ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
あなたをSE、プログラマー、あるいは、超能力者にするブログ。ひきこもりも歓迎。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

考えることを放棄した者が最強な理由

私が本当に名言だと思うのは、BLOGOSに掲載された、UFO研究家の矢追純一さんのインタビュー記事
「宇宙人が飛んでくるから、それを撮るんです」〜矢追純一氏がUFO特集を始めたワケ
の中の、
「僕は小さい時に、自分でものを考えることを放棄したんです。頭も悪いから。」
だ。
私は、矢追さんはソクラテスの生まれ変わりではないかと思っている。
ソクラテスは、「私だけが、自分は何も知らないと分かっているので、私が人類で一番の知恵者でなのだ」と言ったのだ。
ただ、矢追さんは「方針だけは決めろ」と言われているように思う。
方針・・・と言ったら何やら抽象的だが、英語で言えば、ポリシーとかプランで、こっちの方が少し分かり易いかもしれない。
ただ、ざっくりとしたポリシーやプランなのだろう。
丁度、長谷敏司さんのSF『BEATLESS』で、超高度AIである美少女アンドロイドのレイシアが、17歳のアラトに「私たちが共に歩む未来をデザインして下さい」と言い、結局、アラトが、後にその「デザイン」を、ざっくりと、「皆が信じられる未来」と言ったようにだ。
まあ、普通の人の場合は、「方針/ポリシー/プラン」は、社長になるとか、プログラマーになるとか、金持ちになるといった感じかもしれない。
だけど、自分で、それをどう実現するかと考えると、もう、ややこしくなってうまくいかないし、そもそも、思った通りに事は運ばない。
さらに、「考え」なんてのは、自分の意志で起こしているように感じても、実際は、頭の中で勝手に起こるものであり、それを「私が考えている」と思っているだけというのが科学的真実らしい。
だから、方針をはっきりさせて、考えることを放棄すれば、方針にそった良い考えが発生するし、それどころか、「流れ」とでも言うべきものが生まれ、自然にうまくいくはずだ。ちなみに、世間で言う「思考停止」とは、実際は、考えていないのではなく、「下らないことを沢山考えている状態」なのである。
方針をバシッと一度で頭にインプットすることは難しいので、例えば、「社長になる」と頭の中で唱え続けると良い。
これに関しては「社長になった」と過去完了形で言うのが良いと言う人もいるが、好きなようにやれば良い。
別に私は社長になりたくはないが、もし、そんな方針を持つなら、「社長、社長、社長・・・」と単語だけで唱える。
「社長になる」とか「社長になった」なんて唱えると、まず、反発が起こり、潜在意識に定着しないからだ。
では、いよいよ、私も考えることを放棄しよう。











  
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ウイルスの流行や天災について

中国で発生した新型コロナウイルスは、日本を含む他国でも感染者が発見され、死亡者もいるようだ。
だが、今のところ日本では、ほとんどの人が、「ちょっと心配」程度の気持ちだと思う。
2006年に、日本でノロウイルスが大流行した時は、周囲に感染者がいたので(元々、ノロウイルスには年間数百万人が感染するが)、ノロウイルスだけで死亡することはまずないながら、身近に感じたものだったと思う。
ちなみに、2006年のノロウイルスでは、私の会社の同僚が感染し、かなり重症になって1週間ほど寝込み(通院はしたが入院はしなかったらしいが)、私も高熱を発して1日くらい休んだのではないかと思う。
さらに以前の、1996年の病原性大腸菌のO157(オーいちごーなな)の日本での大流行では、死亡例もあり、深刻度は高かったと思う。消毒液が流行したのは、実は、このことが原因ではないかと思われる。

これら、ウイルスや微生物への対策としては、「うがい」「石鹸で手首まで洗う」「消毒」がよく言われる。
しかし、政府が、「食事前には、石鹸で手首までよく洗って下さい」と言うと、土木作業員らが、特に外で昼の弁当を食べる時のことを考えると、馬鹿馬鹿しく感じるそうだ。
「手は、道の水溜りで洗うか、そうでないなら洗わない」
そんな人達が、O157に感染したという話は、あまりなかった。

ウイルスだけでなく、規模の大きな地震や台風といった天災が連続して起こると、「天罰」説みたいなものが言われることがある。
昔、東京都知事だった石原慎太郎さんが、そんなことを言ってバッシングを受けて謝罪してからは、有名人は「そんなことを言ってはならない」ことが分かって、うかつなことを言わなくなったが、石原さんへの批判は政敵が仕組んだ部分も多かったのだと思う。
つまり、「天罰」だと言ったら、「災害が起こった地域の人々が悪い」と言ったとすり替えら得るのだが、石原さんも、まさかそんなことは言っておらず、日本規模、世界規模の人間の心が悪くなったからではないかと言ったのだと思う。そして、それは、非科学的と言われたらそうなのかもしれないが(最近は、案外に言われなくなりつつあるようにも思うが)、心がけとしてはあっても良いのではと思う。
2018年に北海道で大規模な地震があった際、初音ミクさんの会社であるクリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長がツイッターで、「社内のミクさんのフィギュアは1つも倒れませんでした」と、社内の様子の写真を掲載されていたのを感動的に覚えている。また、同社は、極めて早く営業を再開していたと思う。
そういうのを見ると、やはり徳の高い存在は天の加護を受けるものだと思ってしまうが、それを宗教的と批判したくなる向きもあるとしても、「では天に恥じない生き方をしよう」という気を起こすなら、悪いことではないだろう。いや、宗教や信仰だって、そういった意味での良い部分は大いにあるはずなのだ。

私は密かに、地震、台風、大雨が頻発した際には、他者のことはともかく、自分の心の悪しきものが強くなっていることを疑い、多少は悔い改めてはいたし、その証として、被災地に一度に39,000円(もちろん、ミクさんにちなんで)の寄付をしたこともあった。クリプトン・フューチャー・メディアでは、度々、天災被災地への義捐金を出しておられる。そういったことが、今月はヨーロッパ5ヶ国でまでミクさんの大規模なライブが行われ、4月以降は北米12都市でライブ、そして、米国最大級の音楽フェス「コーチェラ」にも2週に渡り出演と、世界的に活躍を広げるほどの天の助けも得ているのではないかと思う。

全く個人的な話だが、私は、いかなるウイルスに対しても、ビタミンCの大量摂取で対応出来ると思っている。
いや、そもそも、いかなる病気に対してもそうなのである。
それと、毎日の腕振り運動千回以上だ。
それで、現実に超健康で、超人的、ヒーロー的身体を保っているのだから、思い込みとしても悪くはあるまい。











  
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潜在意識のイメージを変換する

人間は、お金と愛と健康があれば幸福だという話があるが、だいたいそれで合っているだろう。
ただ、これらは、自分の意志で得ようとして得られるものではない。
潜在意識(無意識)の中に、お金が入ってくるイメージがあればお金が入ってくる状況になる。
同じく、潜在意識の中に、愛されるイメージがあれば、自然に愛される。
そして、潜在意識の中に、健康なイメージがあれば、自分では特に何もしなくても健康でいられる。

では、潜在意識の中のイメージは、どうやれば正しくなるのかというと、聖書のヨハネの福音書にある通り、「はじめに言葉ありき」だ。
実際、頭の中では、1分間に300から1000の言葉がつぶやかれているのは、頭の中のイメージは言葉と結び付いているからなのだ。
不健康な人は、「調子が悪い」「シンドイ」と言った言葉がつぶやかれているし、愛に恵まれない人は、潜在意識の中が、「私は嫌われ者だ」「私は醜い」といった言葉で満ちているのだ。
経済的に苦しい人は、「お金がない」「私はお金を稼ぐ能力がない」などという言葉が頭の中で繰り返されている。

そこで、自主的に好ましい言葉を頭の中でつぶやけば良いのだが、否定的な言葉が頭の中にある者にとって、それはエネルギーを要し、続かない。
斎藤一人さんは、千回、「豊かだなあ」と口にすれば良いと本に書かれていたが、それはどうだろう?
その否定的な言葉が、これまで、何万回、何十万回とつぶやかれてきた人が多いのだ。千回程度ではどうにもならないし、十分な数を言うのは、やはり、なかなか続かないのだ。
だが、単なる単語なら、非常に省エネで、うまくいく。
例えば、「私は愛されている」なら、燃費1km/L(1リットルで1km走行可能)としたら、「寵愛」や「人気者」や「庇護」や「愛護」なら、ただの単語で葛藤がないので、燃費20km/Lと省エネなのだ。
「私は健康だ」ではなく、「剛健」「健康」「健勝」などが良い。
「私は金持ちだ」ではなく、「裕福」「リッチ」「富裕」あたりで良いだろう。
その他でも、自分がしっくりくるものを選べば良い。
ごく単純に、「富」「愛」「健康」がぴったりくる人もいると思う。
だが、ある意味、肯定的な言葉でさえあれば、何でも良いので、そう悩む必要はない。ただし、お金については1つの言葉、愛についても1つの言葉というふうにした方が効果的だ。
なるべく早く始め、潜在意識のイメージを肯定的なものに変換することが大事である。











  
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2つの超呪文

どんな呪文を愛用するかで、人生は決まる。
そして、全ての人に共通する万能の呪文はない。
法然や親鸞の時代なら、「それは『南無阿弥陀仏』じゃ!」と言っても良い事情があったが、今は、そうではない。

今日は、面白い呪文を2つ取り上げよう。
きっと、気に入ると思うし、試してみても良いと思う。

1つは、ドイツのベルベル・モーアの『星からの宅配便』からだ。
その呪文は、「心おだやかに!」である。
10歳の少女アンナは、学校のハンスという、意地悪な男の子のことで悩んでた。いわゆる「ムカツク!」男の子である。
アンナは母のマルタから、「心おだやかに!」の呪文を教わり、ハンスに嫌な目に遭わされる度、この呪文を唱えた。
しかし、状況が改善せず、アンナはハンスに、「あんたにムカつく時にはいつも、『心おだやかに!』っておまじないを唱えているの」と言う。
そう言われたハンスは、「ふうん」と言って黙り、それからあまり意地悪をしなくなった。
しばらくして、アンナはハンスから、自分も「心おだやかに!」のまじないを使っており、さらに、他の子達にも教え、教えられた子達も使っていることを教えられる。
ハンスも、そして、他の子達も、皆、ムカつく何かがあるのだ。

もう1つは、ジェームス・スキナーの『100%』にある、愉快な呪文だ。
それは「こげばいいでしょう!こげば!」である。
これは、「ツール・ド・ヨーロッパ」という、ヨーロッパの14ヶ国5000キロを自転車で走るクレイジーなイベントに参加した選手の1人がつぶやき、選手達の間で流行った言葉だ。
37日の競技の初日には、炎天の太陽で肌は焦げ、足はパンパンで、全員クタクタだ。
選手達の平均年齢は43歳。
3日目、スペインのアンダルシア地方は昼に摂氏43度に達する。
山もあり、死ぬほどつらい。
夜になってもホテルに着かない。
そんな中で、1人の選手がつぶやいたのだ。
「こげばいいでしょう!こげば!」
すると、これが皆の口癖になった。
「道を間違ってしまった。30キロ伸びまーす!」
「こげばいいでしょう!こげば!」
「この先、峠が3つです」
「こげばいいでしょう!こげば!」
「これは2週間安静の大怪我です」(転倒した選手が肋骨を折った)
「こげばいいでしょう!こげば!」
「今夜のホテル、お湯は出ません」
「こげばいいでしょう!こげば!」
そして、37日後、全員がゴールした。

文句を言わず、やるべきことを淡々とやれば、嫌でも成功するということだ。
試験が迫っているなら、「勉強すればいいでしょう!勉強すれば!」だ。
セールスの仕事なら、「セールスすればいいでしょう!セールスすれば!」だ。
ダイエット中なら、「運動すればいいでしょう!運動すれば!」だ。
ブログを毎日書くと決めたら、「ブログを書けばいいでしょう!書けば!」だ。
自分に合うように変えれば良い。
他にも・・・
「歯医者に行かないとけない」
「行けばいでしょう!行けば!」
「健康保険料、毎月10万円払わないといけない」(高給取りが退職すると、こんな目に遭う)
「払えばいいでしょう!払えば!」
「可愛いあの子を口説くんだ」
「口説けばいいでしょう!口説けば!」(ただし、紳士的に)

ああ、ところで、誰にも教える気はないが、ついに理想のプログラミング言語を見つけた。
それはGo言語だ。
うんざりするほど遅い開発環境(VisualStudioのような)もない。
オブジェクト指向でもない(!)。
ループ文はforだけ(!)。
だが、Googleが作った新しい万能言語で、OSを選ばず、作ったものはどのOSでも動く。しかも、超高速だ。
JavaもC#もPythonもRubyも、もう古い!(※主観)
いまさら、新しいプログラミング言語を覚えるのも億劫だが、
「勉強すればいいでしょう!勉強すれば!」
である。
Webも、スマホアプリも、AIも、全部Goで作ってやるんだ・・・(作れる)
「作ればいいでしょう!作れば!」
でもまあ、一番役に立つのはVBAである(ニッコリ)。











  
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「何を覚えるか」が考えることより大切な理由

物凄く重要なことに気付いた。
それは、考えるより、覚える方が大事だということだ。
いや、それどころか、考えることには何の意味もない。
いやいや(笑)、そもそもが、人間は(犬もだが)、考えることが出来ない。
実は、思考というものは「発生する」だけであり、我々が自分の力で「作り出す」ものではない。
だが、我々は、自分が考えていると思っている。
これは別に、突飛なことではなく、様々な分野での科学的な実験で証明されているらしい。
興味があれば、前野隆司さんの本あたりを読むと良い。

なら、何をすることが大切かというと、有益なことを覚えることだ。
なぜなら、脳に記憶されたことを原料にして考えが起こるからである。
つまらない情報を脳にインプットすると、つまらないアウトプットしか出てこない。
だが、優れた情報を脳にインプットすると、アウトプットも素晴らしくなる。

よく、「学校は生徒にインプットばかりさせ、生徒はアウトプットの機会がないから能力が育たない」と言う者がいるが、それはちょっと違う。
教科書というのは、インプットしても、良いアウトプットを出させない残念な情報なのだ。
なぜなら、教科書とは、国家が国民を子供の時から奴隷にするために作ったものだからだ。

インドの聖者、ニサルガダッタ・マガラジは、師の「あなたは至高の実在である」という言葉を覚えていたから、7年で悟りを開いたという。別に修行は何もしなかったらしい。頭の中にインプットされた情報が、じわりじわりと、精神を変革していったのだ。
マハラジでなくても、偉大な人間は、聖書の中の1つの言葉や、イエスや釈迦が言ったとされる言葉のうちの1つ、あるいは、それに匹敵する言葉を覚えているものなのである。
そして、覚えていられるのは、本で言えば、せいぜいが十数ページの長さである。
岡田虎二郎が、ルソーの『エミール』の序文を覚えていたように。
同じように、優れた本の序文や第1章を覚えていることが、あなたの役に立つだろう。
本全部を読んでも、あまりに希薄な情報しか頭に入らないので、それでは優れたアウトプットは起こらない。
また、最初に良いことを書いてない(著者の自慢話とか)本は、啓蒙書では、あまり良いものはない。
ジョセフ・マーフィーの本なども、序章や第1章に大事なことが書かれている。そして、全部を読むと、その大事なことを忘れてしまうのだ。大事な部分を覚えた後でなら、補足程度に、残りも読んでも良いだろう。











  
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