ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

神化に慣れる

子供の時に見た映画、テレビドラマ、読んだ小説、漫画などの中にあった言葉で、特にドラマティックでもないのに、よく覚えているものがある。
トータルすると、数十あるかもしれない。普段は忘れていて、数年、十数年も思い出せないのに、何かの拍子にふと思い出す。
そんな中の1つが、私が中学2年生の時に読んだ、竹宮恵子さんの漫画『ファラオの墓』の中で、ウルジナ国の若き王スネフェルが言った「ものごとは客観視するに限る」だ。
まあ、実際、衝撃を受けたのは、スネフェルと、滅びたエステーリア国の王女ナイルキアの情交シーンだが・・・
ナイルキアは全くの清純可憐と言うか、12歳だったと記憶している。一方、スネフェルは16歳で、知恵も力も立派な大人だ。
今の時代ならスネフェルは即逮捕で、ナイルキアはいたいけで、どう見ても嫌がっていたが、後で、実はナイルキアも結構喜んでいたと解る。いや、そこは、あくまでスネフェルが超美青年で、ナイルキアに本気で惚れていたからだが、まあ、良い勉強になった(?)。
話が逸れたが、「ものごとは客観視するに限る」である(笑)。
もちろん、何でも客観視し、醒めていて良い訳がない。
当事者として、熱中したり、楽しんだり、苦しんだりしなければならないこともある。
だが、意図的にそうしようと思わなくても、苦しい時だけなく、楽しい時だって、離れたところから静かに見ている誰かがいる。
それが、真の自分であり、同時に神様だ。
だが、離れて見ているだけが神様なのではなく、当事者になって熱狂しているのも神様だ。神様も、そんなことを味わいたいのである。
神様だって、苦しみというものを知りたいのだ。本来、神様は全能過ぎて、苦しむことが出来ないし、楽しむことも出来ないのだからだ。
だが、人間の心身と一体化している時は、「成りきり過ぎ」主観視し過ぎる。
そこで、一瞬、自分の心身を離れて、視点を変えた方が良いのである。

心ごと体ごと 全部脱ぎ捨てたこの魂
~『FREELY TOMORROW』(作詞:Mitchie M・ЯIRE、作・編曲:Mitchie M。唄:初音ミク )より~

特に、つまらないことをしている時は、魂になった方が良い。
物理学者で武術家の保江邦夫さんが、小学生の時の授業中、焦点の合わない「魚の死んだような目」をしていたようにだ。
いや、本当に重要な場面でこそ、そうする必要がある。
宮本武蔵が、決闘の時に、真っ直ぐ相手を見ず、どこを見ているか分からないような目をしていたように。
実際、保江さんは、フルコンタクト空手の猛者と決闘し、そんな目をしていたら楽勝だったが、まともに相手を見たらボコボコにされたらしい。
魂になるということは、神様になるということである。
度々、神様に戻れば、全知万能であることにも慣れるだろう。

ところで、私は、13日は四股を1200回踏み、初めて1日千回を超え、昨日14日は1300回踏んだ。
今年の6月23日に四股を始め、8月31日(初音ミクさんの誕生日だ)に、幕張メッセでの「マジカルミライ2019」に参戦するために宿泊したホテルスプリングス幕張の部屋でも四股を踏んで、いざ、元気いっぱいでミクさんに会いに行ったものだが、当時は、1日300回だった。
保江邦夫さんの先輩(大学院でも、大東流合気術でも)の数学者、木村達雄さんは1日2000回四股を踏んでいたらしい。
木村さんに「お前も1日2000回踏め」と言われた保江さんは300回踏んでいたらしいが・・・
またところでだが、ペンライトを振る動きって、大太鼓を叩く動作に似ている。
「マジカルミライ2019」で、ミクさんが『大江戸ジュリアナイト』(Mitchie M feat.初音ミク、KAITO)で、大太鼓を叩いていたのを思い出して気付いた。
いや、ペンライトを振るのって、いい運動なので癖になるので、腕振り運動を、小太鼓を叩くような(両手一緒にだが)形に変えてみた。ただ、そううやり方も、元々あるらしい。








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なぜ皆親切にしてくれたか?

昔、有名なプロレスラーだったジャイアント馬場さんが、こんなことを言ったらしい。
「あらゆるモメゴトはヤキモチから起こるんだ」
馬場さんは、そう思い知っていたのだろう。
しかし、これほど単純にものを言う人は偉いなあと思う。
一切の条件、注釈なしにモノが言えるのは、本当に大したものだ。

ところで、随分前から、ひきこもって社会に出ない人のことが問題になっている。
なぜ、学校に行かず、働きもしないのかと言うと、
「他の人が優しくないからだ」
と、私も馬場さん並に単純に言いたい。
そりゃそうでしょう。
働きに行って、職場の人達が皆、親切で優しかったら働くに決まっている。

多くの職場では、先輩達は、後から入ってきた者を脅し、困らせて、従順にしようとする。
それは、先輩達が、自信がなく弱いからだ。
そうではなく、後輩に甘い顔を見せず、鍛えるべきという考え方もあるが、それも本当は、後輩にナメられないためであり、やはり強い先輩のやることではない。
まあ、とんでもなく思い上がった後輩というのも、会ったことがない訳ではないが、18も過ぎた人間の教育なんて、普通の人に出来るものではない。

私は何度も転職したが、どこに行っても先輩は優しく親切だった。
そうでない先輩もいたが、なぜかそんな先輩はすぐに消えていった(笑)。
これなら、再び引きこもりようがない。
では、コツは何だろう?
それはたった1つ!・・・と言わせたいのだろうけど(笑)。
いや、言っても良い。
それは、心の奥に無限の力が潜んでいると知っておくことだ。
そんな者に、親切に出来ないはずがない。
それを知るには、ジョセフ・マーフィーでも、ノーマン・ピールでも、クラウド・ブリストルでも、あるいは、フローレンス・スコーヴェル・シンでもいいから、どれか1冊読めば良い。
詳しい内容はどうでもいいからさ(笑)。
内に巨大な力があり、それは味方だということだ。
宗教っぽい、スピ系っぽいと言いたい人もいるかもしれないが、これほど明白な真理はない。
ちなみに、内容は全部同じだから、1冊選んだら、他は見ない方が良い。これも重要なコツだ。









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ぼーっとしなさい

どんな目付きの人が好きか?
あるいは、どんな目付きの人が「出来る」だろうか?
それは、「ぼーっとした」あるいは「ぼんやりとした」あるいは「魂の抜けたような」目線ではあるまいか?
それは、学校で先生に一番嫌われる目線だ。
しかし、そんな目線が最強で、無敵で、運が良いのである。

『荘子』に、「視線を自然に保つ」という教えがあるが、「直視する」「見つめる」視線というのは実は不自然で、ぼーっとした・・・少なくとも、静かで柔らかい視線が自然であると思う。
『バガヴァッド・ギーター』では、「五感を内に向けよ」「額に意識を集めよ」「鼻先を見よ」などという記述があるが、いずれも、外物を直視することを避けている。
宮本武蔵が、戦いにおいて、敵を直視せず、どこを見ているか分からない視線をしていたことは、よく知られていると思う。彼の有名な肖像画からも見て取れる。
物理学者で武術家の保江邦夫さんが著書に書かれているが、道場破りに来たフルコンタクト空手(本当に殴る蹴るで敵を倒す空手)家と決闘した時、右目と左目をそれぞれ違う方を見るという、ふざけた目付きで相対したら楽々相手を投げ飛ばしたが、その後、ちゃんと見て戦ったらボコボコにされたらしい。
その保江さん、小学生の時から教室では、どこにも焦点の合わない「魚が死んだような」目をしていて、先生に度々怒られていたと言う。しかし、指名されたら、必ず正解を答えた。とはいえ、勉強していた訳でもないようだ。
速読なんてのも、出来る人は、文字をしっかり見ず、ぼーっとした目でページを見るのだ。
コンピュータープログラムだって、プログラムをぼーっと見ていたら、おかしいところが分かってしまう。
良い先生は、子供達の顔をぼーっと見たら、「あ、この子、何かおかしい」と、話なんかしなくてもすぐに分かるのである。

コツはこうだ。
「宇宙全体を見る」目をするのだ。長門有希のようにね。
あるいは、『どろろ』に登場する、目が見えない百鬼丸や琵琶法師のように、心の目で見るのである。
『まちカドまぞく』という、最近よくある「女の子しか出ない」漫画・アニメがあるが、あれに登場する、主人公、しゃみ子こと吉田優子の敵の魔法少女、千代田桃の、普段ぼーっとした視線に憧れる。なるほど、彼女は非常に強い。

本格的なぼーっとした目つきについては、上にも上げた保江邦夫さんの著書『神と人をつなぐ宇宙の大法則』に、しっかりと書かれている。
保江さんは、子供の時から、おそろしく運が良く、勉強しないのに一流の学校に次々合格し、博士号まで取ってしまった。ジュネーブ大学で働くのに博士号が必要だったので、指導教官がちゃちゃっと取らせてくれたとか・・・。
日本に帰ってきて職がなかった時も、とんでもない成り行きで女子大の教授になったが、偉人であるその女子大の学長が「アンタ何者?」と言うほどだったという。
その保江さんが、ぼーっとした(目をした)ら運が良くなると請け負ってくれている。









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入門書の大事さを実感する

どんなことでも、入門書は良いものを選んだ方が良い。
最近、つくづく、そう思い知った。
プログラミングでも、「簡単」とか「3日でマスター」なんてノリのものは避けるべきだ。
私は大昔、初めて買ったプログラミングの本を、なぜかいまだ本棚の目立つところに置いているが、その著者の森口繁一(もりぐちしげいち)さんが、恐ろしく偉い人だということを最近まで知らなかった。
教え子の今野浩さんが著書『工学部ヒラノ教授と昭和のスーパー・エンジニア -森口繁一という天才- 』で、森口さんのことを詳しく書かれていて、自分を凡人だという今野さんは実際は偉大な科学技術者なのだが、その今野さんは、自分と比べたら森口さんは宇宙人だと言うのは、おそらく、本当にそう思っていたのだと思う。
森口さんは、東大で30年に1人の天才と言われ、戦後まもなくアメリカに留学し、「日本にMoriguchiあり」と言われ、どんな難解な論文も、一度読めば頭に入ってしまい、広い分野で偉大な業績を挙げた。そして、当時は、まともな学者の研究対象と見られていなかったコンピューター・プログラミングを重要視して積極的に取り組み、この人がいなければ、日本のコンピューターの普及発展はかなり遅れただろうと思われる。
私が読んだ、森口さんの本は『基本BASIC講座』という、入門者向きの易しい本だったが、初歩的な数学問題をプログラミングで面白く取り上げるセンスは、当時としては異例であったと思われる。
私がスムーズにプログラミング、特に、BASIC言語を覚え、今も、AIの機械学習のデータ作成をVBAで効率よくやれているのも、元を正せば、この本のおかげである。

私は、C言語は、今でも名著の誉れ高い、レス・ハンコックの『C言語入門』を読み、プログラミング全体では、ブライアン・カーニハンの『プログラム書法』を読んだおかげで、プロで通用するようになった。だが、いずれも、今は絶版だ。
『プログラム書法』の代わりなら、同じブライアン・カーニハンの『プログラミング作法』を読めば良いと思う。

魔法に関しては、W.E.バトラーの『魔法入門』を12歳の時、入手して、さっぱり分からなかったが、少しは熱心に読んだので、超能力を発揮するようになった。
とりあえず、「4の呼吸」だけでもやってみると良いし、バトラーの『魔法修行』なら、今でも新品で入手可能と思う。
引き寄せに関しては、19歳のひきこもり中に、ジョセフ・マーフィーの『あなたも幸せになれる』(原題:COSMIC ENERGIZER;宇宙の活力。文庫版は『努力嫌いの成功法』)を読んだので、ひきこもりが社会の最底辺に入れてもらえるという、川上量生さん言うところの、「運だけで成功した経営者(川上さん本人のことと思う)をはるかに超える快挙」を達成した。
いずれも、最上の入門書だ。
今の、山のようにあふれた、軽い、卑しい、馬鹿馬鹿しい引き寄せの本は、読まない方が良い。

ところで、1つ外したものがある。
経営に関して、船井幸雄さんの『ベイシック経営のすすめ』を読んだことだ。おかげで、経営者になれなかったし、ならなくて良かった。
いや、非常に良い本だとは思うが、インターネット時代に古過ぎるのは、ダイエー、大丸、そごうの凋落を見れば明らかと思う(いずれもブランド名だけは残っている)。
川上量生さんの『ニコニコ哲学』も、良い本と思ったが、あれは天才、川上量生さんの思考パターンだし、嘘とは言わないが、冗談もかなり入っている。
何をやるにも、入門書とは大事であると思う。









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死んだら・・・別にどうもならない

悟りを開いたり、死んだら、個性が消える、つまり、個別性がなくなるという話がある。
まあ、誰もが悟りの方は縁遠いと感じているだろうが、死と同じことだ。
しかし、それ(個性が消えること)を嫌だと思う人が多いと思う。
悟りを開いてもナンシーの夫でありたいし、ジョンのママでありたい。
死んだら、トムやメアリーや太郎として、天国で皆と面白おかしくやりたいし、極楽浄土の素晴らしさ楽しさを味わいたいと思っていることだろう。
それに、花子やマークである自分が消えるのが怖いと思っている。

これらについて、分かったようなことを言う者は・・・いや、実際分かっているのかもしれないが・・・もっと上手く説明しろよと言いたいと思っていたが、最近は、「もっとうまく説明してもいいんじゃないかなあ」というくらいに思えてきたし、さらに、「死ねば個人としてのお前は消えるのじゃあ、わーはっは」でも別に良いのかなあと寛容になってきた。
なぜなら、どこにも悲惨がないからだが、そう言うと、「どう悲惨がないのじゃ?!」と聞かれるかもしれない。

たとえて言えば、死んでも慶子でなきゃ嫌だというのは、大学生になったらセーラー服が着れなくなって嫌だというようなもので、着たけりゃ、勝手に着ればいい。
「そんなことしたら笑われる」と言うなら、笑われるようにすれば良い・・・と、ここでちょっと聞き慣れないことを言われた気がすると思う。
つまり、笑われるも、笑われないも、どっちでも出来るし、どっちも同じなのだ。

アラン・ワッツが『タブーの書』(改定版は『ラットレースから抜け出す法』らしい)で、こんなふうに喩えている。
退屈してたので、1人で家族ごっこと始め、お父さん役とお母さん役の2役をやっていた。
そのうちに、子供も出来、息子役、娘役を含め、1人で4役をやっていた。
ところが、遊びに夢中になって、お父さんを演じる時はお父さんになり切ってしまい、娘を演じる時は娘に同化してしまい、自分は単に遊びをやっているということを忘れてしまった。それが人類の状態なのだと。
その喩えで全く問題ない。
そのうちの誰かが死んだということにしたら、残った者達が悲しくて仕方がなく、どうしていいか分からなくなった。
で、どうしたらいいかというと、どうもしなくていい。
死んだ人がどこに行ったのかと真剣に考えるが、どこにも行ってないし、最初からいなかった。
それなのに、たとえば、お父さん役が、「私は死んでも妻の夫でありたい。息子や娘のパパでありたい」と演じている(正しくは、演じさせているのだが)。
それじゃあ、死んだら幽霊役しかないじゃないか?

つまり、死んだら、パパを演じていた遊び人に戻る、あるいは、同化するだけのことだし、パパだったことは、どうでも良いことなのだ。
あなたが、社長だろうが、人気アイドルだろうが、誉れ高い一流大学の秀才だろうが、乞食だろうが、同じことだ。
演じている者の能力が、演じられている者の能力と比較のしようもないほど高いだけで、話は同じなのだ。
「いや、私は社長として、従業員の家族の生活を保証する義務がある」なんて立派なことを考える役をするのも、楽しいことかもしれないねえ。
「じゃあ、やーめた」なんて言って、世間から非難轟々される役に替えるのも面白いかもしれない。
「じゃ、じゃあ、あの人気アイドルとラブホに行く役ってのは・・・」なんて役を演じさせる者は、せいぜい、その後、アイドルの握手会で変なことをして逮捕される役を用意するものなのだ。その方が面白いしね(笑)。

確かに、プレイヤー・・・まあ、神様みたいなものなのだが・・・は能力が凄いので、我々が自力行動が出来るように作ってあり、それを自我と言うのだが、やっぱり自分が演じていることに違いはない。
昔のテレビ時代劇で、丹波哲郎さんが、日本一の剣士の役をしていた。
その剣士の名を騙る者が現れ、そいつは、講演会を開いたり、グッズ販売で儲けていた。
ある時、その偽剣士が、丹波さん演じる本物の日本一の剣士と同じ宿に泊まっていたが、偽物は、その剣士の名声を利用して可愛い姫様を口説き、一緒に温泉に入るという羨ましい・・・もとい!不埒なことをしていた(笑)。
日本一の剣士の門弟達が、「あの者、こらしめてやりましょうか?」と言うと、日本一の剣士は「捨ておけ」と応える。
日本一の剣士は考える。
「俺だって、本当は、あんなことがしたいのだ。あいつは俺の代わりにやってくれているのだ。あいつは俺だ」
さすが日本一の剣士・・・の役をしている神様、少しは分かっている役だ。
しかし、どこか不満げなのは、完全には分かっていない設定だからである。
「あいつは俺」
そうだ、どちらも神様が演じているのだから、いつでも替われるのだ。
ルンペンから世界一の作家に役柄を変えたコリン・ウィルソンのようにね。








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