ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

どれだけが人間として生き残れるか

今回の話は一種の陰謀論と思う部分もあるが、それを承知で敢えて恐ろしい話をしよう(笑)。
中国の脅威は、世界中の、少なくとも民主国家全てが感じているが、国民レベルではほとんど危機を感じていないのが日本だ。これは、陰謀論でも何でもない事実である。
大半の日本人は、「中国の何が恐いの?」という、世界から見れば信じられない平和ボケの状態である。
ところが、台湾と並び、一番危ないのは「隣が中国」という日本なのである。これも明らかな事実だ。
さらに、日本は、ロシア、北朝鮮という、とんでもない恐ろしい国が「すぐそこ」なのであるが、さすがに、最近の状況で、この2国は「ちょっと怖い」とは思っているだろうが、本当の危機はまるで感じていない。これもまた事実。

そして、これからが、「ひょっとしたら陰謀論」であるが、調べれば、誰でも事実は分かる。
日本のメディア、そして、おそらくは教育も、中国の支配下にあり、日本国民は、すっかり、モラルを失い、愚蒙(ぐもう。愚かで道理が分からないこと)にさせられている。
そして、これは絶対に陰謀論だが(笑)、日本政府の中枢の政治家達は、中国の操り人形である。
あ、いやいや、あくまで陰謀論だ(笑)。
これらの政治家の中には、魂を完全に売り渡している者も、多少の良心を残している者もいるが、中国に逆らえないことでは同じだ。
いや、だから陰謀論である(笑)。

こんな中で、庶民は、どんどん貧しくなり、どんどん自由を奪われ、プライバシーを丸裸にされて管理・監視される。
SNSで正論なんかいくら言っても、それが政府の嘘を暴くものであっても、権力ある者には痛くも痒くもない。それが事実だ。

その中で、我々が自由で楽しく生きるには、精神の力を取り戻すしかない。
敵さんには、それが出来ないのだ。だから、これほど暴力的なのである。
けれども、我々の大半も、今のところ、やっぱりその力を使えないのだ。
とはいえ、精神の力は無限であり、それを味方につければ、いかなる敵も恐れるに足りない。
だから、本気で、それを掴まなければならない。
・・・なのだが、平和ボケ、メディアの洗脳、闇の勢力の支配の中、それをやろうとする者は、数パーセントだ。
だが、やる気にさえなれば、頭の中をお花畑にするくらい簡単なことだ。
出来るだけ、その気になって欲しいものである。
以下にご紹介した本は、全てが真実という気は毛頭ないが、貴重な情報を含んでいるもので、参考になると思う。








  
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自愛について

自分を愛することを「自愛」と言い、自愛がないと幸福になれないという。
だが、自愛が苦手な人が多い。どうしても自分が好きになれない人だ。
だが、自愛というか、自分が好きでないと、いろんな問題が起こる。
『新世紀ヱヴァンゲリヲン』というアニメは、元々は、シンジという14歳の少年が自愛を手に入れる物語で、最終話の最後の場面で、シンジは独り言をつぶやく。
「僕は自分が嫌いだ」
「でも好きになれるかもしれない」
そう言った時には、既に何かに気付き、自分を好きになりかけているのである。
なぜ、そうなったのかというと、まあ、最終話までにいろいろあったからだろう。
だが、我々は、レイやアスカやミサト、その他の魅力的なキャラクターとはなかなか出会えない。
それで、やっぱり自愛が苦手な人が多く、スピリチュアル界隈で奨められる「私を愛している」なんて言葉は気持ち悪くて言えないという人もいる。
だが、愛とまではいかなくても、自分が好きでなければ、やっぱり、人生は苦しいものになる。

自分が嫌いな原因なんて探っても仕方がないかもしれない。
「いや、それが重要だ」と言う人もいるが、面倒だし、時間がかかるし、そもそも、そんなことやりたくない。
そこで、私はこんなお話を思い出す。
アメリカのある小学校でのお話だ。
ある女性教師のクラスに、問題のある黒人の男子生徒がいた。
生まれた時からスラム街で生活し、家庭環境に問題があるなどというレベルではなかったのだろう。
その生徒は、授業中、ずっと後ろを向いていた。
その女性教師は、この生徒には自愛というものが全くない・・・自分には何の価値もないと思っているのだということが分かっていた。
そこで、この女性教師は、その生徒に、こんな奇妙な指示をした。
「これから、私に何を聞かれても、『それは僕が賢すぎるからです』と答えなさい」
これは、される側にとっても、嫌な指示ではない。
教師は、早速、質問した。
「どうして後ろを向いているの?」
「僕が賢すぎるからです」
「あなたのようなハンサムが後ろを向いているのはもったいないわ」
これで、その生徒は前を向くようになり、後に全米屈指の脳外科医になり、大統領が頭部を狙撃された時、一番に声がかかったのは彼で、そのことはニュースでも報道された。

自愛もやりようなのだ。
もし、その教師が、その生徒に、「『私を愛している』と言いなさい」などと言ったら、その生徒はより屈折したかもしれない。

プロボクシングの歴史で最も有名な選手は、世界ヘビー級チャンピオンだったモハメド・アリかもしれない。
彼が絶頂期に、日本のどこかの企業のテレビCMに登場したことがあった。
彼は、カメラに向かって、自信たっぷりに、
「I'm prettiest(俺は一番美しい)」
と言ったが、CMの企画というより、彼らしい、実際に、彼が言いそうな言葉だった。
彼はいつも、「俺ほどハンサムで強いボクサーはいない」と言っていたのも確かだ。
彼は、強いより先に、美しいことが重要だったのだろう。
もしかしたら、自分が偉大であることが最も重要だったのかもしれない。
彼は、うまい自愛のやり方を見つけたのかもしれないが、どこか作為的・・・無理矢理過ぎた。
それで、歳を取り、自分より強く美しいボクサーが現れると、彼の人生は急降下していった。

上の女性教師が、あの生徒に教えた自愛は、もっとマシだった。
「賢い」は生涯使えるし、それに、本当に賢くなったら、もう、自分が賢いなんて言う必要はなくなる。
だが、アリは、自分が美しく、強くなければ、自分は偉大ではなく、偉大ではない自分を愛することは出来なかったのだろう。
明らかに、一種の悲劇である。

そこで、最も賢い教師は、こう教えたのだ。
「何があっても、自分は完璧だと言いなさい」
勉強が出来なかろうが、「私は完璧」なのだ。
運動が出来なくても、「私は完璧」だ。
不細工だろうが、弱かろうが、「私は完璧」と言わないといけない。
ロリコンの変態であっても、「私は完璧」なのである。
BL好きの腐女子なんて、「私は完璧」以外の何者でもない。
心の中で言うだけでよろしい。
「私は完璧だ」と。
不細工で弱くても、美人で強くなるし、ロリコンの変態は、変態ではなくなる。
BL好きの腐女子は貴女子になる。
給料が安くても、仕事でミスをしても、卑怯者で責任感がないと言われても、「私は完璧だ」と言うのだ。
「私が完璧だなんてとでもない」と思った自分も完璧なのだと言わないといけない。
ダイエットしたいのに、お菓子を一袋全部食べてしまっても「私は完璧だ」と言うのだ。
それでもう、スリムで美人になっている。

肝は、「私は完璧だった」でも「私は完璧になる」でもない。
今、この瞬間、「私は完璧だ」なのである。
既に完璧なのである。
お金持ちや、モテモテを超えて完璧なのである。
そんな些細なもの(お金、魅力や美)は、ついでのもので、当然ある。
とにもかくにも、「私は完璧だ」と言いなさい。
これが、偉大な賢者の教えである。








  
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本物の聖者の教えは全て現実的で実用的

聖者や賢人達は、解脱(真の自分になることと考えて良い)のための方法を教えながらも、目的はあくまで解脱だけで、それによって現世利益が得られるとはほとんど言わず、むしろ、現世利益のような欲を捨てろと教えた。
イエスは、現世利益についても、かなり言っているはずだが、イエスの教えが宗教になると、それが隠された。
だが、親鸞は『現世利益和讃』により、念仏を唱えることで、あらゆる現世利益が得られると説いたし、親鸞の師の法然も、控え目ながら、『選択本願念仏集』の中で、念仏を唱える者は、仏の大きな加護が得られることを保証している。
(『現世利益和讃』は『三帖和讃』の『浄土和讃』の中にある)
親鸞や法然は正しく、念仏を唱えれば、現世利益は思いのままだ。
ただ、それは、念仏に神秘的な力があるからというのではなく、念仏を唱えれば、思考をする暇がないので、精神が引き寄せ状態になるからである。
実際、妙好人と呼ばれる、在家の、教養がない者が多い念仏者が、仏の加護としか思えないような幸運や奇跡に恵まれた記録は数多くある。
だが、法然が言うように、絶えず念仏を唱えるには、強い信仰が必要で、それは難しいことだ。
それで親鸞は、それほどの数は要求しないが、仏(阿弥陀如来)への感謝の気持ちを持つよう教え、これは、法然には気に入らなかったが、これでうまくいったのが妙好人である。とはいえ、やはり、成功率はそれほど高くはない。

だが、我々は、多くの聖人の教えの情報を得られ、解脱、および、それに準じる状態になることが難しくなくなった。
そして、解脱に近付けば、現世利益は容易く得られる。
解脱の技術をちゃんと使えば、無理に欲望を抑えなくても、自ずと、慎み深くなる。なぜなら、解脱の方が、物質的利益より圧倒的に楽しいからだ。
とはいえ、現世利益を楽しむことも重要なのである。

解脱の方法はいろいろあり、人によって、合う合わないがある。
アファーメーションは、念仏やマントラと同じで、思考を止めると共に、肯定的な思考の性質を育むが、とにかく、それなりの期間、数多く唱えないといけない。
だが、これが向いている者は確かにいる。

一方、万人向きで、間違いのない方法は「今、この瞬間」を意識することで、この方法は巷では「今今メソッド」と呼ばれている、
やり方は、取り立てて言うほどのことはなく、ただ今をしっかり意識するだけで、何かをしているなら、そのやっていることをしっかり意識しながらやるのである。
歩いているなら、歩いていることをしっかり意識し、食べているなら、食べていることをしっかり意識する。
だが、どうしても分からないなら、「今、今、今、・・・」と心の中で唱えれば良い。ただし、少しでも、今を意識しながらね。
詳しく学びたいなら、エックハルト・トールの本が、一番うまく書かれていると思う。








  
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「ワクワク」の本当の意味

スピリチュアル界隈に限らないが、「ワクワクする」ことが重要だとか、好ましいと言われることがよくある。
それはそうだと思う。
「いや、ワクワクじゃない。ウキウキだ」と言う変な太ったオッサンもいたと思うが(結構、有名な医者らしいが)、ワクワクの意味をちゃんと掴んでいないと、そんなのに騙される。
案外というか、どんな時にワクワクするか知らない人が多いのである。
ワクワクというのは、肯定的な意味で「ドキドキする」ということだ。
そして、どんな時にドキドキするかというと、「心地良い緊張」が高まっている時だ。
たとえば、対面、電話、メール、LINE・・・何でもいいが、好きな人に告白する時なんて、最高にドキドキすると思うが、これがまさにワクワクである。
ただし、その告白が適切なものでない場合は、それは「心地良くない緊張」で、ドキドキではなく、単に、胸が圧迫されている感じがして、ワクワクもしない。そんな告白は止めておくに限る。
良い告白・・・ドキドキし、ワクワクする時の告白というのは、結果など全く気にしていない。

ワクワクと等しいドキドキの状態の時・・・つまり、心地良い緊張が高まっている時、何が起こっているのだろう?
それは、「今、この瞬間」に強く集中しているのである。
「今、この瞬間」に意識を向ければ、潜在意識(宇宙意識、神、大いなる自分)と一体化していく。
つまり、ドキドキ、ワクワクは、それを強く行っているのだから、実に貴いことで、引き寄せの力も最高潮になる。
結局、確かに、ワクワクが良いものであることが分かる。
ワクワクする時の告白はうまくいくし、もし、うまくいかないなら、もっと良いことがある。

何のことはない。
ワクワクしなさいというのは、「今、この瞬間」に意識を向けなさいということだ。
それで何でもうまくいく・・・引き寄せもうまく出来る。

ワクワクする、面白い実験がある。
つまり、ドキドキする実験、心地よい緊張感を高める実験だ。
手っ取り早くはあっても、お札で行うのは、いろんな意味で良くないが、例えば、上手に描き上げて気に入った絵を破くとする。
絵でなくても、大事なコンサートチケットなど、他の重要な紙でも良い。
大事なものなので、簡単には破けない。
しかし、それを手に持って、「さあ、破くぞ」と思って、実際に破こうとすると、緊張が高まり、ドキドキする。すると、最高にワクワクする。
ただし、自分ではなく、他の人にとって大事なものなら、嫌な感じがして、ドキドキしないし、ワクワクもしない。
ところが、実を言うと、ドキドキ、ワクワクするなら、それは、大事なものに思えても、破った方が良いものである。
そして、そんなふうに、大事だと思っていても、それを破いたり、捨てようとすると、ドキドキ、ワクワクするものって、案外に多いのである。
いわゆる「後生大事」にしながら、実は必要ないもの、害悪ですらあるものだ。
たとえば、お気に入りで、決定版と思っているスピリチュアルな本を、燃え盛っている炎の中に投げ入れようとしたら、ドキドキする時、それは燃やした方が良い本なのだ。そんな本、いっぱいあるはずだ(笑)。
もっと良い絵を描くために、良く描けたと思っている絵を燃やすというのは、ドキドキするなら非常に良いことで、それが、芸術の秘訣でもある。
私は、子供の時、大事に思っている紙を手に、
「今、破くぞ。今だ。今、破いたのだ」
などと思うと、ゾクゾクするような、ドキドキ、ワクワクを感じた。
強く、「今、この瞬間」に集中したからだ。
まあ、破れないことが多かったが(笑)。

アイザック・ニュートンや岡田虎二郎は、死の直前に、長年、書き溜めた紙を全部燃やしたという。
彼らの心境が分かるはずもないが、もしかしたら、素晴らしいドキドキやワクワクを感じたかもしれない。
それで、心置きなく死に、高次元の世界に移行したのであろう。

だが、特別なことをしなくても、「今、この瞬間」に意識を向ければ、熱狂的でないながら、ドキドキ、ワクワクの連続となる。
告白や、「後生大事」にしているものの破棄は、それに気付くためのイベントみたいなもので、味わっておくと良いが、いつも必要なものではない。まあ、楽しめる時には、やってみると良い。








  
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「今、この瞬間」に在ると何が起こるか

今朝に続き、「今、この瞬間」を意識することで偉大な力の恩恵を受けられるよう、楽な話をする。
アニメ『カードキャプターさくら』のオープニング曲『扉をあけて』に、こんな歌詞がある。

なんでもない 小石でさえ 不思議だよね 宝石に変わる
一緒にね 見てるだけで…みんな光る
~『扉をあけて』(作詞:きくこ。作曲:広瀬香美。唄:ANZA)より~

神秘的な歌詞ではあるが、不思議とは思わないのではないだろうか?
では、なぜ、こんな現象(普通の小石が宝石に変わる)が起こるのだろう。
それは、見ている者の意識が、過去や未来には全くなく、「今、この瞬間」に完全にフォーカスしているからだ。
こんな時、思考は消え、真の自己と一体化し、宇宙の心が自分の心になり、生命エネルギーに満ちる。
不可能はなくなり、世界は楽園になる。小石が宝石に変わるとは、そういうことだろう。

だが、残念なことに多くの場合、人間はまた考えることを始め、思考は過去や未来に依存するので、「今、この瞬間」から離れてしまう。
そうすると、力を失うしかない。
それならば、なるべくいつも「今、この瞬間」を意識し、宇宙意識と共にあることに慣れるのが良い。
そうなれば、世界は思うがままになる。

もう1つ。
アニメ『まほろまてぃっく』の第2期『まほろまてぃっく~もっと美しいもの~』に、こんな場面がある。
人間の心を持つアンドロイドのまほろは、乗船している船から見える夕焼けの美しさに感激して喜ぶが、美里司令がまほろに言う。
「この世には、もっと美しいものがある」
まほろには、それが何か分からない。その後も、ずっと、この言葉を憶えていたが、いつまでたっても、その「もっと美しいもの」が見つからない。
だが、最後に、優と共に夕陽を見ている時にはっきり分かった。
「もっと美しいもの」、それは、「愛する人と一緒に見る夕陽」だった。
もちろん、愛する人と見る美しいものなら、何でも「もっと美しいもの」になるだろう。
これもまた、愛する人と見れば、意識が「今、この瞬間」にフォーカスするから起こることである。
全て、上の『扉をあけて』と同じだ。

重要なことは、「今、この瞬間」に在ることが自然なことであるということだ。
元々、人間は宇宙意識と一体であり、元々、生命力に溢れ、元々、神のような万能な存在なのである。
その黄金時代を取り戻すべく、出来る限り、「今、この瞬間」を意識することである。

歩いているなら、歩いていることをしっかりと意識し、食べているなら、食べていることをしっかり意識する。
目の前のものを「見えている」のではなく、「意識的に見る」のである。
確かに、ロシアンルーレットでもやれば、極端に今に集中出来るし、それによって超越意識を体験した話が、コリン・ウィルソンの本にもあるが、間違えてはならないのは、「今、この瞬間」にあるのが自然なのであり、そんな不自然な方法に頼る必要などないということだ。
もっと温和なスリルや冒険で「今、この瞬間」を味わうことは、もちろん良いことである。
しかし、何もしなくてさえ、「今、この瞬間」を感じることは出来るのだ。
そして、普段の生活の中でこそ、「今、この瞬間」を意識しなければならない。
料理を作る時、服を着る時、コーヒーを飲む時、猫を撫でる時・・・
そうすれば、楽しさ、充実感が限りなく拡大すると共に、神のようになっていくのである。








  
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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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