ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

身体や心より貴く偉大なもの

うろ覚え(確かでない記憶)であるが、新渡戸稲造は、西洋人の婦人に「日本人は宗教を持たずに、どうやって子供に道徳を教えるのですか?」と言われ、困惑したが、では、日本には武士道ありとして、「武士道」を英語で書いたという。
この、「日本人は宗教なしで、どうやって道徳を教えるのか?」というのは、よく聞くようにも思う。これは、「どうやって」という質問ではなく疑問であり、「道徳を教えるのに宗教が必要である」という意味だろう。
しかし、私はそれはおかしいと思う。別に、道徳を教えるのに宗教が必要ではない。イエスは道徳を教えたのではない。彼は聖霊を教えたのだ。

少し話を変えて説明する。
私にとって、特に中学校時代は痛い(辛い、虚しい等をまとめて、一応「痛い」と書いた)思い出ばかりであった。別に恋愛やクラブ活動のことではない。
本当にやりたいことをする時間のほとんどを奪われ拘束されていたからだ。これについては、誰もが同じと思う。
「子供に好きなことばかりやらせたら、ロクなことをせず、駄目な大人になるじゃないか?」
と言われるかもしれない。その通りだ。
子供は、小学生の頃には、従うべき貴いものを完全に忘れるよう仕込まれ(動物の調教に近い)、個人の心に従うようになってしまっているので、好きなことをやれと言われたら、ゲームやテレビや食べることといった、個人の心が命ずることしかしない。これは、現代の日本の大人も同様だ。
宗教は、本当は、個人の心を超えた、目には見えないが確実に存在する貴く偉大なものを教えるためのものであった。
だが、大昔に、ほとんどの宗教自体が、個人の心に従う者達のものになってしまったので、せいぜいが道徳を教えるしかなくなったのだ。しかし、道徳というのは偏見だらけのものだ。実際にあったらしいが、自分の子供を塩焼きにして君主に奉げることが最上の道徳とされたところもあったのだ。

目には見えないが、貴く偉大なものが存在するというのは当たり前のことではないだろうか?
自然に進化したとされる生物の最も単純なものでさえ、その機能は人間には驚異であり、それを作ったものに比べれば我々の能力は足元にも及ばない。まして、最も精妙な人間の身体となると、もはや神秘とか奇跡以外に何とも言えない。これらが偶然に出来たなどと考えるのはよほどの愚か者であろう。では、神と呼ぶかどう呼ぶかはさておき、我々の頭脳や、それに等しい心を超える何かは確実にある。しかし、我々は、その偉大なものに従わずに、個人の心にのみ従う愚を犯しているのである。
それは、形も大きさもないので、どこにでもある。心を鎮めれば、即ち、個人の欲望を捨てればすぐに通じる。温かい印象やフィーリングとして交流してくる。直観や閃きとして現れる。
個人の心ではなく、それに従えば、心はそれに似てくる。全能の力を帯びた心に何も恐いものはない。







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自分が自分でいられる時間を持つ

昔、「5時から男」という言葉が流行した。
多くの企業の就業時刻が午後5時までだったので、仕事が終わってから元気になるサラリーマンのことをやや揶揄(やゆ。からかうこと)してそう言ったのだろう。
しかし、改めて考えると、本当の意味での5時から男(女もだが)が正常なのではないだろうか?
マイケル・ジャクソンの1987年の「ザ・ウェイ・ユー・メイク・ミー・フィール(The Way You Make Me Feel)」の歌詞にも、「9時から5時まで働いて、君の欲しいものは何でも買ってあげる」という部分があり、アメリカも事情は同じらしい。
しかし、1963年のジョージ・アダムスキーに対して行われた質問に、「異星人(宇宙人)も9時から4時まで働くのですか?」というのがあり、その頃のアメリカでは午後4時までの勤務が普通だったことがうかがえる。
アダムスキーは、進化した惑星の人々が働く時間はずっと短く、週2日程度と答えた。ただ、そもそも、彼ら(異星人)には労働という概念が無いので、「敢えて言えば」といった意味での回答であった。尚、その時代に、アダムスキーは、異星人の見るテレビ(のようなもの)の映像が3次元で、しかも非常にリアルであることや、それを録画する装置があることを話している。地球でテレビ録画機の普及が始まったのは1975年以降のことだったと思う。また、アダムスキーは、異星人の宇宙船内部の管理モニターが精妙なグラフィカル・ユーザーインターフェースであることもその頃に発表していた。当時の地球のコンピュータは、モニタ画面など持っておらず、回答は全て紙テープに孔を開ける形で出力されていたはずだ。

終業時刻が午後6時とか、それ以降の職場も多いし、5時が終業であっても、事実上の終業時刻が8時、9時、あるいはそれより遅いということも珍しくはない。
しかし、毎日、起きている時間の大半を会社で過ごすというのは、仕事に生きがいを感じているのでなければ、苦痛と言うよりは異常なことだろう。そして、会社の仕事に生きがいを感じているような人間が、はたしてどれだけいるだろう?
また、子供が学校にこんなにも長い時間拘束されることもまた、本当は異常なことなのであるが、我々はそれをすっかり忘れさせられてしまっている。
それほど長く拘束されていたら、自分が本当にやりたいことが出来ないことを、今や我々は思い出すことも出来ない。会社や学校でやることが自分の本当にやりたいことであるのは、あまりに特異なケースのはずだ。
我々は、会社や学校でやっている以外のことがあることを考えないようにさせられてしまっている。そして、会社や学校以外にあるのは、せいぜいが、下らない遊びやグルメ、テレビといったものだと信じ込まされてきた。ある時期からは携帯メールやツイッターも出てきたが、本質は全く同じであり、我々が本来持つ創造的な能力や奉仕の欲求を必要としないものばかりなのである。
イタリアの小説家、映画監督であるシルヴァーノ・アゴスティが書いてベストセラーになった「1日3時間しか働かない国」という、豊かな未来社会モデルを描いた本がある。まるでアダムスキーが伝えた進化した惑星のような社会で、いずれは地球もそのようになるのかもしれない。しかし、そのためには、我々の大きな意識改革が必要だし、それを邪魔する者達も多く出るだろう。
ヨーロッパのいくつかの国では、ワークシェアリングという、仕事を分け合う形でその方向に進んでいるが、人々の幸福度は明らかに向上していると思う。収入は減るが、自分のための時間、家族や親しい人達と過ごす時間が多くなり、人生は豊かになる。
先ほども述べたが、アダムスキーの言う異星人の世界には労働という概念はなく、それは奉仕活動のようなものであるが、人々はそれを本当に喜んで意欲的に行っているので、特別な報酬などは求めない。そもそもが個人的資産という概念がない。ただ必要なものを得るというだけのことで、不要なものを望んだりはしない。豊かな世界には、豊かな精神性が必要となる。そのような世界には、自分のものという概念はない。個人的欲望を捨てるに従って、この世は天国に近付くのであると思う。







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太陽の塔になぜ見入ってしまうのか

1970年の大阪万国博覧会のために制作された、高さ65メートルの巨大な芸術作品「太陽の塔」は、今も大人気だ。
自分では何が良いのか分からないのに、太陽の塔をじっと30分以上も見ているという人が多いという。それこそ、芸術作品の証である。
岡本太郎の、ある彫刻オブジェ(オブジェ:物体という意味だが、ここでは前衛芸術作品を指す)などは、それを一目見て、大嫌いだと思った人が、雨の中、長時間じっと見ていくということがよくあり、その様子を見て岡本太郎も満足していた。
岡本太郎は、「芸術は、うまくてはいけない、きれいではいけない、ここちよくてはいけない」と言った。
岡本太郎の作品を見て、「うまいなあ」「きれいだなあ」「心地良いなあ」と思う人はいない。太郎もそんなものは創らない。「変な作品だなあ」「醜いなあ」「いやったらしいなあ」「気味悪いなあ」と思いつつ惹きつけられるのである。

一方、現在大人気のアニメ関連のイラスト絵画はどうだろう?
ファンならずとも、「うまいなあ」「きれいだなあ」と思い、心地良さを感じるだろう。しかし、これは芸術とは言わない。
その作品のファンならいざ知らず、足を止めるのはせいぜいが数分だろう。

では、岡本太郎の作品のような芸術作品と、アニメ関連の素晴らしいイラスト(以降、「アニメ画」と書く)との違いは何であろうか?
太郎の作品は魂のために創られているが、アニメ画は心のために創られているのだ。
いきなりこう言われると戸惑うかもしれない。それほど、普通の人にとって、魂はもちろん、心という言葉も抽象的過ぎる。世間では、魂は当然であるが、他人の心の存在などは無視しているからである。
しかし、自分の心の存在を疑う者はいまい。
だが、魂は、その上位にあるべきものである。
言ってみれば、心は身体と一体であるが、魂は宇宙と一体である。
心が魂を崇拝し、従っていれば人間に苦労はない。しかし、我々の心は世間に従い、世間の権威を崇拝し、心を魂の上位に置いてしまっているので、あらゆる悲惨、不安、恐怖を味わうのだ。
太郎の作品を見ると、魂の叫びをかすかであれ感じることができ、魂の高貴さを知り、心が恥じ入って魂の前にひれ伏す思いを起こさせるのだ。
岡本太郎自身、パリで初めてセザンヌの絵を見て、なぜか涙がとめどなく流れたと言う。この「なぜか」が重要である。心には分からないが、魂が呼びかけているのである。

もっとも、アニメ画が芸術にならないわけではない。ただ、それは、個人的なことであり、作品そのものが芸術であるというよりは、その個人が魂を作品に投影させた場合にそうなるのである。もちろん、それはそれで価値のあることであるが、どうしても心が割り込んでくるので、純粋な芸術にはならない。こういったものの場合、華美な力作よりは、シンプルなイラストみたいなものの方が良い。

岡本太郎は、「芸術は爆発だ」と言った。
心が魂に従っていれば、心は魂に溶けるのである。それを太郎は、「生命が宇宙に向かってぱーっと開く」と言い、それを爆発と言ったのだ。
魂に溶けた心は魂に似てくる。魂の万能の力を帯びる。太郎の作品が人々に求められないはずがないのである。







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気付きで身体が急速に回復

3日前の木曜日、不意に原因不明の体調不良となり、発熱と嘔吐(ノロウイルス感染のような症状)で1日寝込みましたが、昨日にはすっかり回復し、日課の腕立て伏せ160回もいつも以上に軽くこなしました。

食べたくないなら食べないとして、ほとんど食べずにいましたら、どんどん調子が良くなりました。
以前でしたら、回復のために無理に食べようとしていましたが、それは全くの間違いであったことは、今ではよく分かっていますが、世間では、いまだそのようなことが行われています。

私は2年以上、1日1食のベジタリアンの生活を保っていますが、その一度の食事の夕食で腹8分目まで食べるようになり、やや身体に負担をかけていたのだと思います。
今後は、念願のフェイト・メニュー(基本的にスープとパンだけ)にし、いっそう、厳しく食を慎もうと思いました。あれほど大好きだった甘いものも、食べたい気があまりありません。
※フェイト・メニューとは私の個人的造語。アニメ「魔法少女リリカルなのは」のヒロインの1人、フェイト・テスタロッサの夕食で、しかも、彼女はほとんど手をつけなかった。

人が、食欲や性欲に負けてしまう原理も、私には分かってきました。簡単に言いますと、人は、生命である意識と、身体である心の2つから出来ています。高位にあるのは、生命である意識ですが、普通の人は、身体である心を上位に置いてしまっているので、食欲や性欲に支配されてしまいます。食欲、性欲を克服すれば、生命である意識からのメッセージを受けることができます。正確に言うと、メッセージは常に来ているのですが、それを感じることができるようになります。天才の閃きは全て、意識からのメッセージです。
心を意識に従わせることに成功すると、心は意識に溶けますが、それをインドの聖者達は、少し短絡的に、心が消えると言ったのです。より正しくは、心が意識と融合して高貴に変容し、心が生命の力、自然の潜在力を行使できるようになります。
心を意識に服従させるためには、個人的欲望を無くす必要がありますが、そのために、厳しい修行をしたり、死に物狂いで研究や奉仕活動をして、身体と心を危機に追い込むしか手がないように思われていました。
ところで、水野南北は、ただ食を慎むことで開運すると言いました。本当は、開運を目的としてはうまくいかないと思いますが、食を慎むことは、心を意識に従わせる最も簡単な方法であると思います。なぜなら、食の慎みに抵抗するのは身体や心、それに打ち勝つのは、意識からのメッセージを感じ、それに従うことであるからです。
尚、意識に従うことを、聖書では、神と和らぐと表現しているのだと思います。結果、幸福を得ると書かれています。
Acquaint yourself with him, now, and be at peace. Thereby good shall come to you.
神と和らいで平和でいなさい。そうすれば、幸福が来るでしょう。(ヨブ記21章22節)
潜在意識(意識の心で隠れた部分)の教師、ジョセフ・マーフィーがよく引用した言葉です。







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人間の犯しうる最大の罪とは

先ごろ、スティーブ・マックイーン生誕80年、没後30年記念として、NHK BSでマックイーン主演映画の名作が何作か連続放映された。
マックイーンは、私にとってもだが、多くの人にとって極めて特別な俳優だろう。
彼は、ナイス・ガイではあるが、決してイケメンではない。
幼い頃、母親の再婚相手の義父に虐待を受け、家出を繰り返すうちにグレて不良化し、14歳で少年院に入れられ、海兵隊を経てタクシー運転手、用心棒、バーテンダー(バーテンともいう。バー等で酒の調合や軽食の用意をする人)などをしていたようだ。そんな中、ガールフレンドに俳優学校への入学を勧められるも、「俳優ってのは美男子じゃなくちゃ駄目なんだ。俺のような猿みたいな顔の男に出来る仕事じゃない」と乗り気でなかったが、説得されて入学し、才能を発揮していく。

こんな逸話がある。
映画監督が、ある危険なシーンのスタント(離れ技)を引き受けてくれる命知らずのスタントマンを探していた。マックイーンは「ちょっと高いが、いいスタントマンがいる」と言うと、監督は「高いのは仕方がない。紹介してくれるかね?」と言った。スティーブが監督に渡したそのスタントマンの写真はスティーブ・マックイーン本人だった。

さて、その放送された映画の1つが、フランス・アメリカ合作映画「パピヨン」だ。
「パピヨン」は、色気も何もない映画だが、これほど心底から感動する映画は滅多にない。
マックイーンは、無実の罪で終身刑となり、孤島の監獄に送られた囚人パピヨンを演じる。パピヨンはフランス語の蝶で、胸に蝶の刺青があることから、そう呼ばれるようになったのだ。
共演の、国債等の偽造家ルイ・ドガの役は、ダスティン・ホフマンで、ホフマンの味わい深い演技がまた素晴らしい。
凄まじい映画であるが、実話に基いたものであることが脅威だ。パピヨン本人であるアンリ・シャリエールが書いた原作小説は1千万部を超える大ベストセラーとなった。シャリエールは、映画の撮影中にマックイーンにも会っている。そして、この映画にはシャリエールの妻が、ドガの美人妻の役で出演している。ドガはじめ、囚人の多くが実在した人物である。
悲惨な少年時代を過ごしたことが、マックイーンとシャリエールに共通している。マックイーンは俳優として成功した後、度々少年院を訪れ、少年達を励まし、不良少女を養女にして立派に育てた。一切の取材を拒否したマックーンだが、新聞部の男子高校生の取材に応じたことがあった。

映画の本筋とはあまり関連が無いが、私には非常に印象に残った場面がある。
パピヨンの夢の中のことだ。砂漠の中にある奇妙な法廷で、黒い服を着た裁判官と陪審員に、パピヨンが裁かれる。パピヨンは無実を主張する。俺は殺していないと。裁判官は、「その通り。お前は殺していない。お前は別の罪で裁かれるのだ」と言う。「何の罪だ?」とのパピヨンの問いに、裁判官は、「人間の犯しうる最も恐るべき罪で」と答えた。それは、「人生を無駄にした罪」である。そう言われ、パピヨンは「確かに有罪だ・・・認めるよ」とうなだれる。

ホメーロスと並ぶ古代ギリシャの詩人ヘシオドスは、ある日、ムーサイ(詩の女神達)に逢い、ムーサイは「人間よ。食う腹しか持たぬ愚かな者よ」と言った。そして、ヘシオドスはムーサイに詩を教えられ、ギリシャ神話の原典とも言える「神統記」を残した。

「パピヨン」では、「食えない」ことが凄まじいばかりに描写されていた。
パピヨンは食わないことで友情に殉じようとした。それが彼の運命を変えたのではないだろうか?
食う腹しか持たない人間であれば、人生を無駄にするしかないのである。





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