ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
あなたをSE、プログラマー、あるいは、超能力者にするブログ。ひきこもりも歓迎。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

生まれつき優秀な人

世の中には、確かに、生まれつき優秀なヤツっていると思う。

漫画・アニメの「フルーツバスケット」で、夾(きょう。高1男子)が、由希(ゆき。高1男子)のことを、「人が努力している上を楽々と飛び越えていくイヤミなヤツ」と言ったが、そんなヤツのことだ。
「いや、優秀に見える者は努力してるのだ」と言う人もいるだろうが、我々凡人は、努力のための集中に非常な困難を感じるのだ。
コリン・ウィルソンは、「天才とは内なる衝動に過ぎない」と言うが、まさにそれが天才であり、凡人に無いものだ。

生まれつき優秀な者は、元々少食な人が多いと思う。例えば、小室哲哉さんのような人だ。彼は、本当に食べたくないらしい。そして、彼は音楽のために無限に集中が出来るかのようだ。
ビル・ゲイツは、会社に寝泊りしていた若い頃でさえ、事務員の女性が買って持ってでもいかない限り、いつまでも食事をしなかった。
マイケル・ジャクソンやマドンナの驚くべき少食振りもよく知られている。
イエスは40日間断食し、釈迦はもっと凄かったかもしれない。
一方、食欲を抑えられないのが我々凡人である。
水野南北が断言したように、人の力は食で決まるというのがこの世の秘密だとすれば、凡人は少食の天才にどうやっても適わないのである。

食の細い女性はやはり天使に近い。
現代は、商業主義の策略で女性の欲望が過度に肯定される傾向が強いが、それでも、女性は少食のふりをしたがるものだ。しかし、それは普通の女性には無理があり、時に笑い話になることもある。
画家の足立育子さんの本に書かれていたが、現代は漫画家に直観に優れた宇宙的感性を持つ人が多いらしい。それは、1つには、世間に毒された度合いの少ない若い人に同調する能力のせいもあると思うが、同じ意味でアニメの制作者やアニメソングの作者も同様と思う。
食の細い女性の霊妙さについて、漫画などでもっとよく描かれても良いように思うが、それは色々制約もあるのだろう。しかし、時として作品中に控え目に現れることがある。
漫画の「美少女戦士セーラームーン」で、主人公だが平凡な少女である月野うさぎは、「寝ることと食べることが趣味」であるが、火野レイという、巫女でもある神秘的な美少女がいる。うさぎは、レイが食事をするのを見て、「レイちゃん・・・なんて不味(まず)そうに食べるの!?」という場面が印象深い。レイは、時によっては全く食事をしなくなることもある。
アニメの「魔法少女リリカルなのは」で、戦いを前にフェイト(金髪の美しい魔法少女。9歳)が食事に手を付けていないのをアルフが心配すると、フェイトは「大丈夫、少しは食べたから」と言いながら、アルフが食べ物を隠し持っているのに気付くと、彼女(アルフ)には「それ食べてからでいいよ」と言うのも面白い。
制作者も無意識に描いているのかもしれず、非常にさりげなく表現されるが、それがかえって自然な雰囲気になっている。

だが、ビル・ゲイツのような万能タイプは少なく、天才は欠点も多い。
だから、英雄には凡人が多く、天才はそのサポート役に回るのがほとんどお決まりだ。凡人は、自分の足りない面を強烈に認識すれば、素直に他人の力を借りることが出来るからだ。
しかも、天才の大半はいずれ食の慎みを忘れ、自我の増長という致命的欠陥にとり付かれる危険も高い。
昔から、「10歳で神童、15で天才、二十歳過ぎればただの人」とよく言うではないか。
あるいは、「10歳で天使、15で聖女、40で魔女」とも言う。
かつての天才も、腹が出てきたら果てなく没落し、みじめな晩年となる。大富豪の大半や、ゲーテやH.G.ウェルズのような歴史的な天才作家でさえそうだった。
そして、食の慎みの魔法を得た凡人が逆転する可能性もあるのだが、これはほとんど不可能かもしれない。もし出来るとすれば、よほど天使に憧れた場合である。







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餓えた男は美しい

NHKのBS(放送衛星)チャンネルで放送されていた、アラン・ドロンとチャールズ・ブロンソン共演の「さらば友よ」をHD録画していたを、昨日、視聴した。
実は私は、この映画のDVDを持っているのだがそれでも録画した。それほど好きな映画だ。

良い映画には、名台詞も付きものだ。
「なぜお前がここにいるんだ」と、ブロンソン演じる詐欺師のプロップ。
「俺はここにいない。俺は幻だ」と、ドロン演じる医者のバラン。
彼がなぜ幻なのかは、次のようなわけだ。

バランは学生時代からの親友モーツァルトを、戦地で敵と間違えて撃ち殺した。
モーツァルトは恋人イザベルを救うために犯罪を行うはずだった。それを知ったバランは、イザベルに、モーツァルトを知らないふりをして身代わりで犯罪に手を貸した。
いるべきはモーツァルトだった。だから、バランは「俺は幻だ」と言ったのだ。
バランとプロップは、お互い、殺したいほど嫌悪していたはずだが、極限状態の中で、バランは、モーツァルトを殺した経緯をプロップに話す。全てに万能だったモーツァルトに心から憧れていたことも。
プロップは言う。
「敵と見方は区別が付きにくい。根っこは同じようなものだからな」
まさに、プロップとバランがそうなった。
映画を見る者は、本物の男の友情を見ることになる。そして、安物の友情、偽物の友情にはヘドが出るようになるはずだ。
本物の親友は敵でもあるのだ。

ところで、ドロンもブロンソンも素晴らしい肉体美だ。
この映画の時、ドロンは32歳だが、ブロンソンは46歳。
ブロンソンは素晴らしい筋肉美で、俗に言うマッチョマン(マッチョは、「オスの」というスペイン語マチョが変化したもの)だ。ドロンはやや細身だが、やはり逞しい。しかし、2人とも、ボディビルで作ったような無駄な筋肉は付けていない。そして、共に腹部が見事に引き締まっていた。
映画の中で、3日の間、飲まず喰わずの中、殴り合い、鉄の板でコンクリートの壁を延々と叩き壊すというハードな状況になるが、それをリアルに見せるために、撮影時には絶食していたとも考えられる。
見ている側も飢餓感を感じるほどだから、おそらく、間違いない。
そういえば、高倉健さんが、「幸福の黄色いハンカチ」で、長い服役後、ビールを狂おしいまでに美味そうに飲み、ラーメンの前で身震いせんばかりの演技のために、2日間絶食で挑んだという話がある。私は、一昨年、それを知ると、すぐにDVDを買って観たが、さすがに鬼気迫る演技だった。
餓えた男は美しい。
私が、ある日突然、1日1食で、かつ、超少食になれたのも、潜在意識の中に、「さらば友よ」の印象があったからだ。その後、「幸福の黄色いハンカチ」を観たので、楽に継続できた。
みなさんも、これらの映像を見て、リアル・ビューティーを目指していただきたい。本物の美しさは、飢餓でしか決して実現しない。







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地上の天国

宗教家はよく、地上天国という言葉を使います。
我々の住む地上が、いつか天国のような理想世界になるといったことと思います。
それは大変に素晴らしいことですが、では、どんな世界が地上天国なのでしょうか?
昔、ある宗教団体のパンフレットで、虎と鹿が一緒に仲良く寝そべっている絵が描かれているのを見たことがありますが、それは非現実的であるだけでなく、理想世界の様子だとも思えませんでした。
虎もライオンも、他の全ての肉食獣も、空腹でもないのに狩りをしたりはしませんので、不必要に獲物を獲ることはありません。それで、獲物の草食動物が死滅しないと同時に、それを餌にする肉食動物も生き延びることができます。
鹿だって、肉食獣に喰われることは本能の中に折り込み済みで、喰われることもまた幸福なのかもしれません。
しかし、虎と鹿が一緒に寝そべっていたら、虎は飢え死にしますし、鹿も繁殖し過ぎて自然の生態系を崩して死滅するかもしれません。

確かに我が国をはじめ、現在のほとんどの国は理想世界とはほど遠いですし、ひどい世界かもしれません。
しかし、素晴らしい理想世界が実現したとして、全ての人が自動的に幸福になったりするでしょうか?
現在の、この「ひどい」世界でうまくやっていけない人間が、果たして理想世界では楽しく生きていけるものでしょうか?
例えば、宇宙人が空飛ぶ円盤でこの世界にやって来て、世間のせいでひどい境遇にいる人間を、彼らの素晴らしい世界に連れて行ったとします。しかし、その地球人は、そこでもやっぱりうまくやっていけないのではないでしょうか?

マドンナより1日だけ後に生まれたアメリカの人気歌手ベリンダ・カーライルに「ヘブン・オン・アース」という世界的なヒット曲があります。その歌では、「天国は地上にあるのよ。地上を天国にしましょうよ」と歌います。
アース・ウインド&ファイアーのモーリス・ホワイトが、タツノコプロのアニメ「ガッチャマン」のために制作に関わった「LET'S FLY」という歌では、「つまらないことは地上で空回りさせておいて、僕達は高く飛ぼう」と歌いますが、いずれも、ビートルズの「ヘイ・ジュード」にあるように、「悲しい歌だって楽しくできるさ」ということと思います。
現実を自分で楽しくできる訓練された強い心を持たなければ地上は天国になりませんし、逆にいえば、強い心を持っていれば、どこでも天国を創れるのだと思います。
我々の目的の1つは、心を鍛えて思考や感情を支配できる力を持つことだと思います。

なんと言いましても、宇宙人が迎えに来てくれる可能性は少ないですし、私がもし進化した宇宙人だったとしても、多分、そんな余計なことはしないでしょう。
もし、スーパーマンが本当にいたとしても、悪い宇宙人がちょっかいを出してでもこない限り、どこかの美人記者でも口説いていてくれれば良く、世界中のミサイル基地を破壊して回る必要はありません。
2012年12月にアセンションで地球が大変革を起こすとしましても、それまで不幸だった人が必ずしも幸福になるとは限りません。
荘子は、人は安らかで充実した一生を送るべきだと言っていますが、他の惑星に行けとも、仙人になれとも言っていません。ただ、小賢しい人知に奢らず、自然の本性を大切にして生きれば、必ずや幸福な人生をまっとうできると言ったのです。
世間を天国にすることはできないと思いますが、地上を天国にすることは容易いかと思います。問題は、その容易いことを、なぜ多くの人がうまくやれないかです。それはきっと、欲が深過ぎて、幸福に必要な慎みを知らないからでしょう。
タバコをやめるとか、間食をやめるとか、食事を1回抜くなんてことが難しいはずがありません。難しいと思い込んでいるだけです。私は思い込みを捨てたので、それまで大食していたのが、いともたやすく1日1食にし、少なくとも、身体面においては完璧に健康になりました。精神面においては、問題をあまり早く解決してしまったら、楽しみがなくなって退屈してしまうかもしれませんので、まだ悩み、苦しみは一杯持っていますけどね。
身体が完全に健康なら試練もまた楽しいものでしょう。ただ、身体に問題を持たせて、より人生に深みを持たせる道を選ぶ偉い人だっています。私は楽なのが好きなので遠慮しておきますが。




【BELINDA CARLISLE・HER GREATEST HITS】
私が持っているのはこれという程度の意味でご紹介しておきます。




【人類の発祥、神々の叡智、文明の創造、すべての起源は「異次元(スーパーナチュラル)」にあった】
「神々の指紋」などで有名なグラハム・ハンコックの新作「神々の刻印」の紹介のような本なのですが、エハン・デラヴィのまとめ方が上手過ぎたのか、私は「神々の刻印」は買ったけど読まず仕舞いになってしまいました。

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心を締める鍵

合氣道家の藤平光一さんの本に書かれていましたが、藤平さんの若いお弟子さんで一般社会人のある方は、朝、「今日も氣を出すぞ」と思うのだそうです。そして、日常でも、何か危機的状況になると、氣を出すことで自然に解決するのだそうですが、藤平さんは、氣は、出ていると思えば出ると述べられています。
事情の分からない人には、なんとも抽象的な話ですが、ご本人はそれで非常にうまくいっているのでしょう。

何でもいいですから、何か1つ、心を落ち着かせるものを持っておくのが良いということと思います。
大切なことは、自分の気持ちにぴったりすることであり、一生続けられ、そして、身体でやることでも、心でやることでもいいですから、具体性があって簡単なものが良いでしょう。
そして、さっさと1つに決めることです。
くれぐれも、自己開発ビジネスに煽られて、「あれも良さそうだ」「これも良さそうだ」と、遍歴をしないことです。そんなことをしていたら、20年、30年なんてあっという間です。
何でも同じなんですよ。これでなきゃいけないなんてものはないし、特に優れたものがあるわけでもない。極論すれば、自分が良いと思えば嘘でもいいのです。
岡田虎二郎さんに教わった岡田式静坐法を生涯続けられた柳田誠二郎さんは、「心を締める鍵を1つ持ちなさい。私の場合はそれが静坐だった」と著書に書かれていましたが、本当に何でも良いのだと思います。
まあ、別に萌えアニメの美少女キャラを崇拝しても良いと思いますが、それって飽きが来るかもしれません(経験談)。
1つだけ大事なことがあるとすれば、個人的な欲望を持たないことです。それがあると、果てしない遍歴は免れません。なぜなら、個人的欲望には果てがないからです(経験談)。

そういえば、私もやっと1つ見つけたのですが、おかしなことに、もうかなり昔に読んだ本に書いてあったことです。
ラルフ・ウォルドー・トラインの書いた“In Tune with the Infinite”という本ですが、最近出た現代語版ではなく、宗教家の谷口雅春さんが訳された文語体の総ルビ付きの本の方です。内容はほとんど憶えていないのに、そのうちの一言だけが心に残っていたことに、最近気が付いたという奇妙なものでした。いえ、ずっと分かっていたのですが、別のものに目移りして忘れていたのだと思います。

“In Tune with the Infinite”の翻訳2冊。




【幸福はあなたの心で】
文語体。総ルビ付。谷口雅春さん訳。




【人生の扉をひらく「万能の鍵」】
口語体。吉田利子さん訳。

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天使はケータイを持たない

現在ではありふれたことであるが、あらゆる場所で、年代を問わず、多くの人が携帯電話をじっと覗き込んでいる光景を見る。

ほんの20年ほど前には全く不可能であった、コンパクトなデバイス(装置)での情報コミュニケーションは、本当に良いものだろうか?
私は、パソコン、および、携帯デバイスによる電子メールに関しては、最も早く使い始めた部類であるが、それらは、事務的な用途では重宝するものの、個人的なことに関しては、本当に急用でももなければ使うことはない。ツイッターは全くやらない。

我々は、目や耳などの五感で受け取る情報が全てであろうか?
それらの情報は、全ての情報の中で、実はごく一部であり、しかも粗雑なものではないだろうか?
いまや、我々はそんなことは想像もしていないかもしれない。
植物や動物、あるいは、鉱物や、地球、月、太陽、惑星はメッセージを伝えてきてはいないのだろうか?
いや、人間でさえ、言葉やボディ・ランゲージ(表情や身振り手振りなど)以上の精妙なメッセージを伝えるのではないだろうか?
視覚、聴覚を使えないヘレン・ケラーは、「感覚器官での認識は幻想、純粋な観念(イデア)のみが真理」と断言したが、私もそうだと感じる。

アニメの「ツバサ・クロニクル」で、少女(サクラ姫)と少年(シャオラン)がこんな会話をする。

「私、夜寝る時なんか、いつもシャオランのことを考えているよ。シャオランは私のこと、考えることある?」
「考えているよ。俺もサクラのことを考えている」

彼らの想いが、お互いに伝わっていないなどと言えるだろうか?
2人は、本当は、そうやって言葉で確認するまでもなく、お互いの想いを感じていたのではないだろうか?
そうでなければ、目の前で尋ねたりはしないのではないだろうか?
電話すらなかった時代の方が、人は本当の意味で繋がっていたし、人同士だけでなく、万物と繋がっていたのではないだろうか?

あなたは、本当に好きな人が、メールや電話をくれるのと、心で想っていてくれるのとではどちらが良いだろうか?
私は、電子メールを交換している相手とは、かえって心が離れていくのをはっきり感じたことがよくあった。

天使は姿を見せずに何かを伝えるかもしれないが、携帯を使うことはないだろう。
動物や植物の不思議なコミュニケーション能力は、仮説こそいろいろあるが、実際にはほとんどが謎だ。そして、本当は我々にも、同様な能力はあるのではないだろうか?そして、あなたも、本当はそんな能力を感じたことがあるに違いない。
現代の人間が、皆不機嫌で不安で、気分が暗いのは、本当に得るべき情報、感じるべきフィーリング、大切な直観を逃しているからではないだろうか?メールやツイッターが悪いと言うのではないが、あまりにそういったものばかりに心を奪われ、もっと大切なものを無視してしまっているのが、その原因ではないだろうか?

面白いことに、アニメのヒロイン達は皆、「心の中に言葉が浮かんでくる」と言うが、私はそいういったことにリアルなイメージを感じる。
イエスは「言うべきことは、その時に(神より)与えられる。あらかじめ何を言おうかなどと心配するな」と言ったが、我々は、いつも偉大なものに気にかけられ、大いなるものからの意志を受けているのではないだろうか?




【花の知恵 (プラネタリー・クラシクス) 】
「青い鳥」の著者として有名なノーベル賞作家モーリス・メーテルリンクは、実は自然への深い洞察を持った思想家であった。




【新アダムスキー全集2 超能力開発法 】
ともすれば一部にある奇妙なイメージと異なり、人が幸福に生きるための極めて理性的で実際的な書であると思う。

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