ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

パンと花はどちらが大切か

勇気と自信は、どちらが大切だろうか?
比べることに意味はない。
それは、パンと花のどちらが大切かと訊くようなものだ。
普通は、パンの方が大切だと言うかもしれない。
しかし、人間は、花がないと生きられない。
それをイエスは、「人はパンだけで生きるのではない。神の言葉でも生きる」と言ったのだ。

パンは食べ物といった、物質的に必要なものの象徴。
花は、美しいものの象徴だ。
私なら、「私はパンだけで生きるのではない。初音ミクさんによって生きる」となるのだが。

花や神の言葉や初音ミクさんというのは、心の食べ物だ。
パンや魚やリンゴは身体の食べ物だ。
どちらも大切である。

ジョージ・アダムスキーが宇宙人に、
「ついでに朝食をとりましょう」
と言うと、宇宙人が、
「そうですね。我々は身体も養わなければなりません」
と言ったのが印象的だ。
我々は、心も身体も、両方、養わなければならないのだ。
疑うことなく誠実は大切だが、エッチだって大切である。

『星の王子さま』に、有名な、「本当に大切なものは目に見えない」という言葉があるが、目に見えるものも大切である。
ただ、「目に見えないものだって大切だよ」と言いたかったのだろう。
どちらがより大切って訳でもない。
愛のために死ぬことだってあるが、生きるために愛を捨てることが必要なこともある。
まあ、それがより大きな愛なのだが。

つまり、一番大切なものは、神の愛なのだが、それは人間には分からないので、ただ、神にまかせるしかない。
昨日、私は、初音ミクさんのコンサート「マジカルミライ2017」のチケットの抽選に漏れてしまったが、こういったことも、神にまかせるしかない。
後、抽選は2回と、普通の販売の3度のチャンスがあるが、全部駄目でも、それが神の意思なら私の意思でもあるのだ。
まあ、当るに越したことはないがね(笑)。
そして、日曜昼のSS席のチケットは得ているので、それは本当に感謝している。
だが、一番大切なことは、ミクさんを敬うことなのだ。

神人とも言われた、合気道の達人、植芝盛平によれば、宇宙生成の音は「ス」だ。
「スススス」と称えると、新しくなり、若やぐ。
だから、「好き」という言葉をよく使うことだ。
高額な美容法より、よっぽどきれいになると思う。









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ひきこもりでも、どこでもうまくやっていけるスキル

人と人は支えあっているとか言うが、当っているとも外れているとも言える。
いずれにしろ、そんな曖昧な言葉は実用的でない。
人間関係において、本当に有益なことは、「親切にされる」ことだ。

ひきこもりが社会で上手くやっていけない最大の理由は、職場で辛く当られる・・・つまり、親切にされないからだ。
そんなの当然だろう?
どんなひきこもりだって、周りが親切にしてくれたら、いくらでも務まる。
特に、偉い人や、リーダーに親切にされることが大切だ。

だが、たとえ、可愛い女の子や、若いイケメンであっても、会社のような場所で、必ずしも親切にされるとは限らない。
せいぜい、多少有利だという程度で、下心で親切にしてくる面倒なやつもいるだろう。

ある知恵者扱いされている医者に、こう言われたことがある。
「偉い人は、甘えられるのが好きだから、甘えればお宝をくれる」
そういう場合もあるが、それはあくまで、自分が、その偉い人の好きなタイプである場合だけだ。
そして、偉い人ってのは、好き嫌いが激しいものだ。

私は、どこに行っても、一番偉い人が親切にしてくれた。
まあ、かなり可愛いことは認めるが(冗談だ)。
方法は2つで、普通の人に出来るのは、その内の1つだ。
ルー・テーズという、プロレス史上最高のレスラーが、まさにそのやり方を無意識にだろうが、心得ていた。
ジョージ・トラゴスという偉大なレスラーは、弟子をことごとく、ぞんざい(粗略、乱暴)に扱い、挙句、潰してしまうことで知られていた。
そんなトラゴスが、17歳のテーズだけは大切にし、車で送り迎えまでしたらしい。
別に、トラゴスに変な趣味があった訳ではない(多分)。
テーズは、レスリングとトラゴスを深くリスペクト(尊敬)していたのだ。
私も、行く先々で、偉い人を、見かけだけでなく、リスペクトした。
リスペクト出来ないなら、戦うか去るかだが、そんなことになった酷いリーダーは3人しかいなかった(笑)。
いや、実際、リスペクトするところのないリーダーなんて、本当は稀なのだ。
ヤクザの親分に可愛がってもらっていた人を実際に知っているが、その人は、親分のことを本気で誉めていた。

リスペクトだって、スキルなのだと思う。
つまり、敬う訓練をすると言うか、敬うことに慣れることが大切だ。
そして、態度や言葉使いといった基本的なことは、普段からちゃんと訓練しておくことだ。それは、一流の映画で、優れた若者が、偉大な人物に接する態度を見れば、非常に参考になる。
初めの頃の、アナキン・スカイウォーカーの、オビ=ワン・ケノービやヨーダに対する様子を見れば良いだろう。
そして、最も重要なことは、崇敬して止まない存在を持つことだ。
そうすれば、自ずと、尊敬する態度に深みが出る。
私は、初音ミクさんを心から崇めているので、全てはうまくいくのである。









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若々しさは何にも代え難い

ゲーテに憧れる青年が、遠くからはるばるゲーテの家までやって来て、幸運にもゲーテに会えたのだが、中年を過ぎて肥満したゲーテを見た青年の顔には、明らかに失望の色があった・・・なんて話を何かで読んだ。
青年の気持ちが分かるような気がする。
私も少し前、敬愛して止まない、ある大手IT企業の経営者をテレビで見たのだが、顔も膨らんでいたが、なにより、その巨大な腹を見た時、尊敬の気持ちが4割、そして、好きの気持ちの8割が吹っ飛ぶのを止められなかった。
また、テレビで「べらべら喋る」内容ではなく、著書に書かれたお考えは、傾聴に値すると考え、私にとって重要人物であった芸人の、最近のテレビCMでの、完全に肥満した姿を見て、本当に、その人のことを、「もうどうでもいいや」と思うようになってしまった。
彼等は成功し、一生かかっても使いきれないお金を持っているが、もう年配である芸人の方は、子供に財産を残したらロクなことにならないからと、スーパーカーをまとめて3台買ったり、百貨店に出かけて、店員に薦められるまま高級腕時計を含む一千万円以上の買い物をしたりと、せっせと「がんばって浪費している」らしい。
(大金を使うのは、特に歳を取ると大変らしい)

サッカー選手に肥満した選手はさすがにいないが、野球選手にはかなりいるし、プロレスラーにはもっといるのだと思う。
ただ、初代タイガーマスクのように、あきらかに肥満しているのに、動きが全く変わらないという驚異的な人もいるが、彼が若かったヨーロッパ遠征時代や、日本デビュー時の、すっきりした身体はやはり格好良い。
大好きだったジャイアント馬場さんは、フルコースの食事の後、締めに餅に缶のゆでアズキをつけて食べるといったことをしながら、肥満したり、腹が出たりもしなかったのは、糖尿病ということもあったのかもしれないが、若手時代、アメリカで、フレッド・アトキンスに、引っ張るトレーニングをみっちり叩き込まれたからのようだ。
アトキンスと綱引きをし、リングのロープを両手で引っ張るというトレーニングをよくやったそうだが、アトキンスは50歳をとおに超えていたのに、体力盛りの20代前半の馬場さんが、力で全く敵わなかったようだ。

アリアナ・グランデさんの8月の幕張メッセでのコンサートは予定通り行われるらしい。
私は、彼女の歌を聴いたことも、ビデオも見たこともないのだが、テレビやネットで目にする、特に写真を見て、すっかり好きになった。
その理由は、かなりの小柄ではあるが、あの引き締まった若々しい身体に、無条件に好感が持てるのだ。
別に、エロティックな意味ではない。
若い輝きは何にも優る。
彼女のコンサートは幕張メッセの国際展示場の1番から4番ホールを使うらしいが、この4つをぶち抜いたら、とんでもない広さになると思う。
9月には、初音ミクさんが、企画展を含めて1番から3番までを使い、コンサートは3番ホールで行うが、3番ホールだけでもかなりの広さである。
そのミクさんの魅力の1つが、16歳の若さに輝く姿である。
すらりとした姿に、軽々とした動きに、しなやかなポーズの隅々に、それが現れている。
ミクさんを崇めながら見ていると、自分までどんどん若くなっていくのを感じる。
ジョージ・アダムスキーの本には、地球で言えば70歳から百数十歳を超えている宇宙人の女性が10代の絶世の美少女にしか見えないのは、神の肖像画を毎日見ているからであると書かれている。それが本当のことかどうかは、おそらく確かめることは出来ないだろうが、全くの嘘とも思えないのだ。
確かに、そんなことは起こり得るのだと思う。
そして、地球の天使であるミクさんの姿を見て、歌を聴いていれば、きっといつまでも若いだろう。
私が7年ほど前に、多少の気力は使ったかもしれないが、急に少食粗食になり、短期間で理想的な体形になったのは、ミクさんの姿を目にし、歌を耳にするようになったからに違いない。









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神はこんな人に力を与える

人間は力が欲しい。
それで間違いないだろう。
権力、財力、魅力、戦闘能力、知力、技術力・・・、いろいろあるが、人に抜きん出、地上を闊歩したいのだ。
そして、そんな力を得る方法は、『ローム太霊講和集』という本に書かれていた、「自己に制約を加える」しかないと確信した。
自己に制約を加えるとは、分かり易く言うと、こうだ。
人間は、誰でも放埓(ほうらつ。勝手きままなこと)に振舞いたいと思っているが、自分の心を律し、それをしないことである。

自己に制約を加えない者、つまり、放埓、勝手きまま、わがままを通す者は弱い。
対して、自分に厳しい制限を課す者は強い。
具体的に言えば、酒が好きな者が、好きなだけ飲むなら、その者に力はなく、みじめに生きるしかない。
しかし、酒が大好きなのに、飲むのは1杯と決め、断固としてそれを守るなら、その者に力が宿る。

人間が自分に課した制限の倍の力を神は人間に与える。
これが絶対原理であると思う。

歩きながらタバコを吸いたい、スマートフォンを見たいと欲するかもしれない。
しかし、それは、誰の役にも立たないし、むしろ、迷惑や害になる。
そこを、勝手きままに好きなようにする(歩きタバコや歩きスマホをする)者に力はない。
ところが、他人の迷惑にならないよう、気を配り、道を譲りながら歩く者は、そうやって自分を制限したことの倍の力が神から与えられる。
電車の中で、ふんぞり返って座って他人に迷惑をかける者は、その傲慢な態度が全くの虚勢であるほどに力がないが、慎み深く小さくなって座っている者は、やはり、その態度とは逆に強い力が与えられているのである。
それが事実なのである。

だが、自分に制限を課すのが1日や2日では、どうなるものでもない。
自分に厳しい掟を課し、一切の言い訳なく、常にそれを守る者にだけ、神は力を与える。
その掟は、自分にとっては辛く、他人にとって楽しく嬉しいものであるほど優れており、神はより大きな力を与える。
私は、常々、ロリコンってのは大きなチャンスを持っているのだと思う。
ロリコンが少女を諦めれば、少女達は安全で嬉しく、少女達の親も安心で喜ばしい。
そして、元ロリコンは力を得て悠々自適となる。
だが、少女に執着し続ければ、なけなしの力も奪われ、金はなく、体力もなくなり、容姿もみすぼらしくなり、惨めな人生の落伍者になる。
このあたりは、ナボコフの小説『ロリータ』に書かれている通りである。
あるいは、どうしても少女が好きなら、本気で女神として敬っても良いだろう。その場合、邪まなことを考えれば、即、天罰が下るのだがね。

ある男性は、どんなに飲んで帰って来ても、必ず1時間の読書をするという制約を自分に課していた。
当然、出世し、それなりの財産を得ている。
この、「どんなに飲んで帰って来ても」というところが肝心である。
「今日は忙しかったから休み」なんてのは、掟でも自己制約でも何でもない。ただの「ごっこ遊び」である。
そんなもので力を得ることは出来ない。
簡単なことでも、「死んでも守る」のであれば、相応の力を得られる。
例えば、ある人は、トイレから出る時に、スリッパや下駄を必ず揃えることを人生の掟とし、それしか出来ないから、死んだら、閻魔様の前で、それだけ言おうと思っているらしい。
そんな者にも、ささやかではあるが安定した収入と、適度な健康、それに、ほのぼのとした程度の交友や家族の絆は与えられるのだと思う。
だが、人間はもっと求めても良いかもしれない。

望んで 願って もっともっと求めて
なんでもなれるの キミの思い通り
~『Baby Maniacs』(作詞:q*Left、作曲・編曲:八王子P。歌:初音ミク)より~

ここにおいでよ
一歩ずつでも
そんな笑顔ができるなら
~『Satisfaction』(作詞・作曲・編曲:kz。歌:初音ミク)より~








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日本は大丈夫だし、世界は大丈夫だ

ゲーテは、人間にとって最も重要な感情は、敬うという気持ちだと言っていたのだと思う。
ただ、これほどの大文学者の言葉であるから、翻訳の際、単純に「敬う」ではなく、「敬虔」とか「畏敬」、「畏怖」といった、普段使うことのない重々しい言葉が使われるが、これらは、「敬う」の程度が高いことを示しているだけのことである。
しかし、我々は、大いに敬うより先に、敬うことを覚えなければならない。

潜在意識による成功法則とか、引き寄せの法則、あるいは、神仏への祈りにより願望成就といった、願いを叶える方法がいろいろあるが、それらは、願いを叶えることが出来る大きな力とか英知があってこそのものである。
そして、そのような英知や力は確実に存在する。
それは、自然を観察すれば明らかである。
だが、そのような英知や力に対する敬いがなければ、願いは叶わない。
敬っているふりではなく、本当に敬うことが大切だ。
しかし、我々は、金や権力を持っている者に対する、偽りの敬いである、媚びること、へつらうこと、おもねること、追従(ついしょう)することに慣れてしまい、敬うことが出来なくなってしまっている。
だから、本当に大切な願いを叶えることが出来ないのである。

願いを叶えてくれる英知や力のことを、神と呼んだり、仏と呼んだり、あるいは、固有の神や仏、その他の神秘的存在の名で呼んだりすることもあるが、それらへの敬いがなければ、願いを叶えてくれない・・・と言うよりは、それらは、願いを叶えることが出来ないのだろう。
なぜなら、敬う心は透明であるが、媚びへつらう心は汚れていて、気持ちを届けることが出来ないからだ。
もちろん、心が汚れていようが、神仏には我々の願いはお見通しであるが(我々以上に)、そのような願いを叶えることは出来ないのだろう。

では、「敬う」とは、どういうことだろう?
我々は、実に、そんなことも分からなくなっているのだ。
だが、簡単なことだ。
我々の心は、相対的なことしか分からない。
だから、敬うとは、自分が慎むことである。
もっと簡単に言えば、敬う相手に対し、自分を、その下に置くことである。
さらに肝心なことを言うなら、自分を偉いと思わないことである。
アインシュタインが、自分を少しも重要人物だと思っていなかったようにだ。
ところが、愚かなる我々は、自分は偉いと思っている。
それでは願いが叶うはずがない。

敬うという感情を育てることだ。
方法は自由である。
私の場合は、初音ミクさんを敬うことで、少しずつ、その貴い感情を育ててきた。
もちろん、ミクさんに願うわけではないのだけれど、その感情を知れば知るほど神と仲良くなり、頼り甲斐のあるパートナーになってもらえるのだろう。
私だけでなく、ミクさんが好きな人達は、コンサートでの様子を見ても分かる通り、本当にミクさんを敬っている。
だから、日本は大丈夫であるし、世界は大丈夫である。









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