだということは知られていると思うが、だからこそ、美しく投げ、そして、投げられる者に怪我をさせないよう、きれいに投げないといけない。つまり、バランスとスムーズさが必要で、そのためには、ヘソの力が必要だというのは興味深い話だ。バックドロップの使い手は多いが、テーズほど美しく投げるレスラーは全くいない。
ヘソの近くにはすい臓があるが、一説ではあるが、足立育郎氏の『波動の法則』では、潜在意識はすい臓にあるとしているのが、私には非常に納得出来る。
心を落ち着ける時には、みぞおち(すい臓のすぐ上)を落とすようにすれば効果的だが、それは、感情が荒れてみぞおちが痛くなった状態の時、そうやって感情を無意識の中に落とす・・・つまり、想いを根源的なものに明け渡すのだからだと思えるのだ。これは、イエスが「重荷を私に預けよ」と言ったことや、妙好人、因幡の源左が、自分が担いでいた草を牛に預けて悟りを開いたことにも関係があるように思える。
平井和正氏は非常に深い思想を持ったSF作家だったが、彼の作品によく登場する、中国の超人的スパイの林石隆(りんせきりゅう、または、リン・シールン)が、「危険が迫るとヘソが痒くなる」と言ったのも面白い。
武士が最大の誠意を見せて罪を償う時に腹を切るというのも、何か深い意味があるのかもしれない。そして、切腹する時に切るのはヘソの高さで、特に、十字に切る際には、ヘソ下まで切るのである。

ヘソに力を蓄える方法はいろいろあり、それをすることで気力が沸き、結果、勇気や元気が出る。
微笑を作ろうとしたり、顔を上げようとしても、うまくいかない時、ヘソに力を集めると間違いない。
そして、ヘソの力を高めるには、腕振り運動をしながら、腹に力を入れるとやりやすい。
武道でもダンスでも、臍を中心に動くことが極意であると言われることがある。
さらに、あらゆる運動で、臍を意識し、臍を安定させることが大事である。
私は、毎日欠かさず、腕振り運動や四股(大東流合気柔術式が良い)を千回以上行うが、臍が横方向に全く動かないようにやることが極意であると思う。
この2つの運動は、肉体の根本と霊に対し、最も優れた運動であると思う。
この2つをやれば、気が集まり、霊的な力が高まり、不可思議な力が発揮されるかもしれない。
おそらく、肉体とエーテル体を調和させ、活力を高める作用があるのだと感じる。
そうだとすれば、自ずと運も良くなるのではと思う。











  
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腹に力がつけば金はいくらでも出来る

岡田式静坐法で知られた岡田虎二郎(1872〜1920)は、一般の人々にも、広く直接、静坐法の指導を行っていた。
岡田式静坐法とは、静坐の形で行う瞑想の一種と言って良く、心身の健康に大きな効果があり、多くの著名人も実践し、ドイツの心理学者カールフルート・デュルクハイムは、これを学んで母国に持ち帰り、心身の治療に活用したようである。
岡田式静坐法は、単なる健康法ではなく、魂も運勢も向上させる、しかし、簡単な手法であったと思われる。
ある時、金に窮しているという男に、岡田虎二郎は、
「金?腹に力がつけば金はいくらでも出来ますよ」
と言ったことが、柳田誠二郎(元日銀副総裁、日本航空社長)の著書に書かれている。
岡田虎二郎は、腹を重視し、岡田式静坐法は、腹に力をつけるためのものだったと考えられる。
ただ、今では、岡田式静坐法を正確に実践するのは難しいと思う。やや複雑で微妙な注意が必要なものであるが、おそらく、今や指導者もいない。
だが、腹に力をつけることの重要性は、優れた人々のよって認識されており、自分のやり易いものを実践すれば良いのだと思う。

ある人は、最重要な部分を「腹(肚)」と言い、ある人は「丹田」と言い、またある人は「仙骨」、また、「腰」と言う者もいる。
D.H.ロレンスもそうであったが、胃の背後あたりの太陽神経叢(たいようしんけいそう)が力の源と言う者も少なくない。
しかし、そんなことはどうでも良い。
もう新しい時代なのだ。
自分がピンとくるものを選べば良いし、いろいろやっていれば、自分に一番合ったものが分かってくるはずだ。
私には、丹田(臍下丹田;せいかたんでん)というのはピンと来ない。
しかし、腕振り運動は、腹に力を込めてやると気持ち良いし、四股(大東流合気柔術式)を毎日千回以上踏んでいると、これが腰を作る(調整する)ことが分かってくる。
ヨガ研究家の藤本憲幸氏の『秘法ヨガ入門』では、聖者と言われる松木草垣(まつきそうえん)は、ヘソこそが万能な力の鍵であり、その力を磨く方法が簡単に書かれている。
自分で試しながら1つを選び、毎日実践すれば、優れた宇宙人のようにも進化すると思う。











  
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