ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
あなたをSE、プログラマー、あるいは、超能力者にするブログ。ひきこもりも歓迎。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

今こそ貧困がバネになる時代

お金持ちというのは、豊かな家庭で育った人に多いらしい。
特に日本は、高学歴だと自動的に富裕層になれるが、子供に高い学歴を得させるには、子供の頭が極端に良くない限り、かなりのお金がかかる。
ただし、豊かな家庭で育った者は、そこそこ豊かにはなるが、それ以上にはならないし、冒険のない、つまらない人生を送る。
そして、不測の事態が起こって、豊かさから転落すると、落ちることを止められず、悲惨な人生になる。
中でも、豊かな家庭で、甘やかされて育った者は、予想外の出来事に弱く、万一、巧妙な詐欺師等、頭が良くて悪いたくらみを持つ者につけ入られたら終りである。

育った家庭が貧しく、学歴がなくても、金持ちになることは出来る。
しかし、貧困層出身者は、自分は豊かになれないと思い込んでいる場合が圧倒的に多い。
けれども、彼らの障害は、まさに、「自分は金持ちになれない」という思い込みだけなのである。
豊かでなくても、どん底という訳でもなければ、そのまま下流家庭のまま終わってしまう場合が多い。人間は、つくづく変化し難いものなのだ。
だが、最低の状況にまでなり、「どうしてもお金が欲しい」「絶対金持ちになってやる」と思うと、それを叶え易いのである。
別に、極貧にならなくても、お金を持ちたい動機があれば、それが力になる。例えば、貧しい男が、好きな女性を金持ちの男と取り合い、経済力の差で負けたと感じた場合などだ。
将来の不安は、あまり良い結果を生まない場合が多く、その不安が恐怖になれば、普通の人は打ちのめされて無気力になる。
ところが、中には、不安や恐怖がどうしても嫌で、それを消すために金持ちになってやるという意欲を強く持つことがある。そんな者は大抵うまくいく。
要は、エネルギー、衝動、熱情である。

賢い金持ちは、子供に贅沢をさせないばかりか、不足が多い状態に置き、自分の力で富を得る動機、情熱を与えるのである。
だが、多くの金持ちは、子供に好かれたいとか、子供に自分の偉さを示したいばかりに、子供に何でも与えてしまい、子供を駄目にする。
今までの日本は、富裕層は、よほどのことがない限り、馬鹿息子も豊かさを保っていられたが、実は、そんな時代は終りつつある・・・いや、終わった。
今や日本の国力が衰えているにも関わらず、政府の要人は自分の利益を守ることしか考えていないので、これまでなら豊かさを保てた家庭からも搾取を始めており、能力がなければ、あっさり剥ぎ取られることになる。
逆に、これまでは浮上が難しかった下級庶民が、やる気さえあれば、金持ちに取って代わることが出来るようになった。もっとも、そんな平成・令和の成り上がりも、子供を甘やかしたら、やはり子供が駄目になるばかりか、ひどく駄目になるのだ。

そんな訳で、今や、貧しい者は幸いだし、そこそこ豊かな者も、やる気になればうまくいきやすい時代だ。
ただ、さっきも言ったが、貧しい層の中には、自分には出来ないと思っている者が多いのだ。
その意識改革をするには、ベン・スイートランドの『私はできる』の第1章や、クラウド・ブリストルの『信念の魔術』の最初の方だけ読むと良い。
途中以降の、ごちゃごちゃと著者が頭で考えて書いたことは、かえって混乱し、時間の無駄だから、読まない方が良いかもしれない。
とにかく、あなたがやるべきことは、最初の方に書いてある。だが、読み過ぎると、その肝心なことを忘れてしまう。
だから、「これだ」と思うものが見つかったら、後は読まないことである。











  
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500回自分に語りかける

最近、自己暗示は500回で効果が出るという話を複数見て、関心を持った。
だいたいそれで合っていると思う。

『残酷すぎる成功法則』(エリック・パーカー著の)第3章「勝者は決して諦めず、切り替えの早い者は勝てないのか?」の『どんな困難も乗り越える人に「必ず共通する習性」』の中にこんな話がある。
「人は毎分頭の中で、300~1000語もの言葉をつぶやいている」ようで、それが、精神の楽観性、悲観性に大きな影響を与える。
そして、保険外交員について調査したところ、楽観的傾向が高いグループの売上げが圧倒的に高いことが分かったという。
そこで、アメリカの最も過酷な軍隊「シールズ」の入隊訓練を受ける若者に対し、自分にポジティブな言葉・・・「大丈夫だ」「きっと出来る」を語りかけるよう指導したら、合格率が10%も向上したという。
普通の人間は、頭の中のつぶやきは、ネガティブな言葉が多いのだと思う。
それで、十分な数、ポジティブな言葉を自分に語りかければ、頭の中のつぶやきもポジティブに変わってくるのだろう。
ポジティブな言葉の回数は500回くらいで、効果が出てくるということだろう。
もちろん、もっと早く見ざましい効果が出る人もいるし、もっと多く必要な人もいるだろう。

江戸末期の神道家、黒住宗忠は、ハンセン氏病(らい病)に罹った武士に、1日1万回「ありがたい」と唱えるよう指導したら、1週間でその武士のハンセン氏病が消えたという。
これは、その武士がかなり重度の悲観主義にとり憑かれていて、楽観主義に転じるには、それほどの回数を要したのだろう。だが、それでも安い対価と言える。
ヘレン・ケラーも、楽天主義こそが、人生最大の武器であると述べていたと思う。
また、ラルフ・ウォルドー・トラインの『In Tune with the Infinite』(邦訳:人生の鍵をひらく「万能の鍵」)でも、楽観主義の重要性が強調され、80歳を過ぎていながら25歳以上に見えない楽観的な女性の話が取り上げられていたと思う。
ベン・スイートランドの歴史的名著『私はできる』は、つまるところ、「私はできる」と思えば不可能はないと書かれているだけで、それなら、黙って「私はできる」と500回唱えれば良いだろう。











  
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啓蒙書は序章だけ読め

岡田式静坐法で知られた岡田虎二郎(1872〜1920)は、1901年(明治34年)に30歳で単身渡米したそうだが、その20世紀になったばかりの、民間の海外旅行など、ほぼ皆無の時代に、財産があった訳でもなく、皿洗いをしながら、3年半に渡って欧米の書物を学んだという。
イギリスの作家、コリン・ウィルソン(1931~2013)が、学校を終えた15歳からは、肉体労働をしながら図書館で読書に励んだという話を思い出す。それも大変な苦労であるが、岡田虎二郎のは、それどころではなかったはずだ。

彼らには、大きな志があったのだが、岡田虎二郎が、その志を得て人生を変えたのは、小学4年生の時に、小学校の図書館で読んだ、フランスの哲学者ジャン=ジャック・ルソーの『エミール』であったようだ。
ところが、虎二郎が読んだのは、序文だけであったらしいが、実は、ルソーも、『エミール』は、序文のところだけを書くつもりが、あのような長い小説になってしまったようだ。
つまり、ある意味、『エミール』は、序文だけを読めば良く、虎二郎はそれをしたのだが、それで、わずか小学校4年生の虎二郎は、この高度な教育論に感銘を受けたのである。

ところで、本の中には、やはり、最初に重要なエッセンスが書かれているものが多い。
昨日、ベン・スイートランドの『私はできる』のKingle(電子書籍)の無償サンプルを読んだが、それでもう十分だと思った。むしろ、その後には余計なことが長々と書かれており、時間を無駄にしながら、せっかくの最初の良い部分を忘れてしまう・・・と言ったら悪いと思うが、まさにその通りだと思う。
1冊の本に書かれた、記憶すべき重要なことは、1~2行だという話もあるが、大抵の本では、特に、啓蒙書では、それが最初に来る場合が多い。
クラウド・ブリストルの『信念の魔術』などは、まさにそんな感じで、これは序文だけとは言わないが、最初の方には素晴らしいことが書かれているが、後に進むにつれて、余計な付けたしばかりが長々続いているように思えてならない。
言い換えれば、最初の方に、ブリストルが得た神の啓示のようなものが書かれ、後の方は、ブリストルの個人的考えが述べられているのである。
これはつまり、啓蒙書においては、1冊の本というのは、長過ぎるのだと思う。
もっとも、『正法眼蔵随聞記』(道元の短い講話の寄せ集め)などは、全章がそれぞれ1つのエッセンスであり、1冊読む価値があるが、それでも、道元の教え自体は、前書き程度の長さで書けるはずなのだ。
アリストテレスは難しいと言われるが、その中でも難解の部類に入ると思われる『魂について』を読んでみたが、確かに解らない。しかし、最初の方は面白いし、後の方はアリストテレスの個人的な考え・・・言ってしまえば偏見が書かれていると言ったら学者先生に怒られそうだが、私にはそうとしか思えない。

啓蒙書でも、重要なエッセンスが最初に書かれているとは限らないが、それでも言ってみれば、エッセンスは最初に書くものであり、そうでないなら、その本は良くないかもしれない。
ただ、小説の形で、思想や哲学を描いたものは別であり、また、小説であるのだから、著者は最後まで面白いことに気を配っているはずで、「クライマックス」という言葉があるように、最後の最後に重要なメッセージがある場合が多い。
H.G.ウェウズの『宇宙戦争』など、まさにその通りだ。
もっとも、ウェルズが最高の作家だと言うカート・ヴォネガットの傑作小説『母なる夜』は、最初に良いことが全部書かれているように思えるので面白い。

ただ、こう言うと「1冊買うのはもったいなくはないか」と思えるかもしれないが、それは全く逆で、エッセンスをしっかり掴んでこそ、本を買った意義があり、良い本はエッセンスに1冊分以上の価値があるのだ。
そして、エッセンスとは、著書が頭で考えたことではなく、著者が得た啓示であるはずなのだ。
人類屈指の偉人アリストテレスの著作の冒頭だけを読み、それで、アリストテレスの啓示的真理を掴めたら、これほど素晴らしいことはない。彼が頭で考えたことは、大半が間違っていることは、現代では分かっているが、内なる啓示は不滅なのであるから。
それを何度も読んで、覚えてしまえば良い。











  
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単語法で成功する

どのくらいの割合の人が関心があるのかは分からないが、通常の心より深い、潜在意識とか、無意識と呼ばれる領域の力で現実を自由に創造、あるいは、改変する原理を、「引き寄せの法則」とか「潜在意識の法則」などと言う。
これをオカルト的とか、宗教的と言って全く受け付けない人も少なくないと思う。
特に、現実世界で、自分の力でうまくいっていると思っている間は、興味がなかったり、批判的だったりするかもしれない。
ただ、私の場合は、このようなものの知識がなければ、最初から社会で生きる術が全くなかったように思うが、「潜在意識の法則」で、予想外にうまくいったと感じる。
著名な経論家で哲学者(博士)、英語学者の渡部昇一氏(2017年没)は、ジョセフ・マーフィーの成功法則を強く支持し、ある時期までは、大島淳一名義で、これに関する著書を書いていた。

まあ、信じない人には意味がないが、私が昔使って効果があった、最も簡単な、潜在意識の魔力の活用法をご紹介しよう。
それは「単語法」だ。
今、考えても、失敗のない楽な方法だ。
主に、ジョセフ・マーフィーが紹介したものが知られてるが、その他の教師によっても、教えられていると思う。
簡単に言えば、願望を、単語で表し、それを唱えるのである。有声でも無声でも良いと思う。
言葉の数はいくつでも良いが、3つ以下が良いのではないかと思う。
例えば、結婚したいなら「幸福な結婚」、あるいは単に「結婚」だし、良い条件の就職がしたいなら「高収入な仕事」「高収入」などが考えられる。
マーフィーの本の事例では、「成功、歓喜、富」といった、抽象的な言葉を使って成功した人もいた。
ここらは、自分で試し、自分に合ったものを選べば良いと思う。
「私は金持ちになる」なら抵抗を感じても、「富」なら、ただの単語であるので、葛藤を感じることはなく、しかも、その言葉を平静に繰り返すと、言葉が潜在意識に沈み込み、効果が出てくる。
言葉をカードに書いて持ち歩き、それを時々見ると、さらに効果的だ。
ただし、カードを誰かに見られる不安があってはいけないので、頭文字をローマ字で書くことが薦められる。
「幸せな結婚」なら「SK」あたりで良いし、単に「結婚」とするなら「K」だ。
ただし、「洋子ちゃんとエッチ」=「YH」みたいなものは止めた方が良い。顕在意識に留まって、潜在意識に沈まないからだ。
恨みある田中の死を願う「田中の氏」=「TS」なんてのは、やはり、顕在意識を無用に活性化させてしまい、潜在意識への扉が閉じる。
つまり、邪まだったり、後ろ向き、あるいは、不自然な願望は駄目である。

単語法とイニシアルカードで、大それた望みでない限りは上手くいくし、継続すれば、どんな願望でも成就するのではないかと思う(私は今のところ大望を持たなかったので何とも言えないが)。
コツは、ぼーっと繰り返すことだ。
意気込んだりしてはならないし、エキサイトするような言葉は避けるべきである。
ものごとは、静かに進んでこそ、確実に好ましい結果が成就することを忘れてはならない。
付け加えるなら、ベッドに入ってからと、朝起きた時に唱える単語は、特に潜在意識に送られやすいと言われている。











  
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立つことだけでも立派な運動

体力の大切さは分かっているかもしれないが、想像している以上に重要である。
某有名IT企業の創業者は、自分が引きこもり大王で、あまり動かないのだが、それでも、身体を鍛えておけと、切々とブログに書かれていた。
チャンスが来ても、体力がなければ、それを生かせないことも指摘していた。
ところが、面白いのは、彼が身体を動かすことが出来たのは、家が2階建てで、階段の上り下りが出来たからだと言う。その程度のことが良い運動になるのだ。
それを見て私も、2階に用がある時は、「別に後でいいけど」と思っても、面倒臭がらずに積極的に2階に上がることにしているし、一度に沢山の荷物を2階に運ぶのではなく、2度、3度に分けることで、2階に上がる回数を増やした。
もろにトレーニングとして2階への上がり下りをするのは不自然で、続かないだろうと思う。
また、家の中で、用があれば、やはり面倒臭がらずに立ってそれを行うことである。
昔から、尻の軽い女房・・・つまり、小まめに動く奥さんが称賛されていたが、そんな奥さんは、体力があるし、自然にダイエットされる素晴らしい「俺の嫁」であるのだろう。だが、旦那の方も、でんと座っているだけでは駄目で、動く時には動かないといけない。
イギリス特殊部隊の訓練に関わる本で見たが、家の中でも、いつも座ったり、寝転んだりせず、なるべく立っていることが良い運動になるのだと書かれていた。
今は、十代も含む若い男が、電車の中で、ひどく座りたがって、無理やり座席を奪うのもよく見るが、みっともないだけでなく、身体を鍛える機会も失っているのである。
私など、二十歳くらいの頃は、電車が空いていても、恥ずかしくて座れなかったものであるが・・・

スポーツのトレーニングのような厳しい・・・多くの場合は「身体に悪い」運動をしなくても、日常で「身体に良い」運動が十分に出来るのである。
デスクワークをしていても、20~30分に一度くらいは、単に背中を伸ばすだけでなく、立ち上がって背伸びをすべきである。特に、両手を高く上げる動作は非常に身体に良い。

そして、家の中で決まった時間に、軽い運動をすると、身体の調子がますます良くなり、仕事や勉強も出来るようになる。
私の場合、腕振り運動と四股(大東流合気柔術式)をやっているが、これらは、身体に良いレベルのことではなく、身体の根源の力、さらには、無意識の力まで引き出す可能性があるものだ。長く続けると、神秘力を得ることも十分に可能と思う。
腕立て伏せやスクワットも、無理な回数をするのではなく、楽に出来る範囲で良いから、1日に何度もやり、そして、何より、毎日欠かさずやらないと意味がない。
腕立て伏せも、一度に百回や二百回なら、毎日やると腕や肩を壊す恐れがあるが(私は壊した)、楽に出来る範囲であれば大丈夫だし、百回出来る人でも、7~10回程度を、じっくり時間をかけ、1日に何度もやると、一度にセカセカ百回やるより身体の機能が向上する。
以前、テレビで見たが、ヨーロッパで活躍する、あるサッカー選手が、腹筋運動が好きだと言うので、司会者が「何回くらいやります?」と尋ねると、視聴者は、どこかの芸能人のように、千回とか、それ以上の答を期待したと思うが、彼は「20回」と答えていた。腹筋運動は、腰を痛めるリスクもあるが、20回程度なら、注意深くやれば大丈夫である。ただし、やはりセカセカやると、その程度でも故障の原因になるかもしれない。

しかし、何と言っても、運動の王様は歩くことである。
ことさらウォーキングなどと言って、いきり立ってセカセカ歩く必要はない。
スマホを見ながらノロノロ歩く者達の身体は、若くてもボロボロで、男も女も魅力ゼロであるが、無理に速足で歩かなくても、姿勢よく軽やかに歩けば、最上の運動になる。
私の場合、理想のスタイルを持っている初音ミクさんになったつもりで歩いているので、ますます、あの軽やかさに近付いているのである。










  
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