ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

有能か無能かが分かる新基準

メールアドレスのパスワードが2100万件以上流出したというニュースを見た。
【ASCII.JP】7億件超のメールアドレスが流出、パスワード2100万件も
メールアドレスの流出だけなら7億件超と言うが、メールアドレスはネットで公開しているものは全部入っているだろうから、非公開のものもいくらか流出したということだろう。
自分のメールアドレスが流出したかどうかは、
◆Have I been Pwned(HIBP)◆
で簡単に調べることが出来る。
ただ、ここで調べて「流出」が確認されても、それは単にメールアドレスがコレクションされているという場合が大半である。
ちなみに、私のメールアドレスも、オフィシャルなものは全部流出していたが、表に出さないものは流出していなかった。
流出していたものも、パスワードまでは盗られていないと思うが、まあ、長く変えていなかったので、一応変えておいた。
とはいえ、パスワードの変更なんて、やり方がすぐには分からない場合が多く、面倒だった。

ところで、あなたはパスワードをいくつ持っているだろうか?
普通の人でも10個やそこらは持っているだろうし、その大半は覚えておらず、それどころか、もう調べることが不可能になっている場合も少なくないに違いない。
パスワードをメモした紙や手帳があるとしたら、「どの手帳にどのパスワードを書いたか」がもう分からなかったり、「どの手帳にも書いてない」なんてこともあるだろう。
私は、ID Managerというソフトでパスワード管理しているが、パスワードは20個以上ある。
ID Managerは、インストール不要のソフトで、私は2つのUSBメモリに分けて管理し、パスワード変更の際は、コピーではなく、両方を手作業で更新している。
コピーだと、うっかりミスで何か拙いことが起こるような気がするからだ。
ID ManagerをPCやスマホの中に置くのは、私なら恐いと思う。
私は、特にPCには強力なセキュリティソフトを入れており、絶対安全だとは思うが、やっぱり何が起こるか分からないと思っているからだ。
ID Managerを入れたUSBメモリを落としたり、盗まれても、ID Manager自体にも、まずバレないようなパスワードをつけている。

ネットニュースでは「7億件超のメールパスワードが流出」と刺激的な書き方をしているが、その大半は、普通に知られているメールアドレスであるのに、パスワードまで漏れていると誤解させる意図があるのだろう。
パスワードの流出が2100万件というのは、あくまで推定で、多いようだが、世界でそれだけなので、極めて少なく、まあ、大抵、心配はない。
だが、これを機会にパスワードを変更しておくというのが良いのは言うまでもない。

このブログもだが、メールアドレスを画像で表示するサイトは多いが、いまどき、画像のメールアドレスなんて楽々自動読み取りされる。
まあ、それでも、テキスト文字よりはずっとマシなので無駄ではないが、簡単に収集されてしまうということは、いくら何でも認識しておくべきだろう。
Webやスマホのサービスでは「パスワードの更新を!」とか「あなたはもう3ヶ月もパスワードを変えていないので至急更新を」と表示されることがあるが、パスワードの更新なんて煩わしいことを真面目にやっている人は滅多にいないだろう。
会社のいろいろなアカウントのパスワードには、3ヶ月ごとに強制的に変更させられるものがあるが、その煩わしさは大変なものだ。
20年前じゃあるまいに、堂々とパソコンのディスプレイにパスワードを書いた紙を貼り付けてる部長さんが・・・本当にいた!(笑・・・いごとじゃない。笑)
そういえば昔、お客さんのサーバーコンピュータのパスワードを書いた紙を封筒に入れて、そのお客さんの情報管理担当の役員に渡したら、次にその会社に行ったら、全ての端末のディスプレイに、そのパスワードが貼られていたっけ(爆)。それでも問題の起こらない良い時代であった(笑・・・うしかない)。

パスワードを知らなくてもセキュリティが守られる仕組みもいろいろあるが、何かしらの問題は残る。
生体認証も、認証そのものは完璧でも、やはり問題はあるものだ。
ところで、パスワードの管理スキルが高いほど、現代社会では有能であるのかもしれないと思う。
パスワードの管理が完璧な人で、そう無能な人はいないし、これがいい加減で有能な人もいないのは、ほぼ確かである。
面白い基準が出来たものである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
↓Social Network Service
このエントリーをはてなブックマークに追加   

朝、起きる理由

シンギュラリティ・ユニバーシティというNASAの中にある、選りすぐりの優秀な人間を教育する機関の創設者ピーター・ディアマンディスが、「朝、何のために起きるのか?」、「何のために地球に居るのか?」が分からないといけないと言っていた。
ルパン三世なら、「今日も泥棒するぞ!」とか、「泥棒するために地球にいるんだ」と思っているのだろうか?
池田満寿夫は、「今日もエロい版画を作るぞ」とか、「エロい版画を作るために地球にいるんだぜ」なんて思っていたのだろうか?
そんなことはないような気がするなあ。
ルパンは、「今日もふっじ子ちゃんを口説くぞー」とか思って起きるのだろうし、池田さんは、そう毎日作品を作っていた訳ではない。
ピカソやゴッホは毎日描いていたが、別に、「今日も描くぞ」と思って起きるのでも、「俺は絵を描くために生きてんだぜ」と思っていた訳ではあるまい。
ピカソが「今日も可愛い画学生を口説くぞ」と思っていたというなら信じるが(本当にやってたし)。

「今日もメロンパンを食べるぞ」と思って起きても良いのだし、もし、本当に好きで楽しいなら、「今日もゲームするぞ」「ゲームするために地球にいる」で良いのだと思う。
そして、そのピーター・ディアマンディスは、それが10億人に影響を与えることであるべきと言ったが、ラマナ・マハルシは「真我を実現することが人類への最大の貢献」といったことを言っていたのだと思う。

思い出したが、池田満寿夫さんは、自分の絵は便所のラクガキみたいなものと言われていたと思う。
そして、池田さんは「今日も便所のラクガキみたいなことをやるぞ」と思って起きたのではないかと思うのだ(言うまでもないが、本当に便所のラクガキをするのではない)。
池田さんの便所のラクガキのようなことは、ピカソやゴッホの絵に決して劣らない。

高尚なことかどうかはともかく、朝、起きる理由があることは良いことだ。
しかし、普通の人は、嫌でも学校や会社に行かなくてはならない。
「今日も学校に行くぞ」とか「今日も会社に行くぞ」なんて、ちっとも思ってないのにね(笑)。
そんな人が、「今日も修行するぞ」なんていう宗教にハマってしまう訳だ。
いや、修行で良いのだが、他者の言う通りになんかやらないことだ。
「いや、中村天風先生の教えの通りにやっているのが良いのだ」と言う人がいるかもしれないが、それ、本当に楽しい?(笑)
それに、藤平光一さんによれば、天風さんは死ぬ時、自分の教えは全部忘れろと言ったそうだ。つまり、全部、間違いな訳だ。
彼の生き方は正しかったかもしれないけどね。
私は一時、「今日もゆっくりとした呼吸をするぞ」と思うと、なぜか起きるのが楽しかったことがある。あの感覚は、なかなか正しいものだったと思う。
そして、一番正しいのが、野球選手が「今日もバットを振るぞ」と思うことなのだが、それは、偉大なバッターになるとか、あるいは、バットを振るのが好きというその奥に何かがあるからだと思う。
それは、確かに「好き」とか「楽しい」、あるいは、「ワクワクする」という感覚として現れる。
それが扉なのである。
そこを通ると何かが起こる・・・と信じたい。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
↓Social Network Service
このエントリーをはてなブックマークに追加   

ユリ・ゲラーになる方法

会社の規模に関わらず、そこで働く会社員・・・と言うより「サラリーマン」は、特技と言えるほどのものを持っていない者が大半だ。
私から見ると、経理課の人は経理が分かっていいなあと思うが、経理の専門家と言えるほどのスキルがある者はほぼ居ないのだろう。
本当の経理のスペシャリストなら税理士や会計士になるだろうし、税理士や会計士と言っても、全員が良い思いが出来る訳ではない。
私のようなSEとかプログラマーといった者達も事情は同じで、会社の「システム部」とか「情報課」とか言われるものの中で働く技術者は、外部からはスペシャリストと「勘違い」されている場合も多い(勘違いさせる策略もあるのだが)が、実際には「素人に毛も生えていない」連中が大半だ。
そして、総務部とか営業部となると、ほとんど全員が、ただの作業員、事務員だ。

若いうちは、「自分に何が出来るか分からない」「自分が何をしたいか分からない」と言っていられるような気がするが、ある程度の歳になれば、本当のところは単に、「自分には何も出来ない」としか言えなくなる。そんな者達の頼みは、会社の奇妙な慣習をマスターしていることと人間関係だ。
しかし、そんなものには何の実体もなく、AI(人工知能)が導入されるようになると、そんな連中は一掃されてしまう。

かと言って「一生モンの技能」なんて、よほど切羽詰った事情でもない限り身に付かないものだし、進歩の速い時代には「一生モンの技能」なんてものはなくなる。
私に解る範囲で言えば、コンピューターのシステム設計能力は当分使い物になるし、今後は、ディープラーニング型AIを作る能力があれば活躍出来る。
ただ、日本の有名なAIベンチャーPreferred Networksの西川社長によれば、同社の深層学習フレームワークChainerがどんどん使い易くなって、誰でもディープラーニング型AIを作れるようになると言う。
しかし、実際は、なかなかそうはいかない・・・つまり、10年やそこらは、それほど簡単にはならないだろうから、やはり深層学習フレームワークに取り組むなら、希少な存在になれると思う。

まあ、一番良いのは、米津玄師さんや、売れっ子デザイナーのような者になることだが、これは才能や運がなければどうにもならない。
そして、究極の選択は、悟りを開くことだが、これも、サイババやマハリシ・マヘーシュ・ヨーギのような大富豪になって良い思いが出来る者は稀有で、せいぜいが「ふんどし1本しか持たなくても満足出来る」聖者になれるだけだ。
ユリ・ゲラーほどの超能力者であれば、米津玄師さん以上だが、それになれる難しさは、東大卒業やオリンピックで金メダルを取ることの比ではない。
だが、ユリ・ゲラーになれるように思わせて金を取る商売は後を断たない。

『涼宮ハルヒ』シリーズの愛すべきヒーロー、キョンのように冷め切って生きられる者が本当にいたら、それが一番幸せである。
ちなみに、ハルヒには誰もなれないし、ハルヒを得ることも、多分、絶対無理だ。

だが、有名ではないが(有名にならないようにしている)、ユリ・ゲラー並の者が、「こんなの実は誰でも出来る」と言っていた。
しかし、そのやり方を聞くと、解りそうで解らない・・・禅問答の親戚みたいな話になってしまう。
あえて解るように言えば「ユリ・ゲラーのようになることを諦めないこと」となる。
諦めないまま、何も起こらず一生を終えるか、ある日突然仙人になるか・・・ザッツ・クエスチョン?
もっと簡単なことを言えば、自分に向いたことでの米津玄師にならなれるのだそうだ。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
↓Social Network Service
このエントリーをはてなブックマークに追加   

命のための運動

スポーツ選手でもない我々が、強い負荷をかける無理な・・・と言うより、不自然な運動をしてはならない。
いや、本当に賢いスポーツ選手は、やはり、そのような古い「キツい」トレーニングはしない。
特に普通の人は、軽い負荷の運動で良いが、数多く繰り返さないといけない。
そして、もう1つ大切なことが、「ショートストローク」であること、つまり、動きが小さいことが肝心なのだ。
体操競技で大きな動きをするのは、見栄えが良いと得点が高いという理由であり、健康に良いからやっているのではない。
多くの体操選手・・・特に上位になるほど身体はボロボロなのだと思う。
野球のバッティングでも極意は最短距離でバットを出すことだと言われる。
大振りするバッターは駄目に決まっているし、特に筋力が優れたバッターが、見栄えもする「フルスイング」でかなり打つこともあるが、そんな打者は安定性がなく、ごく若い時期を過ぎると身体を壊すのだ。
そして、超一流バッター(特に落合博満)は「フルスイングしてる」と自分で言ってはいても、動作はコンパクトなのである。
井川慶という、メジャーで失敗した見本のようなピッチャーがいたが、彼がメジャーで称賛されたピッチングをしたことがある。
登板予定がなく、先発ピッチャーが早々に故障でリタイアしたので、井川が、急きょ、事実上の先発となったのだが、準備をしていなかったので、身体を壊さないよう、クイックモーション(ランナーを背負った投手がコンパクトなモーションで投げるフォーム。当然、球威は落ちる)で投げたのだが、これが素晴らしいピッチングで、6回無失点の完璧な内容だった。井川は、普段の大きなモーションではなく、あのようなコンパクトなピッチングをやれば、良い成果を挙げたはずだ。

養老孟司さんの何かの本で見たが、日本人は長時間正座をするので、特に運動をしなくても、腹筋、背筋が鍛えられて、身体が強靭だったらしい。
それはおそらく本当だ。
そして、三浦雄一郎さんも言われていると思うが、最上の運動は歩くことである。
歩くのに、膝を深く曲げたり、ぴんと伸ばしたりせず、膝も足首も股関節も僅かしか動いていない、つまり、正しい歩行がショートストロークであるように、全ての正しい運動はショートストロークなのである。
ところで、正座というのは「止まっている」のではなく、微少に・・・1ミリ以下かもしれないが、動いているのである。
そんな究極の超ショートストロークの運動が、実は最高の運動で、日本人の身体を強くしていたのである。

よく、「1日わずか3分」だの「3日で即効」なんてキャッチフレーズの運動があるが、そんなの全部嘘である。
私なら、長時間、長期間必要とはっきり言うが、それは、楽で気持ちいい運動である。
「1日わずか3分」なんてのを宣伝文句にしている本や広告などには、お腹の出っ張ったおじさんが苦しそうに腹筋運動をする絵を載せ「こんな運動、無理!」などと書いている場合があるように思うが、それは極端というものだ。そんな腹筋運動、私だって絶対薦めない。
また、スクワットの良さを謳う本も多いが、見てみると、不自然で無理なスクワットばかりだ。
私のスクワットのストロークは数センチであるが、身体は引き締まり、強靭で、そして、どこにも痛みも故障もない健康な身体なのであるが、以前、大きな動きのスクワットや腕立て伏せをやっていた時は、慢性的な故障を抱えていたのである。

良い運動を1つご紹介しよう。
普通に立って、手を握り、両手同時に前に突き出し、素早く戻す動作を繰り返すのであるが、突き出した時、腕をあまり伸ばしてはならず、ショートストロークでやる。振幅は10センチ程度で良い。
決して全力を出さず、適度に素早く行うが、最初はややゆっくりで、だんだん速くしていく雰囲気でやる。
これをやると、お腹が震えるのに気付くと思う。
腕を出して引くごとに、姿勢を維持するために、腹筋、背筋が素早く反応して動くのである。
そして、身体のバランサーである仙骨が精妙に動くのであるが、仙骨にそのような働きをさせればさせるほど、仙骨は調子を上げていく。
優れたドイツの機械には、使えば使うほど動きが良くなるものがあるが、それに似た感じもする。
この運動を一回に数百回、無理のない力(速さ)で行う。
これは、脚が悪い人でも座って無理なく出来る。
腕振り運動は素晴らしいが、立てない人には難しいので、これを考え、実際に私が試して効果を確かめた。

今回は、ショートストローク・・・コンパクトな動きの大切さを主に書いたが、それさえ分かれば、自分で工夫出来ると思う。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
↓Social Network Service
このエントリーをはてなブックマークに追加   

両極端は囚人の道

世の中、両極端な話が多いし、ますます多くなってきた。
例えば、同性愛の話となると、絶対肯定か絶対否定でないと認められないという感じじゃないか?
私個人は同性愛者の気が知れないが、かといって、好きなものは好きで仕方がないのだから、「まあ、いいんじゃないか」という立場になるが、肯定か否定かの二者択一しかないような雰囲気だ。
学歴なんてのも、高学歴は絶対偉いという立場か、学歴なんか一切不要の立場かのどちからに行きたがる。
エジソンが学歴絶対不要論者だったのは、小学校を中退した時の悪い思い出の影響があり、その点、私も似た理由で学歴不要の立場だったが、考えてみれば、「大学にも良いところだってあるのだから、行きたければ行けばいいんじゃない」と考えれば良いことが分かる。
「時代が変わる」ことに関しても、「昔は絶対良かった」派と、「新しいほど高級。過去は化石」派に分かれてしまう。
しかし、鏡音リン・レン10周年記念ソング『劣等上等』で、「パッパッパ 変わる時代 悪いことばかりじゃないでしょう」歌った通りである(さすが、れをるさんの作詞)。

そして、「目標設定」だ。
「目標は詳細・具体的に。車が欲しければ、車種・色を明確に、お金が欲しいなら金額をはっきりさせよ」と言う者がいれば、「人生に目的は不要です。全てはなりゆきじゃ」という両極端があり、どっちもファンが多い。
あるいは、「一切の欲望を捨てよ」というのと、「欲望を燃やせ」と、反対のことをいう大物どうしもいる。
これも、車が欲しいなら、せいぜい「格好良いスポーツカー」程度にした方が、それが得られると信じやすいし、信じたら、後はなりゆきにまかせるしかない。
『灼眼のシャナ』で、強大な力を持つベルペオールという敵が口癖のように「ままならぬ、ままならぬ」と言っていたが、あれほどの大物でも、世の中、ままならぬのだ。
だが、彼女は「ままならぬ」を楽しんでいたはずで、それだからこそ、思った通りでなくても、まあ楽しい結果になるのだ。
あの子が好きだが、こっちの子も可愛い。まあ、いずれどっちかが俺の横で寝てるだろうと思っていると、全く違う、もっと可愛い子がそうなってるもんだ。

願いがそのまま叶うことは、まずない。しかし、だいたいの雰囲気では叶うものだし、そうであることを肯定すれば、大抵は望み以上のものが得られる。
自分の想いに固執すれば、全く何も得られないか、僅かしか得られない。
「この世に偶然はない。全ては必然」と言ったところで、何が必然かは、後で分かるだけで、人間にとっては全て偶然だ。
どんな大物だって、偶然そうなっただけなのだ。

だが、「いい加減」を薦めているのではなく、「良い加減」を薦めているのである。
「まあ」は良いが「まあまあ」は駄目なのである。
だが、時には、「いい加減」で良いし、「まあまあ」も必要だろう。
「努力至上主義」と「努力不要主義」も両極端だが、全くどうでも良いことである。
凄く努力するようコントロールされているロボットが「私、努力至上主義」と言ったら可笑しいのと同じである。
だが、その可笑しいことを言うのが人間である。
せっかく芸術的な超高級ロボットなのに台なしである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
↓Social Network Service
このエントリーをはてなブックマークに追加   
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
最新コメント
記事検索
ブログバナー&Mail


メールはこちらへ
PV since 2010/09/08
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

人気ランキング参加中
人気ブログランキングへ
↑↑これと
↓↓下の3つのいずれかをクリックして応援をお願いします!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりへ
QRコード
QRコード

  
   このエントリーをはてなブックマークに追加
  

タグクラウド
  • ライブドアブログ