ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

イーロン・マスクさんの本当の目的

海外のことは知らないが、日本では、子供や学生が、自分は将来、どんな仕事をしたいのかといったイメージを持っている人はほぼいない。
大学を卒業する時ですらそうで、就職というものは、「どんな仕事をしたい」ではなく、「大きな会社に入りたい」という視点でしか考えられない。
広告代理店志望だとか、アパレル業界志望だとか言っても、業界に関する知識や理解はほぼ無い(ごく表面的に知っていれば「よく知っている」と言われる)。
今のそんな大学生に不満を持っているようなことを言う企業も多いが、そんな学生だからこそ、企業説明会では大嘘を並べていられるのである。
『13歳のハローワーク』なんてものに載っているのは、嘘とは言わないが、仕事の実態と全く違うことが書かれている(これを嘘と言うのだが)。

そして、学生どころか、長く会社に勤め、いい歳になり、社会経験も積んでいても、「自分は本当は何をしたいのか?」と考える始末である。
まあ、考えるだけマシと言えるかもしれないが、実際は、まさに「考えるだけ」だし、しかも、ほとんどが「愚にもつかない考え」だ。
その中で、私のような、プログラマーになりたいと考える人もいるが、なかなかうまくいかない。
アメリカの作家、マイク・ハーナッキーが著書の中で、こんなことを書いていた。
彼は時々、いろんな人達から、「作家とは羨ましい。私も作家になるのが夢だったのです」と言われることがあったのだが、そんな時は、「じゃあ、あなたも作家になればいいじゃないですか?」と返すのだそうだ。
ハーナッキーは、それは100パーセント可能と思っているが、そう言って来る相手は、自分には出来ないと思っているのである。
ハーナッキーの方も、大学を出てから、教師、証券マン、弁護士と職を変え、どれも面白くなくて、遂には病に倒れたが、何の当てもなく「作家になる」と決めて仕事(弁護士)を辞めて作家になったのだった。

私は、仕事は何かと聞かれたら、システムエンジニアだとかプログラマーだとか言うが、これらの仕事に、一定の形がある訳ではない。
同じプログラマーだと言っても、それぞれ、全く別物の仕事と言って良い。
だがそれは、プログラマーに限らず、学校の教師も、イラストレーターも、ダンサーも、野球選手も、YouTuberも、全部そうである。
乞食も職業だという話があるが、それは実に多様な職業で、一人前の乞食になるための「乞食養成学校」なんて作りようがない。
だがそれは、野球選手もYouTuberも全く同じなのだ。

そもそも、我々の仕事は人間でしかたなく、仕事の形態は、「考える人」「戦う人」「移動する人」「しゃべる人」「作る人」といった、人間の基本的行動に分けられる。
サッカー選手は「戦う人」で、YouTuberは「作る人」だ。
こう言えば、「YouTuberも考えるぞ」と言いたい人もいるだろうが、YouTuberは作ってナンボであり、考えても金にならない。
教師が、「俺は日本の腐敗した教育と戦っている」と言うなら、迷惑だから辞めてくれとしか言えない。

だが、人間の本当の仕事は、「良い気分になる」ことだけである。
「いや、良い気分になっても金にならないじゃないか?」と言う人がいるなら、答は「金になる」だし、それ以外に金を稼ぐ方法はない。
なぜ、これが本当の唯一の仕事なのかというと、世界がそう出来ているからとしか言えない。
まあ、今の社会の常識で言えば、こんなことは宗教にも、お伽噺にもならない。妄想より悪いと言われるかもしれない(いや、言われる)。

良い気分になるための手段として、野球選手になったり、歌手になったり、プログラマーになることはある。
だが、ほとんどが、一瞬、良い気分になったつもりで、実は、ほとんどの時間、悪い気分でいるのである。
何もせずに良い気分になれるのなら、それはそれで良いのだが、それは割と珍しいと思う。
どちらかというと、絵を描いたり、音楽を作ったり、救助したり、殴り倒して気分を良くしたいものなのだ。
だが、火星ロケットを飛ばすことが本当の目的ではなく、良い気分になるために、それをやるのだ。
イーロン・マスクに、「なぜ、そんな壮大でクレイジーなことをやろうとするのか?」と聞いたら、彼は半ばはにかみながら、「人類にやる気を起こさせたい」みたいなことを言ったが、はにかみたい気持ちも分かる。
嘘だからだ。目的は、良い気分になることである。
だが、彼も、そう言わざるを得ないのだろう。だからはにかみながら答えたのである。








  
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良い気分でいれば願いが叶うのは当たり前だと思える話

「気分」とは、「持続的な感情の状態」のことで、英語ではフィーリングだが、英語の方が、その意味にぴったりくるかもしれない。
そして、なぜか、この気分が良い状態(GOOG FEELING)であれば、さらに気分が良くなることが起こり、逆に、気分が悪い状態(BAD FEELING)であれば、さらに気分を悪くさせられることが起こる。
このことで思い出すのが、インドの聖者、ラマナ・マハルシの言葉だ。
「幸福は外側にはない。内側(魂)にある。願い事が叶った時、実は、我々は内なる幸福を楽しんでいるのだ」
我々の存在の核たる魂の本性は至福である。だから、何もなくても、魂に意識を向けさえすれば幸福なのだそうだ。

気分が良いというのは、欲求が満たされている状態を言うのだと思われているが、実は、そうではなく、外部に目がいかず、自己の内部に潜り込んだ状態なのである。
例えば、最高の気分の時は、我を忘れ、周囲で起こっていることすら分からなくなるだろう。
それなら、実は、我々は、いつでも、気分良くいられる。

では、なぜ、気分が良ければ、世界は自分にとって、より嬉しいもの、より楽しいものになるのだろう?
それは、古代哲学で既に言われ、そして、ようやく最新科学でも明らかになりつつあることだが、心が世界を作るのだからだ。
人間が外を見た時(意識した時)、人間の内にいる魔術師が一瞬で世界を作り上げると言った科学者がいた。もちろん、比喩的表現だが、実に正しい。
サルトルも言ったように、小説を読むとは、読んでいる一瞬一瞬に小説を書くという個人的体験である。
当然ながら、絵を見る時は、内なる魔術師が一瞬で絵を描き上げるのである。
音楽を聴いている時は音楽を作っているのであり、コリン・ウィルソンの『フランケンシュタインの城』で、ウィルソンと親しいある人物は、ショパンを聴いている時、自分がショパンなってしまうというが、実は、それは異常なことではなく、ごく自然なことなのであり、そして、気がつかなくても、誰もが同じなのである。

ラマナ・マハルシのような、快楽を否定する無欲を最上とする教えも、引き寄せの法則のように、願望を実現する科学も、実のところ、違うことは言っていない。
例えば、自動車や富を欲しい時には、ラマナ・マハルシの場合は、そういった外部にあるものの虚偽性を暴いて無欲になることを説くだろう。
しかし、引き寄せでは、既に欲しいものを得たと思って、それを得た喜びを味わうと、それが叶うと教える。
イエスは単に、「願いは叶ったと思えば叶う」と言ったが、もっと細かく言うと、この引き寄せの法則のようになるだろう。
インドの聖者パラマハンサ・ヨガナンダの師の師であるラヒリ・マハサヤは、解脱の一歩手前の段階でも、豪邸を強く欲しがっていた。
そこで、師のババジが幻術の力で宮殿のような家を出現させ、これにマハサヤが入って楽しむと、マハサヤは執着から解き放たれ、ついに解脱を果たした。
願望は叶うと、執着が消えるのである。
だが、条件がある。

行動や努力で強引に欲望を叶えると、さらに欲望は強まるのだ。
だから、我々は、イエスが教えたことを基にした引き寄せの法則の通り、願いが既に叶ったと思って、想像でその喜びを味わい、気分を良くすることで、努力なく願いを叶えた方が良いのである。
そうやって何かを得ると、得たものと同じようなものを渇望することはなくなる。
しかし、そうではなく、戦って強引に勝ち取ると、『スター・トレック』でミスター・スポックが言ったようになる。
「どんなに欲しいと思っていたものでも、得てしまえば、さほどでもなくなる(得たものがつまらないものに思える)」
つまり、この場合は、もっと別のものが欲しくなるのだ。そして、次を得たら、さらに強く、別のものが欲しくなるという、欲望の無限の連鎖にはまり込む。
例えば、美女を得れば、もっと上と思える美女を次々に欲しくなるのである。
だから、我々は、無理な行動ではなく、心の力で願いを楽に叶えるべきであると思う。








  
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マン・イン・ザ・スマートフォン

マイケル・ジャクソンの『マン・イン・ザ・ミラー』という曲がある。
私は、テレビ画面の中で、マイケルが歌っている様子が少し思い浮かぶ程度にしか知らない。
マン・イン・ザ・ミラー(鏡の中の人物)とは、もちろん、自分のことだ。
そして、マイケルが広大なコンサート会場でこれを歌っている様子を映すテレビに、こんな字幕があったように思う。
「世界を変えたければ、鏡の中のそいつから始めるんだ」
つまり、世界を変えるには、自分を変えれば良い。
言い換えれば、自分が変われば世界が変わるということだ。

全く正しのだが、この歌は別に、教育の歌ではなく、情緒を動かす1つのアートだ。
そのためには、どう自分を変えれば良いかということを、直接的には語らない。そうでないと、情緒的ではないからだ。
しかし、本当に大切なことは、具体的に、自分をどう変えれば良いかだ。
そして、人間は馬鹿だから(時々、自分は賢いと思っている大馬鹿がいるから困るが)、そのやり方は、馬鹿が付くほど単純で簡単でないといけない。

世界を良いものに変えるために、自分を変える正しい方法はこうだ。
鏡の中のそいつ(自分)が、気分が良さそうなら、別に何も変えなくて良い。
そうであれば、望みのものはやって来る。
お金も、健康も、可愛いあの子も、素敵な彼も、あるいは、もっと高尚な何かも。
だが、鏡の中の人物の気分が悪そうなら、必ず、いい気分の人物に変えないといけない。
どうすれば良いかって?
気分良さそうに笑わせれば良い。
一瞬で出来る。
それで世界は変わるのである。
鏡でも良いし、スマホのセルフィー(自撮り)画面でも良い。
そこに、気分の良さそうな人がいるだろうか?
そいつが不機嫌そうな嫌な顔をしているなら、すぐに、その顔を変えるんだ。
それが世界を変える魔法だし、その魔法は、いつでも、楽々と使えるのだ。

この歌の起源は、五千年続いた王国の帝王学だと思う。
その王家で伝承された教えとは、鏡の中の王の気分を自分で良くすることだった。

『マン・イン・ザ・ミラー』の出だしはこうだ。

I'm gonna make a change for once in my life
It's gonna feel real good
Gonna make a difference
Gonna make it right
一生に一度、変えてみよう
それは本当に気分が良いことだ
それで全てが変わり、
世界は正しくなる

鏡の中、スマホの中の人物を、気分の良い人に変えるのだ。
ずっと、永遠にそうであるように。
時々、気分の悪い人物になっていないかチェックすると良い。
人間って、必ず、気分が良くないこともあるからだ。
身体の調子が悪い時。
お金に困っている時。
可愛いあの子や、素敵な彼が遠い時。
鏡やスマホの中の人物の気分が悪くなっているのだ。
では、そいつの気分を変えてみよう。
見かけだけでいいんだ。
ちょっと口角を上げてみれば良い。
その魔法が使えるのは、実に、君だけだ。
しかも、君は簡単に出来る。
すると、世界は好みのように変わる。
それが、世界の深い仕組みなのである。








  
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プログラミング等のスキルを努力なしに得る

難しいものも含め、何かのスキルを身に付けること、あるいは、資格の取得、受験の合格も、最大の効率で行うコツは、皆、同じだ。
それは、気分良くやることだ。
逆に言えば、気分良くやれないなら、やらずに済むならやらないことを、強くお薦めする。
いや、はっきり言って、気分良くやれないことはすべきでないと思う。

英語教育業界(官民含め)の宣伝では、「これからの国際社会で英語は必須」なんて大嘘を昔から言っているが、英語をやって気分が良くないなら、やらない方が良いだろう。
どうしてもやるなら、自分の責任で、気分良く取り組むべきである。
でないと、時間と金の無駄になる。
(尚、日本が衰退する中で、英語業界の思惑とは全く関係ない理由で、英語や中国語の重要性は確かに上がっている。)

この宇宙は、気分が良いと、さらに気分が良くなることが起き、気分が悪いと、さらに気分が悪くなることが起こるようになっている。
絶対的にね。それは、歴史的、経験的に確かだが、今や、科学的にも解明されようとしている。
そして、何かの勉強や訓練をする時、それが実を結んだ際に心が躍るほどの気分の良さが得られそうもなかったり、勉強や訓練が、努力と感じて気分が良くないものなら、果たして、自分のためになるかどうか疑問である。
これからの新しい時代においては、「楽しくなければ、勉強や訓練ではない」のである。
いや、本当は、大昔から、そう主張していた賢い人はいたのだが、権力者や支配者には都合が悪いので、庶民には、そうさせなかっただけである。
上層の人間にとって、庶民は、奴隷のスキルを磨いてくれれば良いのだからである。
しかし、そんな時代は、いい加減、終わらせたい。

例えば、プログラミングの勉強も、気分良く出来るかどうかだけが問題である。
IQテストでも標準の頭脳である私が、全く努力せずにプログラミングをマスター出来たのも、気分良くやっていたからに他ならない。
確かに、修行中(この言い方も止めた方が良いが)、私は、毎日のように、プログラミングの本を買い、深夜の2時過ぎまでパソコンに向かっていたが、それが単に、面白かったからである。
ただ、私の場合、たまに気分良くやれないこともあったので、時間がかかったり、スキルがなかなか高くならなかったりしたのだ。
では、どうすれば、プログラミングの勉強が楽しくなるか?
それは、実際はそうでなくても、プログラミングを既にマスターしていると思い、その気分の良さを感じれば良いだけだ。
プログラミングを深くマスターしたことで、周囲から丁重に扱われ、好きな仕事を、誰にも指図されず、自信たっぷりに楽しくやれる愉快さを先に感じるのだ。
それで気分が良くなれば、その状況が当然のように現れるのである。
『ザ・シークレット』のDVDで、信頼を感じさせる教師の1人が、こう述べていた。
「自分は既に豊かだ、健康だと思って良いのです。たとえ、実際にはそうでなくても」
それで気分が良くなれば、ほどなく、自分が願っている通りになるだろうが、逆に、気分を良く出来ず、今が貧しいからとか、病気だからと悪い気分でいれば、なかなか良い状況にはならないだろう。













当ブログ著者、KayのAI書。
実用的なAIを作るために、最も大切なことは、AIのセンスです。
AIのセンスとは、問題を、推測問題に捉え直し、データを整えることです。そのためには、数学も、プログラミングも、難しいAI理論も不要です。
必要なものは、Excelが使える程度のスキルです。
また、この本では、類書に見られる、無味乾燥で退屈なテーマではなく、「モンティ・ホール問題」(クイズ番組で行われた簡単なゲームだが意外性があって面白い)を始め、なるべく楽しいテーマを採用しました。
人間には、なかなか解決出来ない問題を、実際にAIに解かせることで、簡単にAIの威力を実感出来、そして、自分にもAIが作れることが解ると思います。
本書の、ほぼ全ての実習が出来るデータを作ることが出来るExcelマクロ(VBAプログラム)を、出版社サイトから無料でダウンロード出来ます。
  
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引き寄せで宝くじは当たるか?

引き寄せで宝くじが当たるだろうか?
まあ、当たる。
こう答えたら、「では、仕事をせず、宝くじを買えばいいのですね?」と、いろんなニュアンスで聞いてくる人がいる。
そうしたくば、御勝手にだ。
だが、当たる当たらないの責任は全て自分にある。
そう言ったら、「宝くじは当たると言っておきながら、それは無責任ってもんじゃないですか?」と言う人もいるだろう。
そう思いたくば、御勝手にだ。

テレビでも紹介されていた、こんな話がある。
ある親孝行な息子が、よく、母親に宝くじをプレゼントしていた(今もしているかもしれないが)。
そして、それは、かなり当たったらしい。
こんな話を聞くと、人によって、「単なる偶然」、「それは息子の優しい心があればこそだ」とか言うが、どちらも違うだろう。
だが、当たっているとも言える。
息子は、母親へのプレゼントの宝くじを買って気分が良かったのだし、母親は母親で、息子から、このプレゼントをもらって気分が良かったのだろう。
気分が良ければ、さらに気分が良くなることが起こるのが、宇宙の仕組みである。
その気分の良さが、たまたま、宝くじの当選という形になったのかもしれない。
また、両方の気分が良くなったのは、息子の優しい心があればこそだろう。

宝くじが好きで好きでたまらないという人がいるのかどうか、私は知らないが、普通には、人生の可能性を宝くじに限定する必要はないだろう。
それに、人生は、ある意味、全て宝くじのようなものだ。
だから、引き寄せの実例では、宝くじの当選が、結果として起こることは割合にあるが、最初から宝くじだけを目的にした例は、あまり見ないように思う。
ジョセフ・マーフィーの本の中で、宝くじではないが、カジノのようなギャンブルでかなり稼いでいる人の話はあった。
その人は、マーフィーの『あなたも金持ちになれる』をほぼ暗記するほど読んでいて、ギャンブルは趣味程度にやっていたが、時々、大当たりをするようである。
彼のやり方は、大金を換金するところをイメージしてから寝れば、夢の中で、当たり番号を教えてもらえるといったものだったと思う。
カジノや競馬などのギャンブルで引き寄せが行われた時は、そんなふうなものが多いと思う。
世界的な教育学者である七田眞氏の有名なエピソード(七田氏の著書『奇跡の超「右脳」開運法』にある)では、1日中「神様の奇跡が起こる」と唱えていたホームレスの男性の頭に、いくつかの数字が浮かび、その通りにロト6(宝くじの一種)を買ったら1憶円が2回当たったようにである。

アメリカの作家で、引き寄せの著作でも成功したマイク・ハーナッキーは、「1000万ドルのことを考えれば、ただちに1000万ドルが引き寄せられ始まる」と書いていたが、それが最終的に、たまたま宝くじの当選という形になることはあるだろう。
だが、引き寄せについてよく理解している人は皆、「どのようにして金が得られるかは宇宙にまかせるべき」と言う。
人間の役割と宇宙の意思(神)の役割の区別が出来ることは大切なのである。
旧約聖書のバベルの塔の話は、決して、人間が卑しい存在だと言っているのではなく、人間の役割を間違えるなと言っているに過ぎない。

この世界の法則はただ1つ。
気分が良ければ気分がよくなることが起こり、気分が悪ければ気分が悪くなることが起こる・・・である。
それを数式で表せば、扱うスケールによって、ニュートンの法則になったり、相対性理論になったり、量子力学になるのだと思う。
だが、現象世界は、根本的には素粒子で出来ているので、量子物理学の法則に従う面が大きいが、解釈のスタイルに違いがあるので、そこらは、実用面で自分に関係すること以外は、専門家の研究を傍観するに留めても良いかもしれない。
ただ、教えられた通りの教科書的解釈しか出来ない者が多く、そんな者達は教科書スタイルを強要してくるので注意した方が良いかもしれないが。

宝くじというのは、料理の中の1つ、スポーツの中の1つ、音楽の中の1つであるようなもので、いくらカレーライスが好きだからといって、そればかり食べるのは、あまり良い選択とは言えない。
宝くじのコレクションが趣味だという場合は別だが、本当の目的はお金であるはずで、それなら、引き寄せがうまい人なら「金なんて何をやっても入って来るじゃないですか」と言うだろう。
そのような、柔軟な発想も必要かもしれない。








  
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