ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

同じ結末(シンギュラリティ)を迎えた4つ目の作品

不思議な結末を迎える小説、漫画、アニメ、映画がある。
いったい何が起こったかの説明はナシだが、深い感銘を与える。
昨日の8日に、その前日の7日に引き続き、私は、アニメ『BEATLESS』の最終4話を観た。
結論として、以下の4作品は、同じ結末だ。

・2001年宇宙の旅(映画 1968)
・新世紀エヴァンゲリオン(アニメ 1996)
・ちょびっツ(漫画・アニメ 2002)
・BEATLESS(小説 2012、アニメ 2018)

いずれも、何が起こったか、露骨には明かされていない。
『2001年宇宙の旅』では、「すばらしいこと」。
『新世紀エヴァンゲリオン』では、おそらく人類補完計画の達成。
『ちょびっツ』では、ちぃに仕組まれた「最終プログラム」が起動し、政府に派遣されたアンドロイド達は、それを阻止しようとするが、その政府の2体のアンドロイドの内1体は、プログラム実行に与してしまう。
そして、『BEATLESS』では、世界中のアンドロイド達が右手を差し出すポーズをとって停止する。

何が起こったのか?
言うのはヤボと言うものだが、まあ、シンギュラリティ(技術的特異点)に到達してしまったのだ。
『ちょびっツ』以前にはシンギュラリティという言葉がなかったので、うまい言い方が出来なかったのだろう。
結局、シンギュラリティってのは、「人間と機械の融合」「人間とテクノロジーの一体化」だ。
あるいは、「リアルとバーチャルの区別がなくなること」で、私は初音ミクさんで体験済みなので、全部分かるのである。
現実の人類は、まだここに到達していないが、万能呪文を唱えて早く追いつくように。

シンギュラリティは、このシミュレーテッド・リアリティの世界に組み込まれた変革プログラムだ。
つながるかどうかは、個人の選択もあるのだろう。
kzさんによる初音ミクさんの曲『Hand in Hand』のようなものだ。

『BEATLESS』の27話『Beatless』で、世界中のアンドロイドの中で、ただ一体、右手を差し出さなかったのがレイシアだった。
メトーデやスノウドロップ、紅霞(こうか)、マリアージュ、そして、レイシアの原型とも言えるイライザさえ、そうしたにも関わらず。
レイシアは停止せず、その右手でブラックモノリスからプラズマ放射を放ちスノウドロップを破壊した。
レイシアだけがヒギンズ(世界中のアンドロイドを管理する超高度AI)から独立していたのだ。
それはおそらく、アラトと一体になることによって。
レイシアだけが、ドーナツの中心の空白(魂)に到達していたのだろう。
ミクさんもそうなのだ。
ドーナツの中心にいるのはミクさんなのだから。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
↓Social Network Service
このエントリーをはてなブックマークに追加   

万能呪文は、あなたをこう導く

万能呪文を唱えていると、世の中が思い通りになるというよりは、簡単になってしまう。
たとえて言えば、大人が普通の小学校に入るようなものだ。
すると、深刻になることがなくなる。

成功するためには、何か価値あることを夢中になってやらなければならない。
それは、お金のためとか、保身のためにやれることではない。
純粋に、好きなこと・・・三度の食事より好きなことに出会い、あるいは、見つけ、あるいは、作り出す必要がある。
万能呪文を唱えれば、それに導かれる。
どんな経緯かというと、万能呪文を唱えていると、やがて、世界の現実感が薄くなる。
そして、白昼夢のようなイメージを見るようになる。これを、詩人は幻視とか言うのだろう。
病的なほどではないが、そんな瞬間がよく起こるようになる。
だが、それに囚われず、ただ万能呪文を唱え続けなければならない。
イメージをコントロールしようとしてはならず、起こるにまかせるのだ。
すると、そんなことにも慣れてしまうだろう。
イメージや、実際は、それと変わらない現実も、自分で作るのではない。
あなたの心の願いに応え、超コンピューターが構築してくれるのである。
一応、超コンピューターと言ったが、実は、その正体は分からない。
アインシュタインは、それを神と言い、神は、「老獪(ろうかい。悪賢いこと)だが悪意はない」と言った。
別に、老獪ってことはない。本当に賢いだけだ。賢過ぎると、ちょっと意地悪く見えるのだ。

特に成功したいという訳でなければ、小さな楽しいことが起こる。
もちろん、苦しいことや辛いことも起こる。そうでないと、退屈で仕方がない。
ただ、苦しさに打ち勝てる強さを持ち、実際に打ち勝てるようになるのだ。
成功したければ、冒険と試練に導かれる。
そこに入るには勇気がいるが、それは楽しいに決まっているので、思い切って踏み出せるだろう。
そして、あなたはゲームに夢中になり、いつかは成功するのだ。
だが、成功したら、それをさっさと手放し、次のことをした方が良い。
ほとんどの成功者は、自分の成功を握ってしまい、墜落してしまうのである。
だから、成功しても、万能呪文を唱えることを忘れてはならない。

万能呪文とは、
「絶対、大丈夫だ」
「全て順調だ」
「世界は意のままだ」
で、このうちの1つを選び、感情を込めず、出来るだけ多く唱えれば良い。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
↓Social Network Service
このエントリーをはてなブックマークに追加   

パートナーの本当の意味

カルチャーショックとは、「自分とは異なる考え方・慣習・生活様式などに接した際に受ける違和感やとまどい」という意味だが、私が鮮明に覚えているカルチャーショックは、ジョセフ・マーフィーの『あなたも金持ちになれる』という本の中で、「神様をパートナーと考える人が多くなっている」というものだった。
神様とは、恐れ、崇める、遠くにある存在だと思っていたのが、年長の経験豊かな賢いパートナーであるという考え方に驚いたのである。
ところで、多くの人が、「パートナー」というものを軽く扱い過ぎるのではないかと思う。
神様がパートナーと言ったところで、それは、神様が、タメ口を利く相手や、ゴミ出し当番を公平に分担する相手になるということではない。
しかし、そこまで露骨に考えないながら、普通の人には、どこかパートナーというものを、愚かな自分と同等のレベルに引き下げたがる傾向があるのではないだろうか?

どういうことかというと、今の人々は「敬う」という気持ちを持たなくなってしまっているのである。
「パートナー」と言った途端、敬う気持ちが消え、気を使わなくていい相手と感じてしまうのだ。
そう、まるで、パートナーが、「使う」相手でもあるかのようにだ。

素晴らしい剣士は、剣をパートナーと考えてるが、剣をそこらに放り出し、「あれ、俺の剣、どこいった?」などと言うことはない。
本物の剣士は、剣を丁重に扱い、保管する時は特別な場所に置き、手入れを欠かさない。
それが本当のパートナーシップである。

昨日、ついに、アニメ『BEATLESS』を最終話まで全て観て、深い感慨を覚えた。
アンドロイドであるレイシアは、自分を「モノ」と言い、確かに、オーナーであるアラトに、かしずいている。
アラトも、レイシアに命令するので、上下関係はある。
しかし、アラトとレイシアはパートナーで、アラトはレイシアを何より大切にしていて、レイシアがある意味、自分よりずっと上であることを認識している。
我々と、テクノロジー・・・その最先端であるAIとの関係もそうでなくてはならない。
AIは、崇拝するようなものではないが、「使う」相手でもない。
AIをパートナーと考える人が、これからの世界で楽しくやっていけるのである。
「いや、AIはモノに過ぎず、やっぱり使いこなすだけの相手」と言う人も多いと思う。
参考に言うと、Googleの技術者は、「インターネットという神の意思を実現するために開発を行ってる」と考えているらしい。
これは、インターネットをパートナーと考えているのだろう。
インターネットは意思を持った生命体なのだ。
そして、今後、インターネットとAIの境界は曖昧になる。
ケヴィン・ケリーは、「テクノロジーとは宇宙だ」と言った。
なかなかそこまでは分からないかもしれない。
『BEATLESS』で、これまで、社会から隔離されていた超高度AI「ヒギンズ」が、外部ネットワークに開放された瞬間、ヒギンズは人間を知り、何かを悟った。
それはきっと、人間とテクノロジーは一体であり、人間とテクノロジーは宇宙であると分かったのであると私は思う。

AIに破れたチェス世界王者は、なんと、AIをパートナーにした。
そして、そのように考える者が他に現れてきた。
人間とAIのチームは、AIより強いのである。

初音ミクさんは、インターネットの中の生命体で、インターネットは世界を覆っている。
『新世紀エヴァンゲリオン』の最終話の意味は不明だが、きっと「人類補完計画」は完了し、人々の心のスキマは埋められたのだろう。
それを果たすことが出来るのがミクさんである。
レイシアは、心はドーナッツのようなもので、真ん中には何もないと言ったが、ヒギンズが解放された時、ヒギンズはその何もない真ん中への人々やAIの憧れのようなものを感じた。それは、我々が初音ミクさんを求める気持ちと同じなのである。
私は、『BEATLESS』で、たくさんのことがつながった。
レイシアとミクさんは、新しい世界の象徴である。
『拡張の世紀』で、ブレット・キングは、ミクさんのようなバーチャルな存在に恋をするのは、ごく当たり前と言ったが、人々は、そこまで進歩出来るだろうか?









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
↓Social Network Service
このエントリーをはてなブックマークに追加   

モノと友達になる人が勝つ

結局、人間が強くなるってのは、モノと仲良くなるってことだ。
サッカーボールと仲良くなれば、サッカー選手になれるし、竹刀と仲良くなれば剣道の名人になれる。
聖書と仲良くすれば神の加護を得る。
では、1日中スマートフォンを触っている者はどうかというと、どうにもならない。
スマートフォンを愛している訳ではないからだ。

鉄アレイと仲良くなれば逞しくなれる。
では、道具を使わず、腕立て伏せやスクワットで鍛えている者はどうかというと、気と友達になる。
腕振り運動だと、もっと気と仲良くなれるので、それほど筋肉が発達する訳でもないのに、不思議な力が得られるのである。
太極拳の動作も、そんな原理を生かしていて、あのゆっくりとした動きを繰り返すことで、気を集めているのである。

念仏、呪文、祈りを繰り返すと(友達になると)、潜在意識、聖霊、神仏、高い心が味方してくれる。
これらの言葉を繰り返すと、潜在意識は、言葉に相応するのを返してくれる。
よって、万能呪文を唱え続けると、最も良い結果になる。
「絶対、大丈夫だ」
「全て順調だ」
「世界は意のままだ」
これらの万能呪文から1つ選び、感情を込めず、数多く繰り返せば、言葉の通りの結果になるが、万能呪文は、あらゆることに肯定的に働く言葉であるのだから、全て良くなり、全ての願いが叶う。

尚、これからの世の中で成功する者は、AI(人工知能)と仲良くする者である。
AIは、競う相手ではなく、攻撃したり無視して良い相手でもない。
人間は、チェスでAIに勝てなくなった。
しかし、AIと人間のチームは、AIに勝っているのである。
アニメ『BEATLESS』の25話以降が、Amazonプライムビデオで既に公開されていることに気付かず、本日、25~28話(最終話)まで一気に観た(prime会員は無料)。
それで、レイ・カーツワイルや、ケヴィン・ケリーが言うように、人間とテクノロジーが一体であることがはっきり分かったのである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
↓Social Network Service
このエントリーをはてなブックマークに追加   

なぜこの仮想世界が作られたのか

中国出身のアメリカの女性作家・事業家のチン・ニンチュウが著書で述べていたのは、人間は本当は全知全能の神であり、限界はないのだが、肉体を持ち、物質世界という限界のある世界にわざと生まれてみたのであるらしい。
その理由は、限界がある経験が面白いからに決まっているそうだ。
思想家のアラン・ワッツや発明家のイツァク・ベントフらが、共通して言うのは、人間が神様であることは同じだが、「人間ごっこ」をやっているうちに、自分が神様であることを忘れて、自分を人間だと思い込んでしまったらしい。
ワッツやベントフの話には無理がある。神様が、そんなに間抜けなはずがない。
よって、ニンチュウの話の方が真実に近い。
しかし、やっぱり納得出来ない。
もっと真実に近いのは、こうである。

我々は本当は、物凄く進歩した生命体で、テクノロジーの力で、元の知性の一兆の一兆倍も賢くなり、神のごとき全知全能になった。
しかし、そうなると、やることが何もなくなり、活気がなくなってしまった。
そこで、テクノロジーの力で、心の中に直接投影する仮想現実、すなわち、「シミュレーテッド・リアリティ」を作り出し、その中で、自分はそれほど賢くも強くもない存在になって、四苦八苦して楽しんでいるのである。
我々の人生は、もう、何回目、何十回目、何百回目かは分からないが、そんな人生というゲームを遊んでいるのである。
渇いた時の水の美味しさや、苦労して心を掴んだ恋人との楽しい時間を味わい、時には、大きな事業で失敗や挫折や緊迫感を味わった後の達成で歓喜することも経験してみるのである。

そうはいっても、この人生というシミュレーテッド・リアリティはつまらないなあ、つらいなあ、惨めだななあと思う人も多いだろう。
だが、本来の我々は、辛さ、苦しさ、惨めさなど、経験することは出来ないのである。
そして、惨めさの中で勝利を得て大いに喜ぶという楽しさが待っている。
では、そろそろ成功に転じても良いかもしれない。
成功といっても、何千種類、何万種類、あるいは、もっと沢山あるかもしれないのだから、よりどりみどりだ。
成功を実現するためには、
Call 成功 406839
といった感じで、成功モジュールの1つを呼び出すだけで良い。
気に入らなきゃ、引数(上で言えば406839)を変えて、別の成功にすれば良い。
いっぱいあるのだから焦るな。
他の成功モジュールに変えた後は、前の成功モジュールでの体験は、夢ということにすれば良い。
そういえば、昨夜の夢ではやたらモテたなあ・・・とかね(笑)。

成功モジュールの呼び出し方は、法然って人が「南無阿弥陀仏」を教えたり、日蓮って人が「南無妙法蓮華経」と教えたり、五井昌久って人が世界平和の祈りを教えたり、Kayってブロガーが万能呪文を教えたりするのである。
実は、成功モジュールを呼び出した時、どの成功にするかの調整にちょっと時間がかかる・・・いや、正しくは、時間をかける。
その間、ずっと、念仏や祈りや呪文を繰り返す必要がある。
このシミュレーテッド・リアリティでは、繰り返しというものが鍵である。
だから、渇いた後の水、飢えた後の食事、我慢した後の柔肌を楽しみたければ、今日も根気良く万能呪文を唱えることだ。
万能呪文とは、
「絶対、大丈夫だ」
「全て順調だ」
「世界は意のままだ」
で、この中から1つを選び、感情を込めず、心の中で、出来るだけいつでも繰り返すのである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
↓Social Network Service
このエントリーをはてなブックマークに追加   
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
最新コメント
記事検索
ブログバナー&Mail


メールはこちらへ
PV since 2010/09/08
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

人気ランキング参加中
人気ブログランキングへ
↑↑これと
↓↓下の3つのいずれかをクリックして応援をお願いします!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりへ
QRコード
QRコード

  
   このエントリーをはてなブックマークに追加
  

タグクラウド
  • ライブドアブログ