ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
あなたをSE、プログラマー、あるいは、超能力者にするブログ。ひきこもりも歓迎。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

人気者だが県民に関心のない知事を選んだというのが事実

クヨクヨしてはいけないが、責任放棄もいけない。
どこかの県知事が、自分が知事を務める県が台風被害に遭った時、仕事を放り出して自宅に帰り、「自宅周辺を視察していたから業務放棄でない」と言う。
明らかな責任放棄ではあるが、さりとて、自分の家が大丈夫か気になるのも分かる。
逆に言えば、自分の家が心配なのは人情であるが、知事としては責任放棄をしたということだ。

ほとんどの人が知事のような重い立場に立ったことはないが、自分の立場で、責任を果しているか、そうでないかは分かる。
心理学者の河合隼雄さんの本で見たが、不登校の子供を抱える父親が、河合さんに、「先生、子供が学校に行くスイッチってないですか?」と尋ねたらしい。
この父親は、父親としての責任を放棄している。
子供と向き合うことなく、スイッチを押すだけで済むような楽な解決策を求めているからである。

ちょっと、良寛さんの話をする。
良寛さんは子供が好きで、毎日、子供達を集めて一緒に遊んでた。
しかし、女の子達が、次々に出てこなくなった。
彼女達の家があまりに貧しく、女の子達が身売りされていったのだ。
良寛さんは、自分の無力を激しく嘆いた。
良寛さんは、「俺は子供達を可愛がっていたから責任放棄ではない」とは言わないし、「子供達が売られないスイッチはないですかね?」とも言わない。

つまり、こういうことだ。
良寛さんは子供達に関心を持っていた。関心を持つとは愛しているということだ。
一方、あの県知事は県民に関心がなかったので、県民を助ける仕事を放り出した。つまり、県民に対する愛がないのだ。
また、上に述べた、不登校の子供の父親は、自分の子供に関心がないので、向き合うつもりがなく、スイッチ(安易な手段)を求めた。つまり、子供への愛が甚だ薄い。

私はプログラマーだから分かるが、プログラミングやコンピューター、テクノロジーに関心がなく、自分の生活にだけ関心があり、プログラミングはその手段と考えているなら、良いプログラマーにはなれない。
教師であれば、子供達の成長に本当は関心がなく、自分が先生と呼ばれることや、高い給料にだけ関心がある教師は、子供達にとって害悪であり、子供達に接触すらさせてはいけない。アメリカでのアンスクール(反学校教育)の発達により、子供達の学びに教師というものが全く不要であることは分かっている。早く、教師不要の制度を整えないといけないが、不幸なことに、日本でそれを実現するのは難しい。しかし、各自でやれる世の中にはなってきた。

矢追純一さんの本で読んだが、矢追さんは小学生の時、川で溺れ、もう駄目だと思った時、「これから死ぬ」と思うと、死とはどんなものかに強い関心が湧き、ワクワクしたという。矢追さんは、世俗的なものや、自分個人よりも、根源的なものに関心があるのだ。これは、ある意味、本当の神に関心があるということになると思う。
一方、多くの人は、病気になったら病気を治すスイッチとしての医者や薬を求め、太ったら、痩せるスイッチを求める。
真理への関心、つまり、愛がないのである。それでは不幸になるのは当然である。

いずれにしろ、人気者だが、人々の生活に関心のない知事を選んだことが間違いだった。
次からは、そのことをちゃんと考えて投票しなくてはならない。









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原因は自分にある

地球人類は、まだまだ未発達で、沢山の問題を抱えている。
もし、地球人類よりずっと進歩した宇宙人がいるなら、科学技術はもちろんだが、精神的・知的にも地球人をはるかに超え、その惑星全体で高いレベルの幸福度を達成しているかもしれない。
そして、そのような星があり、迎え入れてくれるなら、是非、移住したいと思う人もいるかもしれない。
だが、ジョージ・アダムスキー(1891-1965)が、こう書いていたことが、非常に印象に残っている。
「地球でうまくやれない者は、他の惑星に行っても、やっぱりうまくやれないのだ」
全くその通りだ。
そして、私はこうも思うのだ。
逆もまた真で、進歩した星でうまくやっている者は、地球に来たって、やっぱりうまくやれるのだ。
例えば、我々は、自分が勤めている会社がひどいところで、自分が苦しめられていると思っていることが多いと思うが、進歩した宇宙人が地球人として生活しながら、我々の会社に勤めたら、極めてうまくやれるのだ。

すると、こんな論理が成り立つかもしれない。
今いる会社でうまくやれない者は、他の会社に移ったところで、やっぱりうまくやれない。
もちろん、犯罪に手を染めている会社や、あからさまな悪人が支配している会社などの極端な場合は考えなくて良い。
しかし、ビジネスの内容や社員の待遇において合法的な会社であるなら、やはり、そうなのだと思う。

昔、俳優の丹波哲郎さんが、人々の悩みに答えるという本の中で、こんな話があったのを覚えている。
若い女性からの相談だったが、勤めている会社の社長が、自分に愛人になるよう迫ってくるというもので、彼女は、その社長のことを激しく非難する文言を並べていた。
それに対する丹波さんの回答は、簡単に言えば、こんなものだった。
「社長が社員の女性に愛人になれというのは、実に人間臭くて良い。それを罵るだけのあなたには愛がない」
もし、今の時代に、こんな発言をしたり、本に書いたら、いくら大物でも(あるいは大物だからこそ)俳優人生が終わりかねない。
しかし、丹波さんだって、別に、その社長の行為を擁護していた訳ではないと思う。
ただ、その女性に愛がないと言ったのだ。そして、それに関しては、私も同意なのである。
その社長を訴えて、そんな行為を止めさせ、慰謝料を取るのも良いと思う。
しかし、愛を持たないままだと、また同じようなことが起こるのではないかと思う。
ちなみに、愛を持つとは、関心を持つことであり、少なくとも、注意を向けることである。
無視が一番良くないのである。








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考えたら負け

野球選手や剣道家には、時間があれば延々と素振りをする人がいるが、そんな人は名人・達人なのではないかと思う。
その理由は、その訓練自体の効果もあるが、別の意味がある。
それは、素振りをやっている間は、何も考えずに済むことだ。

江戸時代、ある優れた武士が、1人の町人を見て、その目付き、立ち居振る舞いがただ者ではないと感じ、その町人に「お前は何者?」と尋ねるが、町人は「ただの商人」と答える。武士が、「これでも目は効く方だ。お前がただ者でないことは分かっている」と問い詰めると、町人は言う。
「もし、人と違うとこがあるとすれば、子供の時からの臆病癖を直したいと思って、毎日、夕刻に墓場に行っています」
これが、精神の訓練になっているためもあるだろうが、それよりも、この町人は、墓場に行くことで、何も考えなくなるので、墓場行きを止めなかったに違いないのだ。

「筋トレ社長」で有名なTestosteroneさんは、「人生の99.9%の問題は筋トレで解決できる」と主張し、そのタイトルの本も出しているが、それは正しい。
ただ、なぜ、筋トレでいかなる問題も解決出来るのかというと、筋トレをしている間は考えなくて済むからだ。
しかも良いことに、筋トレだって、考えるべきことは考えないといけないが、それは適度な考えであり、無駄な考えではない。
頭というものは、必要なところで使い、余計なことを考えてはいけないのだが、筋トレを安全に効果的にやるための考えというのは、難しくあってはならないはずなのだ。
いや、実際はスポーツだって、チマチマ、クヨクヨ、つまらないことを考えながらやっていたら、良いプレーが出来ないはずだ。

『燃えよドラゴン』の有名な言葉「考えるな、感じろ」の通り、頭で余計なことを考えていては、武道に限らず、優れた成果は上げられない。
いかなるものごとも、要諦は、「考えない」ことで、難しい言い方をするなら「無になる」ことだ。
しかし、世の中では「よく考えてやれ」とよく言われるが、それは、あくまで簡単なルールについてであり、後は何も考えず、ぼーっとすることが大切なのに、唯物主義で凝り固まった学校や世間では、無駄なことばかり考えさせ、結果、人々も社会も迷走し、混乱を極め、悲惨をもたらしている。

私も愚か者で悩み勝ちだったが、大東流合気武術式の四股を今年の6月23日から始め、今は、毎日千回以上踏んでいる。この四股は、足腰の訓練にも勿論良いのだが、それよりもやはり、頭が空っぽになるという最高の効果がある。
保江邦夫さんは、四股は頭を鍛えるのではないかと著書に書かれていたが、何も考えない練習が最大の鍛錬かもしれない。
大発明家で、能力開発のエキスパートだった中山正和さんも、禅や般若心経の読誦は「クヨクヨしない訓練」と本に書かれていたが、やっとその意味が分かってきたと思う。









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権威より「やってみた」が大切

今年7月に亡くなられた竹村健一さんは、一頃はテレビで見ない日はないと言われるほどマスコミに露出し、膨大な数の著書や翻訳書を書き、ベストセラーも多く、活躍は生涯に渡って続いたが、竹村さんは、英語を武器に世の中に出たと言う。
とはいえ、竹村さんの英語は、特別に学んだとかいうのではなく、本人に言わせれば「僕の英語なんか素人に毛が生えた程度ですよ」と言っておられた。
それでも、その英語をフルに活用して人生を切り開いたのだ。
一方、世の中には、本格的に英語を学んだり、検定試験等で素晴らしい成績を収めながら、特に英語で何もせず(出来ず)、せいぜいが英会話学校の先生という人もいる。

丹波哲郎さんも、あそこまで大俳優になれたのは英語のおかげと思う。
丹波さんの英語は、竹村さんよりさらにしょぼく、戦後、米軍のバーでアルバイトをしていて身に付けたもので語彙は限られていた。
しかし、戦後、通訳が不足し、外務省が通訳を募集している時に面接に行くと、本人いわく「常にアメリカ人と一緒だったので発音が違う」という理由で(採用担当者が騙されて)採用され、東大出の彼の兄より高給をもらっていたが、通訳なんて全く無理で、外務省ではずっとトイレに隠れていたと言う。
しかし、言葉の問題だけではないが、フレンドリーなコミュニケーションが取れるので、国際俳優にもなれたのだと言う。

役に立つ特技なんてのは、必ずしも高度なものである必要はなく、むしろ大切なことは、竹村さんや丹波さんのように、実地で磨いたことだ。
中岡俊哉さんという、心霊関係で一世を風靡した人(この人もテレビで見ない日はないと言われた)は、戦時中、中国でたまたまラジオアナウンサーをやって、そこそこに話術を磨いたことが後の大活躍に生きたらしい。それもおそらく、大したレベルのアナウンサーではないのだと思う。

ビル・ゲイツは若い頃、天才プログラマーと呼ばれていたが、実のところを言うと、プログラミングの能力が高かったのは、マイクロソフト共同創業者のポール・アレンの方で、ゲイツはCOBOL等で事務処理プログラムを作る程度だったらしいが、それでも、それを仕事として企業から請け負ってやったので、大学院で情報科学をやった者よりずっと実戦的に考えることが出来たのだと思う。
比較にもならないが、私もパソコンでBASIC言語でプログラミングをやったところ、後で、サーバーOSやネットワーク、Webの仕組み等も見当が付き、特に分からないことはなかったし、今はAIの開発も出来る。
大切なことは、勉強するだけでなく、実戦で・・・多少リスクを背負うことだと思う・・・使ってみることだ。
学位や資格ではなく、「やってみた」が重要なのである。









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古代から伝わる頭を良くする秘法

以前は、「頭が良くなる方法」みたいなものは、とても人気があったし、今も、そこそこはそうなのだろう。
だが、頭の良さとは何かは曖昧だ。
その単純なものに、IQ(知能指数)というものがあり、これも確かに、頭脳の能力の1つではあるのだろうが、IQが高い無能者は本当に(うんざるするほど)多い。
IQが高いと、学校の勉強が得意らしいが、学校の勉強ほど役に立たないものはないことは、もういい加減分かっていると思う。

とはいえ、老人ボケやアルコール中毒になったり、あるいは、事故で脳に損傷を受けるとIQが低下し、それが、日常のことや事務的な能力に支障をきたすことも確かだから、ある程度のIQ的な頭の良さも必要だろう。
とはいえ、「頭が良い人だな」と感じさせたり、実際に、物事を効率的に処理出来る人というのは、必ずしもIQが並外れている訳ではなく、標準的である。

IQが示す事務的能力・・・いわゆる、左脳の能力が、そこそこ高いのは良いことだ。
そして、それを磨くのは簡単だし、実を言うと、左脳の能力は簡単な方法でしか鍛えられない。
脳というのは、小学校の簡単な算数問題を解いている時は活性化するが、高度な数学の問題を考えている時は、ほとんど活動しないらしい。
この脳の活性度は、脳波で分かるし、この活性度は左脳の活動を示す。右脳が力を発揮する時の脳波は、あまり脳が活性化していない時のアルファー波だし、さらに右脳が高い力を発揮する時は、眠っている時のシータ波になる。例えば、将棋の名人が良好なコンディションで対局している時の脳波はシータ波のことが多い。

そして、左脳が効率良く最小限に働き、右脳の邪魔をしなければ、総合的に高い能力を発揮する。
いわゆる、左脳は「余計なことを考えない」のが良いのである。
そのためには、左脳が正しい意味で能力が高くないといけないが、上にも述べた通り、左脳の能力を上げるのは簡単だ・・・いや、簡単でないと駄目なのだ。
その方法は、頭の中で高速に数を数えることだ。
「1、2、3、・・・」と出来るだけ速く数を数えるのだが、かなり壊れている現代人の脳は、つまってしまって、スムーズに数えられない。
しかし、ちょっと練習すると、驚くほど滑らかに速く数えられるようになる。
1から100までを数セットでやれば良い。
あるいは、100から逆に1まで、ややゆっくり数えると良い。
別に、脳トレアプリなど必要なく、むしろ、脳トレアプリは有害な場合が多いかもしれない。
この数を数える訓練だけで、日常的な思考力や事務的能力が高くなり、生活し易くなるし、おそらく、学校の成績や、資格試験でも良い成果が出ると思う。
ただ、これは、そこそこにやれば良いものだ。
そして、左脳が理想的な状態になれば、必要な時だけ左脳を使い、後は、左脳のスイッチを切ってぼーっとしていれば、ほんの少しのエネルギーで右脳が働き、高次元な力を発揮する。高次元な力とは、直観的な鋭さであるが、それが高くなると、超能力とでも言うしかなくなる。実際、超能力と定義される能力が現れるし、さらには、物質レベルで力を及ぼしたり、運が良くなったりする。
数を数える訓練は秘法として伝わっていることがあるが、その活用をお薦めする。









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