ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

胸がじーんとした時の願いが叶うわけ

植物も動物も人間も、大きな無意識とつながっている。
しかし、人間と他の動物や植物との違いは、自意識を持っているかいないかで、チンパンジーはある程度の自意識を持っているらしいが、人間に比べれば非常に小さい。
(植物が自意識を持っているという説もあるが、今回は触れないでおく)
そして、人間の自意識がいつ頃生まれたのかというと、それは分からないが、かなり昔のことで、3万年くらい前という説もある。
では、自意識とは何かだが、ドワンゴ創業者の川上量生さんが、「意識に寄生しているものかもしれない」という面白いことを言っておられた。
つまり、自意識は、無意識という巨大なシステムにとりついた、無意識に比べれば非常に小さなシステムであるが、無意識をある程度、制御したり、方向付けをすることが出来る。
たとえば、無意識が身体をうまく機能させているのに、自意識が悩むと、無意識に影響を与えることで、胃腸や心肺の機能が低下するといったことが起こる。
そして、無意識は、現実を創造したり、ものごとを引き寄せる力を持っているので、自意識をうまく使えば、無意識を動かし、願う状況を作り出すことが出来る。これが引き寄せだ。
実は、このことを知るだけでも、引き寄せはかなりうまくなる。
その理由は、1つには、引き寄せというのは、自意識で頑張って行うものではなく、無意識をうまく動かすことだと分かるからである。
つまり、自意識をどう使えば、無意識をうまく動かせるかが分かれば良いのである。
それはもう、ごく簡単で、胸がじーんとするようなことを考えれば、その考えが現実化するのである。
とはいえ、ほとんどの場合、胸が熱くなった時には、何も願っていないものである。
また、自分では願いだと思っていても、そのことを考えても胸がじーんとしないなら、本当には願っていないのだ。
なぜ、胸がじーんとするのかというと、心臓に何らかの秘密があるのかもしれないが、それはよく分らない。
いずれにしろ、願うことを考えた時、胸がじーんとしない限り叶わないし、じーんとすれば、いかなる願いも叶う。

そう言えば、私は、今年のマジカルミライ(初音ミクさんのライブ&企画展)のライブチケットの1次抽選の時、理由は分かっていたが、チケットが当たった時のことを考えても胸がじーんとこなかったのだ。
すると、全部落選した。2次抽選も同じだった。
だが、プレイガイド抽選で、1つの公演のSS席一択で申し込んだ時、やっとじーんとした。そしたら、当然のように当選した。
で、どうやったらじーんとするかというと、やっぱり、ロマンが必要なのだ。
作り物のロマンでも良い。
それには、心地よい風に吹かれているとか、神秘的な夕陽に照らされているとか、夜空の星に親しみを持って見られているなどと考えながら願いについて想うと、意識の周波数が上がり、じーんとくるものなのだ。
他にも、いろいろ方法はあるが、これも試してみると良いと思う。
他には、たとえば、好みの音楽、絵画、小説、郷愁を感じる民族的な物語などにも、魂の周波数を上げてくれる力がある。








  
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大人になれない人間の悲劇(喜劇?)

障害者を差別してはいけない・・・と言うより、障害者に対して差別的発言をした時の社会的リスクの大きさから、障害に関して慎重な発言をする必要があると認識されている。
そして、障害の定義も、差別的であってはならないということになり、複雑怪奇な表現をすることが多い。
発達障害がまさにそうで、政府関係、教育・医学関係からの「発達障害とは」という話は、暇人でもなければ読めたものではない(暇人でも読まないだろうが)。
昔、ピーターパン症候群という言葉が流行ったが、こちらは俗語で、心理学や精神医学は関わらないことから、割と自由に使える。
発達障害とピーターパン症候群が同じとは言わないが、似たところがあるかもしれない・・・なんて曖昧な言い方をしておくが(笑)、問題は、「大人になれない人間」は確実に一定数いて、しかも、増えている可能性が高く、これは本当は極めて深刻な問題だということだ。

「大人になれない人間」を、単に、子供っぽいと捉えることがよくあり、「むしろ、大きな夢を持っていていいじゃないか」などと言うこともあるが、子供の夢は、あくまで子供の夢である。
それなら「大人の定義」が問題になるが、これに、支配者側の「立派な大人の定義」を持ち出すと、ロボットのような人間が大人だということになってしまう。
とはいえ、いつまでも子供では、本人も周囲も不幸なのだ。

時々、スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツらが、発達障害であると本人も認めていたなんて話があるが、彼らは全く「大人になれない人間」ではない。
「大人になれない人間」は、自分のための夢や目標しか持てないからだ。
「大人になれない人間」が大きな夢とか目標を持っているように見えたとしても、その夢や目標はあくまで個人的なもの・・・自己満足のためのものである。
確かに、夢や目標というのは、自己満足という面もある。しかし、大人の目標というのは、達成されて満足するのが自分だけということは全くない。その目標(大人の目標)は、元々が、多くの人を満足させるためのものなのだ。

「大人になれない人間」が、必ずしも引きこもりやニートであるわけではなく、結婚して子供がいる場合もある。しかし、幸福な家庭になるとは考えられない。
「大人になれない人間」は、普通は、彼氏や彼女が出来ても、すぐに別れ、異性と付き合うのが面倒になる。
昔、政木和三さんに、こんな話を聞いたことがある。
あるカップルがいたが、女性の方が男性を一方的に世話をし、甘やかし、何でもしてあげるのである。
政木さんは、この2人は、前世で母子だったと言う。それが、そのまま現世で続いているのである。
この2人から結婚相談を受けた時、政木さんは止めるように言った。夫婦としてうまくいくはずがないからで、仮に、仲良くは出来ても、それは夫婦関係ではなく親子関係である。
だから、本当に結婚したければ、女性が男性を甘やかすほど構うのをやめ、男性が立派な大人として自立しなければならない。
そのためには、いったん2人は別れ、男性は、厳しい環境で自分を鍛えないといけない。
しかし、2人は、元々、まともな夫婦になるつもりはないので、やはり、早々に別れるべきだろう。

重要なことは、「大人になれない人間」の人生は満足感が低く、いずれ、「私は大人になれなかった」と分かり、愕然とし、人生に絶望することだ。
人生とは、大人になってこそ面白いのである。
「大人になれない人間」は、それを必死で否定しようとするが、いずれ、自分が間違っていることに気付いてしまう。
気付かずに終わる場合も多いかもしれないが、それこそ、惨めな人生である。
まあ、私は、上から目線で言っているのではなく、実感しているのであるが(笑)。「皆、早く大人になれ」と言いたいわけである。

「大人になれない人間」が大人の仮面を作り、それを維持していることもある。
しかし、それは不自然で、本人は苦しいのだ。
どんな人が、そんな人かと言うと、実例が分かってしまうので、それこそ問題発言であり、いくら私が有名人でないといっても、まずいことはまずい。
ただ、こんなことは言える。
日本以外の先進国においては、十代のアイドルに群がってフィーバーする30代以上はアウトである。

「大人になれない人間」になるのは、ほとんどは母親の責任である。
母親が息子や娘を、いつまでも、自分が支配出来る子供にしたかったのだ。自覚していない場合が多いが。
だから、母親と離れるのは、早ければ早いほど良い。
小学校高学年にもなった男子が、母親と仲が良過ぎたり、中学生にもなって母親とお出掛けするような男子は、もう悲惨な末路しかないだろうと思う。
子供が小さいうちから、学校を終えたら家を出るのだと教えないといけない。
そして、特に男子の場合は、小学生にもなったら、母親と会う時間はなるべく減らし、高校生にもなって母親の手弁当を持たせるようではいけない。いや、いけないことはないのだが、そんな心構えが必要だということだ。
私なんて、ずっと母親の手弁当だったからね(笑)。
ある、物凄く才能があるスポーツ選手がいたが、才能が開花しないまま引退した。その原因について、いろいろ言われているが、彼は、大学を出て、プロ選手になっても実家に住み、母親と一緒にいたことが最大の原因と思う。彼は、自分の子供には、自分のようにならないよう、子供を甘やかないようにしていると言う。例えば、自分は何でも買ってもらえたから、何も買ってやらないのだと言う。しかし、そんなことではないのだ。母親に会わせないことが重要なのである。
昔の王家、将軍家では、男子は、生まれた時から母親にあまり会わせず、乳母に育てさせる。
これは確かに、人間らしい自我を壊すという目的もあり、本来は、自我の地盤が出来るまでは母親は必要である。
しかし、それでも、その方(母親に会わせない方)が強い男にはなり、人生に満足出来るようになるのである。








  
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『僕は死なない』を読んで

肺癌で絶望的な状況から回復した本人が書いた『僕は死なない』という本の話をしようと思う。
ステージ4という、とても重い状態だったと言うが、この「ステージ」という言葉は、本来、専門的な用語で、一般的な会話で使えるようなものではないと思う。
この人は、左肺に大きな癌があり、それが右肺を含む肺全体、肝臓、腎臓、骨と転移していった。
ところで、この人は、最初の大きな病院の医者に言われるままの治療をしなかった。
まず、抗癌剤治療は行わないことに決めていた。
そして、最初の病院には不信感を持ち、納得出来る病院を自分で探した。
また、医療だけに限定せず、癌からの生還に関する、あらゆる本を読んで、良いと思えば、正規の医学ではない代替療法にも積極的に取り組んだ。
ユニークな治療で奇跡的な治療実績を上げていると言う病院を訪ねたり、「癌と戦うな」と訴える医者の本も読んだ。
良さそうな医者の指導に従い、食事も厳しく節制した。肉、魚は一切食べず、甘いお菓子も食べない。米も食べなかったと思う。食の楽しみは一切捨てたようだ。
高名なヒーラーを何人も尋ね、良いと思えばヒーリングを受け、時には、驚くべき体験をしたり、症状が軽減したこともあった。
このように、素晴らしい精神力で、生き延びるために大変な努力をしたが、結局は、癌はどんどん進行した。
座骨や背骨が痛く、歩行や電車での移動も苦しくなった。
そしてある時、計算が出来なくなって戸惑い、検査を受けたら、癌は脳にも転移しており、しかも、かなり大きかった。
さらに、眼球にも転移していた。
思ったよりは延命していたが、もう時間の問題と思えた。

だが、結果として、この人は、ほぼ完全に回復した。
それは、奇跡によるものではなく、あくまで、医療によって治ったのだった。
それは、新しい特効薬の効果が大きかったが、その特効薬は、遺伝子的な適合性があり、適合する確率はかなり低いのだが、この人は見事に適合していたのだった。これは幸運としか言いようがない。つまり、幸運で治ったとも言える。
脳に関しては、放射線療法を受け、効果があった。
このように、あくまで医療で治ったのだが、ある時期に、この人の精神性が大きく変わり、明るく、楽観的になったのは確かだ。
だが、それは、あらゆる苦しい努力をしたが報われず、諦めた時に、一種の悟りのようなものがあったのだと私は思う。
本の中では、この人が、「神様、降参です」と思い、神様に全てをゆだねた時に、回復が始まったようであるが、やはり、治った直接の理由は医療であった。

それと、はっきり言って、この人の場合は、かなり恵まれていた。
超エリートというわけではないかもしれないが、とても優秀な人と思われ、普通の人よりはかなり豊かで、両親も立派でおそらく裕福だし、奥さんも素晴らしい人で、感動するほど献身的だ。そして、2人の高校生くらいの息子達も本当に立派だった。
また、勤めていた会社では、社長が「復帰を信じている。代わりの人を雇うつもりはない」とまで言ってくれたそうだ。これは、精神的効果においても極めて大きかったはずである。当然、休職中の手当も出ていたと思う。
そんな素晴らしい環境であったので、良いと思ったあらゆる治療を受けられた。
そして、さらに、この人を心から心配し、出来ることは何でもしてくれる友人が沢山いた。
最後は東大病院に入院したが、毎日、2~3人が見舞に来院し、月に70人以上の見舞客がいて、医者や看護師達を驚かせた。
こんなところを読むと、私は、1人も来そうにない自分とつい比べて、ちょっと(いやかなり)凹む(笑)。

私は、自分で治したわけではないが、癌を治す手助けをしたことは何度かある。
友人の叔父さんの、余命一ヵ月と言われた胃癌は10日程で消え、医者を戸惑わせた。
その友人には、政木和三さんが発明した「神経波磁力線発生器」を奨め、友人はこれを買って叔父さんに使ってもらったのだった。
この装置は、私の父親に関しても、医者が絶対に治らないと断言した症状を、完全に治した。
だが、いろいろあり、この装置の販売は禁止された。
ところが、この装置を再現させたものを作っているところもある。
私は、自分で試していないので分からないが、良さそうと思うのは、次の2つ。
◆株式会社セルパワー『セルパワー』
◆株式会社ケネスト『復刻版 超強力磁力線発生器 試作品』
私が保証するわけではなく、使用したい場合は、自分でよく調べて欲しい。

関英男博士は、自身の胃癌を、腕振り運動で治し、自分以外でも、癌を含む難病奇病を腕振り運動で完治させた事例を『宇宙学序章 グラビトニックス』に記載しているが、この本は絶版で古書も高価だ。
一頃は、比嘉照夫博士が発明したEM(有用微生物群)を使うことで、癌やその他の病気に奇跡的効果があったとされ、ブームになった。
特に、飲料用のEM-Xは、癌医学の権威マンディ・ゴーナム博士に「癌治療の特効薬」とまで言わせたという雑誌記事を見た覚えがある。
飲料用ではないが、安価なEM1号も、非常に効果的であるという話があり、飲む場合には自己責任で行う必要があるが、飲んで害があったという話は見聞きしたことがない。また、私も散々飲んだことがある。
EM-XもEM1号も、試す場合は、自分でよく調べて考えて欲しい。
ちなみに、EM-WはEM1号とほとんど同じと思うが、香り的には飲み易いと思う。
尚、個人的には、EMに関しては、良い部分もあると思うが、周辺におかしなものも感じ、やや変な方向に行ってはいまいかと思う。












  
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呪文のすすめ

各自が、自分がしっくりとくる唱え言葉(呪文、神呪、真言、祓詞、言霊…等)を1つ持っていると良い、いや、この暗い世界では、持っておくべきと思う。
良い言葉で、自分が好きなものなら何でも良く、それを唱えることで潜在意識の扉が開き、宇宙エネルギーとのルートが通じるのだから、これを使わない手はない。
「ナムアミダブツ」「南無妙法蓮華経」「アマテラスオホミカミ」「トホカミエミタメ」「アジマリカン」「神様の奇跡が起こる」「アーメン」・・・自分が気に入れば何でも良い。

アメリカ人は、「オーマイガッド」とよく言うのだと思うが、これは普通「なんてこったい」みたいな意味だと思われている。
しかし、マイガッド(My God:わが神)なんて、素晴らしい真言であり、これを言うことで、確実に守られ、幸運を得ているのである。
日本にも、似た言葉に「南無三(なむさん)」がある。
私が子供の時に、度々、奇跡を起こした言葉だ。
「南無三」も、「オーマイガッド」と同じく、「なんてこったい」といった意味にとられているが、これは「南無三宝」の略で、3つの貴い宝に帰依します(頼ります)という意味だ。
3つの宝とは、一応は、仏、仏の教え、仏の教えを説く僧ということになっている。
しかし、3は世界中で神秘数とか完全数として扱われている。
3自体に意味があるのだ。
キリスト教では、「三位一体」として、「父(神)」「子(キリスト)」「聖霊」を貴いものとしている。
古代ギリシャでは、ゼウス、アテーナ、アポローン、あるいは、ゼウス、ヘーラー、アポローンの3神に祈るのだと、アリストテレスは述べられている。
ダンテの『神曲(本当のタイトルは「聖なる喜劇」)』は、神秘数3に徹底的にこだわって書かれている。序章の1歌に続き、地獄33歌、煉獄33話、天国33歌で、その全てが3行ずつで書かれている。
西洋では、初音ミクさんのミクが、日本語では39だと知ると非常に驚く。神秘数3と、これが3つ合わさった9で名前が構成されているからだ。

私は、三の意味を知らずに「南無三」と唱えたのが良かったのかもしれない。
意味を知らないということは、意味を制限せず、あらゆる意味になるからだ。
三位一体とも、ギリシアの神々とも、あるいは、阿弥陀如来、観世音菩薩、勢至菩薩の3仏の意味にもなるからだ。

また、「ナム」自体に、「アーメン」や「オーム」にも通じる言葉の力があり、南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経、南無観世音菩薩など、どれも強い力を持つ。
ものがよく分らない子供や、無知な者が「ナムナム」とだけ唱えても効力がある。
似た響きを持つ言葉であれば、本人が気に入っている限り力がある。
大日如来真言のアビラウンケンを「油売らんか」と覚えて唱えていたお婆さんの霊験は実に灼(あら)たかであったと言われている。
そもそも「アビラウンケン」自体が、本当は「アヴィラ、フーン、カーン」だ。
神、神様、御神、仏、仏様、御仏といった、どの言葉にも大きな力がある。
本当のところ、日本語の50音全てが神であり、霊力があると言われている。
合気道家で神道家の佐々木の将人さんによれば、「あー」だけで悪霊を祓い、問題が解決するのであるようだ。

「アマテラスオホミカミ」という、十言の神呪(とことのかじり)と呼ばれる神呪(しんじゅ)は、古事記の女神の名であるだけでなく、太陽神、根本神といった意味の他に、明かされていない意味もあり、その力は計り知れないと言う。

普段、何気なく出て来る言葉は速やかに作用する。
最初は、意識的に唱える必要があるかもしれないが、馴染んでくれば、何かの時にすっと出て来て、知らない間に問題が解決しているだろう。
なぜなら、人間は気付かず、何ごとも自分の力で解決していると己惚れているが、実際は、内なる何かが力を貸しているのである。
ここらの理屈は、ソクラテスが語り、『ソクラテスの弁明』に記されているが、それは、意味が分からないからということもあるが、無視されてしまってる。
実際は、人間は何も知らないし、何も出来ない。
ソクラテスが言った「私は自分に知恵がないことを知っているがゆえに、人類で最も知恵がある人間なのである」が真理である。
人間には出来ないことでも神に出来ないことはない。
その力に速やかに委ねる言葉に馴染んでおくと良い。








  
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夕陽に立つヒーロー

バシャールは「ワクワクすれば成功する」と言い、ドクター・ドルフィンは「いや、ウキウキすれば」だと言い、斎藤一人さんは「周波数を上げれば」と言い、最近の自己啓発書の多くは「良い気分でいれば」と言い、アントニオ猪木さんは昔から「元気があれば何でも出来る」と言ったが・・・
それ、全部同じじゃない?(笑)
ただね、それらを「刺激」だと勘違いする場合が圧倒的に多い。
そもそも、上に挙げた人達も、それらのこと(ワクワクなど)を、刺激や快感だと思わせるように言っていることが多いのである。
それで、「感動した!」とか「超気持ちいい!」とか「ゴキゲン!」といった、すぐ終わる快感の激情を求めてさ迷うだけになるのである。

大切なキモチは、もっと余韻嫋嫋(よいんじょうじょう)としたものだ。
【余韻嫋嫋】goo辞書
音が鳴りやんでも、なお、かすかに残る響き。また、その音が細く長く続く様子。詩や文章の言外の趣や、事が終わったあとの情緒あふれる風情にもたとえる

その感情は、郷愁、旅情、ノスタルジーに近い。
ただ、これはこれで、やっぱり刺激として求め(気持ち良い面があるからね)、過去ばっかり振り返る駄目な人になってしまうことも多い。
憧れの感情とも言えるが、憧れるだけでも、やっぱり駄目なんだ。

それで、現実を創造し、望みを引き寄せる感情を示す、かなり良い言葉は、立風向空(風に立ち、大空に向かう)だ。
そして、人間の心に栄養を与えるための自然とは、風、星、夕陽(黄昏)だ。
風を感じる皮膚感覚とは良いもので、心を活気付ける。だから、子供は車の窓を空けるのが好きだし、扇風機も滅びないし、携帯扇風機の人気があるのだ。
風に吹かれる自分、星空の下にいる自分を想像するだけでも、傷付いた心が再生する。
夕陽・・・黄昏には何かがあると思うはずだし、実際ある。だから、西方極楽浄土は西にあり、夕陽の中で戦うウルトラセブンが美しいのである。
風、星、夕陽を想うことを忘れないことだ。
そして、風に向かい、大空に向かうイメージを持てば、どんな願いも叶うだろう。

美しく美しく 風に立て 大空に向かえ
~『いつか』(作詞:斉藤由貴、作曲:山口美央子。唄:斉藤由貴)より~








  
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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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