ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

世界はこうであるという基本

この世界の実体は、だいたい、次の2つのように言えるのではないかと思う。
1つは、無数の世界が同時進行するパラレルワールド(並行世界)であるということ。いかなる世界も存在し、想像すれば、想像した通りの新しい世界も生まれる。
もう1つは、VR(仮想現実)であること。映画の『マトリックス』のような、コンピューターが作った3Dゲームのような世界なのだ。

ところで、昔から、似たような考え方があったと思う。
これも2つ取り上げよう。
1つは、世界は夢であるというものだ。これは、VR(仮想現実)と同じような意味になる。
2400年前の中国の荘子は、「私もお前も、間違いなく夢を見ているのだ」と『荘子』に書いている。
もう1つは、この世界は劇(演劇)で、我々は役者だというものだ。
「20世紀最大の詩人」と言われたアイルランドのノーベル賞作家W.B.イェイツ(1865~1939)は、『ラピス・ラズリ』という詩で、我々はシェイクスピアの劇のようなものを演じているのだと述べている。

で、荘子やイェイツは、この夢とか劇である世界をどう生きれば楽しくなるかについて、荘子は、
「余計なことをしようとせず(作為をせず)、なりゆきにまかせろ」
と言い、イェイツは、つまるところ、
「陽気でいろ」
と言ったのだ。つまり、深刻な顔すんなよということだ。

そこで、贅沢を言えば(笑)、夢や劇、あるいは、VRのシナリオを作っているのが誰で、どうすれば、楽しいシナリオに変えられるかだ。
これはとても簡単だ。シナリオを作っているのは自分と考えて良い。
パラレルワールドには、既にあらゆるシナリオの世界があり、何なら、新しい好みのシナリオの世界を作ることが出来る。新しい世界を作るには、想像すれば良いだけだ。
後は、望みのシナリオの世界に行けば良いだけだが、簡単に、一瞬で行ける。
というか、我々は常に、望みの世界に瞬間で移動しているのだ。
まあ、嫌な世界に行くことを望んでいる場合も多く、それで、「俺は何でこんなに不幸なんだろう」って思ってるわけだ(笑)。

我々は、常にパラレルワールドを移動しているのだから、御大葬な移動法なんてものは本来はないのだが、簡単なことを忘れるのが流行っているらしいので(笑)、分かり易い方法を考えた。
例えば、金持ちになりたかったら、「金持ちになったら、どんな気分だろう」と考え、その気分(良い気分であるべきだ)を味わえば、それで良い。
まあ、金持ちとはいっても、もう少し具体的に「年収3千万円」とか「銀行預金3憶円」とか考えれば良いのかもしれないが、そのあたりは自分で考えるべきだろう。
慣れてきたら、ほとんど何も考えずに、好きな世界に移動出来る。いや、それを、もう現にやっているのだ。ただ、好きな世界に行こうと思っていない、あるいは、行けると思っていないだけでね。

基本を知っておくと、効率良く上達すると思う。








  
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正しい願望を持つ

願望を潜在意識にインプット出来れば、後は、何も考えない方が良い・・・いや、考えてはならない。
願望を潜在意識にインプットするというのは、人によっては、願望を宇宙に、あるいは、神に通知するといった感覚かもしれない。
ここらは、民族的、宗教的な考え方が影響する。
そして、願望を潜在意識にインプットしたり、願望を宇宙に通知することが難しい。
なぜ難しいかというと、まず、願望を明確にし難いし、明確にしたつもりでも、コロコロ気分が変わって願望も変わってしまうことがよくある。
次に、願望を打ち立てても、「本当に叶うのだろうか?」という疑いの心が起こり、それを制御出来ないことも多い。

そんなことが起こるのは、一般に、自分に相応しくない願望を持った場合である。
夢を持つことは大変なことだという話があるが、それは、自分が本当は何を望んでいるのか分からない場合がかなり多いということだろう。
子供がサッカー選手になりたいとか、歌手や女優になりたいと思うのは、本気の場合もあるが、それは少ない。
そして、精神が未熟なため、子供のように幼稚な夢を持っている大人も実に多い。
ある意味では、子供のようでないといけないところもあるが、純心というのと幼稚というのとは違う。
純心というのは偏見(固定観念)がないということで、非常に素晴らしいことだが、幼稚とは視野が狭いことである。
そして、子供のように視野が狭いまま、大人の虚栄心が育ってくると、世間で言う「モンスター(怪物)」になる。
我々は、モンスターになってはならないが、ご存じのように、今はモンスターが多いし、モンスターになってしまう危険も大きい。

視野を広げるには経験が必要だが、必ずしも、7つの海を渡る大冒険をしなければならないわけではない。したいなら、良いことなので是非やれば良いが。
机上の空論とか言って、本で勉強するだけでは駄目で、実践を積まないといけないと言う人がいて、それはそれで正しいのだが、かといって、ナイフやピストルの決闘をしたり、悪女やジゴロと付き合わないといけないわけではない。
つまり、試験や受験のためだけの勉強は、頭でっかちの無能者を作るが、賢くなるために勉強すれば視野が広がり、頭が良くなり、必要な経験は向こうからやってきて、受け入れれば楽しく体験出来るのである。
具体的にどうすれば良いかというと、良い本を読まされるのではなく自主的に読み、試験や受験のための勉強はゲームとして適当にやることだ。
そして、テレビは絶対に見てはならない。テレビを見れば必ず馬鹿になり、救えなくなる危険性が高い。
引きこもりでも問題ないが、引きこもりに徹するなら、本を読むことだ。
そして、腕振り運動や佐川幸義流四股(足踏み四股)のような、本当に健康に身体を育てる運動をやることだ。これらは楽な運動で、毎日続けるのも容易い。

願望は無理に考えるのではなく、自然に浮かぶものだ。
つまり、どんな願望を持つかも潜在意識にまかせるのが良い。
もし、いつまでも願望が浮かばないなら、生き方に問題があり、上に述べたようなことに留意して生活すれば良い。
何か願望があるとしよう。
しかし、「この願望が叶ったらどんな気分か?」と思い、胸が震えるような感動が全くないなら、それは正しい願望ではない。
そんなテストをやってみると良い。
『スター・トレック』で、ミスター・スポックが、「どれほど望んだものでも、得てしまえばさほどではない」と言ったのは、やっぱり、その望みが本物でなかったのだ。
だが、そんなことは、事前に、「これを得たらどんな気分だろう?」と想像すれば、さほどのものではないことは分かったはずである。
そして、「これを得たらどんな気分だろう?」と思い、本当に良い気分になったら、何と、もうその願いは潜在意識にインプットされたのである。
そしたらもう、その願いについて考える必要はない。いや、しつこく考えてはならない。勝手に思い浮かぶのは別に構わないが、出来れば忘れることだ。
それはもう叶っているのであり、叶ったことを願う必要はないからだ。








  
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引き寄せのイメージングが苦手な人もこれなら簡単

引き寄せにおいて、願望成就のイメージングをすることは強力な力があるが、イメージングが苦手な人が多い。
願いが叶った時の状態なんて、実際にはどうなるか分からないところが多く、想像力で補完しなくてはならないが、想像力がある場合だって、「この想像は的外れではないのか」という懸念が浮かぶものである。子供の場合はあまりそうではないが、論理的に考えることに慣れた大人、特に頭が良い人の場合はそうではないかと思う。
しかし、それは、イメージングの考え方が間違っているのである。
引き寄せのイメージングは、物理的な状態を思い描くこと自体が目的なのではなく、気分を良くし、心の波長を高めるためのものだ。
フロイトやユングだって、心象イメージは「象徴的」と言っているではないか?
そして、引き寄せのイメージは、象徴による心象イメージよりも、さらに抽象的(曖昧)で良いである。気分さえ良くなれば、心の周波数さえ上がれば良いのだからだ。

実に簡単で、具体的にはこうする。
例えば、今はあまり(あるいは全く)お金がないが、1000万円欲しいとする。
そんな時は、「1000万円が自分の銀行口座に振り込まれたら、どんな気分だろう?」と、その気分を想像するのだ。
そして、すぐ、あるいは、少し慣れたら、こう心で言う。
「1000万円が自分の銀行口座に振り込まれた」
そして、それに対する気分を味わうのだ。
この手順は厳密でなくて良い。
「1000万円が自分の銀行口座に振り込まれたら、どんな気分だろう?」と想像したら、すぐに叶う人もいる。
また、いきなり、「1000万円が自分の銀行口座に振り込まれた」と心で言って、気分を味わうことの方が楽な人もいる。
このあたりは自由にやれば良いし、実際は、どれでやっても、そうは変わらない。
迷ったら、上の通りにやれば良い。

自分の願いに対し、どのように行えば良いかは簡単に分かると思う。
例えば、クラスの可愛いあの子を彼女にしたい場合なら、当然、
「〇〇(彼女の名)が僕の彼女になったら、どんな気分だろう?」
「〇〇が僕の彼女になった」
である。
大統領になりたい場合は、
「大統領になったら、どんな気分だろう?」
「大統領になった」
である。

随分、簡単に言うと思うかもしれない。
しかし、実際、簡単なのだ。
なぜなら、気分を味わうまでもなく、そう思った時には、それが実現したパラレルワールド(並行世界)が存在するからだ。
そして、後は、気分で同調すれば、その世界に移行する・・・それだけである。

尚、以下は余談と思ってもらえば良い。
例えば、銀行口座に希望の金額が振り込まれた時の気分を味わう際、言葉で「嬉しいなあ」「幸せだなあ」と言うのが、効果的な人と、そうでない人がいる。
これは、本当に、個性の問題だ。
ジョセフ・マーフィーが引き寄せの天才と言ったネヴィル・ゴダードは、言葉にしない方が良いと言ったが、あくまで「その方が無難」と言うことで、向いていない場合は、多少、叶うのに時間がかかるということと思う。
確かに、言葉を使わずに気分を味わった方が良いのかもしれない。
ところが、「天国だ」といった、直接的でない言葉の場合は、非常に有効であるという話もある。
いずれにしろ、あまり細かく考えて心配する必要はない。
ただ、うまくいかない場合、ここらに注意すると良いと思う。
まあ、うまくいかないはずはないが、いわゆる心のブロックが強い場合に、素早く願いを叶えるには、多少の工夫も必要かもしれない。








  
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日本人のメリットを生かす

岡本太郎が1950年頃、『今日の芸術』で、通信技術の発達により、世界的規模で文明は均質化すると書いていたが、それはそれで凄い慧眼(けいがん。優れた眼力)であり、当たっている部分も確かに多いが、そうでないところも多い。

昔は、西洋の人々から見て日本人は、能面のように表情がないとか、いつも薄笑いをしていて非常に不気味だと言われることが多かった。また、顔だけでなく、身体表現も極めて控え目だった。
アルベルト・アインシュタインが日本に来て講演した時、アインシュタインは聴衆が眠っているのかと思ったが、皆がうつむいて、じっと静かに聴いていることが分かると、大変に感動したらしい。
逆に言えば、日本人から見れば、西洋人は、表情も身体表現も話し方も非常にオーバーということになる。

そして、今の時代でも、昔ほどではないかもしれないが、「動の西洋と静の日本」というのは変わらないと思う。
昔だって(それこそ明治時代でも)、日本人らしい日本人でも、西洋に行って長く暮らすと、表情も身振り手振りも大きくなって帰ってきた。だが、やはり、どこか不自然だったと思う。
そして、今でも、ずっと日本にいる日本人は、西洋人から見れば、大人しくて表情に欠ける。
昔から、西洋人は、日本人のそんな静かなところ、顔や身体に表情を出さないところを、「日本の神秘」と言って、称賛したり憧れることも少なくなかったし、今もそうなのだと思う。
では、「日本の神秘」が張子の虎(みかけだおし)かというと、そういう場合も多いが、そうでないこともある。
その中でも、日本の武道は西洋人にとって、今も憧憬である。
西洋の格闘技が、鍛え上げた肉体美を誇る選手達が、パワーとスピードと見栄えのする技で魅了するのに比べ、日本の武道では、さして筋肉質でもなく、時には、ひょろっとしていたり、そもそも、小柄で体重も少ない武道家が、体格や筋力で勝る相手を、魔法のように仕留めることがある。
実際、西洋の力自慢の格闘家が、小さな日本の武道家に手も足も出ないこともある。
こんなものを見て、西洋人に、「日本の神秘」が強烈に印象付けられることもあるのだが、もっと小さなことにも「日本の神秘」は感じられる。

そして、「日本の神秘」を備えた日本人が、ごく一部かというと、日本人らしい日本人は、案外にそんなところがあるように見える。
日本の伝統的美徳は、明治維新と第二次世界大戦の敗戦で大きく損なわれた。
それは確かであるが、完全に消えたわけではなく、それどころか、言葉とか風習の中に、根強く残っている。
おそらくは、アメリカは戦後、かなり強制的に、日本人をアメリカ人化しようとしたのだが、半分もうまくいかなかったのだと思う。
ただ、今の日本人は、中途半端なアメリカ人化と共に、日本の美しい伝統を失い、どこか自律しない、弱く自信のない民族になり果てている。
一方で、インターネットの発達で、日本の伝統が世界に影響を与えているのだから、おかしなものである。

初音ミクが世界で大人気なのは、初音ミクが案外に日本的であるという部分も大きいはずだ。
初音ミクは決して欧米的ではない。日本のものだと言われたら、外国人も納得する。
いや、西洋では、日本人と中国人と韓国人の区別などしていないと言う人もいて、そんな部分も確かに多いようだが、そうでないところが確かにある。
初音ミクは、髪が緑で目が青でも日本人なのである。
まず、初音ミクの顔は、目と眉が離れた東洋人顔である。
スタイルは当然良いが、西洋のモデルのようなスタイルとはかなり違う。
小柄だし、極端に腰がくびれていないし、背が高くないこともあって、脚が物凄く長いわけでもない(西洋でも長いとは言われているが)。
表情も身体のポーズも割合に控え目で、おかしなことに、西洋人の真似をすると、どこかぎごちなく感じるところもある。

いろいろ述べたが、つまり、日本人は、潜在意識を使ったり、引き寄せを行う場合でも、日本人らしさを生かした方が、大きな力を確実に発揮する。
引き寄せの方法のほぼ全てが西洋のもので、日本人にやや合わないところがある。
かといって、一部の者が、日本的成功法則みたいなものを世に出してはいるが、ひょっとしたら、日本人がやっても、西洋の引き寄せより駄目なものがほとんどのように思える。
日本と西洋の違いは、何と言っても、多神教と一神教、情緒優先と論理優先、そして、控え目な日本人と自己アピールが強い西洋人の差である。
西洋の引き寄せでは、セルフラブ(自愛)が強調されるが、日本人は自己を忘れることを美徳とする。
それらも、極端過ぎたり、本質を失うと、美点が欠点になることもある。

簡単に言えば、自分が日本人であれ、アメリカ人であれ、無理のないこと、自然なこと、心的抵抗のないことをやればうまくいくが、そうでなければ、なぜかうまくいかず苦しむのである。
いまだ、日本人には、西洋のダンスやバレエが、どこか似合わないところが確実にある。
それらの分野で、世界で活躍する日本人もいるが、案外に日本人らしさで成功している部分があるのである。つまり、完全に西洋人になり切ろうとすれば、あまりうまくいっていない。

日本人は、西洋流引き寄せが出来ないわけではないが、合うものを選ばないといけない。
そこに、日本人らしさ、自分らしさを反映させてこそ、うまくいくのである。
それは、難しいことではなく、むしろ、非常にシンプルで分かり易いものだ。
特別な「和の成功法則」があるわけでは決してない。
そこはもう解明出来ているのであるが、また述べていく。








  
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超簡単な、いますぐ「なる」方法

王家、名家で、子息によく言われる言葉が「態度は事実より重要」だ。
これは、受けを狙って作られたような言葉ではなく地味なので、一般にはあまり知られていない。
しかし、宇宙人バシャールあたりも、そう言っていたらしいが、それならば、宇宙的真理なのかもしれない。

この世界より他に、無数のパラレルワールド(並行世界)があり、想像出来るいかなる世界も存在し、新しく想像すれば、即座にその世界も生まれる。
それで、行きたい世界に行くにはどうすれば良いかというと、よく言われるのが、「行きたい世界の波長に合わせる」で、何となくは分かるかもしれない。
しかし、「態度」という言葉を使えば簡単で、理想の世界にいるという態度をすれば良いのである。
例えば、この世界では、あなたは安月給のサラリーマンだとしても、働かずに月収1千万円を得ている世界もある。なくても、考えた時点で生まれる。
そこで、俺は月収1千万円だという態度をすれば、その世界と波長が合う。

「態度をする」というのは、ありふれた言葉で、難しいと思う人はいないと思う。
ならば、なりたい自分の態度をすれば良いだけだ。
しかし、実際のところ、態度というものについて、肝心なことが分かっていない人が多い。
態度とは、「そぶり」とか「考え方の現れ」と言われるが、それでは曖昧だ。
具体的には、態度とは、
◆表情
◆身体のポーズ
なのだ。
これが分かった上で、くだけた表現である、
◆フリをする
◆真似る
をすれば良い。
ちょっとしつこいかもしれないが、細かく言うと、金持ちの態度とは、具体的には、
「金持ちの表情をする」
「金持ちのポーズをする」
で、それによって、
「金持ちのフリをする」
「金持ちの真似をする」
ことなのである。
とにかく、「表情」「身体のポーズ」が全てと思えば良い。
金持ちになるなら、金持ちの表情と、金持ちの身体的ポーズをよく見て、同じようにやれば良いのである。

イーロン・マスクやビル・ゲイツの映像を見れば分かるように、彼らはいつも、晴れ晴れとした笑顔であり、深刻な問題を語る時は、非常に真面目な表情をしていることが分かる。金持ちでなければ、こんな態度はしないのだ。
エイミー・カディーの「パワーポーズ」も是非、研究し、実践すべきだ。彼女が示すものが完璧ではないとしても、極めて価値がある。
仏教学者のひろさちや氏によれば、空海が凄い存在になれたのは、仏陀の態度でいたから・・・徹底して仏陀のフリをし、仏陀の真似をしたからだそうだ。
つまり、仏陀らしく歩き、仏陀らしく話し、仏陀らしく飯を食い、仏陀らしく糞をしたのだ。
エイミー・カディーとひろさちや氏の該当の本は、下にご紹介した。








  
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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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