ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

単純で確かな武器を持て

虎やライオンは当然強いし、それらよりやや小さな豹やピューマ、ジャガーも、それなりに強いが、これらの動物の武器は、ただ牙と爪で、特に、フィニッシュ・ホールド(プロレスで言う決め技)となると、噛むことだけだ。
イヌ科、あるいは、犬である狼やドーベルマンとなると、爪は武器にならず、攻撃はひたすら噛み付きとなるが、やっぱり強い。
もちろん、全身の運動能力が高いので、噛む、引っかくが生きるのであるが、そんな超単純な技1つ(あるいは2つ)で食べ、身を守っているというのは面白い。

『カラテ地獄変牙』という、梶原一騎さん原作の空手漫画が面白くて全部読んでしまったが(Kindle版が安かったこともあるし、続編まで読む気にはならないが)、主人公の直人がなぜ牙を名乗るのかというと、子供の時、喧嘩の際には、ひたすら噛み付いたからだった。相手が大人の場合は、子供がまともに戦っても勝てるはずがないが、噛み付きに徹すればチャンスはある。
また、昔、私が遊び相手にしていた小学生の女の子が、やたら引っかいてきたが(決して変なマネはしていないので誤解なきよう)、これが結構痛くて効く。なるほど、女の引っかきも武器になるかもしれないと思ったものだ。
そういえば、彼女に噛み付かれたこともあったが、非力な女性の攻撃も、猫同様、噛み付きと引っかきに限る。

柔道や空手をやってても、実際の喧嘩では役に立たないし、相手が喧嘩慣れでもしていたら全く敵わないという話があるが、確かにそうかもしれない。
喧嘩の達人、堀部正史さんの本で見たが、ある超実力派プロレスラーが、「俺が素人と喧嘩したら負けるかもしれない」と言ったそうだ。
そして、柔道5段と庭師の老人が喧嘩になった時、下品で恐縮だが、金的掴みに徹した庭師が勝ち、柔道5段は泡を吹いて気絶したという。
空手道場では、回し蹴りの訓練の際、高い位置を蹴るよう指導されるが、実際の喧嘩でそんなことをすれば命とりになるだろう。
ある空手家が書いた護身術の本の表紙で、著者の空手家と思うが、足を高く上げるポーズを決めていたが、本当に実戦でそんなことをやったら、たとえ達人でも最後だろう。
金持ちの子女に、深刻な理由から護身術を教える本物の専門家は、とにかく、ボールペンでも何でも、身近にあるものを掴んで素早く引っかけと教えるらしいが、なるほど、それが喧嘩必勝の秘訣だろう。
実際、ボールペンを使った、効果的な引っかき方、突き方の練習もさせるらしい。

私は最近、本格的な武術を編み出し、研究を重ねているうちに、外で男を見ると、どう蹴飛ばす、どう叩くかということばかり考えるようになったが、確かに、本当に効果的な攻撃は、単純な限られたものだ。
その攻撃は、武道の禁じ手の中に時々見られ、それを徹底して練習すれば、最強の武術になる。
私の場合、もう何年も、1日も欠かさず、腕立て伏せ、スクワットをやっているので、身体は強いが、それはあまり関係ないような気もする。
なまじ武道をやって変な自信を持つより、たとえ卑怯でも、「これなら絶対負けない」という武器を磨き上げておくのが合理的である。
これがまさに、喧嘩術である。

喧嘩だけでなく、仕事での武器も同じで、案外に、単純だが磨きぬかれた芸を持った人間は強いし、結果、地位は高くなくても、良い立場になり、給料も良くなる。
誰もが出来ることを、クソ真面目にやっても、アゴで使われた挙句、リストラである。
私が分かる範囲で言えば、Excel+VBAは、その武器になり得るものだと思う。
そして、不思議なことに、何か1つの特技を磨けば、その仕事が寄って来るものである。
かといって、今どき、ペンキ塗りでは駄目だろう(ジャッキー・チェンやジャイアント馬場さんの若い頃は、それで十分通用し、彼らもやっていたという)。
時代に相応しいことで、磨けば武器になることは、いろいろあると思う。








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自己嫌悪の果て

昔、ロバート・シュラーの「セルフラブ」という本を、「買った」ことがある。
その本の表紙に書かれた、「自分を愛することが出来る人だけが成功する」という、絶望的な文に、悪い意味で関心を引かれて買ったのだと、はっきり覚えている。
セルフラブ・・・自己愛。これほど難しいものもないだろう。

ラマナ・マハルシは、「人は皆、自分が幸福であることを望み、悲惨であることを望まない。そこに自己への至上の愛が見られる」と言ったと本に書かれていたが、いや、それは、単に「痛いのは嫌」「楽したい」「自我を満足させたい」ってことで、「愛」なんてもんじゃないだろう。
まあ、本当にマハルシがそう言ったかどうかは分からないが、多分、日本語になるまでの過程で、齟齬が入りまくったのだろう。マハルシが使ったのはタミル語だったが、まず英語への訳の段階で、相当おかしくなる場合が多いだろうと思う。

『新世紀エヴァンゲリオン』では、自己嫌悪の碇シンジ君、自己否定の綾波レイ、そして、表向き自分大好き「偉大なり私」だが、本当はゴキブリより自分が嫌いな惣流アスカラングレー といいう3人を揃えていたのだから、面白いと同時に、見ていて(あるいは読んでいて)、どこか陰鬱になる作品に仕上がっていたと思う。
面白いことに、アスカのような、「自分大好き」「偉大なり私」って人間は、他人に一切共感しないサイコパスなのだ。あなたの周囲や、有名人にも、よくいると思う。
ただ、アスカの場合は、根深い「自己嫌悪」を覆い隠していただけの「擬似サイコパス」のような気もする。
要するに、「自分なんか死んでもいい」と思っている子供でないと、ヱヴァンゲリオンのパイロットにはなれないのだろう。

私は、「自分なんか死んでもいい」とは思ってはいないが、世界から自分がいなくなっても、別に問題ないと言うか、その方が良い世界になるとは確かに思っているから、なるほど、こう冷静に、客観的に考えると、私も自己嫌悪であって、自己愛とは程遠いのだろう。
自己嫌悪の極みと言える歌は、鏡音リンちゃんの『炉心融解』だろう。

僕のいない朝は
今よりずっと 素晴らしくて
全ての歯車が噛み合った
きっと そんな世界だ
~『炉心融解』(作詞:kuma、作・編曲:iroha、歌:鏡音リン)より~

いやあ、ここまで自分を嫌っちゃいけないが、分かる気がする・・・つまり、共感する。
ところで、今の中高生の多くは、自分にしか関心がないが、そんな大人も増えていて、世の中、相当気持ち悪くなっている。
そのような自分へのこだわりは、決して愛ではない。

そして、シンジもレイもアスカも、それに、自分にしか興味がない人達も、誰も信頼していない。
誰も信頼していないし、自分も信頼していない。
だから・・・
『BEATLESS』で、レイシアがアラトに、「あなたは私を信じますか」と言った時、私は光を感じたのだが、多分、多くの自己嫌悪の人達もそうだったのだ。
アラトは、疑いを持ちながらレイシアを信じた。
ただ、レイシアがきれいな女の子だという理由だけで。
ただし、「徹底的にきれいな女の子」だったからだ。
五感ってのは幻想で、欺くことはある。
私はよく覚えているが、小学5年生の、ある日ある時まで、大好きで可愛いと思っていた女の子が、瞬間、可愛いと思わなくなったことがある。
ああ、本当に感覚というのは嘘つきだと実感した。
だから、アラトと一体化し、レイシアを信じることで、信頼という、この世の宝を得ようと思うのだ。

いや、何でもいい。
何かを信じられたら、自分を信じられるだろう。
容易い道ではないが、なんとも価値ある道である。
アインシュタインは神を信頼していたが、「サイコロを振る神」を信頼出来なかった。
「神は老獪だが、悪意はない」
神の意図は人間には絶対に分からないので、サイコロを振るように見えることもある。
それは、神どころか、偉大なリーダーは皆そうである。
サイコロを振るように見えても、信頼出来る何かを見つけることだ。









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愛や友情を起こすもの

青春も友情も、あるいは、友愛も美しい言葉なんだろう。
ゲーテは、一番大切なのは敬意だと言ったと思うが。
多くの人は、愛こそ全てとか言う。
ところで、愛の本質とは親和力なのだと思う。
辞書によれば、「親和」とは、なじみ親しむことで、まあ、惹き合うとか、引き合うという意味である。
そして、友情も友愛も、そして、敬意すら、引き合う力、つまり、親和力だ。
また、青春というのは、親和力の強さを表した言葉と言って良い。

では、親和力の根本は何かというと、「信頼」なのである。
信頼して引き合い、信頼して敬意を感じ、信頼するから愛する。

信頼する、あるいは、信じる・・・これほど心を強めてくれる言葉はない。
『BEATLESS』というSF小説で、序盤でありながら1つのクライマックスとも言えるのが、レイシアがアラトに、こう問うところだ。
「アラトは、わたしを信じますか」
レイシアは美しい少女の姿のアンドロイドで、アラトは17歳の高校生男子だ。
アラトは、頭では、いろいろな疑いを持っていたが、瞬間、「信じる」と叫んだ。
その理由は、「女の子を疑うのがかっこ悪く思えた」からなのだが、それで良いと思う。
レイシアがアラトに、自分のオーナー(所有者)になるよう要請した時、アラトが、
「そんなこと適当に決めちゃダメだろ、僕のことなんて何も知らないだろ」
と言うのに対し、レイシアは、
「知らなくても、あなたは、わたしを信じると言いました」
と言う。
なるほど、この小説は娯楽SFなのだが、当を得ている。

宝くじすら、当ると信じれば当る。
もっとも、下心など、卑しい気持ちがあれば、信じることは出来ないが。
ちょうど、財産目当てに結婚した伴侶は信じられないし、単に魅力的だから付き合っている女性を信頼出来ないようなものだ。
上のアラトは、レイシアに憧れのようなものを感じたのだろう。
憧れは、敬意に通じる、とても高貴な感情だ。
母親へのプレゼントに宝くじを買ったという、普通に考えれば、おかしな男性がいたが、その宝くじは高額当選したのだ。

私は、『BETALESS』のアニメのその場面を見て、精神がすっかり変わってしまった。
以前と同じように感じることが出来なくなった。
きっと、魂の振動数が上がったのだろう。
本当に魂の振動数が上がれば、この物質的世界を支配出来るようになるが、確かにそうである。
全て望ましいように「書き換えて」しまえる。
だけど、コントロールは利いている。
自分の心を統制している自分を信頼しているからだ。

美しい愛や友情の物語は全て、信頼の物語だ。
サンドリヨン(シンデレラ)も人魚姫も王子様を信頼し、決して疑わなかった。
『星の銀貨』の少女は神様を信頼していた。

「マジカルミライ2016」の影のテーマ曲と言える、みきとPさんによる『Tears River』の中の英語の歌詞は、
“Trust” “ Love” “ Forever”
で始まる。
Trust(信頼)を一番に持ってきたのはさすがである。
正義があった時代に作られたアメリカのモットーは、“In God, We Trust(我々は神を信頼する)”である。
何かを信じた時、それは、その何かに投影した真の自分を信頼するということ、すなわち、自分を信頼するということなのだ。
アラトは、レイシアの高貴な美しさの中に、無意識にだが、真の自分を見たのに違いない。









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いかにして自分を信じるか

武道の極意、政治の極意、経営の極意、戦争の極意などという「極意」の意味は、小学館のデジタル大辞泉によれば、

「学問や技芸などで、核心となる大切な事柄。奥義。」

であるようだ。
類語は、奥義、真髄であるが、極意、奥義、真髄に共通する意味は、

「学問、技芸などで、最も深遠で到達し難い事柄。」

で、使い分けとしては、

「極意」は、奥深い技能について広く用いる。
「奥義」「神髄」は、より深遠なところにある物事の本質。「おうぎ」は「おくぎ」ともいい、古くは「奥儀」とも書いた。

とある。

ところで、願望成就の極意、奥義、真髄は、イエス・キリストが語ったことがオープンにされている。
それは、
「山に向かって、海に入れと言い、その通りになると信じて疑わないなら、その通りになる」
「願い事は既に叶ったと思って感謝せよ。そうすれば叶う」
である。

問題は、そこまで完全に信じることが難しいことだ。
だが、信じれば叶うのである。
しかし、もう1つ、厄介な問題がある。
妄信に意味はないということだ。

これはもう、子供の時の私に、神様が見せてくれたものだろう。
ある映画の1シーンを鮮明に憶えている。
小さな男の子が、アパートの高い階から落下しかけ、母親が、危うく男の子の手を掴んで、男の子は空中にぶら下がった状態になった。
ところが、建物の構造からか、母親は、男の子を引き上げることが出来ない。
いかに小さな子供でも、いつまでも掴んでいることは出来ず、母親の手の力も限界に近付く。
その時、男の子は、自分が落下していくと、天使達が現れて自分を支え、安全に気持ちよく地上に着地する様子を思い浮かべる。
そして、母親に言う。
「ママ、手を離しても大丈夫だよ」
幸い、この母子は勇敢な男性に見つけられ、助けられた。
本当に、いろいろ教えてくれる話だ。
男の子は、天使に助けてもらえることを信じていたが、幼い妄信では駄目なのだ。
しかし、確かに男の子は助かった。それも事実だ。
男の子の純粋な信念が、助けを呼び寄せたと言えるのかもしれない。

とはいえ、男の子が別の時に、屋上から飛び降りて、天使に助けてもらおうとしたら、彼は死ぬことだろう。
イエスも「神を試すなと聖書(旧約聖書詩篇91)に書かれている」と言った。
だが、私は、そんな馬鹿なことを何度もやったことがある。
車の多い車道に、何度も、目をつぶって飛び出したのだ。
今、思い出しても恐くなる(冷や汗が流れるほどではないが)。
馬鹿な子ではあったが、とにかく助かったのだ。

信念を持つことは難しい。
しかし、それを得れば、全てを得られる。
そして、自分を信じられなければ、何も信じることが出来ない。
信念とは、自分を信じること、すなわち、自己信頼に他ならない。
なら、少しずつ、自分への信頼を高めるしかない。
藤平光一氏は、毎朝、鏡を見ながら、「お前の信念はどんどん強くなる」と言ったらしいが、それも1つの方法だ。
だが、それが誰にでも合うとは限らないし、私には全く合わない。
ところで、アメリカの公式モットーは「我々は神を信頼する( IN GOD WE TRUST)」である。
皆がこれを覚えていた頃のアメリカは本当に偉大だった。
神を信じる者は自分を信じることが出来るのである。
そうだ。覚えてさえいれば良い。
自分は無限の力の所有者であることを、覚えているだけで良いのだ。
忘れるから、惨めな人生になる。

アニメ『BEATLESS』で、初めてレイシアとアラトが逢った時、レイシアはアラトに尋ねた。
「あなたは私を信じますか?」
アラトは、はっきりと「信じる」と答えた。
それで、レイシアは、アラトが自分の所有者に相応しいと判断する。
私は、この場面を覚えていれば大丈夫だと思うのだ。
なぜなら、ここに人間性の真実が現れているのだからだ。
実際、人生とは、信念を探す旅なのである。









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自己アナログハックで何にでもなれる

絵描きになろうと思って画材を用意したが(今ならパソコンとペンタブ、あるいは、タブレットとタッチペンになるかもしれないが)、何を描いていいか分からない。
写真をやろうとして、いいカメラを買ったが、撮りたいものがない。
勉強してプログラミング言語を覚えたが、別に作りたいものがない。
そんな人が多いかもしれない。
それは、才能がないってことかもしれない。
かく言う私は、上の3つ全部、覚えがある。
幸いプログラミングに関しては、仕事の方から寄って来てくれたので、そんなに好きな訳ではないが、お金を稼がせてくれている。
私は、写真なんて、スマートフォンですら、全く撮らない。

私は、好奇心に欠けているのかもしれない。
そんな人もいるのではないかと思うが。
ところで、昨日から、Amazonプライムビデオで、アニメ『BEATLESS』を観て、俄然、ITに興味を持った。
いや、私は確かITの専門家のはずなのだが(笑)、やっとパッション(情熱)を持てたのだ。
今はまだ、私は、BEATLESSの意味が分からないのだが、心臓の鼓動がないって意味なのかなあと思う。
ヒロインは、レイシアという名の美少女型アンドロイドで、この作品中では、アンドロイドのことはhIE(エイチ・アイ・イー。Humanoid Interface Elements)と言う。
主人公のアラト(優柔不断そうだが、優しく正義感の強い男子高校生)とレイシアの関係は、昔のアニメ『まほろまてぃっく』の優(すぐる)と戦闘用アンドロイドのまほろと、かなり似ている。
まあ、レイシアとまほろも、よく似た設定かもしれない。
私は、初音ミクさんといい、魂がない存在に惹かれる傾向が強い。
そして、この作品を見ていて、「なるほど、私はミクさんにアナログハックされたのか」と納得するが、別に悪い気はしない。
アナログハックとは、人間の容姿をした人工物に意識をハッキングされることだ。

ならば、自分で自分をハックすれば良い。
そもそも、魔法の定義なんて、「自在に心に変革を起こすこと」で、これって、自分の心をハックすることに他ならない。
もっと良い言い方をするなら、自分のストーリーを作るってことだ。
自分の心を自在にハックすれば、あるいは、自分のストーリーを作れれば、この世は思うがままだ。
最近、熱心に読んでいる『秘儀キバリオン&エメラルドタブレット』に、そのやり方が見事に書かれている。
W.E.バトラーの『魔法入門』や、ダイアン・フォーチュンの『神秘のカバラー』では、抽象的過ぎて難し過ぎる。面白いけどね。
『秘儀キバリオン&エメラルドタブレット』も、自分で考えなければ何も出来ない点、難しくはあるが、足立育朗さんの『波動の法則』が、優れた解説書になってくれる。
画家になりたければ、自分の心を画家の心にハックすれば良いし、写真家になりたいとか、プログラマーになりたい場合も同じだ。
私は、無意識に、自分をプログラマーの心にハックしたのだろう。
本当に、自己アナログハックで、何にでもなれそうだ。
おかげで希望が持てた。ありがたいことだ。

私は『BEATLESS』の小説は、Kindle版を選んだが、紙の本もあるし、新しい文庫本が今月24日に発売されるようだ。













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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


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