ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

「成った」の想い以外何もいらない

私は、少し前までは、悟りを開けば完全に幸福になれるのだし、人間の究極の目的は魂の解脱、つまり、悟りなのだから、全てを諦めて、永遠の道(タオ)と一致すべしと考えていた。
そして、それはそれで正しいのだと今も思う。
それを好ましいと思うなら、もちろん、そうすれば良い。
聖者ラマナ・マハルシは、生涯、ふんどし一枚以外何も持たなかった。
それで完全に幸福だったが、あなたはそれで良いだろうか?
クリシュナムルティも世俗の報奨みたいなものの一切を見下し、実際に至福の境地にいたのだと思うが、よぼよぼの老人になってしまった。
そして、2人とも癌で死んだ。
別に、彼らはそれを嘆いてはおらず、確かに偉大な人達ではあった。

ところで、聖者ラヒリ・マハサヤの修行時代、彼がかなりのレベルに達したところで、師のババジは、その超越力により、マハサヤの願望である、壮麗豪華な大邸宅を与え、マハサヤは満足することですみやかに解脱した。
仙道の高藤 聡一郎さんは、やはり修行が進んだ時、現世と彼岸を隔てる境界が浮かび、「ここを超えれば解脱するが、それでお前は一切の欲望を無くし、親兄弟を見ても誰か分からなくなる」といった声を聞き、「嫌だ、俺はまだまだ美味しいものも食べたいし、いい女にもモテたい」と辞退したのだということを著書に書かれていた。
これらのことから、ある結論に至るのだ。
確かに、欲望に執着すれば悲惨への道を駆け下りることは間違いないが、人間は、一度は心を満足させないと、最終的な解脱に至るのは難しいものなのだ。
余程、修行の出来た者であれば別なのかもしれないが、我々凡人はラマナ・マハルシにはなれないし、あのラヒリ・マハサヤすら、我々と同じであったのだと分かるのだ。

私などは、少なくとも社会に出てからはずっと良い思いをしているが、周囲を見ただけでも、辛いことばかりの人もいるし、それどころか、ほとんどの人が、不満や悩みで傷付き、その痛みに喘いでいるようにしか見えない。
そんな彼らが、解脱への道を無事に進むことは、非常に難しいに違いないし、その気にもなれないだろう。
まずは、この世の楽しみを味わうことが必要である。
もしかしたら、聖人に近いほど少しのことで満足するのかもしれないが、普通の人では、そこそこに願望を叶える必要もあるのだろう。
そのためには、自己暗示による潜在意識との共同作業以外の方法はない。
そして、幸い、それは容易いはずなのである。
潜在意識による成功法則や引き寄せの法則は、疑うことなど1パーセントもないほど確実であり、当たり前に使えば良いのだが、それを奇妙に複雑にしてしまっている者がいるのだろう。
ただ、「成った」と思えばそれで良いのであり、他に何もない。
人間には、神と同じ創造の力があるのであり、「成った」の想い以外に、取り立てて必要なものはないのだ。

法然は、「南無阿弥陀仏」の念仏を1日に何千回、何万回と称えることを勧めたが、親鸞は、感謝して1回称えれば良いと言った。
感謝して1回称えるとは、「成った。ありがとうございます」という意味である。
即ち、念仏とは、「極楽は眼前に出現せり。無限者よありがとうございます」という感謝の表明なのだ。
早い話が、イエスが言った、「神に願う時は、既に叶ったと思え。そうすれば叶う」である。
宗教的でも、スピリチュアルでも何でもない。
自然で、庭のコスモスのように確かなものだ。
面白いことに、あの、「毎日、あらゆる面で、私はますます良くなっていく」という自己暗示を教えたエミール・クーエだって、自分では、例えば病気の人に対し、「治る、治る、治る、・・・、治った」といった暗示を教えていたのだ。
この最後の「治った」が重要で、その前の「治る」の反復は、精神を集中するための心の準備運動である。
私はやったことがないが、美人になりたいなら、「美人に、なる、なる、なる、・・・・、なった」とやるのも、なるほど、確かに良さそうである。
だが、普通は、「私は美人だ」でよろしい。
いつも言うが、心の反発など気にしなくて良い。
反発があるからこそ、それは望ましいことなのであり、反発があるということは、価値があるということのサインとすら言える。
そして、起床時と就寝時に、声を出して20回も自己暗示をすれば、やがて心も従うのである。
実際、我々は、親、学校の教義や信念、マスコミの放言、大企業のCMといった、下らないものを、何の反発もなく受け入れている。
それらにしたって、忘れてしまったかもしれないが、初めは反発を感じたものだって沢山あるのだ。
そして、我々には、肛門を締めるという秘法があるのであり、思い出すたびに肛門を締めるようにすれば、いかなる願いも必ず、短期間に叶うのである。
普通にやれば、これまでの多くの人同様、欲望に執着してしまい、「引き寄せの法則は嘘だ」なんて愚かしいことを言う羽目になるが、我々は、肛門を締めることや、肛門を締めながらの腕振り運動すら知っているのだから、失敗する方がおかしい。
後は、やるか、嘲笑ってやらないかの違いだけである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

自分を「なんて格好良いのだ!」と思え

男でも女でも、特に若いうちは格好良くないといけない。
ルイス・キャロルなんて、沢山の少女のガールフレンドを失わないために、60歳を過ぎても若々しく、格好良かったそうだ。
「俺はハンサムじゃないから」「美人じゃないから」などと考えるべきじゃあない。
ジョン・ウェインはただのオッサンだし、スティーブ・マックイーンは自分で猿顔だと言っていたのだ。
しかし、ジョン・ウェインほど魅力的な男はいないし、マックイーンほど格好良い男はいない。

もちろん、正しい自己暗示によって、誰でも格好よくいられる。
そのためには、小説でも映画でも良いが、本当に格好良い理想のタイプを見つけるという手がある。
例えば、E.E.スミスの『レンズマン』シリーズのヒーローであるキニスンは、新米レンズマンとして、命懸けの冒険の後、特別なレンズマンであるグレー・レンズマンに昇格した時、グレー・レンズマンだけが着用を許されるグレーの制服を着た自分を鏡に映した時、思わず、
「なんて格好良いんだ!」
と思う。
そのシーンは鮮烈であったと思う。
自分のことではあるが、キニスンは、そう思うに相応しいことが分かるからだ。
そして、前にも延べたが、英雄の物語を読む時は、自分のことが書かれていると見なさなければならない。
あなたは、このシーンを思い出し、
「なんて格好良いんだ!」
と思うその人は自分なのだと知らなければならない。

『灼眼のシャナ』では、生徒達に恐れられる体育教師の、傲慢で納得のいかない指導方法に対し、坂井悠二は堂々、異議を唱えた。
その後、悠二に助けられた形になった、美少女、吉田一美は、内気な性格であるに関わらず、悠二に、「格好良かったです!」とはっきり言う。
そうだ、悠二は本当に格好良かった。
そして、一美に慕われる悠二を羨ましく思ったあなたは、やはり悠二になるのである。
「格好良かったです!」
一美の賛辞はあなたに向けられている。

「なんて格好良いんだ!」
「格好良かったです!」
このイメージを強く保ったまま、自己暗示を行うのだ。
「僕は格好良い」
「私は美しい」
と、自分に言い聞かせるのだ。
心が反発したって、知ったことではない。
反発してくれるということは、それを乗り越え、暗示の言葉を現実にして、あなたは向上するということなのだ。
心が反発しないことなんて、本当につまらないことだ。
毎日、起床時と就寝時に、10回ずつでも、声に出して、ゆっくり、堂々と自分に言えば、心は自然に屈服する。
だが、間違えてはならない。
「僕は格好良くなる」
「私は美しくなりつつある」
では、全く効果はない。
なぜなら、それでは、今はみっともない、ブスだと潜在意識に言い聞かせているのだから、万能の潜在意識はそのまま実現するのだ。
「僕は格好良い」
「私は美しい」
と現在形で言わなければならない。

下らないと思うか、やってみようと思うかが運命の分かれ道だ。
格好良いとか、美しいを卒業したと思っているなら別のことでも良いが、人間、なかなかそうはいかないのではと思う。
年のことを考えるなら、90歳以下なら、何もためらうことはない。
そして、それ以上でも、何ら差し支えはない。
自分が望む限りはね。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

宗教やセミナー家に騙される前に自分で何かを信じることだ

引きこもりや、消極的で人間関係が苦手な者を、強くしたり、積極的にするには、甘えていたら死んでしまうような厳しい環境に放り込むのが良いと言いたい人は多いだろう。
思想家の吉本隆明さんは、自分も引きこもり気質ではあるが、彼の若い頃は戦争中のことで、家に引きこもっていたって無理矢理引っ張り出され、殴ってでも動かされる時代だったと著書に書かれていたが、自身もそれで逞しくなることができたのだろう。
戸塚ヨットスクールも、本質的にそんな効果を狙ったもので、いきなり沖に連れていって海に放り込んだり、無理矢理に集団生活をさせ、甘えを絶対に許さず厳しく接すれば、鍛えられて心身が強くなるという訳で、確かに大抵はそれでうまくいくだろう。

だが、今はそんな時代じゃないようだ。
引きこもりたければ、親が面倒を見てくれるし、精神内科に行けば、私は全然分からないが、パニック障害だの、対人恐怖症、精神なんとか失調症とか病名をつけて、病人に認定してくれる。
それで自分も、「ああ、私は病気なんだから仕方がない」と、そこに逃げ込んでしまう。
だが、それで人生が楽しければ、それも良いと思うが、親はいつまでも元気じゃないし、病人の振る舞いをしていたら、心はどんどん重く辛くなる。
何より、本当の楽しさや幸福感を味わうことができない。
それは恐ろしいほど苦しいことだ。
なぜなら、人間は喜びを表現するために存在するとすら言えるもので、それが自然だからだ。
言ってみれば、もらえるはずの、大好きなチョコレートケーキがもらえないようなものだ。

上に挙げたような極端な場合だけでなく、それに近い状況になっている人は沢山いる。
ひょっとしたら、大半の人がそうかもしれない。
スティーブ・ジョブズは、「人間ってのは、何かを信じないとやっていけない」と言う。
彼の「伝説のスピーチ」は、案外に回りくどくて、表現がすっきりしていないが(後で言うがそれには理由がある)、必要なところを抜き出して簡単に言えば、
「呼び方は何でも良いが、運命というものを信じるしかない」
いや、これでも分かり難い。
もっと、端的に言えば、
「いつか風向きが変わり、ハッピーになることを信じないと生きちゃいけない」
と言っているのだ。
今やっていることが、将来役に立つ、あるいは、昔やっていたこと(つまらないことかもしれないが)が不意にあなたを助けるかもしれないぞ・・・と言っているのである。
そして、それを信じるしかないのだ。
ジョブズは、それを信じたので、若い時に勝手気ままにやったことや、辛い出来事まで、後で「点と点がつながって」幸運をもたらしてくれた。

もっと良い言い方をするならこうなのだ。
「信じれば、点と点はつながる」
である。
ジョブズは、「信じる」という言葉に、Believeじゃなく、Trustを使っている。
これは、漠然と信じるのではなく、何か力あるものに頼れることを信じているということなのだと思う。
アメリカの公式モットーである「In God We Trust(我々は神を信じる)」で、Trustを使うのと同じなのだろう。
神、仏、潜在意識、宇宙エネルギー、引き寄せの法則、・・・何と呼んでも構わないが、それがあることを信じなければ、我々はやっていけないという意味である。
ジョブズは、そんな意味で言ったことは間違いないと思う。
しかし、物質的な思考をする人達ばかりがいる、名門大学の学位授与式(卒業式)では、そのあたりをオブラートに包む必要があったので、あんな回りくどい言い方をしたのだと思う。

そして、実際に、潜在意識の力は無限で、引き寄せの法則は確実で、神の概念にもよるが、神は確実に存在する。
もし、それを信じないなら、我々はやっていけない。
たまたま上手くいっている時は、「おのれの力」でやっていると自惚れるのも仕方がないが、間違いなく、すぐに苦難や挫折がやってくる。
その時、ジョブズの言う「点と点をつなげてくれる」力ある存在を信じなければ、本当にやっていけない。

そして、これが大切なことだが、強欲な宗教家やセミナーのトレーナーに、無駄な金をむしりとられ、挙句、もっと惨めで駄目な状態にさせられる前に、自分で、何かを信じることだ。
それは簡単なことで、セミナーに何十万、何百万払ったり、宗教に多額の寄付をする必要はこれっぽっちもない。
いくらでも良い本が出ているので、それを読むだけで良い。
ジョブズもいろいろ読んでいたのだよ。
ただし、それらの本に縋りつくような読み方をしないことだ。
確実に効果があるのだから、「ソフトタッチ」でやることが大切だ。
心構えとしては、「信じてはいるが、結果については神(宇宙エネルギー等)にまかせてしまう」ようになれば、確実にうまくいくだろう。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

暗示が女性を驚くほど魅力的に変えた話

私の昔の知り合いの社長さんにまつわる、暗示の効果についての面白い話がある。
会社が急成長すると、社長の中には美人秘書を置きたがる人も多いだろうし、私も実際に、凄い美人の社長秘書というものを見たことがある。
ところが、その社長は、およそ女らしさに欠けるような秘書ばかりを置く人だった。
会社の業績は素晴らしく、社員に美しい女性も多い。
周りも、社長の秘書には美人を就けようとするが、その社長はいつも断る。
美人に気を取られて仕事がおろそかになってはいけないという考え方もあるので、それはそれで良いのだが、面白いことに、その社長の、およそ結婚しそうにない秘書達が、さっさと結婚してしまう。
秘書になった時は、言っては悪いが、永遠に会社に居続けるに違いないと思えるような女性達であったらしいが、美人ではないとしても、それなり以上に魅力的になっていくらしいのだ。
中には、整形した訳でもないのに、どう見ても美人としか言えないように変わってしまった女性も確かにいたという。

ある時、私はその社長に聞いたのだが、社長は、毎日、一生懸命、秘書達を誉めていたのだそうだ。
今なら、女性の外見を誉めるだけでセクハラにされかねないし、実際、下心のあるオッサンも多いだろうが、やや昔のことであったし、また、その社長も女性を上手く誉めるツボを心得ていたので、女性の方にも不快感はなかったのだろうと思う。
モテる男は、女性の容姿を直接誉めるよりは、持ち物、服装、アクセサリ、そして、行いやしぐさを誉めるものだ。
(余談だが、男性はこのような誉められ方を嫌う場合が多い)
そうやって、社長が毎日、熱心に彼女達を誉めていると、短期間にかなり変わってしまうのである。
これは、自己暗示に対する他者暗示と言えるかもしれないが、有名な心理学者のエミール・クーエによれば、全ての暗示は自己暗示であると断言する。

つまり、暗示の効果はやはり大きなもので、いわゆる、箸にも棒にもかからない(あまりにひどい)ほど女らしさに欠ける女性を魅力的にし、かなり立派な男性とばかり結婚させてしまったのである。
なんで、その社長が、そんなボランティア精神を発揮したのかは知らないが、何か理由があったのかもしれないし、単に親切だったのかもしれない。
社長というものは、親切で面倒見が良い人が多い。

さて、クーエの言う通り、全ての暗示は自己暗示である。
他人に何を言われようと、それを自分が受け入れなければ効果はない。
ならば、自己暗示で、女性はより女性らしく、男性はより男性らしくなるだけでなく、あらゆることに効果がある。
例えば、女性であれば、「私は美しい、魅力的だ」と自己暗示をすれば、必ずそうなる。
「いや、救いようのない女性もいるだろう。暗示が効くといっても限度があるはずだ」
と言う者がいるかも知れないが、あの社長のところにいた秘書達は、最初は、救いようのない、限度を超えたひどい女性達だったのだ。
だが、確かに、自己暗示に効果がなかったという者もいると思う。
なぜ効果が無かったのか?
それは、単に熱心さが足りないのだ。
たかが数日、あるいは、多少長くやっているようでも、不規則に気紛れにやって効果があるはずがない。
最も効果があるのは、毎日、決まった時刻に決まった時間、必ずやることだ。
そして、一番効果のある時間は、起床時と就寝時だ。
しかし、寝る時間、起きる時間がマチマチだと、効果はぐんと下がる。
では、絶対に効果が出る方法の例を述べる。

暗示の言葉は、「私は魅力的な女性だ」「素晴らしい男性が私に夢中だ」「素敵な男性にプロポーズされている」といったふうに、必ず現在形でなければならない。
「私は美人になる」「私は美人になりつつある」なら、「今はブス」と潜在意識に教え込んでいるようなものだ。
そして、自己暗示は、小声で良いから、声を出すことが大切だ。

次は時間である。
仕事の都合などで、以下のようにできないなら、できる範囲でやれば良いが、この通りにできる者が、自制無く夜更かししたり、遅くまで寝ていてはいけない。
朝5時まで(遅くとも6時)に起き、起きると同時に、ベッドの上で、自己暗示を行う。
夜は、午後10時から11時の間(遅くとも12時)にベッドに入り、ここでも自己暗示を行う。
暗示の言葉は、10回くらいで良い。
複数ある場合は、それぞれ10回。暗示の種類は別にいくつでも良いが、5つ以下が良いだろう。
多少回数が多いのは構わないが、あまりに多かったり、また、懇願するようにやってもいけない。
ある程度のソフトさが必要だ。
熱心に自己暗示をやっても、結果については神様にまかせるような気でいることだ。
そして、大切なことは、絶対に毎日やることだ。
たまに忘れる・・・たとえば、週に1日休むといったことが重なれば、効果は大幅に遅れる。
やったりやらなかったりでは(これが普通の人のやり方だが)、さっぱり効果はない。
このやり方は、いかなる目的にでも使える。
尚、加えて、日中、思い出す度に肛門を締めることをやれば、効果は実に早くなるだろう。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

究極の自己暗示

最近、自己暗示やアファメーション(断言、確言)について書いているが、これは、人生の障害を打ち破り、生活を楽しいものにするのに役に立つ。
ところが、小説や映画、伝説などのヒーローやヒロイン達は決して、自己暗示やアファメーションをしない。
ヒーローやヒロインが、「俺は強い、俺は格好良い」とか、「私は美しい」、「私はお金持ちだ」といった言葉や想いを繰り返すことはない。
それは、彼らが既に強く、格好良く、美しく、金持ちであるからだ。
これは何を意味するのだろうか?

人類最高の偉大な哲学者であったラルフ・ウォルドー・エマーソンは、「英雄の物語を読む時は、自分について書かれていると思わなければならない」と言っている。
この「思う」というのは、事実と見なすという意味である。
自分が英雄と一致することが、全く自然なことでなければならないのだ。
真の自己暗示やアファメーションとは、このように、世間で言う思考や想像を超えたものだ。
福音書を読む時は、自分がイエスなのであるが、それは本当のことであるから、そこには現実感しかない。

物語を読む時、あなたは、その物語の作者である。
これもエマーソンが指摘しているが、シェイクスピアを読んでいる時の子供は、シェイクスピアになりきっている・・・彼らはシェイクスピアでしかないのだ。
あなたは、自分がそうであったことを覚えているだろうか?
あなたは、時に主人公であり、時に作家である。
あるいは、主人公であり、同時に作家であると感じることもあるだろう。
このように読むことで、あなたは創造の力と一致してくる。
つまり、世界の創造者であることに馴染んでくるのだ。
あなたは、自分で書いた偉大な書を読み、自分のことが描かれた英雄の物語を読む。
これは、聴いたことがない教えだろうが、古代の地球や、現在も遠く彼方の星で行われる真の教育である。
それは自然な学習であり、これによって我々は、いかなることも現実化する力を取り戻すのである。
まずは、英雄の物語を、自分について書かれたものとして読むと良いと思う。
それにより、あなたのアファメーションや自己暗示の質も上がり、容易く望みを叶えることになるだろう。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
Kay Twitter Home

執筆のご依頼




最新コメント


月別アーカイブ
記事検索
ブログバナー&Mail


メールはこちらへ

PV since 2010/09/08
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

人気ランキング参加中
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりへ


タグクラウド
QRコード
QRコード