ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

直観の訓練は超田舎でやれ

昨日の、このブログはスマホで書いたので、キーボードの有り難さを思い知った。
しかし、今は、大学生がスマホは毎日使っていても、パソコンを持っていないという人が沢山いて、企業では新入社員向けにパソコン研修をやるという、驚くような状態になっているらしい。
大学の卒論はどうしているのだろうと疑問に思ったら、いまだ卒論を手書きで提出可能どころか、手書きしか受け付けない場合もあるらしい。
マジか!と思ったら、超マジだった。
昨日、私は、四国の中でも超田舎にいたのだが、そこでも、「マジぃ?」も「ヤバいっすよ」も聴いたが、パソコン使えない大学生など、大学生本人じゃなく、日本がヤバい。

ところで、超田舎に行って、気がついたことがある。
それは、比較的新しい日本郵便は当然だが、JRもNTTも、いまだ国営企業の雰囲気が強く、国家の援助を厚く受けているが、そうでないと、こんな田舎ではサービスが出来ないということだ。つまり、人口が少ないので、一般の企業なら、営業をしないはずである。
私が行った所のJR駅では、切符を改札機に入れる必要がない・・・じゃなく、改札機がない!
つまり、切符なしで駅構内に入りまくりだ。
しかし、そんな駅でも、磁気切符の販売機や、あまり使われない日本全国への切符発券機をちゃんと設置しているのだから、赤字も出る訳だ。
ところで、改札機を通さなかった切符で、「まともな駅」で降りられるのかというと、そこは、システムが対応している。
また、車内で切符を回収してしまい、好きな駅から、切符なしでフリーで出るという場所もある。超ウケる(笑)。

ビジネスホテルに泊まったが、近くにコンビニもなく、食料を確保出来ない。
ところが、地元民にそれを言ったら、「コンビニはある」と怒られる。
まあ、1時間ばかり歩いたら、ローソンがあるらしい(笑)。しかし、1日歩いてもない場所もあるだろう。
そのローソンは、比較的人がいる地域ということもあり、たまたま誰かが運営しているのだ。
宅急便もあるから、Amazonもユニクロも大丈夫だが、時間指定配達をする意味はないようだ。まず、時間指定配達の概念がないと思われた。
そもそものインターネットは、光ファイバーがない地域もあるようである。いかにNTTでも、山の中に数件じゃあ、光ファイバーを引いたりしないだろう。
山に囲まれた地域では、スマホの電波が圏外になってしまう。3Gならかろうじてという場所もある。
でも、電気は来てるところが、考えたら凄い。
さすがに、「信号ねえ、あるわけねえ、おらの村には電気がねえ」という所は、「私は」見なかった。

ちょっと視点を変えて(?)、こんな場所に住むJK(JC、JSもだが)は、さぞ純粋で美しく・・・と思ったら、ある意味そうだが、表現に困る(笑)。
まあ、変に色気付いていないとだけ言っておこう。後は察しろ(笑)。
別に学生じゃなく、若い女性でも、あまり女扱いしなくて良く、気を使う必要がないところは、なかなか良いものである。
男子?
ま、いいやつばっかだ・・・いや、マジ。

でも、こんな超田舎でも、詳しくはないながら、お婆さんでも初音ミクさんを知っているのには感動した。
若い人ではファンも少なくない。
ライブに行け・・・しかし、田舎感覚は通用しない。
超田舎では、電車に遅れそうだったら、「待っててくんろ」と言えば、ちょっとくらい待ってくれると真顔で言う(笑)。
20年ほど前中国に行った時、帰国の飛行機で、そんなことが本当にあったが、今は、ないだろう・・・多分。
でも、ミクさんのライブで、「トイレ行くからちょっと待って」と言ったら、ミクさんは「うん、いいよー」とか言ってくれそう(言うまでもなくイメージだ)。
まあ、そんなのも良いものかもしれない。
のんびりした中では、確実に人間性は豊かになり、人に親切になる。
ゆったりした中に少しいると、妙な直観が冴え、超能力も高まりそうだ。
なるほど、超能力養成は、のどかな田舎でやれば良いのである。
四国も放浪した、あるイタリア人は、田舎でしばらく過ごすと、その後、やたらツクし、やはり、元気になるそうである。









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四国の田舎に住もう

なぜか、四国なうである。
高知県土佐清水であるが、土佐清水全体がそうなのかどうかは知らないが、すごい田舎である。
60過ぎのタクシーの運転手は「暇で暇で。毎日、駅で昼寝か、小説を読んでる」と言う。
聞いたら、本当に凄い読書量で、マジ暇そうだ。
ステテコ(日本特有の男性用下着。かなりダサい下半身用)一枚で歩いても、真昼間でない限りOKと言う。
家は、300~500万円でいくらでも手に入るという。
そこらで釣れる魚は、綺麗で美味しく、晩のおかずに十分だし、スーパーでも一匹百円で、素晴らしい鮮度の美味な魚が買えるとか。
空は澄み、海は綺麗で生命に溢れ、山は青々とし自然のグラデーションが美しい。
そんな中で暮らす人々はのんびりしていて、おおらかで、争いごとは少ない。
それでも、インターネットは十分に使える。
これはもう、引っ越して来るしかない。
まあ、問題としては、こんな静かな環境で、存分にぼっちしたくても、ご近所付き合いは、かなり密にしないといけないということだが、いい人ばかりなので自然そうなるとか・・・は私にはちょっと信じられない。
その「いい人たち」にも会い、確かに親切で明るいが、彼らに合わせないと村八分で、ここではそれでは生きていけないという懸念はある。
やはり、ぼっちは都会に限るか。
それでも、生活費の安さと、美しい自然は魅力で、インターネットで仕事し、商工会議所とかけあって、プログラミング講座でもやろうかな。
などと考えたりもする。
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高次元を見る(高度な直観を発揮する)方法

「南無阿弥陀仏」という念仏に関し、法然は、主に、「死後、極楽浄土に生まれることが出来る」ことを説いたが、同時に、「仏(如来)は、念仏を唱える者を万全に守る」とも教えていた。ただ、その根拠は、「経典に書かれているから」であった。
親鸞は、法然の教えを継承しつつ、念仏には、最高度の現世利益の効果があると説いたが、それも、経典以外にエビデンス(根拠)はない。
また、親鸞の教えを記したものとして最も有名な『歎異抄』では、現世利益については、ほとんど書かれていない。ただ、「念仏を唱える者を神々すら敬い、鬼神(きしん。強い力を持つ神のこと)も道を譲るとの記述はある。ただ、やはり、科学的根拠はない。

このように、法然、親鸞の教えには、経典に書かれているとか、高僧の教えであるという以外の根拠はないのだが、当時はそれを、信じるしかなかった。
だが、現代のスティーブ・ジョブズだって、強調したことは、「今やっていることが、未来の何かの点とつながることを信じるしかない」だったのだ。
そして、科学的根拠を持って、人間の心は、宇宙全体とつながってるのであり、現実世界を創造するのであるから、信じるしかないと共に、信じるべきなのである。

よって、法然、親鸞の教えは科学的に正しいが、彼らはもちろん、科学的に念仏を捉えていたのではない。とはいえ、単に、「経典に書かれているから正しい」と考えた訳でも決してない。
彼らは、高度な直観で持って、それが正しいと確信したのであり、優れた直観は、科学的にも、真理を示す根拠と言えると思う。

「南無阿弥陀仏」とは、「阿弥陀様に全て任せる」という意味で、阿弥陀様とは、宇宙全体あるいは、その力の象徴なのであるから、実際は、特に何と呼んでも構わない。
例えば、「神に全てを任せた」と言っても同じであり、経験的に、この宣言(呪文と言っても良いが)は最高の効果がある。
ただ、「苦しい時の神頼み」ではないが、これが効果を発揮するのは、自分の力が卑小であることを思い知った時である。
即ち、極めて苦しい状況でありながら、自分にはどうすることも出来ないことを痛感した時に、念仏のようなものが、強い効果を及ぼす。
それは、必ずしも、自分の望むような状況を引き寄せるとは限らないが、絶対的に正しい方向に動くのである。

ところで、京都大学名誉教授で、まるで、フォン・ノイマンのような広い分野(数学、経済、文化、教育、その他)で業績を上げた岸根卓郎氏が、高次元世界を見る方法として、ステレオグラムを見ることを薦めていることが面白かった。
ステレオグラムとは、何が描かれているか分からない平面の模様だが、見方によって、鮮やかな立体映像が見るというものだ。
左脳で論理的に見ている限り、平面にしか見えないが、右脳で直感的に見れば立体に見える。
高次元の世界というのも、理屈で考えては解らないし見えないが、法然や親鸞のように、直観で視れば見えるのである。
直観は右脳の領域であり、ステレオグラムを見るのも右脳であるから、高次元の世界を見る練習には丁度良いのである。









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天命の見つけ方

人間にとって、最も辛い・・・いや、悪いことは、生き甲斐がないことだ。
生き甲斐とは、「私はなぜ生きているのか?」に対する答だ。

本当の生き甲斐とは、天命(天が人に与えた使命)を果すことである。
そして、天命のない人間はいない。
天命をおろそかにするほど、逃げるほど、あるいは、無視するほど、生きることは辛くなる。
天命に生きていないと、つまらないことを気に病み、不満が多くなり、自分を哀れむようになる。
一方、天命に取り組んでいるほど、鷹揚(鷹が悠然と空を飛ぶように、小さなことにこだわらずゆったりとしているさま)になる。

では、天命は、どうすれば見つかるのだろう?
それは、苦しむことだ。
苦しまない限り、天命は見つからない。
苦しみ抜いた後に、生き甲斐は明確になる。
苦しみとは、悲しみとか、嘆き等と同じだ。
大いに悲しみ、大いに嘆き、涙が枯れた時に、何かが見えてくる。
天命を知れば、もはや、いかなる苦しみ、悲しみにも耐えられる。

成功した人達は、「好きなことを見つけなさい。そして、それを続けなさい」と言う。
しかし、彼らは、自分の苦しみは隠しているのだ。
彼らは、好きなことで苦しみを乗り越えたことを知っているから、好きなことを強く言うのだ。
けれども、彼等とて、苦しみがあったから、好きなことが続けられたのだ。
だから、探すべきは、「苦しみに打ち勝てる好きなこと」である。

苦しいこと、悲しいことがあったら、喜ぶと良い。
それに雄々しく立ち向かい、打ち勝つことを宣言せよ。
それによって天命が明かされることだろう。









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危機の時代の心構え

新渡戸稲造の『武士道』は、つまるところ、太平の世が続き、武士達は、戦もないのに働かずに衣食住を十分に与えられることに後ろめたさを感じ、せめて立派な人間になろうとしたところから育った精神文化であるらしい。
それなら働けよと言いたいが、それはシンドイというより、プライドが許さないし、何だかんだ言って、特権に甘んじたい、つまり、得をし続けたいということと思う。
また、「後ろめたいから、せめて立派な人間になろう」なんて思うのは、まだマシと言える。
いや、そのいいご身分で、そんな殊勝(感心である。けなげ)な考えを持つのは、なかなかのことなのかもしれない。
そして、武士の多くは、実際は、怠惰で享楽的であったに違いなかったのだ。
江戸幕府は停滞・弱体化していき、倒産してしまったのは、やはり、そんなロクでもない武士が多かったせいだろう。
だが、江戸幕府が倒産しても、すぐに明治政府が業務を引き継ぐという、驚くべき見事な対応が出来たので、日本は奇跡的に存続出来た。
これも、一部の武士達が自己研鑽に励んだ結果であるのかもしれない。
では、いいご身分の武士の中に、「せめて立派な人間に」というアイデアが生まれたのはなぜかと言うと、世界でも異例なほど長く存続してきた皇室の存在、そして、その権威を守り続けたからではないかと思う。仏教や儒教の影響もあったのだろうが、それが良いものになったのも、皇室あってこそではないかと思う。

もちろん、必ずしもそうではないが、我々の多くは、江戸時代の武士も遠く及ばない、安楽な暮らしをしている。
そうであるなら、本来、特に上位クラスは、恵まれない人々に手を差し伸べるべきであるが、豊かな者ほど多くの税金を払っているのであるから、それは一応、政府の責任であると言っても良い。
だが、それなら、我々は、せめて徳を積みたいものだと思う。
そして、そうでなければ、江戸幕府が倒産したように、日本政府だって倒産しないとも限らない。
あるいは、会社だって、業績が好調なうちに、社員達は自己を磨き、徳を積んでおかないと、間違いなく、会社は傾き、今の時代、あっさり倒産する。
国家も、会社も、その他のあらゆるグループも、所詮、それを構成する人間の質であるのだ。
国家に関しては、徳を積んだ政治家がいないと、アメリカや中国に飲み込まれる。
会社は、徳を積んだ経営者がいなければ、乗っ取られるか、叩き潰される。
そういったことを、我々は、自分の力では、どうコントロールすることも出来ない。
だから、せめて、自己を磨き、徳を積んでおくことだ。
その上で、神に全て任せるしかない。
アメリカの公式モットーである「イン・ゴッド・ウィー・トラスト(我々は神を信頼する)」に似ているが、我々の神はずっと身近で、細やかに面倒を見てくれる。
人間が、自分の出来ることをやっている限りは。









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