ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

正法眼蔵と念仏

仏教学者の、ひろさちやさん(今は「宗教評論家」の肩書きで紹介されることが多いように思う)の『正法眼蔵』に関する著書を少し読んだ。
『正法眼蔵』は、鎌倉時代の禅僧である道元の全百巻の大著であるが、ひろさちやさんの本は、その中のいくつかの部分を取り出し、現代語訳と解説をしたものだ。
ひろさちやさんは、『正法眼蔵』の精髄は「心身脱落」であると述べているのだと思う。

「心身脱落」とは、心も身体も消すことであるが、それを例えて言えば、自分が砂糖としたら、仏というお湯の中に溶けてしまうことであるようだ。
私はそう聞くと、すぐに、初音ミクさんが歌うMitchie Mさんの名曲『FREELY TOMORROW』を思い出す。
【調教すげぇ】初音ミク『FREELY TOMORROW』(完成)【オリジナル曲 歌詞付】: Mitchie M
特に、


心ごと体ごと 全部脱ぎ捨てたこの魂
無くしてた熱情が 指先から流れ出した
~『FREELY TOMORROW』(作詞・作曲・編曲:Mitchie M)より~


の部分は、まさに「心身脱落」である。
全体に、この曲は『正法眼蔵』に匹敵すると思う。

天才発明家の中山正和さんは、工学、脳科学、量子力学を仏教と融合させた能力開発法を提唱し、中山さんの存命中、広く(世界的に)支持されたが、今、彼の書籍が電子書籍で次々復刻している。
中山さんは、仏教の中でも、『正法眼蔵』は特に重視していたと思う。
『正法眼蔵』は難解と言われるが、文章自体はそれほどではないと思うし、現代文で読んでも、実に美しいことは解る。
そして、ハッキリとは解らなくても、真理の光のようなものは感じることが出来ると思う。
そもそも、『正法眼蔵』はリクツで書かれていて、深遠ながら「なるほど」と思うことも多いのである。
だが、やはり、読み飛ばすような本ではない。
1章ごとに凄い真理が書かれているのだから、最初の数ページの『現成公案』だけでいいと思って読んでも良いくらいだと思う。それだけで、普通の良書百冊を超えるから。

大数学者の岡潔さんは、意味が解らないながら、『正法眼蔵』を18年の間、座右の書としていたが、ある時突然、全体が解ったと言う。
中山さんは、中学だったか高校だったかの恩師が、『正法眼蔵』の『現成公案』だけ読むように言ってくれたらしいが、やはり、ある時突然、この『現成公案』が解り、すると、『正法眼蔵』全体が解ったと言う。
その岡潔さんも、最後は念仏の道に入ったし、道元が開いた曹洞宗の良寛や、同じ禅宗である臨済宗の一休も、やはり最後は念仏を選んだ。
かと言って、念仏や浄土仏教が、『正法眼蔵』より優れているというのではなく、つまるところで言えば、両者は同じなのではないかと思う。
そして、岡潔さんは数学、一休や良寛は禅僧としての活動があったから、『正法眼蔵』や念仏が生きたのだろう。
我々は、我々なりに、人生の義務を果しながら、仏教等を学んだり、初音ミクさんの歌を聴けば良いのである。
ちなみに、私が愛読する『正法眼蔵』は、禅文化学院のエッセンス版である。

初音ミクさんのライブコンサート「マジカルミライ2019」の、ぴあ、e+、ローソンチケットなどのプレイガイドでのチケット抽選はないのではと以前書いたが、そんなことはなく、行われるようだ。ただ、昨年までなら、この時期すでにスケジュールが発表されていたと思う。
気をもませてくれるが、まあ、ミクさんは可愛いから許そう(笑)。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
↓Social Network Service
このエントリーをはてなブックマークに追加   

2ストライクに追い込まれてこそ強いのが一流のバッター

親に堪え性がなく、いつも急かされていた者は可哀想だ。
セカセカする癖がついた者は、能力の半分も発揮出来ない。いや、1/10以下かもしれない。
そんな親は、自己中心的で、実は、可愛いのは自分だけで、子供に対する愛情などなかったのだ。
赤か青のどちらかのボタンを押したら爆発する時だって、その親は、自分に被害がない場合は、子供に、「どっちでもいいからさっさと押しなさい!」と強要するのだ。

まあ、過ぎたことをとやかく言っても仕方がない。
あなたは落ち着いて、じっくりやることを身につけなければならない。
気持ちを込めて、丁寧にやるのだ。
毎日、飽きもせず、長時間、素振りをする一流の野球選手を見ると、1回1回、実に「気を入れて」、じっくり、丁寧に振っていることが分かる。
だが、三流以下にしかなれない者は、セカセカとせわしなく振るのである。
犬だって、じっくり、丁寧に、気を入れて頭を撫でてくれる人になつくのである。

学校の試験だって、名前を丁寧に書かない子は、採点するまでもなく成績が悪い。
傘を丁寧にたたまない、あるいは、たたむべき場所でたたみもしない者は、能力が低く、信用が出来ない。
初音ミクさんのライブでペンライトを振るのだって、素晴らしい青年や少女は、決してセカセカ振らず、1回1回、じっくり振るのである。

ジュリアーノ・ジェンマ主演のイタリア映画『怒りの荒野』で、流れ者の凄腕ガンマン、タルビーが、スコットに教えた「ガンマン心得十ヶ条(ガンマン十戒)」の中でも、「教訓の六」こそ、勝負の真髄である。
「教訓の六。危険な時ほどよく狙え(6th lesson. Right put it, right time, well aimed.)」
これは、なかなかの名訳と思う。
英語の一語一語に深い思いが込められていて、直訳では精髄が伝わらないが、つまりは、この訳の通りなのである。
一流のバッターは、2ストライクに追い込まれてからが強い。
そんな時こそ、よく狙って打つからだ。それには、普段の、丁寧な素振りが生きているのである。

腕振り運動でも、スクワットでも、腕立て伏せでも、セカセカ回数を稼ぐのではなく、1回1回、何かを確認するように、じっくり丁寧にやるようにすれば、自ずと、適切な所作が身につくだろう。
だが、相撲や剣道の「蹲踞(そんきょ)の姿勢」が最も良い。
あれは、丁寧にやらないと、バランスを崩してグラグラしたり、最悪、転ぶ。
あれを、すっと素早くやれるようになったら、心身共、かなりのものになっている。
だから、時間を見つけては、蹲踞の姿勢をとり、10秒ほど静止する練習をすると良いと思う。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
↓Social Network Service
このエントリーをはてなブックマークに追加   

親が悪いとどこまでも駄目。その宿命を切るには。

ケント・ギルバート氏が昔、何かのテレビ番組で、こんなことを言っていたのを印象深く覚えている。
「日本では、子供は天使だと思われていて、子供は正しいと言って、あまり躾けない。だけど、西洋の多くの国では、子供は悪魔だと考えられていて、放っておいたら悪魔のままなので、徹底的に躾けられる」
海外のことは知らないが、日本はまさにその通りだし、西洋人は、日本人に比べれば、よく躾けられていると思うことも、よくあった。
もっとも、今は、「日本人並に」マナーを知らない西洋人も多いように思う。

では、子供は天使か悪魔かと言うと、どちらでもない。
単に、子供は、主に親を、そして、周囲に大人の真似をするだけだ。
そして、大人でも子供でも、人間は楽をしたがるものであり、子供も親の悪い部分を真似るのが楽なので、そのようにするものだ。
オウムなど、喋る鳥は、人間の汚い言葉ほどすぐ覚えるのは、汚い言葉ほど言い易いからで、それは子供の場合も当然同じである。
つまり、品格、マナーにおいて、子供が親以上になることは、まずない。それが悲しい現実だ。
そして、子供は、自分の品格にあったグループに入るのであり、性格の悪さは、ますます磨かれていく。
親が、子供を、優れた人格の持ち主に育てようとしても、概ね無駄だ。
子供は、あくまで、親の振る舞いを真似るのだ。
そして、親の振る舞いと、親が自分に行う躾の内容に、あまりに差があれば、子供は反発し、不良化するなど、余計に悪い状況になる。
親は、自分が駄目人間だと理解したら、子供を自分から引き離すのは、賢いと言うか、唯一の正解なのだ。

ロクな性質を身につけなかった子供が、自分に合った悪いグループがなく、自分より優れた人達の間にいることになった場合、友達が出来ず、孤立する。
学校時代は、その程度で済むが、社会に出て、まともな世界で働くようになったら、性格の悪い者は、行く先々で頭を叩かれる。
それで、見かけだけでも、いくらかまともな人間として振舞うようになる。
その方がコスパが高いからだ。
だが、頭の悪い者は、社会でうまくやっていくマナーを身に付けることも出来ず、つまはじきに遭う。
それでも、ある程度歳を取り、社会的な力がないのに、元気や体力が失くなってくると、自分の人格の欠点を痛感することが多くなる。
そこで初めて、自分の人格を呪い、なんとかしたいと思うが、もう遅い。

だが、品格の悪さは、自我の性質なのであり、自我を消せば、悪い人間性も消え、自然の大らかな優れた性質が現れてくる。
つまり、不要な自我を消せば、優れた人間になるのであり、しかも、知的にも向上するのである。
本来、自我を弱める方法は、社会の中で、徹底的に頭を叩かれ、それに耐え抜くことであるが、それが出来るのは、元々、自我の弱い、かなり立派な人間である。
品格の悪い、自我の強い人間は、叩いてくるものに反発したり、そこから逃げ出すだけだからだ。
どうしようもない人間の最終手段は、1日中、呪文や念仏を唱えることだ。
問答無用で1日中である。
10回や100回や、1時間や5時間ではない。
「1日中」である。
般若心経の呪文など良い。
「ガテー、ガテー、パーラガテー、パーラサンガテー、ボーディ、スヴァーハー」である。
意味などない。ないから良い。
だが、「南無阿弥陀仏」でも、「オン、アミリタ、テイセイ、カラウン」でも、何でも良い。
般若心経全体でも、大祓詞でも良い。
何でも良い。混ぜても良い。
とにかく1日中やれば、自我は消えていく。
ただ、残るべき部分は残るので(聖者すら、自我の全てが消える訳ではない)、自分でなくなることはない。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
↓Social Network Service
このエントリーをはてなブックマークに追加   

自然な望みと無茶な望み

人間の心は世界を創造する力がある。すなわち、いかなる願いも叶えられる。
しかし、では、50歳の人が、20歳の美男や美女になれないのはなぜだろう。
W.B.イェイツだって、老人の本当の望みは、「もう一度若くなって、あの娘を抱きたい」だと正直に述べているのに。
しかも、それは夢の中でだって、なかなか叶わない。
その正確な理由はともかく、そんなことが叶っても幸せでないことは確かだ。
L.ロン.ハバートの短編小説『幻の四十八時間』は、60歳になるまで、ルーチン通りの生活を送り、恋愛を一度もしたことがないまま、死期を迎えた女性が、天使と悪魔の力で、18歳の絶世の美女(派手な美女でなく、可愛い系と思える)になる(しかも魔法少女だ)というものだが、当然のことながら、結末は悲劇だった。
つまり、叶うべきでないことは叶わないという摂理が、この宇宙にはあるのだと思う。
また、未熟な人間が金持ちや社長になることを望んでも、不幸と言うよりは、世の中に歪みをもたらすので、普通は叶わないのだと思う。

湯川秀樹や朝永振一郎の師であったという数学者の岸根卓郎氏(京都大学名誉教授)が2014年に87歳くらいで書いた『量子論から解き明かす「心の世界」と「あの世」』という本には、ある人の願いが、別の人の願いに反するような競合関係にある場合などは、その願いは叶い難いといったことが書かれていたが、それには本当に納得が出来る。
早い話が、2人の男性が1人の女性を好きな場合、2人とも「彼女を絶対にわがものに」と願っても、なかなか叶わない場合が多いのだろう(よほど顔や資産や人柄等に差がない限り)。
しかし、そこに願いを叶えるヒントもある。
2人の男が1人の女を取り合う時、「では決闘で」(まあ、今の時代ではないだろうが)ということになったら、「負けて死んでもいいや」と思った方が案外勝つのである。
あるいは、「絶対勝ってやる」と挑んで実際に勝つと、実はその女は性悪であったとかなどで、不幸な結末が待っているものだ。
さらに、『スター・トレック』で、女を争って決闘して負けたミスター・スポックが、勝った相手に、「どれほど熱望しても、手に入れてしまえばさほどでもないものだ」と言ったが、その程度の望みは、あまり熱望しない方が良い。
つまり、まとめて言えば、欲望というものは、ほどほどにしないと、ロクなことにならない。

願いを持ち、それを叶えるのは別に構わないが、それが世界に不調和をもたらしたり、他の人を不幸にするものであれば、叶ったとしても災いになる。
最も良いのは、その願いが、世界を平和にし、進歩させる願いである。
そこまで考えられるほど進んだ人間であれば、その人の心に、やはり心を持った宇宙全体の様々な次元のマテリアル(原材料)が反応し、協力して、自然に願いを叶えるだろう。
そういったことが出来るには、様々な経験から学び、心を鍛えることも必要である。

ところで、今年の初音ミクさんのライブコンサート「マジカルミライ2019」は、チケットぴあやe+などのプレイガイドでの抽選はなく、即時販売のみになるのだと思う。
販売日は7月13日の土曜かららしいが、そんなことをすれば、回線はパンクし、全く販売サイトにアクセス出来ないまま販売終了になってしまうのではないかという心配がある。
二次抽選では、チケットが1枚も当たらなかった私としては(それも宇宙の摂理か)、とても気になるところである。
インテックス大阪、幕張メッセとも、SS席を1枚ずつ確保している私としては、譲り合いの精神を発揮すべきと思うが、A席で良いので、後1枚欲しい・・・これは宇宙の摂理に適うだろうか?









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
↓Social Network Service
このエントリーをはてなブックマークに追加   

今、何をするかの本当の重大さ

スティーブ・ジョブズは、スタンフォード大卒業式の講演で、
「どうつながるのかは分からないが、今やっていることが将来の何かにつながると信じるしかない」
と言った。
彼の場合、リード大学を中退するも、リード大学のカリグラフィーの講座に出席したのが、その後、マッキントッシュパソコンを作るのに役立った。
彼が、カリグラフィーを学んでいなかったら、マッキントッシュは誕生しなかったか、あるいは、マッキントッシュは、あの美しいフォントを備えたパソコンにならなかった。

だが、ジョブズが言った通り、今やっていること(ジョブズは「点」と表現した)が、未来のどの「点」につながるのかは分からないと言った。
しかし、絶対に間違いないことは、たとえ何をしても、今やっていることが未来の何かに「必ずつながる」ということだ。
例えば今日、ある人が、下らない娯楽本を読んだとしても、仏典を読んだとしても、それは未来の何かに必ずつながる。
その2つの場合では、つながる何かも、どうつながるかも異なる。
その結果、運命は全く異なるものになる。
ジョブズがカリグラフィーを学ばず、ナンパに精を出していたら、彼の未来は全く違っていただろう。

量子論によれば、極微の世界は、人間の意志によって全く変わることが解っている。
電子は、人が見ていなければ波として存在し、人が見ていれば粒になる。
それは、あくまでミクロの世界の話であるが、我々が知覚出来るサイズの世界だって素粒子、あるいは、原子で出来ているのであり、電子の影響を大いに受けるのであるから、結局、人間の意志は現実に影響を及ぼす。
しかも、人間の意志が影響を与えた電子は、全ての(全宇宙の)電子に何らかの意味でつながっているのである。
だから、今、何をするか、あるいは、何を言うか、あるいは、何を考えるかの重要性は、あまりに大きい。

ニュートンは「今日、するべきことに全力を尽くせ。そうすれば、明日は一段の進歩がある」と言ったが、おそらく、ニュートンも誰かの言葉を引用したのだろう。
しかし、誰の言葉を引用したか分からないほど、沢山の偉人が言ったのだ。
偉人達は皆、直観により量子論と同じことを悟っていたのである。
今日、ロクでもないこと、放埓(勝手きまま)なこと、無責任なこと、誤魔化しや利己的なこと、卑怯なこと、ミクさんの前で恥じるようなことなど、出来るはずがない。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
↓Social Network Service
このエントリーをはてなブックマークに追加   
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
最新コメント
記事検索
ブログバナー&Mail


メールはこちらへ
PV since 2010/09/08
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

人気ランキング参加中
人気ブログランキングへ
↑↑これと
↓↓下の3つのいずれかをクリックして応援をお願いします!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりへ
QRコード
QRコード

  
   このエントリーをはてなブックマークに追加
  

タグクラウド
  • ライブドアブログ