ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

星の銀貨効果

魂(第一生命体)が弱い人間が、強い知的エネルギー(第二、第三生命体)を呼び寄せる方法の第二弾である。
弱い者が強くなるには、強い者の真似をすれば良い。
とはいえ、トランプ大統領のように、能力、ハート、経験、人脈、資産など、桁外れに高い人間の真似などは出来ない。
イエスに関しては、一部では真似出来るし、そうすべきではあるが、彼は自分はソロモン(イエスの祖先の賢王)やヨナ(預言者。『ヨナ書』著者)に優ると宣言しており、やはり、とてつもない。

そこで、グリム童話の『星の銀貨』のヒロインの少女を取り上げたいが、これが極めて良いことと思う。
『星の銀貨』はとても短いお話だ。
楠山正雄の素晴らしい翻訳が、青空文庫で公開されている。
【青空文庫】星の銀貨

簡単に言えば、『星の銀貨』は、こんなお話だ。
住むところもない貧しい女の子が、いまや、着ているものと、恵んでもらったパンしか持っていなかったが、そのパンも、そして、着ているものも全部、乞われて与えてしまった。
そして、何も着ず何も持たない女の子が夜の森で1人でいると、空の星が落ちて来て沢山の銀貨になり、女の子はいつのまにか上等の服を着ていた。

この女の子の真似をすると言っても、本当に、人に自分の持っているものを全部あげるというのではない。
このブログで先週6日の、「3つの奇跡話(その2)」で書いた、余命3ヵ月の癌から奇跡の回復をした女性に関し、トーシャ・シルバーが言ったことと、その奇跡の女性の言葉を再度、取り上げたい。

著者のトーシャ・シルバーは、こう書いている。
「必要なものも欲しいものもなく、この世に別れを告げていた彼女にとって、この才能(※)はあっちから勝手にやってきたものだった」
そして、この奇跡の女性はこう言ったらしい。
「もしかしたら、何も必要じゃなくなったとき、すべてを得られるのかもしれない。そして、物事を起こそうとがんばるのをやめたとき、どんなことも起こりうるのかも」
「わかるのはただ、以前いた”私”はもういなくなったってこと。私は脇にのいたの」
※この才能:完全な引き寄せの力
~『とんでもなく全開になれば、すべてはうまくいく』(トーシャ・シルバー著)より~

『星の銀貨』は、聖書同様、事実そのままが書かれているのではなく、象徴的なお話なのだが、この女の子が富を得たのは必然であったと思う。
そして、決意は必要ながらも、これは弱い人間でも出来るし、どうにも救いようのない人間にとっては、最後の一発逆転のチャンスになるかもしれない。








  
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クリスマス・キャロル効果

アファーメーション(肯定的断言)、自己暗示、優れた呪文などを唱えていると言いながら、どうしても駄目な人間というものがいると何度も述べた。
まあ、実際は、そんな者達は、アファーメーションなどをやっていると言っても、十分な数でない・・・どころか、話にならないほど少ないのだろうと思う。
貴い言葉は、自分の魂を強く豊かにする。
自分の魂(第一生命体)が強く豊かであれば、力のある知的エネルギー(第二生命体、第三生命体)が呼び寄せられて融合し、権威と力を得て、望まなくても幸運に恵まれる。
以前も書いたが、このことを物語の形で示したのが、フレデリック・ヴァン・レンスラー・ダイの著書『マジック・ストーリー(人生を変える魔法の物語)』だ。

だが、世の中・・・特に現代の日本には、どうしようもなく弱い人間、心がひなびた人間、心が腐った人間というものが沢山いる。
それに関し、学校が悪い、マスコミが悪い・・・というのも確かに事実だが、そんなことを言っていても解決にはならない。
まあ、弱いと言っても、あの『スターウォーズ』のルーク・スカイウォーカーだって、最初は弱かったのだから、そこらは気楽に考えて良い面もある。
そこで、2回に渡って、弱い人間のための、魂を強く豊かにする方法を述べていきたい。
最初は、「クリスマス・キャロル効果」である。
チャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』という小説はご存じなのではと思う。
利己的で守銭奴の初老の男スクルージは、唯一の友マーレイと、スクルージ&マーレイ商会を経営していたが、マーレイは7年前に死に、スクルージは雇用している事務員と共にこの事務所を続けていた。
クリスマスの日、スクルージは慈善団体の寄付の要請を厳しく断り、家族とのクリスマス・パーティーのために今日は早く帰らせて欲しいと願う事務員には、その分、明日、早く出てくるよう命じた。
その事務員や甥が、スクルージをパーティーに招待したが、スクルージは冷たく断った。
そして、自宅で1人過ごしていたスクルージは、7年前に死んだマーレイの霊の訪問を受ける。
マーレイの霊は、これから、3人の幽霊が、スクルージの未来を見せると言う。
マーレイが言った通り現れた3人の幽霊に導かれ、スクルージは、様々な衝撃的な未来を知るが、止(とど)めは、見捨てられた哀れな死体や、その死体が埋葬された、荒れ果てた墓場に放置された墓に刻まれた自分の名だった。

我々は、本質では、スクルージと比べて少しもマシではない。
社会制度自体が、スクルージの時代と比べて多少向上しているので勘違いしているが、当時の普通の人々は、我々よりもはるかに豊かな心を持っていた。
そんなことが、案外に、駄目な人間ほどよく分るのではないかと思う。
私も、自分がスクルージ以外の何者でもないと分かるのだ。
では、このままでは、我々の未来は、スクルージのそれと何ら変わらない。
見捨てられた死体が我々だし、見向きもされない墓の主が我々である。
それに恐怖を感じれば、我々の魂も、青白い炎を燃え上がらせるはずである。
だが、自分がスクルージとは違うと己惚れたり、根拠のない楽観論に逃避するなら救いはない。
けれども、少しはマシな人間になろうと思えば、その魂の光は、良い第二第三の生命体を呼び寄せることになるだろう。
逆に言えば、少しも悔い改めなければ、さらに悪い第二第三の生命体に掴まってしまい、哀れな地獄の亡霊が我々の未来になるだろう。








  
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運動を1つと言われたら

SNSの身体トレーニングの動画では、自分の身体自慢、鍛錬自慢をしたいだけのものが多く、真似しても続かないし、身体を壊しそうなものも多い。
健康で若い身体を作るには、1年365日、毎日出来るものでなければならないのだから、そのようなものは有害でしかないと思う。
気持ちの良い運動しか続かないし、それを長く続ける限り健康でいられる。
そして、ほんの少し気力を要する運動を長期間続けることで、永続する特別に強く美しい身体が得られる。
そこで、運動を1つと言われたら、やはり、腕振り運動(せい手、スワイソウ)をお薦めする。
これは万能運動である。

やり方は簡単で、
(1)自然に、姿勢良く立つ。自然に立った時、両踵がぴったりくっついているはずがなく、やや空いているずだ。
(2)両腕を真っすぐ伸ばし、前水平に上げる。両手のひらは内側に向ける。指はあまり力を入れずに真っすぐ伸ばす。
(3)両腕を、真っすぐ伸ばしたまま、手のひらを内に向けたまま、指は伸ばしたままで、後ろにやや鋭く振り降ろし、後ろ45度(垂直と水平の中間)あたりまで振る。
(4)肩の力を抜き、ほぼ惰性で前に振り、水平の高さまで戻す。

腕振り運動は、腕や肩だけの運動ではなく、全身運動だ。
身体を真っすぐに保つために、腹筋、背筋が鍛えられ、仙骨が調整され、身体の調子が良くなる。
ポイントは、足の親指で床を押すように力を入れることだ。
足の親指こそ、万力の源で、これを鍛えることで、身体全体が強くなる。
また、へそのあたりに力を入れること。腕振り運動をやりながらお腹に力を入れることで、自然、お腹が引き締まる。

そして、この腕振り運動が、仙道、あるいは、易筋経の秘法と言われるゆえんは、ある隠された偉大な効果にある。
それは、身体に気(あるいはプラーナ)が蓄積することで、若いほど気が充実している(赤ん坊が最高)のだから、やればやるほど若返る。
このあたりの原理は、関英男博士の『宇宙学序章 グラビトニックス』に詳しく書かれているが、専門用語が多いので、ここでは述べない。
関博士は、この本は研究者を目指す人のために書いたと記している。ただ、絶版で、古書も高価である場合が多い。
関博士は、自ら、腕振り運動で胃癌を治し、毎朝2千回を欠かさなかったことで、90歳を過ぎても世界中を飛び回り、かつ、世界中から論文を取り寄せて研究に励んでおられた。
また、関博士は、他の人達が腕振り運動で難病奇病を奇跡的に治してしまった事例を数多く記録し、上記の本にもいくつかその事例を記載している。

腕振り運動は、一度に百回以上、1日に、千回以上やることが望ましい。
特に他の運動をしなくても、強く美しい身体が作られ、保たれるはずであるが、生命力が上がるので、他の運動をしたくなる場合もあると思う。その場合も、無理をして身体を壊したり、ストレスになったり、そして、肝心の腕振り運動をしなくなっては意味がない。
腕振り運動は、多ければ多いほど良く、超能力者や仙人を目指す場合や、引き寄せの効果を格段に高めたい場合は、3千回、4千回、あるいは、それ以上やると良いと思う。

尚、腕振り運動には、多少のバリエーションがあり、特に、手のひらを下に向ける流儀のものも多い。
どちらでも、自分がやり易い方で良いが、関博士は手のひらを内側に向ける方法を教えておられたし、私も両方やったが、関博士式が良いと思う。








  
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器を広げる

人間は、魂が肉体をまとった存在だが、それだけではなく、守護霊や指導霊、支配霊その他の霊がついているという説がある。
だが、政木和三さんが、現代的に、次のように定義されている。

人間とは、肉体に、自分自身である第一生命体と、第二、第三、第四・・・の生命体が融合した存在。

ただ、第一生命体と第二生命体までは、どんな人間にも必ずあるらしいが、第三以下の生命体がいくつあるかは人それぞれであるらしい。
稀に、第二生命体がない場合もあるのかもしれないが、これは不都合であるようだ。なぜなら、人間の力というものは、第二生命体以下の生命体に因るからだ。
優秀で強い第二、第三の生命体がつくことで、高い能力を発揮したり、幸運も掴むことが出来る。
そして、第一生命体は不変だが、第二以下の生命体は、入れ替わることがある。
よって、是非とも、優れた力のある第二、第三の生命体がついて欲しいものである。

どんな第二、第三の生命体がつくかは、第一生命体次第である。
第一生命体が、大きく、高貴で、円満であれば、立派な第二、第三の生命体がつく。
だから、是非とも、自分自身である第一生命体を立派にしなければならない。

毎日、飲んだくれているようでは、第一生命体がヘロヘロになってしまい、それでは、優れた第二、第三の生命体がつくはずがない。
弱い者いじめをして喜び、他人を見下し、卑怯なことを平気でする者には。それなりの・・・つまり、汚らしい生命体しかつかないだろう。
性的な快楽に耽る者にも、決して、力ある生命体はつかず、やはり、いやらしい惨めな生命体しかつかないだろう。

一般的に言えば、第一生命体を立派にするのが修行である。
ただし、一般の修行のイメージである、滝行や坐禅のような修行をしても、清廉ではあっても、世俗的に強い生命体はつかないかもしれない。
貧しくても、武道や宗教を究めれば満足なのであれば、そんな第二第三の生命体と共にいれば良いのかもしれないが・・・
世の中で通用する人間になる修行は、出来る範囲で、世俗で苦しみ戦うことである。
その中で、凡人に出来る最も良い修行の1つが、嫌いな人間の機嫌を取ることであるらしい。
つまり、自我が辛い苦しいと感じるものほど良い修行なのである。
自我が自己満足するようなことは修行では、世の中で勝てる第二第三の生命体はつかない。

とはいえ、今、第一生命体が弱く歪んでいる上に、第二生命体以下も弱い場合は、いきなりきつい修行は無理である。
そこで、毎日欠かさず、自分なりの修行をして、第一生命体をそれなりに立派にする必要がある。
それには、「自分にはちょっと厳しい」と思える程度のことを、とにかく、1年続けることだ。
例えば、毎朝ジョギングをするなどでも良い。
毎朝6時にジョギングすると決め、これを1年365日欠かさずやると決める。
「自分にはちょっと無理だな。しかし、頑張れば出来る」と思えることをするのである。
それをやり遂げれば、第一生命体はかなり立派になっているだろう。
呪文、真言、念仏を唱えるのも、もちろん良いが、規則正しく、それなりの時間やらないといけない。
例えば、世界でもトップクラスの数学者だった岡潔は、毎朝1時間念仏を唱えていたらしいが、やはり、決めた時間に20~30分程度は唱えたいところである。

あるいは、理想的な人格を持つ者に倣うという手もある。
英雄の書を読んで、自分も、是非とも、そのようになりたいと「真剣に」思うことである。
私が特に憧れる存在を挙げるなら、福音書(新約聖書)のイエス・キリスト、『ラーマーヤナ』のラーマ、『バガヴァッド・ギーター』のクリシュナである。

あるいは、第一生命体が生まれ変わり、優れた第二生命体を呼ぶことで強い人間になる様子を鮮やかに描いた『マジック・ストーリー』(翻訳には『マジック・ストーリー』と『人生を変える魔法の物語』がある)を読むことである。








  
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お札の話

私は「お札(ふだ)」というものの力を割と信じている。
お札は、力ある霊能者に筆で書いてもらわないといけないのかというと、もちろん、それに越したことはなかろうが、『ローム太霊講話集』(霞が関書房)という本に、印刷されたお札でも効果があると書かれていたのを妙に憶えている。
妙に憶えていることは、経験上、かなり正しいと思う。
『ローム太霊講話集』も、不思議な縁で入手した本だった。
お札が効果があると思う理由には、こんな経験にも拠っている。
昔、私の家が、あるきっかけで霊的に悪いものに憑かれたような感じがあり、家族が重病になったり大事故に遭ったり、悪いことが重なった。
まあ、偶然のアンラッキーが続いた時が、悪徳宗教の狙いどころかもしれないが(笑)、幸い、そんな災難には遭わなかった。
しかし、ついに、決定的なことがあった(ゴクリ)。
私が、夜、寝床で、眠っているのか目覚めているのか分からないような中で、青い骸骨に首を絞められるといったことが、よく起こるようになり、私もやつれてしまった。
他にも、スイッチを入れていないテレビやストーブが急に付いたりすることもよく起こったが、これは電磁波で説明出来る可能性があるし、ごく個人的には私の超能力のせいかもしれないと感じた。
まあ、私が高校生の時の話で、元気だったから、私自身はさほどのことはなかったが。
それで、神社の神主さんにお祓いをしていただき、お札を何枚かもらい、それを、私が良くない気配を感じるところに貼ったら、悪いことがピタリと止んでしまった。

私にとっては、お札だけでなく、神社のお守りやアミュレットやタリスマンといったお守りも、いつも役立ってくれたように思う。
物理学者の保江邦夫さんの本『神様につながった電話』で読んだが、大阪のサムハラ神社で販売されている指輪の威力は凄いらしく、これに関する奇跡話は数多いそうだが、そもそも、サムハラ神社やサムハラのお札の奇跡話は古くから沢山あるらしい。
ただ、今では、サムハラ神社の指輪は入手が非常に困難であるらしい。
私は別に、その指輪を入手しようとは思わないが、サムハラのお札が付いた雑誌(下で紹介している)を買って、そのお札を金属製名刺ケースに入れ、旅行の時などにはバッグに入れている。すると、大抵、快適な旅になる。

他にも、高貴な内容の本には、お守りのような効果があると思う。
『ヒマラヤ聖者の生活探求』の5巻によれば、「神」という字が多く書かれている本には強い力があるらしく、それで言えば、聖書が一番だし、『古事記』にも神という言葉は多い。
まあ、信じない人には可笑しい話かもしれないがね(笑)。
非常に強い力を感じたのは、政木和三さんの著書『精神エネルギー』だが、不思議なことに、この本のカバーは破れていたはずなのに、いつか治ってしまっていた。これは本当だ。
林原生物化学研究所の中の政木研究所で、政木さんに直接もらった政木さんの著書『現代文明と奇跡』は勿体なくて持ち歩けないが(笑)。
まあしかし、政木さんの本はどれも効果があると思うが、ただ、政木さんに、ある政木さんの本は良くないと言われた。とはいえ、政木和三著になっている本はどれも良い(その「良くない」本は著者名に「政木」が入っていない)。
また、足立育朗さんの『波動の法則』には、科学的実験で確認されていると思うが、力のある図形が沢山書かれているので、私は電子版と共に紙の本も持っている。
それと、足立育朗さんの妹さんで画家の足立幸子さんの本にも、足立幸子さんが描かれた絵が掲載されており、これらの絵にも効果があると思う。
もちろん、保証のしようもないが、経験的、直観的、あるいは、気分的には(笑)、確かに効果があると感じる。












  
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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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