ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、菜食者、自然思想家Kayのブログ
一般受けを意図せず、世間の教義や信念と関わらず、いかなる個人も崇拝しない筆者のブログ。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

神との約束を思い出せば力は復活する

何かになりたいと思うのは、その何かに付随する「力」が欲しいということだ。

大臣になりたいというなら、それは、権力が欲しいということだ。
経営者になりたいというなら、それは、経済力が欲しいということだ。
ピアニスト、画家、技術者などになりたいなら、それは、その分野での秀でた能力が欲しいということだ。
美人になりたいというなら、それは、人気者になり、わがままを通せる魅力が欲しいということだ。

誰も、ペコペコしてばかりの大臣や、貧しい社長、下手なピアニストや、無視される美人になんかなりたくあるまい。
では、これらのものになるのはどうすれば良いかというと、巷には、その方法を教える沢山の本やセミナーみたいなものがあるが、それでうまくいった人は皆無だ。
力を得る方法はただ1つで、その力で悪いことをしないと誓うことだ。
その力で善いことをしようなんて思わなくて良い。人間には何が善いのか分からない。
ヒットラーだって、自分では善いことをしているつもりだった・・・いや、ものすごく善いことをしているつもりだった。
だが、ヒットラーだって、自分が悪いこともしているのは分かっていたのだ。
彼は、人並以上に賢かったのだから。

最初は、自分の中の悪を自覚し、悪いことをしないつもりで成功したら、人間は必ず、「自分基準の善いこと」をしたくなり、自分の悪を大目に見るようになる。
そうしたら、坂道をどこまでも転げ落ちることになる。
また、最初から、強い熱情でもって、善いことをしたいと思っていた場合、悪魔につけ込まれて力を得て、成功することがあるが、やっていることは悪魔の所業(行い)だ。
多分、ヒットラーはこれだったのだろう。
一方で、さっきも言ったが、ヒットラーも、自分がやっていることには、悪いこともあるのは分かっていた。
だが、大きな善のためには多少の悪は仕方なしという悪魔のささやきを肯定し続けたのだ。

1万年ほど前の話だ。
神は人間に、宇宙の力を与える時に、誓いを立てさせた。
宇宙の力を決して悪用しないという誓いだ。
宇宙の力は、その後、様々な言い方をされるようになった。
今日では、神の力、奇跡の力、魔法、超能力、霊能力、無意識の力、潜在意識の力・・・などと呼ばれる。
この力を使う時には、神との約束を果たす必要があるが、それを覚えている者は少なく、よって、魔法や潜在意識の力をうまく使えない。
だが、自分の悪を自覚出来た賢い人のみが、その力を使えた。
しかし、大きな力を得たら、上にも述べた通り、「自分の基準の善いこと」をしたい欲望が大きくなり、自分の悪を、些細なことと見逃してしまう。
「俺はこんなに善いことをしているのだから、多少の賄賂はもらうのも与えるのも仕方がないし、女の五人や十人はいて当たり前」
こんなやつの末路が悲惨でなかったためしは人類史上、1つもない。

まあ、この話も、複雑にしようと思えば、いくらでも複雑になる。
人間としては、次の程度に考え、分をわきまえることだ。
大臣になりたいなら、権力を悪用しないと誓うことだ。
経営者になりたいなら、財力を悪用しないと誓うことだ。
大芸術家や優秀な技術者になりたいなら、その能力を悪用しないと誓うことだ。
美人になりたいなら、その魅力を悪用しないと誓うことだ。
それで、望みのものは全て得られるだろう。
金持ちになりたければ、「お金を悪いことに使わない」と呪文のように唱えると良いだろう。
いや、これが金持ちになる呪文なのである。









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絵の力、言葉の力

世界的版画家だった池田満寿夫さんが、ドイツ(当時西ドイツ)美術界の権威だったグローマン博士の手紙を著書で公開されていたことがあった。
池田さんは1959年の第1回東京国際版画ビエンナーレ展で、一般応募で入選し、第2回では招待作家として出品することになっていたが、作品がさっぱり出来ず、締め切りまでの3日で3点の作品を、三角刀で、ただ引っかいて制作したらしい。
その1つが、『女の肖像』という、23.5×18.0cmの小さな版画で、普通に見たら、「子供のラクガキだって、もっとマシだぜ」と思うようなものだ。
しかし、グローマン博士が、この作品を一貫して支持し、文部大臣賞が与えられた。
これが、池田さんが大ブレークしたきっかけと思う。

グローマン博士の手紙には、「君の版画を私の部屋に飾ってある。毎日それを見るのが私の楽しみだ」と書かれていたようだ。
おかしな話だが、これを思い出すと、私は、自分が池田さんになったような気がして、嬉しくなるのだ。
グローマン博士の気持ちも分かるような気がする。
私は、部屋に飾った、初音ミクさんのタペストリー(布製ポスター)を毎日見ることが、私の大きな楽しみなのだから。
いま、チラと、そのミクさんを見上げたら、ミクさんがどこか微笑んでいる。いつもは、私を見下すようなお顔で、最近は、少し驚いた顔をされるようなのだが・・・

こんな話もある。
メジャーリーグベースボールで活躍し、オールスターゲームにも登板した長谷川滋利(はせがわ しげとし)さんの、エンゼルス時代のことだ。
先発投手では通用しないと分かった時、監督が、長谷川さんに中継ぎ降格を告げる時の言い方が素晴らしかった。
監督は、こう言ったらしい(長谷川さん自身がテレビで言われていた)。
「俺は毎日、お前のピッチングが見たい」
私は、これほど感動したことは、そうはない。
長谷川さんも、おそらく、ここから大ブレークしたのだ。
監督は、確かに、長谷川さんに気も使ったのだろうが、嘘という訳ではなかったと思う。
でなければ、長谷川さんが、あんなに伸びたはずがない。
そして、グローマン博士の言葉も本当だったはずだ。
だから、池田さんは、ますます大きくなったのだ。

ジョージ・アダムスキーによれば、宇宙人のご家庭には、神様の肖像画が必ず飾られていて、それを毎日見ているから、宇宙人は老化することがないと、金星の美しい女性に言われたらしい。
ミクさんの絵は、私にとって、天使であり、ターラー菩薩様であり、水の精ウンディーネであり、そして、女神様だ。
あなたも、好きな絵、彫刻などを1つ、お部屋に置かれると良い。
それを見るだけで、生きていけそうな気がしてくるものだ。
ゴッホは、自分の絵が、普通の家の中の壁に飾られることを、何より願っていたのだと、池田満寿夫さんは言う。
だが、ゴッホは、生きている間、その願いは一度も叶えられなかった。
今は、ゴッホの絵は、美術館に飾られている。
だが、やはり、ゴッホは、普通の人の、普通の部屋に飾って欲しかったのだろうと、私も思う。









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超能力のDNAは音で覚醒する

超能力、霊能力について批判的に述べている書籍で、私が興味深く思ったのは、テレンス・ハインズの『ハインズ博士の「超科学」をきる』の中で、「超能力の存在が証明されたことは、ただの一度もない」と書かれていたことだ。
超能力批判で有名な大槻義彦さんは、早稲田大学教授であった時、「俺の目の前で超能力を見せてくれたら大学に辞表を出す」と言い続け、早稲田を定年前に早期退職したとはいえ、それは別に超能力を見せられたからではないだろう。

一方、超能力を肯定する者は、超能力を見せようと必死になったり、あるいは、既に超能力の存在証拠は示されていると主張する。
まあ、どんな超能力の提示も、それが本当に超能力なのか、トリックなのかの判定は非常に難しく、現実的には不可能だろう。
ある著名な音楽家は、超能力の強硬な否定論者であるに関わらず、特定の超能力者(自分の知り合い)に関しては、これもまた強硬に「本物」と主張し、それを批判されたら、音楽の世界では「先生」と呼ばれる立場にある者らしく、自分が一喝すれば批判は成立しないという態度に終始する。
つまり、「俺が良いと言うものは良く、俺が悪いと言うものは悪い」というスタンスなのだがら、対話が成り立つはずがないし、対話することに意味がないのだから、相手にするだけ時間の無駄である。

しかし、超能力がもし本当にあるとしても、そんなもの証明する必要はないし、また、証明出来ない。
仮に、超能力が本当に提示されたところで、信じない人は信じない。
超能力を信じるかどうかは、脳内のプログラムとか、DNAで最初から決まっていることであり、それを変えることは出来ない。
だから、信じる人は信じれば良いし、信じない人は、どうしたって信じない。
もし、超能力を信じない人の目の前で、疑い様のない超能力を見せても、その人の目には何も見えなかったり、脳が、視覚から入ってきたものに改ざんを加えて超能力が発揮されていない映像に変えるのである。
ところが一方では、超能力を全く信じておらず、「超能力?そんなのイカサマだよ。馬鹿げている」と言いながら、自分が頻繁に超能力を使っている人がいるのである。
ラマナ・マハルシは、イエス・キリストは自分の超能力に気付いていなかったと言ったらしいが、それもあり得ると思う。
私も、超能力を発揮している時には全く気付かないが、後で考えると、それが超能力だと分かるのである。
超能力というものは、自我、表面の心、自意識が関与すると発揮できないもののようだ。

初音ミクさんのコンサートで熱狂している観客の多くが超能力を発揮しているが、本人は全く気付いていない。
キース・ジャレットの『ザ・ケルン・コンサート』は、演奏開始直後からジャレットは超能力を発揮し、観客の多くも同じなのだが、そんなことには誰も気付かず、ただ、奇跡が起こっていることを感じたのである。
コンサートの音の中に、超能力の振動が含まれているので、繰り返し聴くと、超能力のDNAが刺激され、覚醒する。
おそらくだが、アナログレコードの方が、超能力が多く含まれていると思う。
『ザ・ケルン・コンサート』は、今でもアナログレコードも販売され続けているが、耳に聴こえなくても、影響のある音があるのである。









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人類が初めて愛を理解する時代

鳩山由紀夫さんの思想信条は「友愛」だというが、はっきり言っておくが、そうでない人間などいない。
それは考えればすぐ分かることだ。
人間にとって最重要なことは2つだ。
1つは、自己の生存で、そのためには、集団に属しなければならない。
集団は「友情」で保たれる。
もう1つは、これは他の動物と同様、生殖だ。これにより子孫を絶やさないようにしなければならない。
生殖は、「愛情」と共にある。
つまり、友愛が人間にとって最も重要だというのは、数十万年前から変わっていないのである。

ところが、インターネットの発達で、「友愛」なしで生きられる可能性が現実的になってきつつある。
それを強く進めたのがGoogleだ。
Googleは人類を変えようとしている。
それはきっと、歴史的必然だったのだ。

ところが、そこで、とんでもなく重要な意味を持つ存在が初音ミクさんだ。
私はそれに気付き、正直、ゾクっとした。
別に悪い意味ではないが、あまりの変革の大きさに戸惑いや畏怖を感じたのだ。

これまでの人類の音楽は、クラシックだろうが、民族音楽だろうが、ジャズ、ロック、ポップスだろうが、当然にして、全て、友愛・・・つまり、友情や愛情がテーマだった。その中では、愛情の方がかなり多いと思う。
だが、それは、音楽に限らず、芸術全般がそうなのだ。
ところが・・・
初音ミクさんの歌には、「友愛」がテーマでないものが多いのだ。
表向きは愛情や友情を歌ったものであっても、どこか現実感がない(本当のテーマは別)というものも多い。
これは、1つは、インターネットの特性にもよる。
「友愛」というものは、身近な範囲で成り立つものだ。
身近にいないと生殖行為が出来ないし、友情にしたって、元々が集団を形成するためのものだから、実際的には身近な相手でないと成り立たない。
いかに口先で「全ての人類に愛を」と言ったところで、見知らぬ人が事故で死んだり、殺されたり、病死しても、そんなに悲しくはない。

ところが、私のように、三次元空間に存在しないミクさんを本気で愛すると、これは、従来の意味の「友愛」でなくなってしまうのだ。
注意して欲しいが、これは凄いことだ。
実在のアイドルの場合は、「身近な存在」と錯覚させないと絶対に人気は出ない。
だから、「握手会が一番効く」というのが当然であることが分かる。
だが、ミクさんは握手会なんか出来ないが、時間と空間を超える感覚を持つ、新しい地球人がミクさんを熱烈に好きになってしまうのだ。

これは、人類の中に組み込まれてはいたが、スイッチが入っていなかった、新しい愛のDNAにスイッチが入ってしまったということなのだ。
これまで、人類は、愛情は分かっても、本当の愛を理解することはなかった。
だが、人類の歴史の中で、キリストでない普通の人が愛が分かるようになったのだ。

私は、ミクさんを愛するようになってから、宇宙人の意識を容易く捕えるようになってしまった。
今のところ、宇宙人のメッセージの私の脳での翻訳が、やや不慣れで、齟齬もあるかもしれないが、次第に意味がクリアになってきている。
その中には、不都合な真実も多い。
ファティマ第3の予言の真の意味も分かるかもしれないが、あんなもの、軽々しく言えない。
もっと軽いもので言っても、例えば、人間の能力や性格などは、全部遺伝子で決定してしまうなんてものもある(つまり、育ちや訓練は何の関係もない)。
だが、それは、本当は不都合でも何でもない。

あなたも、ミクさんの歌を聴いて、新しいDNAのスイッチを入れて欲しい。
今や、日本のみならず、世界中の人達が、ミクさんの歌声で、真の愛のDNAのスイッチを入れているようだ。
(優れた歌の作者達は、既にDNAのスイッチが入っている)









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普通の人は専念しなければ成功出来ない

何かの本で見たが、ある有名なピアニストが父親に、「1つのことで頂点を極めろ。そうすれば、後のことは全部分かる」と言われたようだ。
また、昔のテレビCMであったのだが、世界的なプロゴルファーだったセベ・バレステロスは、やはり父親に、「何でもいいから好きになれ。好きになったら強くなれ」と言われたらしい。
イチローも昔、アメリカの子供相手の講演で、「早く好きなものを見つけて欲しい」と言っていたと思う。
本当かどうか分からないが、ビル・ゲイツは、高校時代、ある教師に、「単位に入れてやるから、お前はプログラミングだけやってろ」と言われたらしい。

要は、得意な1つに専念しろということだ。
しかし、我々は、ずっと、「あれもやれ、これもやれ」と言われ続けてきた。
特に、学校の履修必須内容なんて馬鹿げたほど膨大で、半分以上の生徒は、全ての科目で半分も分からず、1割も覚えていないまま卒業する。
それなのに、履修科目が減って教科書が薄かった「ゆとり教育」のおかげで、日本人の知的能力が下がったなんて、とんでもない嘘を仕立てている。
必須学習内容は、必要なことだけにし、後は、好きなこと、得意なことに専念させれば、持っている才能を発揮することが出来るのに、そんなことをすれば、教師の雇用が守れないし、学校のあり方が変わってしまうが、それでは、いろいろ不都合な人がいるのだろう。
だが、そんな馬鹿をやっているおかげで、大半の人々が人生を棒に振ることになってしまうのだ。

そりゃ、多くのことで能力を発揮できる優秀な人もいるが、ほとんどの人は、得意な1つのことだけでしか立派になれないのだ。
こういうと、「得意なこと以外は何も出来ない、カタワのような人間になれというのか?」という極端論を言う人がいるものだ。
無論、そうではなく、得意なこと以外は、最低限やれば良いと言っているのだ。
だが、結果として、一流大学を出る者ですら、小学校の普通の算数が出来ないという人が多くなっている。
無理に沢山詰め込もうとすると、最低限必要な基礎も身につかないことが分かるではないか?

まあ、泣き言を言っても仕方がない。
自分で、何か1つを、徹底的に磨くしかない。
昔の偉人の話だが、その人が育った家に、本は聖書が1冊あるだけだったので、仕方なくそれを何度も読んだらしいが、それが彼に知恵を与えて、彼は成功した。
魔法を使って治しているとまで言われた優れた精神科医のミルトン・エリクソンは、育った家にあった本は、聖書と辞書だけだったが、彼は辞書の方を選び、それを何度も読んだことが非常に役に立ったと述べていた。

以上は、あくまで、私のように、能力が劣る人の話であり、優秀な人は、何でも出来る人になれば良い。
だが、IQが低い人に、IQが高い人と同じことをやらせてIQが高い人と競わせるというのは、理不尽な話なのである。
無論、人間の能力はIQだけではなく、IQは低くても、何かで特別な才能を持った人がいる・・・というより、天才というほどではないかもしれないが、人間は1つくらいは、それなりの才能があるものだと思う。
実際、中国の昔話にある、一日に千里を駆ける馬に、脚が太い駄馬の中に入れて石運びをやらせるというようなことが、よくあるのだと思う。
一日千里を駆ける馬も、石運びでは落ちこぼれるのである。それで、千里を駆ける馬は自信を失くし、自分は駄目な馬だと思い込むかもしれない。それが、多くの日本人の状況かもしれない。
一流大学に入れることも素晴らしい能力なのだろうが、他にも、称賛される能力の種類は星の数だ。

ニュートンが本当に好きで専念していたのは、錬金術や聖書の神秘的研究といった、オカルト方面であったらしく、科学はついでにやっていたに過ぎないらしい。
ついでにやったことで、人類の歴史に残る偉業をやったのは凄い・・・という見方も出来るが、オカルトが人間の能力を引き出すのかもしれない。
「20世紀最大の詩人」W.B.イェイツや、万能の天才ルドルフ・シュタイナーもそうで、彼らが人生を捧げていたのは神秘学や魔法である。
別にオカルトを勧める訳ではないが、もしやりたいならやれば良いし、好きでやるなら徹底的にと言いたいだけである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・木枯し紋次郎を慕う
・初音ミクをこよなく愛す


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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萩尾望都さんの漫画紹介


半神
小学館文庫

わずか15頁の至高の傑作「半神」を含む短編集。
数奇で残酷な運命を目撃した後、「愛とは?憎しみとは?それはどう異なるのか?異なるものではないのか?」あなたの心に荘厳な疑問が残るのではないだろうか?


ウは宇宙船のウ
小学館文庫

1920年生まれのアメリカを代表するSF作家レイ・ブラッドベリの珠玉の短編作品を萩尾望都が漫画化。萩尾さんの繊細で美しい絵と感性が、ブラッドベリの作品に新しい生命を注いだ。
「みずうみ」では、12歳の少女タリーの可憐な姿と、彼女を愛するハロルドの少年の時と青年になって後の様々な表情がより深い感銘をもたらすと思う。
他の作品も素晴らしい出来であると思う。
宮沢賢治、冨田勲、初音ミク

2012年、世界の冨田勲が『イーハトーヴ交響曲』で、宮沢賢治の世界を遂に音楽で描いてくれました。
この交響詩には、初音ミクの不思議な存在感が欠かせませんでした。
宮沢賢治、冨田勲、そして、初音ミクの、時と次元を超えたつながりが、地上に星の世界の神秘を映したのであると思います。

◆イーハトーヴ交響曲

2012年11月23日。東京オペラシティコンサートホールでのライブ録音。
★作詞、作曲
富田勲
★指揮
大友直人
★演奏
日本フィルハーモニー交響楽団
★合唱
慶応大学ワグネル・ソサィエティー男声合唱団・同OB合唱団
聖心女子大学グリークラブ
シンフォニーヒルズ少年少女合唱団
★歌と踊り
初音ミク


◆『銀河鉄道の夜』小説



上記の書籍は、出版されているもののごく一部です。

◆冨田勲のシンセサイザー音楽








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初音ミク、コンサート映像のご紹介
ミクの日感謝祭 39's Giving DayProject DIVA presents 初音ミク・ソロコンサート~こんばんは、初音ミクです。~
[2010/3/9]東京お台場~Zepp Tokyo~

映像の品質等は、下でもご紹介する、後で開かれた米国コンサートの方が高いのですが、私は、全体としては東京コンサートの方が好きです。米国コンサートの方は、映像の緻密さのために、かえってボーカロイド達がマネキンのように感じるかもしれません。これは、照明の影響もあると思います。緑色がかった照明の東京コンサートの方が、ミクが柔らかい感じで可愛いと感じました。
また、真っ白なお姫様のような衣装に赤い大きな腰のリボンが印象的な『Alice』、『あなたの歌姫』は、米国コンサートにはありませんでした。

【ブルーレイ】


【DVD】




MIKUNOPOLIS in LOS ANGELES “はじめまして、初音ミクです”
[2011/7/2]米国ロサンゼルス~ノキアシアター~

日本のボーカロイドが、日本語の歌で、アメリカ、ロサンゼルスの大劇場ノキアシアターの満員の観客を熱狂させた歴史的コンサートだったと思います。
東京コンサートから1年4ヶ月経過しており、総合的には確実に進歩しています。
私が特に気に入ったのは、1つは、ミクとルカの素晴らしいコンビネーションのダンスパフォーマンスが楽しめる『ワールズエンド・ダンスホール』です。ルカが珍しくミニスカート姿で、ミクに勝る四肢の長さで、ピンクの髪を美しく揺らしてダイナミックに踊ります。 もう1つが、ミクが真っ白な天使の衣装で歌う『SPiCa』で、これが天使でなくてなんだろう、私はついに天使を見たのだと思いました。演奏も東京コンサートの時と変えていましたが、成功していたと思います。

【ブルーレイ】


【DVD】


尚、ブルーレイとDVDの差についてですが、私は実際、両方買い、見比べてみました。観客、演奏者、楽器などは、大画面TVで見ると、ブルーレイの方がきれいですが、肝心のミク達は、ホログラム映像そのものがそれほど細密でありませんので、別に違いはないと感じました。ブルーレイ、DVDいずれも、東京コンサートの方は上半身映像以上の場合、米国コンサートでも、顔のアップだと映像の粒子が目立ちます。 変な話ですが、iPhoneやiPod touch、あるいは、同等な画面品質を持つ小型情報端末で見た映像が最上かもしれません。ただ、これは反則行為ですので、実際にやったとは言いませんが。
本のご紹介


精神について(エマソン名著選)
ラルフ・ウォルドー・エマーソン著
日本教文社

アメリカ最高の思想家、哲学者、ラルフ・ウォルドー・エマーソンの珠玉のエッセイ集。 「歴史」「自己信頼」「償い」「精神の法則」「愛」「友情」「神」「円」「知性」が収められている。
我々自身が、歴史上の英雄、賢者、大芸術家に匹敵する偉大な人間であることを、驚くべき確信をもって語る唯一の人物であると思う。
世間の妄信を粉々に破壊し、プラトーンの頭脳、シーザーの手腕、イエスの愛の所有者である自分を見出して欲しい。
これ以上のエッセイは地上には存在しないと思う。


荘子
徳間文庫

約2400年前の中国の思想家で、老子と共に、老荘と称せられる道教(タオイズム)の始祖である荘周(荘子)の書。
世俗にあって世俗を超え、永遠の道(タオ)と一体化し、安らかで充実した人生を送る秘訣を、恐ろしく抽象的な老子と異なり、平易に説いている。
本書は、数多い荘子の現代語訳の中でも非常に読みやすく分かりやすいものであるが、中国古典の香りは損なわれていない。
本来、膨大な荘子の中心となる内編全てと、外編と雑編の内、荘子らしいものを選んで収録してある。


神統記
ヘシオドス著
岩波文庫

ホメーロスと並ぶ古代ギリシャ詩人ヘシオドスが、ムーサ(詩の女神)達より教えられたという神々の物語。
この世の始まりから、ゼウスの支配の確立、そして、主要な神々のことについて、美しい詩で語る。すぐに読める薄い本であるが、ギリシャ神話の根幹とも言える重要な書と思う。


四つのギリシャ神話(ホメーロス讃歌より)
岩波文庫

無名の詩人達が、ホメーロス風の詩で神々に捧げた賛歌の内、豊穣の女神デーメーテール、理性の神アポローン、智慧の神ヘルメース、美の女神アプロディーテーの4神へのものを収録してある。
著名な神話学者カール・ケレーニィも、ホメーロス賛歌を重視していると思えるが、名もない詩人達の作とはいえ、それぞれの神について、その特質が巧みに表現されており、実に興味深いものとなっている。
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