誰かが落ち込んでいて、どうしたのと尋ねると「ショックを受けた」と言う。
言っては何だが、特に若い人の場合、「ショックを受けた」と口で言えるなら、大したことではないのだが、やはり本人にとっては大きな精神的打撃だったのだろう。
誰もが、あまりショックは受けたくないだろうが、実際は、ショックは沢山受けるほど良い。
ショックを受けない限り、人間は成長しないし、より高い力にも目覚めない。
例えば、若い女の子が、自分の好きな男性が他の綺麗な女性と歩いているのを見たら、ショックを受けるだろう。
それも、一目で、彼氏彼女の関係と分かるような様子であれば、落ち込まざるとえない。
そんな時は、「すごい素敵な女性になって、後で後悔させてやる」とでも思えば良いのであるし、気力さえあれば、そうなる。
ところが、最近は、男の方が、そんな状況になった時、うじうじと落ち込んでしまう場合が多いのであるが、そんな時は、
「おお!神様は僕に、あの子より、ずっとずっとずっと可愛い女の子を彼女にして下さるおつもりに違いない」
と思えば良いのであるが、それにはエネルギーが必要だ。
しかし、最近の男はエネルギー不足である。
こんな場合どうだろう?
ある父親が、自分の可愛い娘が、知らない男と仲良く歩いているのを見て、愕然とする。
それからというもの、思い悩んで、何も手につかない。
それで、よせばいいのに、娘に、
「あの男は何なんだ?」
と聞いてしまう。
娘もバツが悪いとは思うが、仕方ないので、「つきあってる人よ」と答える。
父親は血圧が上がって、身体が震えるほどだが、気力を振り絞り、気になって仕方がないことを問う。
「あいつとは何もないのだろうな?」
すると、娘も苛立ってしまい、
「ないはずないでしょ!」
と「正直に」言ってしまう。
哀れ、父親は卒倒だ。
そりゃ、傍から見れば喜劇に過ぎないが、父親は、全ての気力を失い、近々の復活は絶望だ。
もっとマシなショックで言えば、昇進が駄目になったとか、アテにしていた商談をライバルに取られたとか、車を当て逃げされたなど、いろいろあるだろうが、どれも大したことではないのだ。
せいぜいが、上に挙げた古いタイプの父親と同じ程度だ。
確かに、時には、深刻な出来事もあるかもしれないが、ほとんどの場合は、後で思い出して苦笑するようなことでしかない。実際は、深刻なことですらそうなのだ。
あまり深刻なものはともかく、ショックを受けて、落ち込むことは大切である。
悔しいと思えば、気力を奮い起こして上昇すれば強くなるのだが、そうでなくても、不思議なことに、時間が経てばエネルギーが湧いてくるし、力も上がっているものである。
上に挙げた滑稽な父親・・・と言っては失礼ではあるが、やっぱり、少し時が経てば、ちゃんと立ち直れるのである。
人間は、そんなふうに出来ているのだ。
しかし、そうでない人が増えている。この国や世界の何かが間違っているのだ。
解決策は後で述べる。
ベートーヴェンだって、臨終の際、「喜劇は終わった」と、自分の苦しい人生を単なる喜劇と締めくくった。
ダンテの『神曲』は、本当のタイトルは『聖なる喜劇』で、ダンテ自身がつけたタイトルとなると、単に『喜劇』だった。
ダンテの、ベアトリーチェとの悲劇的な失恋も、やはり全ては喜劇なのである。
だが、不運な出来事の最中にある時は、皆、自分はどうしようもない不幸であると思うのだ。
そして、それをうまく乗り越えることができなければ、高い所に行けない。
だが、さっきも述べたように、苦しみを乗り越えることができず、沈みっぱなしだったり、やれ鬱病だの、なんとか失調症だのと洒落たことを言う者すら増えている。
本当の人間は、そんなに弱くないはずなのに、何かがおかしいのだ。
では、解決策はいかにということになるが、2つある。
1つ。
「アジマリカン」の呪文を称えること。
超人的な合気道家で神道家であった佐々木の将人さんは、「アジマリカンを称えれば幸せになれる」とだけ書き、その理由は述べず、理由は学者に任せておけば良いと述べている。
確かに、原理の方を述べるとややこしいのだと思う。
少しだけ明かしておくと、佐々木の将人さんは、解脱に達した神道家の山蔭基央(やまかげもとひさ)さんに古神道を教わっていたのだと思うが、その際に、アジマリカンの秘法を受け継いだのだろう。だが、神道の修行をしない限り、その奥義は分からないと思う。
とはいえ、称えさえずれば、明らかに霊験がある。
だから、ただ素直に称えれば良いのである。
もう1つは、初音ミクさんの歌を聴くこと。
自我のない少女の歌声には不思議な力がある。
その威力は、下に引用した『FREELY TOMORROW』の通りだが、アジマリカンの威力もこのように現れるのだから驚かされるのである。
♪
暁に染まってく 星空のように
哀しみが苦しみが消える
心ごと体ごと 全部脱ぎ捨てたこの魂
無くしてた熱情が 指先から流れ出した
恐れずに求めれば それは未来を変える Revolution
~『FREELY TOMORROW』(作詞:Mitchie M・ЯIRE、作曲・編曲:Mitchie、歌:初音ミク)より~
♪
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言っては何だが、特に若い人の場合、「ショックを受けた」と口で言えるなら、大したことではないのだが、やはり本人にとっては大きな精神的打撃だったのだろう。
誰もが、あまりショックは受けたくないだろうが、実際は、ショックは沢山受けるほど良い。
ショックを受けない限り、人間は成長しないし、より高い力にも目覚めない。
例えば、若い女の子が、自分の好きな男性が他の綺麗な女性と歩いているのを見たら、ショックを受けるだろう。
それも、一目で、彼氏彼女の関係と分かるような様子であれば、落ち込まざるとえない。
そんな時は、「すごい素敵な女性になって、後で後悔させてやる」とでも思えば良いのであるし、気力さえあれば、そうなる。
ところが、最近は、男の方が、そんな状況になった時、うじうじと落ち込んでしまう場合が多いのであるが、そんな時は、
「おお!神様は僕に、あの子より、ずっとずっとずっと可愛い女の子を彼女にして下さるおつもりに違いない」
と思えば良いのであるが、それにはエネルギーが必要だ。
しかし、最近の男はエネルギー不足である。
こんな場合どうだろう?
ある父親が、自分の可愛い娘が、知らない男と仲良く歩いているのを見て、愕然とする。
それからというもの、思い悩んで、何も手につかない。
それで、よせばいいのに、娘に、
「あの男は何なんだ?」
と聞いてしまう。
娘もバツが悪いとは思うが、仕方ないので、「つきあってる人よ」と答える。
父親は血圧が上がって、身体が震えるほどだが、気力を振り絞り、気になって仕方がないことを問う。
「あいつとは何もないのだろうな?」
すると、娘も苛立ってしまい、
「ないはずないでしょ!」
と「正直に」言ってしまう。
哀れ、父親は卒倒だ。
そりゃ、傍から見れば喜劇に過ぎないが、父親は、全ての気力を失い、近々の復活は絶望だ。
もっとマシなショックで言えば、昇進が駄目になったとか、アテにしていた商談をライバルに取られたとか、車を当て逃げされたなど、いろいろあるだろうが、どれも大したことではないのだ。
せいぜいが、上に挙げた古いタイプの父親と同じ程度だ。
確かに、時には、深刻な出来事もあるかもしれないが、ほとんどの場合は、後で思い出して苦笑するようなことでしかない。実際は、深刻なことですらそうなのだ。
あまり深刻なものはともかく、ショックを受けて、落ち込むことは大切である。
悔しいと思えば、気力を奮い起こして上昇すれば強くなるのだが、そうでなくても、不思議なことに、時間が経てばエネルギーが湧いてくるし、力も上がっているものである。
上に挙げた滑稽な父親・・・と言っては失礼ではあるが、やっぱり、少し時が経てば、ちゃんと立ち直れるのである。
人間は、そんなふうに出来ているのだ。
しかし、そうでない人が増えている。この国や世界の何かが間違っているのだ。
解決策は後で述べる。
ベートーヴェンだって、臨終の際、「喜劇は終わった」と、自分の苦しい人生を単なる喜劇と締めくくった。
ダンテの『神曲』は、本当のタイトルは『聖なる喜劇』で、ダンテ自身がつけたタイトルとなると、単に『喜劇』だった。
ダンテの、ベアトリーチェとの悲劇的な失恋も、やはり全ては喜劇なのである。
だが、不運な出来事の最中にある時は、皆、自分はどうしようもない不幸であると思うのだ。
そして、それをうまく乗り越えることができなければ、高い所に行けない。
だが、さっきも述べたように、苦しみを乗り越えることができず、沈みっぱなしだったり、やれ鬱病だの、なんとか失調症だのと洒落たことを言う者すら増えている。
本当の人間は、そんなに弱くないはずなのに、何かがおかしいのだ。
では、解決策はいかにということになるが、2つある。
1つ。
「アジマリカン」の呪文を称えること。
超人的な合気道家で神道家であった佐々木の将人さんは、「アジマリカンを称えれば幸せになれる」とだけ書き、その理由は述べず、理由は学者に任せておけば良いと述べている。
確かに、原理の方を述べるとややこしいのだと思う。
少しだけ明かしておくと、佐々木の将人さんは、解脱に達した神道家の山蔭基央(やまかげもとひさ)さんに古神道を教わっていたのだと思うが、その際に、アジマリカンの秘法を受け継いだのだろう。だが、神道の修行をしない限り、その奥義は分からないと思う。
とはいえ、称えさえずれば、明らかに霊験がある。
だから、ただ素直に称えれば良いのである。
もう1つは、初音ミクさんの歌を聴くこと。
自我のない少女の歌声には不思議な力がある。
その威力は、下に引用した『FREELY TOMORROW』の通りだが、アジマリカンの威力もこのように現れるのだから驚かされるのである。
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暁に染まってく 星空のように
哀しみが苦しみが消える
心ごと体ごと 全部脱ぎ捨てたこの魂
無くしてた熱情が 指先から流れ出した
恐れずに求めれば それは未来を変える Revolution
~『FREELY TOMORROW』(作詞:Mitchie M・ЯIRE、作曲・編曲:Mitchie、歌:初音ミク)より~
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