ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

日中戦争の思考ゲーム

とても分かり易い、一種の思考ゲームをする。
あくまでフィクションであるが、このようなシナリオを考えられるようになる訓練も必要ではないかと思う。
テーマは、ロシアのウクライナ侵攻である。
フィクションではあっても、実際に、この通りである可能性があり、恐ろしいものでもある。
しかし、恐れる必要はない。
このブログで常にいう「中今(今を生きること)」を実践している限り、悪いことは起こらない。

ロシアがウクライナに侵攻したのは、ウクライナがNATO(アメリカ、カナダと欧州28か国からなる軍事同盟)に加盟しようとしたからだ。
ウクライナがNATOに加入すれば、アメリカの軍事基地がウクライナに出来たり、アメリカの核ミサイルがウクライナに配備(あるいは持込可能)されたりで、これはロシアにとっては嫌なことだ。
それ以上に、ロシアは、属国のように思っていたウクライナにアメリカの影響力が強まるのだから、我慢出来るはずがない。
それで、ロシアはウクライナを完全に取り込もうとしたのである。
そして、そのシナリオを作ったのはアメリカだ。
つまり、アメリカが、ウクライナのNATO入りを、裏側で強くそそのかし、ロシアがウクライナを侵攻せざるを得なくしたのである。

アメリカの策略で、ロシアがウクライナに侵攻したのだが、アメリカは、決して軍事介入はしない。
直接、軍事介入しないながら、アメリカはウクライナにお金と武器を支援し、NATO加盟国、そして、日本にも、そうするよう圧力をかけ、ウクライナには、多くのお金と武器が集まった。
そのように、ウクライナにお金と武器を渡してロシアと戦わせ、ロシアを消耗させると共に、ロシアを悪者に仕立てて国際社会から孤立させる。
これにより、アメリカは、ロシアの弱体化、あわよくば破滅を望んでいるのである。

そして、今度は、アメリカは、中国を台湾に侵攻させようとしている。
もちろん、表立ってではなく、ロシアのウクライナ侵攻同様、裏側の策略によってである。
だから、あくまで、バイデン大統領の意向ではなく、ペロシ下院議長のスタンドプレーということにしているが、ペロシの訪台は、中国を挑発する効果は十分で、中国は台湾侵攻に大きく舵を切ることになった。
そして、中国が台湾に侵攻しても、ウクライナの時同様、アメリカは決して米軍を投入せず、台湾を支援するだけで、台湾と中国を戦争させるのも同じだ。日本も、当然、台湾支援(莫大な経済支援)をさせられる。
目的は、ロシアの時と同じく、中国の弱体化と、中国の国際社会での孤立だ。
ロシア同様、中国を小国に攻め込む無法国家だと宣伝すれば、多くの国は、これまで以上に、表立っては中国と仲良く出来なくなる。
これにより、アメリカは、中国がアメリカを抜き、世界最強の国になるのを阻止出来る。
このままでは、いずれ、中国がアメリカを抜くことは確実だからだ。

しかし、アメリカが、中国に本当に侵攻して欲しいのは日本である。
中国が日本に侵攻したら、仮にも世界第3位の経済大国であり、世界トップクラスの軍事大国でもある日本に対し、アメリカは支援をせずに済み、ただ、日本に高値で武器を売りつければ良い。
それでアメリカは大儲けしながら、悠々と高見の見物を決め込めば良いのである。
中国軍は凄いと言われており、実際に凄いのだが、日本の軍事技術は極めて高く、さらに、自衛隊員の優秀さは世界屈指で、中国は、とてもではないが、舐められるはずがない。
特に、海軍では日本の方が上と考える専門家もいる。
日本の被害は甚大となるだろうが、ウクライナ同様、アメリカが気にすることではなく、アメリカは中国が弱っていくのを、安全なところから見ていれば良いのである。
そして、驚くべきことに、日本は、アメリカのいいなりに、中国が、台湾に侵攻する口実を作ってしまうのである。
ウクライナ侵攻の時も、日本はアメリカより早く(アメリカに命じられたのだと思う)、ロシアを非難して制裁も課し、ロシアを完全に敵に回してしまった。
もし、中国が台湾に侵攻しても、やはり、日本は中国非難の先鋒にさせられる。日本には、アメリカのいいなりに、そんなことをする政治家が沢山いるのである。
それで、中国が台湾と日本を一緒に攻めてくれたら、アメリカには、それ以上、良いことはない。

以上、あくまでフィクションであるが、この通りであるかもしれない。








  
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深い思想や哲学より現世利益

英国の作家コリン・ウィルソン(1931~2013)は、日本で言う中学校しか出ていないが(家庭の事情)、肉体労働をしながら図書館などで勉強し、23歳の時に書いた心理学的評論『アウトサイダー』で、一夜にして世界的作家になった。
彼の興味の対象は人間存在の内面で、彼の家にあった2万冊とも言われた蔵書の大半を実際に読んだという圧倒的知識と、その天才的洞察力で、人間の可能性の新たな視点を提示した。
だが、彼は、具体的にどうやれば簡単に超人になれるのかといったことや、まして、それによって何が出来るのかといった現実的メリットに関しては、関心がなかったのかもしれないが、ほとんど明確に示していない。しかし、彼の洞察はやはり貴重なヒントを与えてくれる。

彼の著書『右脳の冒険』や『フランケンシュタインの城』だったと思うが、こんな話がある。
ウィルソンがある時、ヒッチハイクをして運送用トラックに乗せてもらったのだが、そのトラックのエンジンが異音を立て始める。
整備出来る状況になく、ウィルソンと運転者の2人は、その異音を注意深く聞きながら、速度を落として走行した。
すると、2人の精神は高揚し、おそらく、超越状態に達した。
これについて、ウィルソンは面白い洞察を述べていたと思うが、ウィルソンに欠けているのは、
「どうすれば、そのような超越意識状態に簡単になれるのか?」
「その精神状態になれば、どんなメリットがあるのか?」
という、我々が一番知りたいことである。
我々が知りたいのは、正直言って、「うなるような」天才的解釈や洞察ではない。

では、ウィルソンらが、超越意識に至った原理を簡単に明かし、それによって、どうすれば、簡単にそうなるかを説明し、そして、そうなれば、どんなメリットが得られるかを示す。
ウィルソンら2人は、トラックのエンジンの異音に、否応(いやおう)なく強い関心を持ったはずだ。
その異音に強制的に心が引きつけられ、よそ事を考える余裕はなかったからだ。
よって、2人は過去の記憶や未来の空想を一切起こさず、今現在あるエンジンの異音にのみ集中したのだ。
それによって、2人には、過去や未来はなくなり、「今」だけになったのである。
科学的に言っても、実際に存在するのは「今」だけであり、過去や未来に実体はない。言い換えれば、「今」が実在であり、過去や未来は幻想である。
そして、人間の精神が覚醒するには、過去とか未来といった幻想を消し、実在する「今」のみがある状態でなければならないが、2人は、その状態に導かれたのだ。
「今」に生きる人間は、生命力が高く、活力があり、困難をものともせずに乗り越え、運も味方する。
確かに、その時、2人は、ずっと活力にあふれた快の状態で走行を続け、疲れるどころかエネルギーに満ち、そして、無事に走行を終えることが出来たのだ。
同じようになれるポイントは、今を意識することだけだ。
ウィルソンは、強く何かに集中することに意味があると思っていたが、集中すべきは「今」だけで、別に、顔を真っ赤にするような強い集中が必要なわけではなく、集中のために、強い緊張にさらされる必要もない。
単に、今、呼吸をしていること、歩いていること、食べていること、音楽を聴いていること・・・何でもいいから、今の状況に「あえて」「意識的に」心を向けるだけで良いのである。
そうすれば、意識は今という実在の中で無限と同調し、周波数を高め創造の力と一致する。
そうなれば、無限の意識である自分は万能であり、そこそこの引き寄せなど、他愛もないことになるのである。
それ以上のこともあるが、それは関心があれば、各自で体験すれば良いことであり、とりあえず我々が関心があるのは、現世利益であるはずだ。








  
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心が活気付き幸運になる生き方

自動車の運転は、まだ慣れてなくて、多少たどたどしい時が面白いものだ。
だが、慣れてしまうと、多くの人は、運転が退屈になってしまう。
これは、何ごとも同じで、新鮮さがなくなると面白くなくなるのだ。
その理由について、英国の作家コリン・ウィルソンは、運転などの作業は、慣れてしまえば、自分の中のロボットが代行するからと説明し、それもある意味正しいが、もうウィルソンの理解を超えなければならない。
なぜ慣れたことが退屈かというと、余裕があるのでよそ事を考えるからだ。
よそ事というのは、過去に起こったことや、未来の空想である。
すると、心が「今」にいなくなってしまう。
この、心が「今」にいないことで、退屈・・・心がどんよりと活気がなくなるのである。
ところが、腕が痛いなどで、よそ事を考える余裕がなくなると、運転をしている「今」に集中するので、案外に悪い気分にはならないのである。

いわゆる、「マンネリ化」し、「刺激がなくなる」と、何ごとも面白くなくなる。
「マンネリ化」し、「刺激がなくなる」と、上の運転の場合と同じく、よそ事を考え、「今」に集中しなくなるからだ。
それで、たえず刺激を求め、新しいことをしたがるのだが、大抵の人は、間違った方法を取る。
自動車の運転で言えば、比較的良いやり方は、これまで走ったことのない場所に行き、新鮮な気持ちで運転することだ。
悪いやり方は、車をぶっ飛ばしたり、危険な運転をして刺激を求めたり、度々車を買い替えたり、車を買い替えないまでも、しょっちゅう内装を変えたりすることなどだ。そんなやり方では、すぐに飽きてしまう。
正しいやり方は1つで、車を大切にし、心を込めて運転することだ。
それには、たとえば、「車があってありがたいなあ」とか「運転は楽しいなあ」といったような素直な心を持つことだろう。
「ありがたいなあ」とか「うれしいなあ」という、穏やかな快の感情は、心を「今」に引き戻し、心が「今」にあると、心は活気があって、きれいに流れるのである。

人間は、心が「今」にあると、心の振動数が高く、活気があり、心の振動数が高く、活気があると、望まなくても幸運を引き寄せ、その気になれば、世界を自由に創造出来る。
だが、日常に流され、仕事も遊びも恋愛もマンネリ化すると、そのことに集中しなくなり、過去や未来の妄想をして「今」に生きなくなる。
すると、運が悪くなり、世界に支配されるようになってしまう。
それを避けるには、上で、車の運転について、「心を込めて運転する」と述べたように、何ごとも、心を込めてやることだ。
今あるものに対して「ありがたいなあ」とか「うれしいなあ」と思うことは、まさに、心を込めることだ。
これは、言葉に出したり、あるいは、頭の中で、「ありがたいなあ」とか「うれしいなあ」と言えば、そんな気持ちになるので、こんな言葉を口ぐせにすれば良いのである。

小さな子供が、テーブルや机の下に潜り込んで自己満足して喜んでいることがある。
そんな子供は、心を込めて潜り込んでいるのであり、義務感でやっているのではない。
「今、テーブルの下に潜り込んでいる」と強く実感し、「今」を生きているので、心は活気づき、楽しくて仕方がない。
骨董品愛好家は、好きな骨董品(たとえば湯飲み)を持って見ていると、「私は今、これを見ている。今、これに触っている」という感覚を強く感じているのである。

つまり、楽しいか楽しくないかは、全て「今」を感じているかどうかだけの問題なのである。
そして、今を感じていれば、引き寄せの力が働くのである。
このことにいつ気付くかで人生は決まるのである。








  
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脳に組み込まれた唯一の指令

これまで何度も書いたし、これからも書くが、今の瞬間を生きている人間が超能力者で、引き寄せを自在に行える。
よって、どうやれば、今の瞬間を生きることが出来るか・・・つまり、記憶(過去)や空想(未来)の中に生きるのではなく、今に意識を引き戻すことが出来るかが重要なのだ。
これには、いろんな手があり、自分のやり易いものを選べば良いのである。
その中で、1つ簡単で効果的な方法があるが、それについて説明する。

出展は敢えて挙げないが、こんな話があったのを印象的に憶えている。
「脳の中にある唯一の指令は『生きろ』である」
私は、これに瞬間的に強く同意したが、確かにそれは本当ではなかろうか?
脳は、生存を最優先するのである。
正確には、自分の種のDNAの保存ということになるかもしれないが、それを含めたとしても、脳に与えられた指令は「生きろ」だけで、生きることが何より重要なのである。

そして、人間の能力を阻害するのは、生存に敵対する思考や感情なのである。
だから、「生きろ」という最重要コマンドに従うほど能力は高くなり、さらに、それに集中すれば、驚くべき力が発揮される。
その力の中には、超能力や、幸運や、引き寄せの力も含まれる。
しかし、大切なことは、あくまで「生きろ」という指令を感じることであり、「生きてやる」と考えることは、まるで、太陽に向かって「輝け」と言うようなものなのだ。
太陽が輝いていることを感じればいいだけであるように、自分が生きていると感じさえすれば良いのである。
だが、現代人の多くは、自分が生きていることの意識が希薄なのである。
自分の生を実感しさえすれば、あらゆる能力や幸運に恵まれ、全てがうまくいくのにである。
明石家さんまさんの大成功の要因は、彼が「生きてるだけで丸儲け」とよく言うように、生きていることを強く実感しているからかもしれない。
実際は、ただ、「生きている」と思うだけで良く、そのために、言葉で「生きている」と言ったり、心で唱えても良いのである。
そうすればそうするほど、能力が高まり、幸運に恵まれ、欲しいものや状況を引き寄せるようになるだろう。
なぜなら、生こそ今に存在するものだからである。
いかなる過去の記憶や未来の空想よりも、今のこの生命こそが最も輝いているのである。
それが生命エネルギーであり、全てを可能にする力である。








  
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天使のささやき

いつも見ていて、存在を意識しなくなった物とか場所とか風景が、不意に美しく輝いて見えるという経験があるだろうか・・・というより、ないはずがないのだから、それを憶えているだろうかと問い直すべきだろう。
たとえば、心から嬉しいと思う出来事があった時に、何もかもが美しく輝いて見えるということがあると思う。
あるいは、朝早く起きて、頭がまだぼーっとしている時に見ると、見慣れたものが、何か非常に生き生きとしていると感じるかもしれない。

そんな美しさを、皆、忘れてしまい、普段は気にも止めない。
その重要性に気付きもしないのだ。
「アラビアのロレンス」で知られるT.E.ロレンスは、自叙伝であり、自分の戦記である『知恵の七柱』で、朝、思考が戻って来る前に見た砂漠の圧倒的な存在感を語っているのを、コリン・ウィルソンが『右脳の冒険』で引用していたが、ウィルソンも、その価値に気付いていたのだろう。
だが、ウィルソンは、それの起こし方を明瞭に言うことは出来なかったように思うのだ。

その「経験」を最も鮮烈に語っていると私が思ったのは、「20世紀最大の詩人」と呼ばれた、アイルランドの詩人・劇作家W.B.イェイツの未完の書『まだらの鳥』の中で、イェイツが自分を投影した主人公マイケルが、船の甲板の上で見た、湖の上に浮かぶ精霊の少女の記述だった。
翻訳で読んでも、私は、その美しさに圧倒された。
たとえば、空気が澄み切り、その少女の服のひだの1つ1つが鮮明に見えた・・・といったことも書かれていた。

だが、そういったものは、その気になれば、いつでもどこでも見ることが出来るのである。
そして、それを見ている状態が、時間が消え去った今で、そこでは、人間が隠し持った力を解放し、世界の創造主になるのだと思える。

そのやり方を、とりえず簡単に言えば、「思考、記憶、観念のフィルターを通さずに見る」だけである。
言い換えれば「直接的(ダイレクト)に見る」ということだ。
いや、いきなりこう言われたら、誰でも戸惑うかもしれない。
それで、超能力者達は、「凡人に分かることではない」と言うのだが、これは、凡人とか天才とかではなく、人間にとって最も重要なことだ。
これを忘れたから、人間は虫けらの状況にまで陥り、世界は腐敗して滅ぼうとしているのである。
いつも見ている、壁や、家具や、畳や、床も、思考のフィルターを通さず、新たな目で見れば、ロレンス流には「意味が流れ込んで来る」ような、不思議な、そして、間違いなく魅力的な何かを感じるのである。
それを、昔の人は「天使がささやいた」と言ったのかもしれない。
もう少し考えて、よく分かるように書こうと思う。
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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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