ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

賢い人は疑う

私は中学1年生の時、いろんなところで「探偵は何でも疑う」と聞き、真実を探す者は何でも疑うのだという考え方を覚えた。
その考え方も疑ってはいるが(笑)。
昨日、久々に、その言葉を聞いた。
カリフォルニア州弁護士、ケント・ギルバートさんが、YoiuTubeの中で、
「私は弁護士で、疑うのが商売です」
と言われていたのである。
現在、アメリカ大統領選挙はまだ終わっておらず、一応は、バイデンが次期大統領だという流れになっている。
ギルバートさんは、投票日直後あたりは、「選挙で大きな不正があった」ことを、事実のように話し、非常に憤慨している様子も見せたが、ある時から態度をぱっと変え、「不正の証拠は全くない」「トランプ弁護団の戦況は悪い」と淡々と述べるようになった。
そして、まるで言い訳のように「私は弁護士ですから、弁護士の立場ではこう言うしかない」と言うのだった。
ただ、ギルバートさんは、自分もトランプが好きで、トランプの再選を心から願っているとは言っておられた。
ギルバートさんの急変に対し、あるジャーナリスト(らしい)が、「ケントさんは圧力をかけられている」と言っていた。まあ、それは疑っているが(笑)。

私もトランプ支持で、バイデンが大統領になったら、日本も世界も危ない(本音では「終わり」)と思っているが、それでも、YiuTubeに沢山ある「トランプさんは必ず勝ちます。安心して下さい」と言い、その理由を自信たっぷりに語るのを、実を言うと私は、「疑ってはいないが、信じてもいない」のである。
シドニー・パウエルが、「選挙不正の確固たる証拠が沢山ある」と言うのも、私は今のところ、話半分以下に思っている。
もちろん、新聞やテレビしか見ない人は、1月にバイデンが大統領になると、全く疑うことなく信じているだろうが、私は日本のマスコミは全く信じていないので、そんなこと(バイデンの大統領就任が確定)を信じることも全くない。
しかし、ルドルフ・ジュリアーニ(トランプの個人弁護士)を見る度に、「昔はニューヨークの英雄的な市長だったが、もう老いぼれているのではないか」と感じる。
敵さんのやり口はずさんだが、力技は凄い。
だから、真実は明らかであるが、法的な裁判で勝てるかどうかは全く別問題であり、トランプ陣営の戦況が厳しいことは、法律に強くない私でも解る。

賢い人は疑うものである。
そして、賢い人の真似をして、なるべく疑うようにすれば、馬鹿な失敗を免れることが出来る可能性が高まる。
全く賢くない私は、それで何度も救われた。
プログラマーやシステムエンジニアにだって必須の考え方と思う。
でないと、ロボットは原子炉の壁を破って出てきてしまい、核ミサイルは誤爆し、人工衛星は落ちてしまう。
フランスの哲学者・数学者・物理学者のルネ・デカルトの『方法序説』は大変に素晴らしい知恵の書であるが、この本での疑いっぷりは半端ない。
「疑いようがないほど明白でない限りは、全て虚偽と決めつける」
と言う。
早い話が、これでは全て虚偽になってしまう。
だが、デカルトはやはり天才だった。
何と、「なぜ、何でも疑えるのか?」を疑ったのだ。
そして、それは、自分の中に、疑いようのないもの、絶対的な何かがあるからだとするしかなかった。
それが神である。
これがデカルトの天啓で、これによって、デカルトは、
「疑っている我は、確かに存在する」
と言い、これが、
「我思う、ゆえに我あり」
という有名な命題として知られている。
だから、「我思う」は、本当は、「我疑う」なのだと思う。

デカルトの天啓は、鴨長明の『方丈記』の最後の部分・・・世間を離れ、自然の中で清貧な生活を送り、すっかり聖人にでもなったような気でいたが、ある朝、相変わらず自分は、全くの穢れた凡夫であると思い知って愕然とし、その時、自然に「南無阿弥陀仏」という念仏が出てきた・・・と、非常に似ていると私は思う。
説明は難しいが、念仏はやはり真実なのである。
これは、証明しようがなく、根拠もないので(多少ならなくもないが)、疑おうと思えば疑える。
と言うより、嘘と言えば嘘である。
だが、「嘘を信じている」と楽しそうに言える嘘である。








  
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1つに賭ける

直観が冴えている人は、超能力的な力(予知や透視等)があったり、さらに、運が良く、引き寄せが上手かったりする。
では、直観が冴えるようになるにはどうすれば良いだろう?
それは、著名な発明家で能力開発指導者だった中山正和氏が一貫して言っていたように、頭のイメージ空間を整然とさせていれば良い。
では、頭のイメージ空間を整然とさせるにはどうすれば良いかというと、中山正和氏はちゃんと教えてくれている。
それは、「真実の情報のみを頭に入れる」こと、逆に言えば、「嘘の情報を頭に入れない」ことだ。
なら、テレビは嘘だらけだから、決して見てはならない(真偽の高い識別能力を持っている場合は別だが)。
大手の新聞は、良い情報もあるが、とんでもない嘘も少なくないので、よくよく吟味しながら見ないといけないが、やはり、全く見ない方が安全かもしれない。
ネットの情報は、9割方が嘘なのであるが、権威はないので、信じる必要がないことが分かるので、自分がしっかりしていれば騙されない。
ただし、ネットでも、インフルエンサー(要は人気者)が権威化して、インフルエンサーの言うことをほいほい信じる人もいる。
そして、インフルエンサーが「これが正しい」といった感じで伝えることは、大概、嘘だと思った方が良い。

中山正和氏は、嘘の情報を頭に入れないための、最も単純なやり方を教えてくれているが、それは、大昔からあり、賢い人達が採用してきた方法だ。
それは、「自分の目で見たこと、自分の耳で聞いたことしか信じない」である。
あるいは、さらに究極的には、こんな心構えもある。
それは、インドの聖者ジッドゥ・クリシュナムルティのように「私は何も信じない」ことである。私はこれが好きなのだが。

では、聖書や仏典はどうだろうか?
答は、聖書だけ、法華経だけとかなら良いのである。
つまり、1つだけ信じるのだ。
どういう意味だろう?
長く存続する聖典というものは、その聖典の中に関しては、一貫性があり、矛盾が少ない。
なら、たとえそれが嘘でも、その1つで思考パターンを作れば、頭の中は整然としているのである。
もし、聖書を読んでいるのに、頭が混乱しているように見える人というのは、「読み方が足りない」か「他の聖典のパターンも入っている」かである。
聖書の中では矛盾がなくても、聖書と法華経では、どちらが正しいという問題ではなく、やはり矛盾があるのである。
いろんな聖典を読み込んでいる人というのは、頭が混乱していて、賢くなく、直観力はなく、運は良くなく、引き寄せが下手である。

宮沢賢治という人は、化学と法華経とエマーソンがごっちゃになり、割と運が悪く、頭も混乱していた。
実は、アインシュタインも同じなのである。
だが、彼らは、その微妙さが芸術性をもたらした。
アインシュタインは、科学者であるというより、芸術的だったのだと思う。
だが、いずれにしろ、科学が大きく入っている点が、両者に良い影響を与えた。
宮沢賢治だって、座右の書は分厚い化学書だったのだ。

だから、何か1つに絞った方が良いし、ついでに、科学に興味を持つのは良いことと思う。
コーランと法華経の両方の良さを取り入れようとは考えない方が良い。
どちらも、巨大な嘘なのかもしれないからね。








  
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アメリカ人の魂を見た

アメリカ合衆国大統領は、就任式で聖書に宣誓を行うことはご存じと思う。
また、裁判においても、嘘を言わないことを誓うために、初めに聖書に宣誓を行う。
どんな悪者だって、神様に向かって嘘は言わないのである。
これらは、日本人には不思議な感じもすると思う。

クライスラー社を立て直したことで知られる伝説のCEO、リー・アイアコッカの自叙伝『アイアコッカ わが闘魂の経営』は大ベストセラーになったが、アイアコッカは、その続編『トーキング・ストレート アイアコッカPart2』の前書きに、「『ジョーズ2』はそんなにヒットしなかった。パート2は駄目なんだ」などと書いていたが(笑)、確かに、パート1ほどはヒットしなかったこちらに、私にはとても印象深い話が沢山あった。
その中でも最大のものが、アイアコッカが主導となって行った、ニューヨークの自由の女神の老朽に伴う大規模な補修プロジェクトの話だ。
ある老婦人が、自由の女神再建に多額の寄付をする条件として、 『アイアコッカ わが闘魂の経営』を貰えないかと言う。
図書館では、長く順番待ちをしないといけないが、買ってまで読もうとは思わないと言う(笑)。
アイアコッカは「自動車業界に入って四苦八苦する男の話には10ドルでも勿体ないが、自由の女神のためには数十万ドルでも惜しくないらしい」と言いながら、その女性に本を贈ったらしい。
そんなこんなで、自由の女神復旧式典の日が来たが、その日、ニューヨークでは車のホイール1つも盗まれなかったと言う。
自由の女神をお祝いする日は、泥棒だって休日にするのである。

今回のアメリカ大統領選挙の不正と戦うため、自主的にトランプ陣営に参加している(トランプ弁護団の正式メンバーではない)、元連邦検察官であるスーパー弁護士のシドニー・パウエルは、この戦いの意義を「アメリカの自由と正義のため」「神への崇拝のため」であることを強調するが、それが、非常に崇高な信念と強い決意を感じさせる。
彼女は、本当のアメリカ人なのだ。
パウエルだけでなく、不正に抗議し、ワシントンに集まる数十万の人達(日米の主要メディアは「数千人」と嘘を言う)も、「自由」「アメリカの正義」「神への崇拝」を堂々口にし、高らかに『ゴッド・ブレス・アメリカ』を歌う。
これがアメリカの建国精神であり、それが今も、多くのアメリカ国民の心にしっかり息づいていることが分かる。
こんな人達がいる限り、トランプ再選は疑いないと思うのだ。
不正選挙を平気で行う者達は、それが、中国共産党の陰謀か何かは私には分からないが、利益のために、貴いアメリカン・スピリットを生ごみと一緒に捨ててしまったのだろう。

全てのアメリカの貨幣には、「IN GOD WE TRUST(我々は神を信じる)」と刻印されている。
これは、アメリカ合衆国の公式の標語であり、オハイオ州と並んで、大統領選を決すると言われるフロリダ州の標語だ。
この2つの州では、さすがに不正を行う者がいなかったのか、トランプが圧勝したが、この2つの州を落としながらバイデンが勝利するというあり得ないことが起こった。
ところが、集計終了後もバイデンの得票は伸び続け(笑)、今や、8千万を超えようとしている。いずれ、アメリカの人口も超えるかもしれない。
トランプの7千3百万以上の得票も記録的だが、こちらは、かなりの数が盗まれていながらである。
合わせて1憶5千万以上・・・あり得るだろうか?
インチキはどうやってもバレるのだ(イエス様もそう言っている)。
この異常事態の中でも、日米の主要メディアは、今だ、勝手にバイデンが次期大統領であると決め(大統領を決めるのはアメリカの法で、メディアではない)、トランプのネガティブな捏造報道を行うのであるから、今やメディアが世界を滅ぼそうとしているのであり、この選挙結果によっては、アメリカだけでなく、人類は終焉に向かう。

無神論者と言われる日本人だって「神を畏れよ」という言葉を軽くは感じない。
聖書の神と比べ、日本の神は優しくて大らかであるし、仏様は限りなく慈悲深い。
だが、いかに神仏が優しくても、それが魂の奥底にある人間には、自ずと悪事に制限がかかるし、法だからというよりは、気持ち良いから悪を避け、いざという時は善をなすのが日本人のはずである。
神を宿す魂を踏みにじる者は、自ら滅びるだろう。








  
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人生をより良く生きるために本当に重要なこと

主に社会的な面なのだが、人間を分けるのは、たった1つのことなのだから、それを、小学校で1年生に教えてやって欲しいし、それ以前に、親が教えてあげるべきである。
だが、教師や親自体がそれを知らないのだ。
その、人間を分けるたった1つのこととは、「明確な目標を持っているかそうでないか」である。
30歳くらいになって、「明確な目標」と聞かれて、別に人に言う必要はないが、自分にはっきり即答出来ないようなら、見込みはないと思う。
とはいえ、別に、30歳が期限というのではなく、30歳で持てないなら、40歳や50歳では、もっと持てなくなる場合が多いという意味だ。
だから、何歳だろうと、明確な目標を持つことが出来れば優良なグループの人間になれるのである。

ただ、明確な目標を持っているようであっても、その目標が現実的でないという人も多い。
確かに、常識外れの大きな夢を持っている素晴らしい人もいるのだが、ただの妄想を大志と思い違いしている人はやはり多い。
ジョセフ・マーフィーの著書『人生に奇跡をおこす』に書かれていたが、ある若い女性が女優になることを夢見ていた。
「私、女優になるつもりです」とキラキラした目で言う人に対しては、「高い困難な目標だが、叶わない願いはない。頑張れ!」と言えば良いと思っている人も多いと思う。
だが、マーフィーは、その女性に対し、「子供の夢は卒業しろ」と窘(たしな)めた。
マーフィーは、いかに大きな目標でも否定するような人ではない。
では、なぜ、マーフィーはそのように言ったのだろうか?
それに関して、分かり易い話がある。
チン・ニンチュウの著書『誰でもちいさなことで大切な願いがかなえられる』に、スーパーモデルになりたいという女性の話がある。
もし、本当にスーパーモデルになりたいなら、必要なことをしないといけないのは当然だ。
アイスクリームを食べることを諦め、友達と遊びに行ったり、おしゃべりをすることもやめないといけない。
トレーニングやレッスン、それに、オーディションや営業など、スーパーモデルになるにはお金も時間もかかる。
他にも、沢山の厳しい現実に打ち勝っていかなければならない。
そんな現実的なことを考えると、スーパーモデルになることは、そんなに魅力的なことではないし、他にやりがいのある自分に向いたことも沢山あることに気付くだろう。

早い話が、目標のために必要な犠牲を進んで払う覚悟があるかどうかが、「本当の目標」と「子供の夢」の違いだろう。
今は、YouTuberになりたい人が多いらしいが、それなら、良いビデオを作るための、技術的、芸術的な知識・能力を得る努力をする必要がある。
また、視聴者に喜んでもらえるテーマを見つけ、それを面白く、また、印象深く表現することが出来るようになるには、勉強したり、いろんな仕事や、その他のことを実践し経験を積む必要がある。

コンピュータープログラマーになるのはどうだろう?
私は今の時代、「どうやったらプログラマーになれますか?」などと聞いたり、プログラミングを教えてくれる学校に行きたいと思うようなら、まあ、見込みはないと思う。
今は、プログラミングをやるのに十分なパソコンも安く、開発ツールはタダだし、良い本がいっぱい出ている。
そして、ネットに必要な情報がいくらでもある。
価値のないネット情報に何度も騙されて痛い目に遭えば、良い情報を選ぶ目も出来るが、それは武器と言うより、最低必要な能力だ。
だから、リスクヘッジをしながらも、大いに痛い目に遭う必要がある(笑)。
これがちょっと昔なら、多くの人が、かなり高いパソコンと開発ツールを自分で買い、それと本だけで(これも沢山買えばかなりの出費だが)プログラマーになったのだ。そんな頃は、ネットで騙されないと言っても、偏見に満ちた、権威のありそうな本に騙されることも多かったのだ。例えば、「プログラマーになるにはCOBOLは出来ないといけない」とか(笑)。

そもそも、自分の願いが「本当の目標」か「子供の夢」かは、二十歳にもなれば自分で分かると思う。
世間では「叶いっこない」と言われる高い目標に挑むのは自由だが、言い訳は一切出来ない。つまり、全責任は自分にあることが分からないなら、やっぱりそれは子供の夢なのだ。

ところで、目標設定の技術を教える自己開発プログラムやセミナー、あるいは、書籍にも注意した方が良いと思う。
それらには、長期目標、中期目標、短期目標をそれぞれ定めるだけでなく、今年の目標、今月の目標、今週の目標、さらには、今日の目標まで書かされることがある。
それはやり過ぎだと私は思う。
目標設定は大切だが、目標設定だけでうまくいく訳ではないからである。

適切な目標の立て方なら、引き寄せの古典であり、現在でも引き寄せの最良のテキストである『イット・ワークス』をお薦めする。
この本を使えば、後は、人生を真面目に生きる志があれば、そんなに苦労せずに、明確な目標を持つことが出来るようになるだろう。
翻訳のKindlke本を誰かが180円で出してくれている。十分に良い訳だ。
だいたい、目標設定の技術が、数十万円とか百万円以上のプログラムやセミナーのはずがないのだ。
そんなもの、本当は学校でタダで教えるべきことだが、学校というのは、有益なことは教えない場所だから仕方がない。
そもそも、子供の夢でない本当の目標を持った教師などいない。
いずれにしろ、この本が大変に役に立つと思う。








  
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皆、こうやって奇跡を起こした

必死に考えている時には良いアイデアは出ないが、考えに行き詰まったり、考えるネタがなくなったり、あるいは、単に考え疲れ、何も考えていない時に、ぱっと良い考えが浮かぶことがよくある。
仕事においても、難しい問題を前に、ジタバタしている時は全く埒(らち)が明かないのに、手詰まりになって何もせずにいると、勝手に問題が解決することがある。
大きな問題を扱う事業家や政治家、弁護士などは、解決出来そうにない状況に陥った時には、熱心にお祈りをする人が、普通の人以上によくいる。
それで神の導き、神の助けが得られ、自ずと良い結果になるのである。

マイクロソフトが、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)に入らないのは、おそらく、SNSで強いものがないからだろう。
しかし、現時点で、マイクロソフトは時価総額世界3位で、IT企業ではアップルに次いで2位で、アマゾン、グーグル、フェイスブックを超えている。
そのマイクロソフトにも、衰退・・・というより破滅の危機があった。
1990年代にインターネットが普及してきた時、マイクロソフトはインターネットにそれほど積極的でなかった。
今考えると不思議だが、当時は、インターネットが、それほど重要なものになると思われていなかった。
WIRED誌創業者のケヴィン・ケリーが、ABC(アメリカン・ブロードキャスティング・カンパニー)に、abc.comドメインを取得するようアドバイスした時、ABCの幹部達は全く興味を示さなかったという時代だ。
業績絶好調であったマイクロソフトだが、社長だったビル・ゲイツは先行きに不安を感じ、社長室に5日間、閉じこもった。
そして、社長室から出てくると、全社に対し、「わが社はインターネットに全面的にシフトする」と宣言した。
これがなかったら、マイクロソフトは消滅していたかもしれない。
ロータスやノベルといった、一世を風靡した巨大IT企業が本当に消えたように。
頭が良いことで有名なゲイツは、5日間、社長室に閉じこもっていた間、初めは理詰めで考えていたのだと思う。
だが、おそらく、考えることがなくなったはずだ。
なぜなら、未来がどうなるかなんて分からないのに、その未来にどう対応するかの問題だからだ。
どんなに頭が良い人が、沢山の情報を元に考えても、予測は外れることが多いのだ。
だが、ゲイツが考えることを止めた時、予測出来ないはずの未来が確信を持って「見えた」に違いない。
ゲイツが祈っていたかどうかは知らないがね。
およそ、ゲイツにはお祈りが似合わないような感じはする。

無我、忘我になれば、知恵が出てくる。
科学者や事業家は、まず理詰めに考え、考えが尽きた時に忘我になって、知恵が出てくる。
芸術家だって、例えば、ベートーヴェンは、楽譜の中のたった1つの部分を、何度も書き替えながら、いつまでも満足出来ずに悩んだが、もう諦めて考えなくなった時「これだ!」という音が浮かび、それで満足したらしい。
なるほど、アイルランドの「20世紀最大の詩人」W.B.イェイツが「芸術の目的はエクスタシー(無我)だ」と言った通りだ。
岡本太郎は「芸術は爆発だ」と言ったが、この爆発は暴力的なものではなく、宇宙に向かって広がることであり、これも、つまるところ、無我になることなのだ。
道元だって「仏道とは自己を忘れること」と言ったが、これも全く、無我になることだ。

無我になるとは「考えない(思考しない)」ことだが、実のところ、考えない・・・頭の中のおしゃべりを止めることは、とても難しい。
頭の中のおしゃべりを止めれば天才なのである。
だが、呪文を唱えたり、聖書の言葉を敬虔に繰り返せば、それを実現出来る。
第二次世界大戦中、あるイギリスの陸軍大佐が、自分の部下全員に、聖書の詩編91を暗記させ、よく暗唱させたそうだ。
そうしたら、5年の間戦い続け、1人の死者も出さなかったという。
無我になることで、知恵が湧き、幸運にも恵まれるのである。
玄奘三蔵は、般若心経の呪文をずっと唱え、極めて難しい、中国からチベットを経由したインドへの旅を無事成し遂げた。
念仏も、そんな効果が抜群であったことは、明治から昭和初期にはよくいたと言われる、妙好人と呼ばれる庶民の念仏者達が証明してくれている。
そんな訳で、念仏、呪文を唱えよう。
もちろん、詩編などの聖書の言葉、神道の祝詞など、自分のお気に入りのもので良いのである。
以前、何度も紹介したが、あるホームレスの男性が「神様の奇跡が起こる」と唱え続けることで、1憶円の宝くじが2回当たったのも(世界的教育学者、七田眞氏の著書『奇跡の超「右脳開運法』より)、同じ原理であると思う。








  
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